圭と薫
美味しい、まずい、苦い、固い。
日菜はどれも感じなかった。はしでつまんで、口に運んで、かんでをただ繰り返しているだけになっていた。
少しずつ、皿の上の肉じゃがが減っていった。鍋の中の肉じゃがは減らなかった。食べ終わると、食器を持ってキッチンに行った。一人で、自分の食器を洗うことの寂しさを、日菜は初めて知った。
誰かがいない家。何かがかけている家。そこにいると、その誰かが、何かが、あった頃に比べてしまい、寂しくなって家を飛び出したくなる。お母さんもそうだったのだろうか。お父さんがいない家が嫌で、お父さんがいた頃を思い出すのが嫌で、我慢できなくなって飛び出した。
じゃあ、圭と薫は、どうだろうか。お父さんも、お母さんもいない家が嫌だったから出ていったわけでは無さそうだ。
「お帰り。」
「ん。」
圭との会話はいつももそんな感じだった。
「お母さんがいたときは、こんなに散らかってなかったのにね。」
圭は、帰ってくるなりに吐き捨てるように日菜に言ったのだ。
日菜からしてみれば、これ以上傷つく言葉はなかった。
「何よ、誰が毎日学校から飛んで帰ってきてるんだとおもってるの?そう言うのなら自分でかたずけてよっ。
圭は、お母さん、大好きだったもんね。毎日寝てるだけになったときも、付きっきりだったもんね。家のことは手伝いもせずにっ。あの人はうちらのことがね、嫌で嫌でたまんなかったからでていったんだよ?いい加減忘れな、あの人はもうお母さんでも親戚でも何でもないんだって。」
圭の顔が、みるみる赤くなった。
「何いってんだあっ!」
そう叫んだのは、圭ではなく薫だった。
ほおを赤らめ、歯をくいしばり、今にも飛びかかりそうな目付きで薫は日菜をにらんだ。手にはぼろぼろのてさげ、かたにはランドセルがかかっている。学校から帰ってきたばかりなのだろう。
「なにいってんだって、ねえ、何でそんなこと、言うの?まず、おねーちゃんだけが苦労してンじゃないっ。」
薫はゆっくりと息をする。
「次に、お母さんは私たちが嫌いで家を出たんじゃない。 最後に、圭にいがお母さんが好きで何が悪い。」
「お姉ちゃん、お母さんはお母さん。何があっても、今まで育ててくれたことには、かわりはないよ。」薫は付け加えた。「どうやら、もういかないといけないみたいね、圭にい。」悲しそうに、悔しそうに、薫はペンダントを取り外した。手が小刻みに震えていたことを日菜は見逃さなかった。
今振り替えって見ると、なんだか妙に引っ掛かる家出の宣言だった。
まあ、菫たちを見つけたらいいだけだ。そう自分にいい聞かせ、日菜は部屋の明かりを消した。




