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46

少し流血表現がございます。

苦手な方はお気をつけ下さい。

 朝露に濡れた銀の刃が木漏れ日をキラリと反射し、水滴を払うかの様にクルリと回る。地面から1.5M程浮き上がった6本のナイフは、均等に間隔を空けて一列に並び、切っ先を此方に向けて揺れていた。

 切れ味抜群の小型ナイフをじっと眺め、柄の部分に意識を集めていく。


 クルッ

 空中で誰にも触れられていないナイフが縦に回転する。


 クルックルッ

 横に並ぶのナイフも徐々に回りだし、回転速度を増していく。

 

 ヒュンッ

 もっと・・・。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ

 ――もっと速く。

 

 銀の刃が茶色の柄と同化して見える程に回転速度の上がった事に小さく頷き、ジェノは膝に置いた指の先をピクッと動かした。

 6本のナイフがそれぞれ自在に動き出し、無造作に生えた木々の間を飛んでいく。隙間を縫う様に飛び交うも、うち2本は樹を避けられずに突き刺さって止まってしまった。


 「ありゃ」

 集中力を切らさずに残りの4本を操作するものの、1本は突如急上昇して天へと消えていく。更に1本が30m離れたテント小屋へと突っ込んでいった。

 悲鳴が聞こえた気がするが精神を落ち着かせ、思う通りに動かせ続けている2本に意識を向ける。


 「46・・・48mが限界か」

 離れすぎるとガタガタ荒ぶるナイフに範囲の限界地を見極め、ブーメランの様に引き返させた。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンビュンビュンッ


 ちょっ、これ速過ぎる!

 風をきる音がえげつなく、近づいてくる刃にジェノはつい腰を浮かせた。

 逃げちゃダメだ、ちゃんと操作しなくちゃ!

 

 先程樹に突き刺さって止まったナイフが半分以上くい込んでいるのがチラリと視界に入る。背筋に悪寒が走った。

 回転力が増し続けて加速した残りのナイフ・・・破壊力は如何程だろうか?

 当たったらヤバイ。ヤバイなんてもんじゃない。その先には確実に死が待ち受けている。


 ジェノの座る岩の後ろに聳える、二股に別れた木。

 そこにそれぞれ的を貼り付けており、ナイフを的の真ん中に刺すのが今回のミッションだった。

 しかし思ったより速度が出ているナイフに、足の震えを抑えられない。

 まずいっ、回転が速すぎて刃の位置が判断できない!

 自分の魔法に殺され――


 ゴガンッ!! ドガッ

 「――ひっ」


 ズドーンッ ガガガガッガガ ガンッ!

 「うぅおお・・・っ!?」

 

 左右斜め上から2つの衝撃音が響き、咄嗟に頭を両手で覆った。

 予想以上の衝撃が地面から身体へと伝わり、ジェノはきつく閉じていた瞳をそっと開いた。木屑が振り落ちてくる背後をおそるおそる振り返り、大きな黒目を更に見開く。


 「おわぁ・・・大惨事ぃ」

 

 二股の右側の幹に刺さったナイフは、的の中央を捉えた会心の一撃だった。しかし想定していた威力を遥かに超え、太い幹の反対側に半分程刃の部分が突出している。最後スピードを落とそうと念じなければ、80mはある幹を貫通し、被害は広がっていただろう。

 

 それよりも、とジェノは左側の幹の惨状を眼にして、額を押さえた。

 恐らくナイフの硬い柄の部分が直撃したのだろう。半分以上をポッカリと抉り取り、重みに耐え切れずにバランスを崩し後方へと薙ぎ倒されている。

 これは立派な自然破壊だな。


 「ゴメンよ、樹」

 重量のある樹をなぎ倒して尚止まらなかった殺人ナイフの行方を捜索すると、後方に位置する大岩にめり込んでいる。大岩全体に亀裂を生じさせて止まったナイフは引き抜こうとしても微動だにせず、ジェノは早々に諦めて他のナイフを回収してテントへと踵を返した。


 安物のナイフだし別にいい。問題は途中で空へと消えていった一本だよ・・・あれが落ちて人に当たったら大変だ。探しようがないから空を越えて宇宙まで行ってますようにと祈るしかないな。


 「ジェノ氏ぃ! テントが滅茶苦茶っすよっ、殺す気なんすか!」

 

 「あ」


 忘れてた・・・ゴメンよ、テント。

 



 パエリアとタコスにしようかな。あ、辛味チキンも美味そう。

 両開きの木製のドアが軋んだ音を立てるたびに、厳つい男達が入ってくる店内。薄暗いそこは酒とタバコの匂いで溢れ、高い天井には吐き出された白い煙が溜まって漂っている。


 やっぱりほうれん草のキッシュにしよっと。

 胸元がガッツリ開いた色っぽいお姉さんに注文を告げると、ウインクと共に真っ赤な唇が色っぽく投げキッスを寄越してきた。

 ジェノも器用にウインクを返すと、カウンターの奥でビールを注いでいた2人のお姉さんが「可愛い~」と眦を下げて、キャッキャッしている姿が見える。


 「褐色の肌と魅惑の色香を振りまくウエイトレス、良いっすねぇ~!」

 むちっとした健康的な太股をクネクネさせながら店内を歩く女性達は、ガラの悪そうな客を器用にあしらいつつホール仕事をこなしていく。

 

 昼間からアルコールに溺れて態度も声も大きくなっている連中は面倒臭そうだが、かなりのチップを貰えている様なので、割りは良いのだろう。

 運ばれて来た味付けの濃いサラダに齧り付き、騒がしい店内を見回していたジェノは場違いだなぁと内心で呟いた。

 

 所謂ガラの悪そうな大人のたまり場である酒場。

 廃病院を旅立って約一週間。

 たまたま立ち寄った開放的な庶民食堂は料理は美味しいが客層が悪い。

 

 奥の席で昼食をとっていたジェノとゴッデスとティアラの3人は、見ない顔だと周囲から注目を集めている状態だった。

 特にジェノに突き刺さる鬱陶しい視線は、いつまで経っても引く気配が無い。


 シンプルに纏めた少年の装いは良質な生地で繕われた一品で、荒くれ者の集う店内では浮いてしまっていた。

 あそこの集団はギャングってやつなのかな。堂々とナイフぶら提げてるけど、シナトリアの治安は大丈夫か?

 

 「ナイフじゃなくて鉄球でいいんじゃないすか? 威力は充分だし、わざわざ回す手間いらないっすよ」


 「うーん」

 

 記憶の中のスラム街よりかは大分マシな印象を受けつつ、別のテーブルで喧嘩が始まるのを眺めた。

 悪目立ちしている此方へと近付く連中もいるが、皆ティアラを見て引っ込んでいく。甲冑を身にまとった2m越えは、常に暴力と喧騒の中にいる者達でも尻込みしてしまう迫力に満ちていた。


 「病院にいた時よりスピードが段違いだったっす」


 そういや廃病院を出てもう一週間か・・・ロッツや課外授業はどうなったんだろ? 

 中途半端に抜けて迷惑を掛けてしまった事をずっと気にしていた。『採取はほぼ終わりだし後は薬の調合だけだから問題ない』と送り出してくれた姿を思い出す。


 「ヒュンヒュンって音してた方が何か格好良いじゃん」


 「そんな理由だったんすか!?」


 「恐怖を煽れる」


 「恐怖を煽りたいんすか!? 誰の恐怖を!? なんて物騒な・・・」


 「戦う前に心を折りたいんだ」

 

 「思考が怖いっす!」


 両腕で己を抱きしめるゴッデスに対し、「戦意喪失の極意だな」とティアラは兜をカチャカチャ鳴らして頷く。

 出立前にマーベラスから渡された毎日の修行スケジュールは、ジェノの成長を見込んで出されていた。今のレベルでは到底達せられそうも無い課題の数々だが、移動の最中も魔法の修行は欠かしていないお陰で、何となく魔法操作のコツを掴みかけている気がする。


 「今は6本中2本を操作するのがやっとだし、まだまだだなぁ」

 

 テントに突っ込んだナイフは寝ていたゴッデスの枕元の本棚に直撃し、本と棚の残骸が大量に寝床に降り注いだらしい。問題のナイフは本棚とテントを突き破って地面に刺さり幸い怪我人は出なかったが、今後は半径100mに人がいないのを確かめてから訓練しようと反省した。


 「2本でも自由自在に操れるなんて凄いっすよ! 危うく死に掛けたっすけど」


 周囲に重力を掛ける魔法とは別にナイフ自体を重くする魔法も使っている為、スピードと威力には自信があった。2つの魔法を同時に発動する高等技術により操作性に難ありだが、練習あるのみだとジェノは口元を綻ばせる。


 「100本のナイフを思いのままに飛ばせたら楽しいだろうな」


 そう語った仕えるべき少女にゴッデスは引きつった笑みを浮かべ、ティアラは「精進致せ」と豚の丸焼きを寄越した。

 よし、もりもり食べて特訓だ! いっただきまーす。


 「それにしてもジェノ氏、最近太ったんじゃないす・・・ぐごはっ!!」


 「え? 逞しい筋肉が付いてきたって? ふふふ、ゴッデスは良い事言うなぁ。ほら、ステーキをたーんとお食べ」


 「むごがぁっ・・・ちょ、まっ! 鉄板がっ、あっづ! 熱い熱いアツいっ!」


 「え? ドリンクも飲みたいって? しょうがないな」


 優しい声音で囁いたジェノは、煮えたぎった激辛麻婆スープを手に取った。


 「何かそれグツグツしてるんすけどちょっと待って待って待って嘘ッす太ってないっす! ジェノ氏は誰もが羨むスリム体形―― ぁっぎやぁああぁああ!」


 テーブルの下で屍と化したゴッデス。可愛らしく微笑む少女は邪魔な音楽家を足蹴にし、口元を上品に拭った。

 うーん、ナイフじゃなくて柄の部分も全てが刃だったら、回転をいちいち気にしなくいいかも。手裏剣とかどうかな? 飛びそうだけど刺さりにくいか・・・ビュンビュンって音を鳴らしたいしな。

 

 「また来てね~」と手を振ってくれるお姉さん達に朗らかな笑みを向けて、会計をティアラに任せて扉を潜る。物騒な事を思案しているとは微塵も思っていない女性スタップは、「可愛い男の子だったね!」「弟にしたーい」と華やいだ声を上げた。

 

 「食い終わったんならさっさと行くぞ。もう少し南にいった所に国境の検問がある。今日中に海沿いに辿り着きたい」


 姿が見えないと思っていたクラウンが不意に屋根の上から降ってきて、飄々と指差して告げた。国境という言葉に金髪の親友の姿が浮かび、ジェノはパッと笑顔を浮べる。


 「カルシェンツに会える?」


 「へえぇ~、ジェノはカルに会いたくて堪らないのかー」


 「あっれぇ~、会ったら殴るとか言ってなかったっすかぁ? 嬉しそうっすね」


 ニヤニヤしながら「そんなに好きなのかー」と弄ってくるゴッデスとクラウン。己の失態にしまったと顔を歪めたジェノは、尚もからかってくるゴッデスの脇腹に肘鉄を入れ、「早く殴りたいだけだもん!」と馬車へと逃げ込んだ。


 「やれやれ、ジェノも立派な恋する乙女だね」


 慈愛の色を瞳に浮べクラウンが悶絶しているゴッデスを踏んづけて歩き出す。


 「うっひょお! 超可愛いんですけど~」

 しかしその直後、進行方向を2つの影が塞いだ。


 「やっべぇマジやっべえ! こりゃ言い値が付くぜこりゃあ!」

 「ヒュ~ッ、可愛子ちゃんこんばんわ~」

 

 寒い季節にも関わらず、黒タンクトップに毛皮のマフラーという謎ファッションに身を包んだ2人組みの男達は、品の無い厭らしい笑みをクラウンへと向けた。


 「妖精ちゃんが現実世界に迷い込んじゃったのかな~?」

 「お兄さんが優しくお家に連れてってあげるからねぇ」


 品定めする不躾な視線は均等のとれたしなやかな肢体を下から上に舐める様に眺め、「うひひっ、うひ」と下品な笑い声を周囲に響かせた。

 実際は美少女ではなく三十路近い男であるが。


 「はぁ、邪魔」

 「うっひひっ、生意気な態度だと殴っちゃうぞ~」

 「商品に傷付けたく無いからさ、大人しくしてようね」

 

 凹凸のない体型をまだ成長途中だと勘違いし、「未発達なのも変態じじい共に需要があるから安心してねぇ」と検討違いな発言をした後、手を伸ばした。

 あの男死んだな。

 

 これはティアラが会計でこの場に居合わせなった状況が引き起こした惨劇だった。

 彼女が視界に入れば腕に自信のある者でもそうそう絡んでくる事はない。見た目的に完璧な美少女クラウンと、ヒョロ長いゴッデスの組み合わせじゃ抑止力は生み出せないのだ。

 声を掛けた美少女が一番ヤバイ人種だと気付いた時には、全てが遅い。


 「売る前にちょっと味見してあげ―― っ、熱・・・?」

 

 細い肩を掴もうとした汚い手から、ぽとっ・・・と何か落っこちた。

 掴むはずだった美少女が目の前から消えうせ、突然生じた不可思議な熱に反射で腕を引く。

 その後ろでニタニタと笑っていた連れの男は、先程地面に転がった『物』をぼんやりと視界に捉え、小首を傾げた。


 「あれ・・・あ? え、あれ、お前それ―― 指じゃね?」

 「っぎゃぁが、あぁあぁああああぁああ゛ぁあ゛あ゛あ゛っああぁああっがあ、が・・・ぐがっ」


 あまりの痛みと忽然と消えた4本の指。男の頭は己の身に降りかかった出来事を理解できず、ただただ激痛に悲鳴をあげる事しか出来ない。

 背後に回り込んでいたクラウンはゆるりと眉を顰め、「喧しいわ糞ったれ」と毒付いた。

 

 何処から取り出されたのか、赤黒い棒の先端が男の喉に押し当てられ、無様に響いていた悲鳴が不自然に止む。

 グジュッと音を立てた棒は煙を漂わせ、目を凝らせば周りの景色を歪める程の熱を発しているのが解る。


 「お、おい、おいおいおい!? 指っ、指が!」

 「ぐぅぐくっ、く・・・ぶぎっ、ぎぃぐ」

 「おいっ!?」


 「え、なになに?」

 「うおっ、マジでやりやがった」

 「ヒッ、血がっ」


 野次馬に遮られ、少し離れた馬車に居るジェノからは悲痛な悲鳴は聞こえるものの姿は見えない。

 きっとちょっとナイフで指を切りつけたり殴ったりしてるんだろうな。

 「やり過ぎなきゃいいけど」と悠長に男達の心配をする少女は、すぐ近くで指が切り落とされ火棒で喉を焼き付けているとは夢にも思っていない。 

 

 野次馬の声に興味を引かれつつ、店から出てきたティアラが「問題無用」と隣に座った為、ジェノはそのまま馬車内で待機する事にした。ティアラから渡された手裏剣を飛ばし、狭い空間での魔法操作を開始した。

 

 

 「て、てめぇえ! 何してやがるっ」

 所々斑に光る赤黒い20cm程の棒は薄い喉元の皮膚を一瞬で焼き、「ぐが、がふ」と悲鳴にすらならない音を紡ぐ男が魚の様に地面で跳ねた。


 「何? 何って防衛だろ。だって俺をどっかの変態に売りつけるんだろ? そいつは大変だ。怖いから自分の身を守らなくっちゃな・・・そうだろ?」

 「は、はっ、はあぁあ!? ふっ、ふざけてんじゃねえぇええ!」


 男達も周囲を囲んでいる野次馬も、皆平気で犯罪に手を染めているような連中ばかりだ。普段なら下品な争い事は日常のちょっとしたスパイスで、笑いながらで観戦するものだった。

 しかし誰も囃し立てる様な行為をせず、異様なまでに静まり返る通り道。

 

 「もう一つの方の指も無くしてやるよ。これで汚い指が何かに触れる事が無くなるだろ? 良かったな糞ッたれ」

 乱入する素振りも見せない異常な光景を作り出しているのは、間違いなく淡々と指を落としていく人物の存在だった。

 

 華奢な水色の髪をした美しい少女の纏う空気に、背中を伝うゾワゾワとした感覚が増していく。

 対峙しているのは別の者のはずなのに、喉元に冷たいナイフを突きつけられている様な錯覚に襲われていた。

 

 ゴクリと唾を飲み込んだだけで血が垂れそうな程、鋭利な何か。

 荒くれ者達は可憐な美少女に自分達が『恐怖』しているのだと気付くのに時間を要し、きちんと全てを理解した瞬間、全身に鳥肌が走る。


 雑草を摘むかの如く一切の気負いなくナイフを滑らせる様子は、美しかった。

 殺意もなく、大した意義もなく、淡々と、日常の一コマのように作業をこなすその姿に、恐怖が募っていく。


 金欲しさや性欲、生きる為の暴力に酔いしれていた日々。

 まだ楽しそうに人を襲う快楽殺人者の方が理解が出来る。

 野次馬の恐怖を煽った最大の理由は、クラウンから『衝動』を一切感じとれなかったから、である。

 きっと虫を潰すよりも簡単に、人間の息の根を止めるのだろう。


 お茶を飲むのと同じ所作で人を刺せる。

 トイレに行くのと同じ感覚で、首を折れる。

 靴を履くのと同じ要領で、火を放てる。


 あまりにも自然に命を奪えるのだろうと感じさせる、得体の知れなさ。

 動けずにいるそんな野次馬達を眺め、ずっと足元で寝転がっていたゴッデスはむくりと身を起した。

 どこか蔑む様な色を瞳に湛えつつ、音楽家は巻き添えを食らわない様にと見物客に紛れ込む。

 

 「っつ! うおぉっぉうううぅぅうううおおおぉぉおおおおっ!」

 

 ギラついた血走った眼でナイフを構え、突っ込む男。地面に転がされている仲間は徐々に声が小さく消えていっている。

 やらなきゃ殺される!

 恐怖に駆られ、使い古した愛用のボウイナイフを突き出した。

 

 明確な殺意を示す男と、鼻先に迫ったナイフに儚く微笑みを浮べる美少女の図。

 通り抜ける風に淡い若竹色のコートがふわりと空気を含んで揺れる。きめ細かい肌に流れる水色の髪は良く見ると頭皮に近付く程白く見え、地毛は真っ白な髪なのだとわかる。

 しかし間近に迫った男には、そんな事に気付く余裕はない。


 一歩も動かずに敢えて身を仰け反らせる所作のみでナイフ避け、足の筋肉だけで上半身を支える。地面と平行に背を倒したクラウンの顔の上に、ナイフを持つ腕が無防備に伸びていた。

 仰け反った体勢のまま悠長に掴み、ポケットから新たに取り出したプッシュダガーナイフを青白い血管へと突き立てた。

 

 プスッ

 妖精の微笑みに一瞬意識を奪われるも、腕に走った激痛に淡い思考は掻き消される。

  

 「っが!」

 「これは正当防衛だ」

 

 黒い柄の部分を人差し指と中指で挟み込み、男の肘の裏、柔らかい内側の肉に深く・・・深く差し込んでいく。一瞬の内に行われた戦闘は、クラウンの流れるような優雅な動きにより、ゆっくりと感じられた。見物客は不思議な感覚を味わいながら、2人をただ呆然と見つめる。

 

 「本当は殺されても、お前等は文句一つ言えないんだぜ? でも俺は優しいからな、ジェノの傍で人を殺したりしない。偉いだろ? 糞ッたれが!」

 プッシュダガーナイフを差し込んだまま、男の脇の方へ滑るように動かす。


 ズズッ スッ―

 

 肉の筋を切る感覚の後グリリと刃を回し、傷を広げていく。

 可愛らしい顔に噴出した血の飛沫が少し飛んで、舌打ちが響いた。服に掛からない様に反対方向に刺し傷を向けていたのに、出血が多かったようだ。


 「きったねぇ」

 耳障りな悲鳴を高熱の棒で消し、綺麗に畳まれた清潔なハンカチで頬と赤黒い指先を拭う。

 争い事とは無縁の清楚系美少女にしか見えない姿に、ゴッデスは「マジ詐欺っす」と呟きを落とした。


 「あんた等、ジェノ氏が近くにいて助かったっすね!」

 もがき苦しむ男達に軽い調子で話しかけ、ぎょろりとした眼が三日月の様に細められていく。


 現にジェノが半径100m圏内にいなければ、男達の命は無かった。

 ナンパやちょっとしたからかい程度なら骨折程度で済んだが、冗談だとしても『人身売買』を口にした以上、容赦はしない。

 自身とジェノを狙う犯罪者にはそれ相応の報いを科す。それがモーズリストの使用人であるクラウンの主義だった。


 「兄貴、マトリックスみたいだったっすね。流石っす!」

 「まとりっくす?」


 さっさと国境を越える為馬車へと足を向けた二人は、暢気に会話を始めた。


 「後ろに背を反らして攻撃を避けるのをマトリックスって言うらしいっす。メロス氏が言ってたっすよ」

 「ふーん、まとりっくすね。あいつって変な言葉知ってるよな」

 「黒い服を着て行うのが正式な儀式で―― っぎゃ!」


 馬車のドアを開けた瞬間、飛び回っていた手裏剣が猛スピードで外に飛び出し、避けたクラウンの後ろに居たゴッデスの耳を豪快に切り付けていった。


 「アイギィヤァアアアー! ヤァアー」


 「あ、おかえり。早かったね」

 

 「おう、ただいま。ちょっと小突いた程度だからな、大した事ねぇよ」


 「進行開始」

 

 「イグリヤァヤァアァアッ、痛いっすう! でもピリピリするこの感じ! なかなかに気持ちいい痛みっす!」


 「喧しいわ」

 

 「うるさいゴッデス」


 「騒音駆除」


 「酷いっす!」

 

 ゴッデスの悲鳴が木霊する中、何事も無かったかのようにゆっくりと走り出した馬車は町を後にし、国境を目指した。


 


 シナトリアから国境を越えヴェジニアへと帰還したジェノは、王都へ寄ってカルシェンツの屋敷を尋ねたかった。しかし編入試験の日時までそんなに時がないと告げられ、一時断念する事となる。

 モーズリスト家の屋敷にも戻れないのは残念だったが、ようやく戻ってきたヴェジニアの大地に心が晴れる気分だ。


 国境沿いを走る馬車とそれに続く荷馬車は、砂埃を巻き上げ颯爽する大型魔獣のタロ吉を引き連れ、尋常じゃない速度で滑走する。

 透視の魔法により巨大な魔獣の姿は見えなくしているらしく、時折唸り声を耳にするもジェノの眼にはタロ吉が映らない。


 魔法って便利だなと関心しながら地図を開くと、大分目的地へと近付いていた。明日の昼過ぎには学園に到着する事が出来る。

 ドキドキする胸を押さえ、キラキラと灯台の明かりを反射する漆黒の水面へ目を遣った。


 港から船で一時間の位置にある学園島へ思いを馳せ、寝やすく改造された荷馬車に寝転ぶ。

 明日・・・明日、僕は学園に行くんだ。


 産まれてから一度も通った事の無い未知の空間、学園『ジャスクロックス』へ――

 小波さざなみをBGMに、少女は眠りについた。

 


 

 「うわ、本当に街がある」


 島へ降り立ち10分程歩いた所に建物が密集しており、思わず声を上げた。

 想像よりも幾分大きかったひょうたん型の島には活気溢れる街並みが存在し、学生と思しき青年達やその使用人、商人や船員の姿を見受けられた。

 

 学区内には学生や教員・事務員以外立ち入れないらしいが、冬休みの今は普段より多くの商人が島へ訪れるのだと言う。

 シナトリアの街とは違った趣の建物が建ち並び、計算しつくされた近代的な街並みはジェノの目を引き付けた。

 縦に長く伸びた建築は少しの土地でスペースを確保できるし、画期的な設計だな。

 

 あいにくの雨模様も、好奇心が勝り心が躍る。

 明るめの黄色い粘土壁に赤茶の三角屋根が連なる大通りは可愛らしく映り、朗らかに長期休暇を過ごす学生達にジェノの顔は綻んだ。


 

 街の出入り口から出ている大衆向けの大型馬車を20分程利用し、正門前に降り立つ。

 横に伸びた大きな鉄格子から中を覗くと、遠くにぽつりぽつりと大きめな建物や施設が見えた。

 此処からは学園内部・・・島の半分以上が学園の敷地だって言うし、凄い広そうだな。

 

 「モーズリストさんですね、お待ちしておりました」

 どれが校舎なのかもわからない敷地内を興奮気味に眺めていると、横から事務員の人に声を掛けられた。


 「私はモーズリスト家当主代理の者です。連絡が行っているかと思いますが」

 「はい、承っております。確認事項等がございますので、此方で手続きの方をお願い致します」


 付き添いのクラウンの容姿に小さく目を見開いた女性は直ぐに物腰の柔らかい微笑みを寄越し、小奇麗な部屋へと案内してくれた。

 丁寧に対応してくれるお姉さんの説明に頷いて、簡単な書類に名前や年齢を記入していく。隣で小難しい用件を聞かされていたクラウンが、身分証の確認と重要な書類のサインを済ませるのを待った。


 試験ではなく魔力を所持しているか調べる検査のみだと聞かされ、ロッツの言っていた通りだなと小さく息を吐き出した。

 試験の可能性もあるかもって緊張してたんだよね、やっぱり魔法学科の編入はチョロそー。


 本人確認がとれた後、魔法学科の校舎へと案内される途中で「いってらっしゃい」とクラウンに送り出された。

 検査だけだとはいえ一人は心細く、見慣れない学園の雰囲気にキョロキョロと忙しなく瞳が動いてしまう。



 

 「初めまして、ジェノ・モーズリスト君。私は魔法考古学授業を担当しています、バイオ・リティです。よろしくね」


 「ジェノ・モーズリストです。よろしくお願いします」

 

 案内されたのは程々の広さの白い個室。

 4つのベットが並べられた空間をぐるりと見渡し、ドア横で直立している人体模型で視線を止めた。

 保健室ってやつかな。

 

 門から10分以上歩かされて辿り着いた円形の建物は、普通科の校舎だと教えられた建物より大分奥まった場所にある。その事から魔法学科は他から隔離された一番遠い位置に存在するのだろうと推察できた。

 想像以上に島も学園もデカイ。これは慣れるまで迷子になるぞ。


 「最先端の技術で魔力数値化を行い、検査をしていくからね」

 腕に装着された3つの腕輪。

 四方に組み込まれた大き目の魔宝石が、存在を主張するかのようにキラリと煌く。

 無表情の人体模型が動かない事を恐々と確かめつつ、石製で作られた冷たい腕輪を無意識に触った。

 

 「従来のものより短縮化されて痛みも感じない、最新鋭の物なんだよ」


 「検査って、昔は痛いものだったんですか? 何かムズムズします」


 触らない様にと言われたが、測り終えたら音が鳴るらしい腕輪が気になって仕様が無い。

 白衣に身を包んだ教員が腕輪に埋め込まれた魔宝石を覗き込み、なにやらボードへと記入していった。


 「飲み薬は副作用があったし、採血の場合は貧血と痛みがネックだったからね」


 ジェノはスラム街出身で、出生届を提出したのはモーズリスト家に連れて行かれる直前だった。その為赤子の段階での検査を受けていない。通常ならば生まれた数日後に検査を受ける規定があり、国が認知した検査団が家にやってくるらしい。

 モーズリスト家で初めて受けた魔力検査は、オババ様が作った水晶球に手を置いて測るやり方だった。


 「2年前にカルシェンツ殿下が検査魔具を開発されて、全世界が涙を流して喜んだんだよ。知らないかい? 当時新聞の号外や特許の取得で凄い騒ぎだったんだけど」


 「すみません・・・世間に疎いもので」


 カルシェンツさん、流石です。

 いつもながら功績が半端じゃない。そういや魔法具の開発に力入れてたな。


 「赤ちゃんの時は覚えてないだろうけど、魔力を吸収する特殊な液体を飲ませるんだ」


 「液体ですか?」


 「うん。その後の排泄物を検査して、魔力が付着しているかを調べる」


 「排泄物!? それってウン・・・あ、いや、おしっ」


 あれですね、小便とか、大便とかですね。・・・マジか、腕輪で良かったー。


 「簡単に測れる装置も出回っていたりするけど、殆どがガラクタでね。有名な魔法使い監修の物でないと信用ならないから、排泄物検査が一番確実だったんだ」


 「へぇ」

 

 飲み薬検査の場合かなりの量の排泄物を提出しないといけないらしく、赤子ならまだしも大人には辛いものがある。

 画期的なアイテムのお陰で痛くもなく嫌な思いもしないで済む現状に、傍に居ない親友へ感謝の念を送った。

 

 親愛なる友、カルシェンツ。

 ありがとう、君のお陰で今の僕があります。いつも辛辣な手紙しか返さなくてごめんよ。

 しかしこれで例の写真の件はチャラになったりしないからなっ、出会い頭は覚悟しておけ!


 「腕輪が一つでも鳴れば魔力を備えている証拠だから、直ぐにでも帰れるよ」


 「はーい」


 話を聞いてる間にゴーンゴーンと鈍い鐘の音が鳴り出した。

 よし、街にでも寄ってから帰ろうかな。

 ジェノが勢いよく立ち上がったその直後――

 

 リロリロリロリロ、ピッピッピッー  ゴーンッ

 三つの腕輪全てが鳴り響く。

 

 「っ!?」

 「あの、お手洗いってどちらで」

 「せっ、先生!」


 腕を差し出し帰る気満々の暢気なジェノとは対照的に教員は慌てた様子で立ち上がり、サポート役の若い女性は重要そうな書類を床へぶちまけた。


 「な、なっ!? 3つ共!? ちょっ、まま、まっ、待ってて! そそそそのまま動かないで下さいねっ」


 「ん?」


 慌しく部屋を飛び出して行ったかと思うと足音がバタバタと複数に増え、周囲を白衣とローブを羽織ったおじさん達に囲まれた。


 「え・・・えっ? 何!?」

 

 「おおっ、本当に3個共反応している!」

 「キラッキラしとるのぉ」

 「ううむ、鐘の音が鳴ったのは初めて聞きましたな」

 「私もです。具体的な数値はどうなのです?」

 「以前学科長が鳴らしていましたが、他の魔法教員ではうんともすんとも反応させられなかったはず」

 「素晴らしい! 素晴らしいですよ実に!」

 「数値は・・・ちょいと読み取れないのぉ。壊れてはないようじゃが」

 「どんどん音量が増していっているところを見ると、まだまだ測りきれない魔力を所持している可能性がありますな、こりゃ」


 突然入ってきて興奮気味に喋り出したおじさんやおばさん達は何やら楽しそうだ。

 ジェノだけが押し黙り、縮こまるように首を竦めた。

 何なになに!? 誰この人達!

 

 「もっと精密に色々な検査をした方がいいのでは?」

 「ああ、確かに。これは便検査や採血も行った方が正式なデータが――」


 「嫌です!」


 不穏な展開につい大声を上げてしまったジェノに、一斉に視線が集まる。

 ぎゅっと拳を握り締め、思いっきり頭を振った。

 せっかく排泄物検査を回避できる感じだったのに絶対に嫌だ。そもそも魔力がある時点で入学は決まったようなものなのだから、精密に魔法量を測る必要はないと思うんだよ、うん。


 「そうね、旧式の検査では時間が掛かるもの」

 「うむ、全部やるのは酷というものじゃ」

 「しかし間違いなく貴重なデータですぞ」

 「だからと言ってー」

 「あの~・・・せっかくこの場に本人がいるのですから、実際に見せてもらうのはどうでしょう」

 「おおっ!」


 一際若いローブ姿の女性の言葉にバッと視線が集まり、次にジェノへと注がれる。

 え、それって魔法を発動させるって事?


 「うむ・・・ジェノ・モーズリスト君」


 「は、はい」


 「想定外の事態により、これから君の魔法を見せてもらいたい」


 「試験の様な形になってしまうけど、学園への編入は既に決まったから、緊張しなくて大丈夫だよ」


 試験、か。

 とにかく実践で魔法を見せろって事だよね? まぁ便検査よりはマシだし、どんな魔法か興味あるだけみたいだし、まぁいいか。

 了承の意を伝えたジェノは鳴り止まない3つの腕輪を抑えるように撫で、面倒な事になったなぁと内心で呟いた。


 「では皆の者、早急に演舞の間へと移動だ!」

 「「「はいっ」」」


 こうして魔法学科の編入を無事に決めたジェノは、大人達の興味と興奮と熱気により、実施試験へと臨む。


 「が、頑張ります」


そろそろ王子様との再会回が見えてきた気が・・・します。


お読み下さり、ありがとうございました。

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