9 ベリオン・タベリット
『彼に王子だと言わなかったのですか?』
部屋で寛ぐ主人に問うと、忘れていた・・・と呟いた。
が、おそらく躊躇したのだろう。
それで足を止められてしまっては、彼に抱いている興味が消えてしまう。
しかし、王子だと聞いても「家柄とか興味無いと」言いきれる人間が、果しているのだろうか?
カルシェンツ様が対等な友人を持つのは不可能なのではないか?
いや、なんとしても私が見つけてみせる! 今回は駄目でも何度でも・・・その度に傷つくであろう主人を想像し、ベリオンは唇を噛み締めた。
『あの少年と知り合いなのですか?』
「いや、一度会ったことがあるかもというだけだ。別人かもしれないし」
それ以降黙ってしまった主人に、どう『もう一度彼に会いに行ったら』と促そうか迷っていると「もう寝る、明日は早いぞ」そう言ってシルクの布団に入られた。
明日?なにかありましたっけ? ああ、そういえば他国の王族と会食が入っていた様な。
「明日・・・確かめに行く。彼が「彼」かどうか」
!!
会いに行くのですか! カルシェンツ様がここまで人を気にするとは本当に驚きです。以前会ったという「彼」とは、一体何があったのでしょう? まぁ、これでもう一度ジェノという少年と会話が出来る。
今度こそ、今度こそ上手くいきますように――
想像より遥かに広大な敷地に足を踏み入れ、長い竹林を抜け屋敷の門まで辿り着く。
ここまで来るのに結構時間をとられましたね。これの一体どこが没落?
敷地の広さ、屋敷のでかさといいかなりのものですし、建物は古いが趣のある品の良い立派なお屋敷だ。
「良いアンティークだ」
感心しながら建物を眺めるカルシェンツは少し顔色が青く、ベリオンは不安そうに水を差し出した。
朝は普通だったのに、やはり緊張していますね。
「昨日の事をまず謝罪する。どう考えてもあれは失礼だった」
一緒に深呼吸してジェノ少年に告げるセリフを再確認する。
「良い印象を持たれていないだろうからそれを払拭して、以前会ったことがあるかどうか確かめる」
『もし話してみて良い子そうなら、友人として付き合ってみては? 昨日の感じですと、あまり地位などには興味ないようですし』
「・・・うむ。そう、だな」
ぶつぶつと言葉を繰り返し、時間を掛けてようやくチャイムを押した。ここまで緊張感を孕んだ主人の顔を初めて見る。
自然と後ろで待機しているベリオンの喉も緊張で乾いていった。
まず使用人が出たらジェノ殿を呼んでもらい、きちんと謝って、それで友人になってもらって・・・うーむ、大丈夫でしょうか? 心配です。
離れた場所から見守っていると、ガチャと扉が開き――
漆黒の少年が顔を出した。
「――っ!?」
いきなり本人出てきた! 予想外です、カルシェンツ様。
主人を見ると後ろへよろめき明らかに狼狽している。
焦ってはいけませんよ! 落ち着いて下さい、まず謝罪を――
『・・・・・・・・・』
バタンッと拒絶するように閉められる扉。
え?どうしたのですか?
何故扉が閉められたのか、カルシェンツが背を向けている為声が聞こえないベリオンには把握出来ない。
えーと、謝罪して扉を閉められたわけじゃないですよね? 何を言ったんですか!?
そう思考するベリオンの目の前で激しくドアを叩き出すカルシェンツ。
何をやっているんですか!? ちょっ、テンパり過ぎです。落ち着いて下さい!
ドアをそんなに叩いたら駄目ですよ、ちゃんとチャイムを――
キンコーン
うんうん、チャイムを押せば出て来るから―― って連打するんじゃありません!
早朝ですよ!? そんなにしたら・・・
「うっせぇ―――んだよっ!!」
案の定怒られた。当然だ。
「拒否ってんだよ、無視してんだよ! 気付いて空気読めよ!!」
ベリオンに声音は聞こえないが、表情と口の動きから読み取ったセリフでどれだけ苛ついているかが解る。見ていて可哀想なくらいあたふたしているが、自業自得だ。
いつもの冷静さはどうしたんです? 何故、ジェノ殿を相手にするとこうなるのか。
だが、怒鳴ったことを直ぐ謝罪したジェノ殿はカルシェンツ様を宥めるように笑う。
おぉ、大人だ。なんとお優しい少年でしょうか。
なんとか落ち着いたカルシェンツだが、どうやら会話はあまりいい方に向かっていないようで、相対するジェノは眉を寄せうんざりした顔をしている。
このままではまずい、何か私に出来ることはないのでしょうか。
拳を握り締め懸命に考え込んでいると、横から護衛隊の一人が近付いて来た。
え? もう時間? いや今はそんなものよりこっちが大事だろう。
同盟国の王妃もみえるからって言われましても・・・遅刻はまずいのはわかりますよ、わざわざこちらに来ていただいてるのですから。でも今はちょっと。
控えていた者達からの「急いで会食へ」との進言に、ベリオンは頭を悩ませる。
国の不利益と王子の友人関係の構築。どちらの方が重要度が高いか。
わかっています。ええ、わかっていますとも。しかし、私個人としては――
そのとき、黒い瞳をした少年と目があった気がした。
「まるで肩書きと友達になったみたいで・・・悲しいな。君自身がどこにもみえない・・・僕は立派な肩書きや、周りからの高評価じゃなく・・・血の通った「人間」と親しくなりたいし、心の通った「人間」と友達になりたい」
そう紡がれた言葉に―― ベリオンは全身が震えた。
カルシェンツ様の頭を撫でる優しい手。
こちらの求めていた言の葉。
――ああ、この子だ。
「・・・・・・」
沈黙が流れる馬車内で、目の前の少年は何を考えているのか。
頭を下げ『申し訳ありませんでした』と謝罪する。
「ベリオンのせいではない、私がもたもたしていたのが原因だ」
結局中途半端なところで別れ、会食に向かっていた。
「それより・・・お前、普通に話せるのか?」
ああ、耳打ちで会食のことを告げた時のことか。
『一応は。ですが音量調節が難しかったり、自分ではちゃんとしゃべれているかよくわからないので、あまり・・・』
そうか、と頷きカルシェンツは息を深く吐き出す。
そして小声で「あの子だった」とこぼし、ベリオンは弾かれる様に顔を上げた。
それは以前会ったことがあるかもしれないと言っていた者のことですか?
どんな風に出会ったのかは知らないが、嬉しそうに細められる瞳にベリオンは微笑みを浮かべる。
間違いなくあのジェノという少年が、カルシェンツ様を変える存在。
「どうしたらいい?」
いままで見たことのない様な、真剣な瞳を向けられ息をのむ。
国王への謁見の際にも退屈そうな顔をしていたカルシェンツ様が、こんなに煌めいた瞳を・・・っ。
「どうしたら、彼を傍に置ける?」
『そうですね・・・まず彼は物ではないので傍に置くのではなく、傍へ寄り添ってみては?』
虚を突かれたように目を見開く少年に力強く頷いて見せ、フワリと笑む。
『王子様ではなく、ただのカルシェンツ・ゼールディグシュという「人間」として、ぶつかってみませんか?』
その後、三度相まみえた少年に王子様は告げた。
「ジェノ・モーズリスト殿。私と・・・親友を前提に友達になって下さい!」
ええ、確かにぶつかってみようとは言いました。変な虚栄心を張らずに素直に友達になりたいと言えたのは素晴らしい進歩です。
しかし、なにかそのセリフは違う気が・・・?
胸を打つように熱く、簡潔に、ジェノ殿が「うん」と頷くような演出と言葉を考える! と言って会食中も何やら熱心に作戦を練っていたから、カルシェンツ様一人に任せましたが・・・こ、これはまるで愛の告は―― ごほんっ ごほん!
いや、おそらくカルシェンツ様にはそんなつもりは無いのでしょう。
どこかで聞きかじったものを実行したのか、純粋に友人になりたくての行動か。
あの花束も花言葉が全て「友情」の花で出来ていますし、とても可愛らしいです。
種類も色も大きさもばらばらな花を美しく纏められるあのセンス。さすがカルシェンツ様、芸術界の賞を総なめしているだけありますね。
しかし男の子が花を捧げられても引いてしまうんじゃ?
あれ、でも何か喜んでいる気がしますね。ジェノ殿は花好きなのでしょうか? いけますよコレ! 良い雰囲気です。
カルシェンツ様、ここは焦らずじっくりと言葉を重ねて―― って、強引にいくんじゃありません!
「性急な人間は余裕がなくて見苦しいな」って何時も晩餐会で大人達を見下しているのに、なんなのでしょう? この変わり様は。
颯爽と帰る主人の後に静かに付いて行くと、外門手前で勢いよく問われる。
「どうだった!? ジェノ君の反応は? 今まででは一番落ち着いて話せた気がするのだが・・・考えさせてくれというのはどうなのだ? 良いのか? 駄目なのか!? 花を受け取ったからOKという事で良いのではないか? 最早もう友達になったという事にしよう! うん」
『いや、まだでしょう!』
なに勝手に決めているのですか!
「考えさせて下さい」と言われたのだから少し時間をあげて待つべきです。
いまだ落ち着かない様子のカルシェンツを宥めるが「では明日聞きに行く」と興奮がおさまらない。
『明日は色々とやることが山積みですよ。考古学の研究結果の論文制作に、この間の発明の特許も申請しないといけませんし重要書類を仕上げる予定では? あと、たしかパーティーが』
「パーティーは出ない、その他も今日中に終わらすから問題ない」
問題ないって・・・常人なら一週間掛かっても半分も終わらない程の、膨大な仕事量ですよ?
今日中。あと約4時間半で終えられるわけが・・・
「いつもだらけてゆっくりやってるから、本気でやるとすぐ終わるな。これが最後だ、もっと難しい書類はないのか?毎回退屈なんだが」
夜食を持って部屋を訪れたベリオンに、寛いだ様子のカルシェンツが信じられない言葉を吐く。
いままで、手を抜いていた?
他国から届けられる大量の書類。
まず言語・文字が自国のものと違う書類が多いため、解読に時間がかかり返信を必要とするものはとても面倒だ、と執務の者が愚痴っていた。
その嘆きを聞き暇つぶしとばかりにカルシェンツ様が半分以上請け負っているのだが、5cmほどの書類の束をパラパラーっと二秒くらいで捲りそれを三回程繰り返したかと思うと、判子を押したり別大陸の文字をスラスラと書き連ねだした。
えっ、これ読んでいるのか? パラパラさせてるだけで、単語一つ読めないのですが。
高速過ぎて読めるはずがないのだが、カルシェンツは内容を全て把握しているようで、片っ端から書類の束が消化されていく。
速読。
こんな能力も持っているのですか、本当に末恐ろしい方だ。
驚いている間に論文が仕上がり、日付が変わる40分前に特許の申請書類をまとめ上げたご主人様は「ジェノ君と友達になるにはどうすればいいのか」という難題に、苦悶の表情を浮かべ頭を抱えながら部屋の中を歩き回り続けた。
そちらの方が私にとっては簡単なことなのですが、つくづく可笑しな方だ。まぁ今後とも子供達の事はゆっくり見守りながら、精一杯尽力していきますよ。
そうですねぇ、まずは『カメラ』でも買って色々備えておきましょうか。
綺麗に撮れる高性能の物を。
これから起こるであろう素敵な出来事を、ひとつも逃さぬようにね。
次話は主人公視点に戻ります。




