9. シンデレラは王子様と、ずっと幸せに暮らします。
ピッ、ピッ、ピッ……
何かを計測するような規則正しい音に、巌は目を覚ました。
目に入るのは、クリーム色の天井。
かすかに、消毒薬のにおい。
視線をずらせば、顔の隣に点滴の管が横たわっている。
「あれ……死んでない……どうして……」
かすれているが、自分の声だ。
どう見ても、病室で治療を受けている、としか思えない状況。
(失敗したのか……)
睡眠薬を酒と一緒に飲んで、天井から吊るしたロープに首を引っかけて、椅子から飛び降りたはずだった。
以前に、人をひいて、死なせてしまった。
責はむしろ、飛び出した方にあると判断された。
謝罪を済ませ、示談で異様に安く済んだ賠償も払い終えた。
友人からも家族からも、「お前のせいじゃない」 と慰め、励ましてもらえた。
けれど、悪夢は終わらない。
流れ出る血を一生懸命、止めようとした。
それでも、力なく重い身体は、どんどんと冷たくなっていった。
まだ、若い女の子だった。
忘れられない。
衝動を抑えながら謝罪を受け入れる彼女の父親の表情も。
ずっと目を伏せて一言も話さなかった、彼女の母親の顔も。
それでも時は経ち、何を見ても辛かったのが、いつの間にか慣れて、何を見ても辛くなくなったのが、またつらかった。
(けれど……誰が、助けてくれたんだろう?)
一人暮らしで、事故があってからはとにかく暗い性格になってしまい、周囲とはなんとなく疎遠になってしまっている。
そんな巌を、訪ねてくる人などいないはずなのに。
寝たままの姿勢で周りをキョロキョロと見回していると、病室の引き戸がスルスルと開いた。
「あら、目が覚めたのね」
小柄なその姿と、柔らかい口調に一瞬、息が止まるほどびっくりする。
「新田さん……! ……どうして、ここにおられるんですか!」
入ってきたのは、これまで、いくら謝罪しても巌と一言も口をきいてくれなかった、被害者の母親だった。
「月命日にはいつもお参りにきてくれたのに、来なかったから」
心配になって様子を見に行ったのだという。
「心配……そんな……」 涙が出てきた。
生きているのが苦しくて死のうとしたのに、目が覚めたら、憎まれていると思っていた人から 「心配した」 といわれている。
急に世界が優しくなって、どうしていいかわからない。
だからわかっていることだけを、言ってみた。
「俺にそんな資格は……」
言いかけた言葉を、首を振って新田母が止める。
「正直ね、今でもまだ、花嫁さんを見たら、あの子もそのうち結婚するはずだったのに、と思うわ。
赤ちゃんや小さい子連れの家族を見ると、あの子が生きてたらいずれ、お母さんになって、私はおばあちゃんになれるはずだったのに、と思うの」
「………………」 静かな声が、耳に痛くて、謝ることもできない。
「あなたに落ち度は無いのは分かっていても、亡くなったのがあの子じゃなくてあなただったら良かったのに、と何度も思ってしまったの。
どうしてあの子はあの時あの道を通っていたのかしら。どうして、あなたはあの時あの道を通ったのかしら。
あなたが悪いのでなければ、私は誰を憎めばいいのかしら」
新田母の両目から、涙が流れて、張りを失った頬をつたっていく。そういえばこの人は、年よりだいぶ老けて見えるのだ。
「……俺でいいですよ……俺しか……いないじゃないですか」
しかし、新田母はまた、首を横に振った。
「あなたが倒れているのを見て、違う、と分かったの。うまくいえないけど、あなたにはちゃんと生きてほしいの。
幸せになられても複雑だけど、苦しめばいいと思っているだけでも、ないのよ」
「………………」 なんと応えて良いかわからず、うつむいた。
それからやっと、話し出す。
「首を吊った後で、天国みたいな所にいったんです。おとぎ話の中の、色々なのがごっちゃになったみたいな国には、王子様と結婚したお姫様がいて……」
バカみたいな話だな、と思ったが、新田母は黙って頷きながら、聞いてくれている。
「色々あって、日が暮れるまで、一緒に空を飛びました」
――― 最後は世界を金色に染める夕焼けの中をゆったりと漂いながら、お姫様は話してくれた。
「私も、トラックにひかれてここに来たけど、ちゃんと幸せになったよ。
でも、もし私をひいた人が、ずっと苦しんでいるのなら、幸せだと思えなくなっちゃうよ。
……ねえ。何があっても、世界はキレイでしょう?」 ―――
「あの子、そんなこと言ったのね」
新田母が呟いた。
その目からまた、新しい涙が盛り上がり、つっとひと筋、流れていく。
「俺が、してしまったことは消えません。一生、償い続けます……けど」
めちゃくちゃな天国で暮らすお姫様と、空を飛んでいるうちに、生まれた望み。
この人の前で、口にしていいのかわからない。残酷なことを言うことに、なるのだろうか?
それでも、前に進みたい。
「……夕焼けの空を見て、美しいと思っても、いいでしょうか」
「…………」 新田母が、指で涙を拭いて、ほんのわずかに、口元を歪ませる。
なんとか、笑おうとしているようだ。
「私も、そう思うようにするわ」
その微笑は寂しげだが、あのお姫様のそれに少し似ている気がする。
★★★
城の奥深くには秘密の部屋がある。
その部屋の、壁に掛けられているのは……
「鏡よ鏡よ鏡さぁん♪」 うっとりとその鏡に向かって話しかける、あたし。
「前世の両親を見せておくれ~♡」
な・ん・と!
魔法の鏡まであったのだ!
異世界、Sugeeeeeee!
「だぁから♡ それは、必ずしも真実ではないのですよ」 ぼわん、と表れるのはランプの魔神さん、相変わらずの侍女スタイル。
「観る者が見たいものを見せるのですから」
「まぁね」 あたしはするっと鏡の表面をなでる。
そう。魔法の鏡ならぬ、魔性の鏡。
映すのは、あたしの心の中の願望に過ぎない……のかもしれない。
「でも、最近、やっと笑ってくれるようになったのよ」
やっぱり、残してきた人のことって、心配だものね!
いーじゃん! 少しくらい!
「まぁ……いぃいですけどねぇ♡」 のんびりした口調で、ランプの魔神さん。
「例の子、(臨時名)ペーターさん、送り届けてきましたよ。なぁかなかに、大変でぇ楽しぃかった♡」
「え? どこの国の子?」
「近くて遠い国ですよぉ……」 よよよよ、と泣くふりをする、魔神さん。
「お前は魔神だから来ることまかりならん、なんて、警備隊に追われちゃったしぃ……お願いしてやぁっと、(臨時名)ペーターさんだけ、返させてもぉらったんでぇす……」
「ふーん、大変だったね」
ごめん、それしか言いようがないわ。
トントントン、と扉が叩かれて、ツェント王子が入ってきた。
「余の美しい王妃の支度はお済みかな?」
最近はキラキラにハートのエフェクトまで加わって、イケメンぶりがますます眩しい王子である。
今日は戴冠式。
それが終われば、ライツェント王子は国王に、あたしは王妃になる。
(大丈夫かこの国!)
「ええ、愛しい国王様」 ま、協力すればなんとかなるか、なんて思いながら、王子に手を伸ばす。
「これからも、皆が幸せに暮らせる国にしていきましょうね」
「できるとも」 無責任に笑って、ツェント王子があたしの手をきゅっと握ってくれる。
手の温かさが心にまで伝わって、ほわほわと嬉しくなる。
いちばん小さな、幸せの魔法。
世界中に広がるといいな、なんてことを願って、あたしも笑う。
夢みたい?
夢みたっていいじゃん。
だって、シンデレラなんだもの。
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ではー!