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バイオリンの恋人  作者: ひとみんみん


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10/15

10.灯りと冬

「はい、薫子です」

「僕は秋人です」


携帯だから、お互いだという事は分かっているのに名乗り合う。

そんなよく分からない不器用さがお互い似ている気がした。

見合いの時に交換したきりの携帯番号。

かけてきてくれたのは初めてだわ。


「特に用という訳じゃないのだけれど、かけてごめんね。練習してたでしょう?」


何か用なのだろうか、と思う直後にそう言われる。

用はないのか。


「いえ、婚約者ですから。練習はしていましたが。ええ、その………」


異性との用はない電話は初めてで、なんと言ったらいいのか分からなくなる。

でも、婚約者だから電話するのも当たり前だろう、多分。


「うん、ありがとう。最近、学校では薫子さんとは練習であまり話してない事に気付いて。その、家に帰ってきてから、薫子さんと話がしたいな、と」


いつも余裕を保っている感じの秋人さんが言い澱む。

秋人さんが私と話がしたい、それを理解すると頰が急に熱くなった。

な、なんだか気恥ずかしい気持ちになる。

少しむず痒くてフワッとした心持ちが恥ずかしい。


「ありがとう」

「こちらこそ」


とっさに出たお礼の言葉に、秋人さんが電話の向こうで優しく返事をしてくれる。


私には勿体無い程の婚約者だ。


こんな良い人と婚約できたのは………。

それもこれも私が天上家の娘だからこそだろう。


ふわふわした気持ちがすぐに冷えた。


私のバイオリンに、学校に転入してまで付き合ってくれた。

そんな優しい人を、バイオリンだけにかかりきりで捨てようとしていた。


バイオリンだけやれないなら、と家を追い出される覚悟だった。


「薫子さん、僕は薫子さんの事好きだから」


私の沈黙をなんと思ったのか、秋人さんが言葉を重ねてきた。


「ありがとう」


私はそれだけを返す。


秋人さんは、


「それじゃ、おやすみ」


少し震えた声で言って。

電話が切れた。


私は本当に冷たい利己的な女だ。


誰を傷つけても、親を裏切ってもバイオリンだけしか見えない。


私は携帯電話をソファーの上に放り出した。


そして、バイオリンを手に取って弓を構えると、全てを忘れる。


ビバルディの「冬」、激しい吹雪で真っ白になる。

もう前も見えない。

後ろも見えない。


吹雪が吹き荒れていた。

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