第19話 販売開始
俺とモニカさんはファノスに来ていた。
パンを買って新メニューを完成させ、そのまま販売する為だ。
屋台は買い物の邪魔になるので魔法袋に入れてる。
「ありがとうございました」
裏通りにあるパン屋を出ると、人目に付かないよう物陰で屋台を取り出す。
「パンは何に使うのですか?」
「こうするんだよ」
買ってきたパンを風の魔術で粉々のパン粉に変える。
「アレフさん、パンが勿体ないですよ」
「捨てる訳じゃないよ。これはこうやって使うんだ」
モニカさん家で作ってきた芋の練り物を取り出す。
同じく作ってきた小麦粉と卵と水を混ぜたものをくぐらせると、今作ったパン粉をしっかりと付けた。
フライパンに油をたっぷり入れると、火の魔術で熱くする。
熱くなったところに芋の練り物を入れ、狐色になるまで揚げたら完成だ。
「はい出来上がり。食べてみて。熱いから気を付けてね」
「ッ! 外はカリッとして中はホクホクとして美味しいです!」
美味しさにモニカさんが目を丸くしている。
頭に浮かんだ物を作ってみたんだけどうまくいったな。
「この料理はどういう名前ですか?」
「うーん、考えて無かったな。とりあえず練り揚げで良いんじゃないかな。名前に芋を入れると嫌がられそうだしね」
練り揚げ1個銅貨1枚。
ひねりの無い名前だけど思い付かないから仕方がないね。
裏通りに屋台を動かして販売開始だ。
時間はお昼前。
もうすぐお昼を買い求める人がやって来るだろう。
他の屋台も開店のようだ。
ジュースや串焼きを並べ始めている。
「いらっしゃいませ~! 揚げたての練り揚げはいかがですか〜!」
「熱々で美味しいですよ」
モニカさんと2人声を張り上げる。
さぁ、頑張って売っていくぞ!
◇ ◇ ◇ ◇
お昼時間が終わる頃、俺とモニカさんは屋台の裏に座り込んでいた。
「売れませんねぇ……」
「買い物に来てる人は多いのにね」
ただ俺たちの屋台に来てくれる人は居なかった。
「誰もおらんのか?」
年配の男性の声が屋台から聞こえてきた。
姿は見えないけどお客さんか!
慌てて立ち上がると、先日会ったドワーフのゲンさんが屋台の前に居た。
「何じゃ坊主か。この練り揚げとは何じゃ?」
「潰した芋を炒めた肉と混ぜて揚げた物です」
「ふむ、1つ貰おうかの」
「ありがとうございます。今揚げたてを用意します」
油の中に練り揚げを入れると、ジャーっという音と共に香ばしい香りが広がっていく。
「はい、熱いから気を付けてください」
揚げたての練り揚げを出すと、ゲンさんは躊躇いもせずに手に取った。
「溶けた鉄に比べれば可愛いもんじゃ。どれどれ……ハフッ、うん、これは美味いな」
揚げたての練り揚げをパクつくゲンさん。
「芋の大地の恵みが詰まった滋味深い味わいに、この炒めた肉の旨味と脂がコクを与えておる。また玉ねぎの香りと甘味も一層味わい深くしておるのう」
そう言うとゲンさんは首から提げた小さな袋から大きなジョッキを取り出した。
あの袋は魔法袋なのか。
「ゴクゴクゴクッ……ぷはぁぁっ! 思った通り、シードルよりラガーの方が良く合うのう」
練り揚げを一口する度にジョッキをあおるゲンさん。
あっという間に練り揚げを食べてしまった。
「坊主、おかわりじゃ。2、いや3個くれ」
足りなかったらしく追加で注文してくれた。
「はい、こちらをどうぞ」
「すまんな、嬢ちゃん」
モニカさんが練り揚げをゲンさんに出す。
「確かここら辺に仕舞っておいた筈じゃが……あったあった」
ゲンさんはごそごそと袋の中を探していると、小さな小瓶を取り出した。
小瓶を傾けて黒い液体を練り揚げにかけていく。
「それは何なのですか?」
「昔友人に頼まれて作った「ソース」じゃ。果実や野菜を香辛料と一緒に酢で煮込んだ物じゃよ」
「そーす、ですか」
モニカさんに教えて、ゲンさんは黒く染まった練り揚げを口に運ぶ。
「思った通りじゃ! ソースの香りと甘辛い味が良く合うわい!」
上機嫌でジョッキを一気にあおっている。
その黒いソースというのがそんなに合うのかな?
「嬢ちゃんも食べてみるかの? ほれ、坊主もじゃ」
そう言ってゲンさんは俺達に練り揚げを勧めてきた。
ソースが気になっていたからお言葉に甘えよう。
「いただきます……凄い美味しいです!」
「俺も……何だコレ! 凄く美味しいぞ!」
練り揚げだけでも美味しいのに、このソースが芋の甘さを引き出してくれてもっと美味しくなる!
「そうじゃろ。この練り揚げが友人が言っておったコロッケという料理に似ておるからのう。試してみたら大当たりじゃった」
コロッケか……この料理にピッタリの名前な気がする。
「ゲンさん、練り揚げの名前をコロッケに変えてもいいかな」
「ふむ。ワシが友人から聞いたのはコロッケは芋を潰して具を混ぜて揚げた料理ということだけじゃからな。そいつはもう随分前に亡くなっておるし、練り揚げとコロッケが同じかどうかは分からんが問題なかろう」
「じゃあコロッケを名前にします。ところでソースはたくさんあります? あるなら分けて欲しいし、無ければ作り方を教えて欲しいんだけど」
コロッケにピッタリのあのソースは絶対欲しい。
最低でも作り方を教えて貰わないと。
「そうじゃな……練り揚げに使ったのはエビルエルクの肉じゃろ? まだあるならそれ一塊とソース1樽を交換でどうじゃ?」
「わかりました」
魔法袋からエビルエルクの肉を取り出すとゲンさんに渡す。
「この肉は美味しいんじゃがワシらドワーフには素早くて面倒じゃからのう。ほれソースじゃ」
ゲンさんは小さな袋から自分と同じ大きさの樽を取り出した。
「わ、凄い袋ですね」
突然現れた大樽にモニカさんが驚いている。
「ワシらの商売には欠かせんからのう。坊主の袋にもこれぐらいは入るじゃろ」
「はい。でもこんなにたくさんと交換で良いんですか?」
エビルエルクの肉は2キロ位なんだけど。
「肉の値段から考えたら全然足りないぞ。ソースが無くなりそうならまた渡すからの」
「分かりました。その時はお願いします」
コロッケを2つ揚げてソースをかけてゲンさんに渡す。
「何じゃ?」
「俺とモニカさんにくれた分のお返しです」
「ワシが好きでやったんじゃ。気にせんでも良いんじゃがな」
と言いながらコロッケを食べるゲンさん。
当然ジョッキを空にしながらだ。
「あの、そのコロッケ?を2つください」
「ころっけくだしゃい!」
3歳ぐらいの女の子を連れたお母さんが注文してくれた。
どうやら美味しそうに食べるゲンさんの姿に、女の子が食べてみたくなったみたいだ。
気が付けば他にも何人か興味深そうにこっちを見ていた。
「はい、ありがとうございます! 銅貨2枚になります」
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて持ってね」
俺がコロッケを揚げると、モニカさんがお母さんと女の子に渡していく。
「おいしいね、ママ!」
「そうね、とてもおいしいね」
美味しそうにコロッケを食べる親子の姿につられて、それからはお客さんが次々にやってきてくれるのだった。