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42  ロッツ・トイス

引き続きロッツ視点です。

 都市伝説をご存知だろうか? 本当か嘘かわからないとても曖昧な噂話。

 どこから広まったのかいつ頃の話なのかも定かではないソレを、小さな子供から大人までもが耳にし、つい語り伝えてしまう。

 

 ヴェジニア国にもそんな都市伝説とされる話がいくつかあった。純粋で信じやすい子供達を怖がらせ、躾けに苦労する親は切り札として利用する事もある。


 「早く寝なさい、じゃないと赤狂いが来るよ!」

 そう告げただけで大人しくさせる『赤狂あかぐるいの鎖鎌くさりがま』は、ヴェジニア国のみならずフルール大陸全土に浸透している有名な都市伝説の一つだ。

 

 『遅い時間に外を歩いてはイケナイ

 前から小さな人影が歩いてくるから

 ヒタ ヒタッ ヒタヒタ

 裸足の足音に目を凝らしてはイケナイ

 「うつむいて~」

 頭の頂辺から爪の先まで全身真っ赤に染まった子供が、鎖鎌を背負い笑っているから

 ヒタヒタとゆっくり歩を進める子供からは逃げる事は出来ない

 いつ間にか足元に立ってけたたましい奇声をあげているから

 「うつむいて~」

 決して俯いてはイケナイ

 子供と目を合わせてはイケナイ

 視界を真っ赤に染められてしまうから

 赤、赤、赤

 

 真夜中に血に染まった子供を見かけたらご注意を』


 真っ赤な子供は男の子の説が有力で、たまに女の子バージョンも聞くが本に載っているのはどれも少年として表記されている。

 どこにでもありそうなこの都市伝説が20年程前から急激に広まり、一際有名になったのには明確な理由があった。


 それは『赤狂いの鎖鎌』が作り話ではなく、実際にフルール大陸で起こった残忍な事件をモデルにしたものだからだ。

 当時新聞に頻繁に取り上げられた子供の殺人鬼は、巨大な鎖鎌で非情な殺しを繰り返しながらも、一度も捕まる事はなかった。詳細のわからない殺人鬼はその後都市伝説として語り継がれた。

 

 最初に新聞に載ってから約20年以上の月日が立ち、公表されているだけでも殺された人間は軽く50人を超える。一時期別大陸にも現れたと話題になっていたが現在は消息不明。模倣犯と思われる犯罪も多い。

 

 「赤狂いは死んだって僕聞いたよ」

 肩ごしに顔を覗かせた少女を振り返ると、サラリとした黒髪が頬に触れあまりの近さに鼓動が跳ねた。

 

 「誰に聞いたんだ?」


 「メロス。あとうちの料理長も言ってた。奴はもう居ないって」


 ロッツの愛用本『殺人者の構造と成り立ちの解明 ~鮮血の実録~』に掲載されている殺人鬼のイメージ画を指でなぞりつつ、「だから怖くなんてないよ」と少女は話す。

 課外授業で使う薬草を探しに向かうためラウンジに集合した2人。他のメンバーを待つ間暇つぶしに書物を見ていたのだが、少女の得意げなドヤ顔に思わず笑みがこぼれた。


 「そうか、なら安心かもな。何でジェノの家の者がそんな事を知っているのか気になるけど」


 「確かに。メロスが当然のように言うから僕信じてたけど・・・何で言い切れるんだろ」


 「じゃあジェノ、この犯罪者は知ってる?」


 首を傾げながらソファの隣に腰掛けた少女に、本を掲げてある一ページを指差す。

 薄暗い湖の畔で撮られた小柄な老人の写真。


 「ザイハーバー? 何やった人なの?」


 「とある宗教団体の教祖だった者だ。15歳で既に尊師と呼ばれた別大陸ではかなり有名な人物なんだよ」


 幼い頃から催眠術が使えたと言われるザイハーバー・ビィは、自らの手を汚さずに犯罪に手を染めていく。

 強力すぎる催眠術『拒絶不可能な暗示』と呼ばれた彼の魔法は、人間の脳や心理を操るその手の能力の中で桁違いの効力を見せた。


 恐らく世界規模、人間ヒトの長い歴史から見ても間違いなくトップだろう。

 洗脳した人間を「道具」と呼び、己の代わりに様々な犯罪に手を染めさせる。

 『ベットで寝ていた筈なのに気がついたら見知らぬ人を殺していた』

 そう訴える者達が一時期急増し、多くの民が理不尽な恐怖を味わった。


 「70歳を過ぎた頃に一度数々の犯罪記録を自伝として本を出したりもてる」


 「おいおい完全に警察をおちょくってるな」


 「一度捕まった経歴があるが、裁判官や証言人を洗脳し無罪放免として出所してるんだ。奴の能力は厄介過ぎる」


 多様な犯罪の中でも悪質と言われているのは、60歳頃に行った狂気的な実験。

 まず病院に侵入し生後間もない赤子に暗示をかけて周る。

 数年後、突如数人の子供達が親や周囲の人間を刺し殺すという事件が起こった。そのまま姿を消した子供達はザイハーバーの元に集まり、殺しの技を磨いていく。


 「何で赤子に暗示かけたの? 数年もかかってるし、其処ら辺の子供洗脳した方が早いじゃん」


 「大人よりも純粋な子供の方が催眠術にかかりやすく従順なんだそうだ。その子が成長すると普通に洗脳した者より良い成果をあげるらしい」


 書き記された本によると、何故か運動能力が向上したり爆発的な破壊力や五感を備えた者が多く出る。

 そこで人生に退屈していた男は考えた。

 『想像を超える怪物を造れないだろうか』と。


 「他にも偶然近くを歩いていた人に己の肉体や臓器の一部を移植手術したという記述も残しているし、元々人体実験に興味があったんだろう」


 「は!? なにそれっ、何のために?」


 「魔法を使える人間の臓器なんかは他者に移植すると、極まれに能力を引き継ぐ事例があるんだ」


 「あぁ・・・魔法を使える人の死体は高額で売れるってやつか」


 頭のイカレタ男は自らの身体にメスを入れ、関係のない人々を巻き込んで実験を楽しんでいた。移植され能力が芽生えたという話は今のところ報告されていない。発症した人は出なかったようだが、もし催眠術を使える者が増えていたら大変な事態になっていただろう。

 

 使い方次第では国や世界が滅ぶ危険性を持つ脅威的な能力だ。

 そう考えると有権者や権力者、王族といった位の高い人々を狙わず、一般市民をターゲットに殺戮を繰り返していたザイハーバーはまだマシだったのかもしれない。残忍な事にかわりないが、齎らされていたであろう被害は比較にならない。


 「赤子のうちから洗脳を受けていた子供達の話なんだが、5人の内1人だけ異様だったらしい。並外れた運動能力で他を圧倒し、驚異的な生命力や俊敏性をみせたんだ」


 下唇をキュっと噛んで真剣に耳を傾けるジェノと目が合い、ロッツは自然と頬が熱くなるのを感じた。ポーカーフェイスには自信があるが、勝手に上がりそうになる口元を抑えるのに苦労する。

 なんか、ジェノを見てるとムズムズするな。冬なのに暑い。


 「ザイハーバーは特にその子を気に入り、手塩にかけて暗殺や心理術を教育して理想の犯罪者を作り上げていった」


 「ヤバイじゃん!」と肩を揺らしてくる少女に耐えられず、ロッツは笑崩れてしまった。


 「そう、ヤバイんだよ。凶悪な教祖ザイハーバー・ビィ。彼の実験史上最高傑作と言われている少年こそが――」


 都市伝説『赤狂いの鎖鎌』なのだから。

 ニヤリとした笑みを見せた青年の後ろで扉が開き、遅れていた2名の男女が姿を現した。


 


 「あ」

 

 大量のオレンジを詰め込んだ大きな紙袋が寂れた本屋の前で止まる。前を歩いていた少女の視線を追い古本が立ち並ぶ小屋をチラリと見遣るが、独特なカビ臭い匂いに近づく気にならない。

 曇天が広がる空模様に眉を顰め、ロッツは夕刻を知らせるブランド物の腕時計を手持ち無沙汰に弄った。

 

 山に入ってから一度も訪れなかった麓の町。

 建物の殆どが石造りで出来ている都市部とは違い、閑散とした小規模な町は丸太を使った建造物が多く見られ、遠目には四角い簡素なテントが立ち並んでいる。


 「此処の者たちはまともに生活できているのか? 扱っている果物は萎びてるし、魚も乾燥している」


 毎回仕入れしている市場だとジェノは話していたが、大都市の賑やかな雰囲気しか知らないロッツとって新鮮味が感じられない食材は驚きで、買い物意欲が全く沸いてこない。


 「海が近くにないし年間通して此処は寒い気候だから仕方ないよ。ちゃんと流通して商品の取引が行われてるみたいだし、全然良い方じゃん」


 「そうなのか?」


 淡々と話す少女は凝視していた本屋の前を通り過ぎ、馬車一台通るのがやっとの市場をキョロキョロと眺め小さなナイフを数本購入した。

 

 「道に倒れている人も妙な薬を売ってる連中もいないでしょ。裕福じゃないけど人としての生活が送れる町だ」

 

 人としての生活・・・ジェノは時々神妙な事を言うな。

 ふとした瞬間、どこか遠くを見ている少女。

 傍にいるのに一向に近づけない、そんな感覚を味わう事が多い。

 

 昼間の課外授業では二手に分かれて薬草を集めたのだが、彼女とはペアになれなかった。

 何とか役に立ちたいロッツは夕飯に買い出しに向かうと言う彼女に荷物持ちを名乗り出て、豪華馬車を手配したのだった。

 

 「サントス氏サントス氏! 栗売ってるっすよ、買って欲しいっす!」

 「・・・」

 「あの子可愛いっすねー、やっぱ町に来たからには看板娘の一人や二人ナンパしなくちゃ始まらないっすよね! サントス氏男前だからちょっと誘ってきてくれないっすか? 良い感じのところで俺が皆持ってくんで」

 

 一通り買い物を済ませブラブラと町中を歩く子供達の後ろには、トイス家執事であるサントスとモーズリスト家の自称天才音楽家、ゴッデスの2人が護衛として付き添っている。


 「あっ的当てやってるっす。ああいうの見ると自分にぶつけて欲しいって思わないっすか? ヤバイ所に当たったらって想像するとゾクゾクするっす。ふぅううー ダーツも興奮するっす!」

 「・・・・・・」


 異様に手足の長い高身長のゴッデスはギョロリとした大きな眼で忙しなく周囲を窺い、寡黙な執事に話しかけていた。しかし移動の最中から完全に無視されている。

 一切応えないサントスにも問題あるが、気にせず終始騒がしい男にロッツは不信感を募られていく。ジェノは「ただの変人だから気にするな」と言うが、妙に観察する様な視線を向けられて落ち着かない。

 

 「サントス氏ぃお腹空いちゃったんで何か奢って下さいっす。子供達の護衛はちょっと休憩して向こう行かないっすか?」

 「・・・」

 「うおっ、あの女性セクシーっねぇ! サントス氏はどんな女の人がタイプっすか? 俺は色んな意味で刺激をくれる女性にトキメクっす」

 「余所の執事さん困らすんじゃないゴッデス! 何しに来たんだよ全く」


 睨む少女を見て嬉しそうにヒョロ長い身体をクネらせた男は、「ナンパっす!」と元気よく答える。


 「どうせ成功しないからもう帰れ」

 「ジェノ氏は俺を舐めてるっすね! 渾身の口説きテクを披露してあげるっすよ。ジェノ氏はこれでメロメロになる事間違いなしっす!」

 「ほう? やってみろよ」


 ゴッデスは不敵な笑みを浮かべた後、ジェノから距離をとった。

 「パカラッ パカラッ パカラッ!」

 両手を前に出し奇妙な走り方で近づいてくる男に形の良い眉を顰め、「何の呪文だ?」と呟く。

 

 目の前まで来た所で「とう! ふぁさー」と謎の効果音を自分の肉声で表現し、片膝を付いて少女の小さな手を取った。

 長身の男は膝を折ってもジェノが見上げる形となったが、意外に様になった所作で隙の無い身のこなしを披露する。


 「ジェノ氏、俺と・・・」

 「ん?」

 「俺と、親友を前提にお友達になってください!」

 「!?」

 「運命っすから。とにかく、あー・・・別に根拠は無いけど運命っす。運命って事にしておけばオールOKっす。おぉー親友ぅ~ イエス、ディスティニィイー!」

 「おい」

 「あ、歌作るっすか? でも俺作詞作曲とかした事ないっすー」

 「おい、どういうつもりだ」

 「あっストーキングなら真似できると思うっす! 裏で賄賂と権力を駆使して詳細なスケジュールとプライバシーな情報を入手して常に後を付ければ完璧っすよね」

 「おい自称変態音楽家」

 「天才っすよ!」

 「歯ぁ食いしばれ」


 どんどん声のトーンが低くなってゆくジェノに不穏なモノを感じ取ったのか、ゴッデスは距離をとろうと立ち上がろうとした。しかし――


 「ぅぐっ、動かない!? ちょちょっ、ジェノ氏待ってほしいっす! 有り得ない重力が膝にかかってるんすけどー」

 「何のつもりかって聞いてるんだけど、答えてくれないかなゴッデス君」

 「痛い痛い痛い痛いっ! だって実際これで落ちたじゃないっすか! ジェノ氏は変わった趣味してるんだなって、ああいうのが効果的なんだなっていう俺の天才的な考察っぐ痛い痛いイッターい!」


 ジェノはただ立っているだけでゴッデスに危害を加えている様には見えないが、男は大袈裟に悲鳴を上げブンブンと首を横に振った。

 暫くすると痛がりながらも嬉しそうに笑みを浮かべ始めたので、遊びでやっているんだなと溜息を付く。


 「マゾって厄介だなぁ、どうしたら反省するんだ?」

 「俺はわかってるっすよ。エンジェル氏に惚れた時点でジェノ氏も充分変態の素質があるっす。友は類を呼ぶってやつっすね!」

 

 コソコソと耳元で囁いたゴッデスの声は離れた位置からでは聞こえなかったが、その後盛大な悲鳴を上げた男を見る限り懲りずに余計な発言をしたのだろうと察し、ロッツとサントスは呆れたように顔を見合わせた。

 

 「ジェノ氏ー、エンジェル氏を特集した本があるっすよ。ほらほら!」

 「お前いい根性してるよな。それはさっき僕も見かけたよ」


 先ほどジェノが不意に足を止めていた本屋を覗きこんで、ゴッデスは両手を大きく振った。

 

 「エンジェル? 天使の本か?」

 

 「いや、政治の本」


 「何故天使が政治本に・・・? ジェノ、それ持つよ」


 そう言って手を差し出したが、これはボランティアの仕事だからと首を振られ、軽い荷物しか寄越してこない。数分前にロッツに手渡されたバケットも付き添いの執事に持っていかれた為、完全に手持ち無沙汰だった。

 ゴッデスには重い荷物を遠慮なく押し付けてるのに、何で俺には・・・これじゃ付いてきた意味がないではないか。


 「あ、ちょっ!」


 「これは俺が運ばせてもらう。ジェノは見たい本があるんだろう? 行っておいで」


 「え・・・うん、ありがとロッツ」


 強引だが果物を奪うことに成功したロッツは片目を瞑り、ジェノを本屋へと促した。すると横で豆を炒めて売っている年配の女性に「紳士だねぇお兄さん!」と軽快に話しかけられる。

 しかし慣れない庶民との遣り取りにどう返していいかわからず、一瞬固まってしまった。

 

 生粋の貴族である青年はこんな風に町中を歩いた経験が無い。馬車で通り抜ける事はあったとしても、少人数の護衛しか付けずに出歩くなど危険行為にほかならないのだ。この場に父親が居たならば、トイス家後継者としての自覚が足りないと叱られていただろう。

 

 そう考えると、サントスはよく許可したな。モーズリスト家の護衛も一緒だからか? いや、ジェノがモーズリスト家の者だとは知らないはずだ。

 父上からの信頼も厚い有能な執事はたとえ跡取りが相手であっても厳しく指導し、指摘してくる。

 庶民の者との交際に関して何も言ってこないのは何故なんだ。


 「サントスお前、俺とジェノの話は耳にしているよな? てっきりお前に小言を言われるものだと思っていたが」


 「ええ、普段の状況でしたらご自身の立場を見直すようにと苦言を呈したでしょう。が、今回の遠出ではなるべくロッツ様の好きにさせるようにと旦那様より言いつかっております」


 淡々と話す執事の言葉に青年は目を伏せた。

 『俺の好きなように』本当にそう仰っていたのならば、やはり父上は俺の事はもう・・・

 

 「本音を申し上げますと安心致しました」


 「は?」


 「ロッツ様が女性に興味をお持ちになった事についてです。仲睦まじく話されている様子に心底驚いている次第でございます」


 「その顔で?」


 「ええ、驚愕しております。普段よりも口元が緩んでおりますでしょう?」


 全く動かない表情筋を凝視するが鉄壁のポーカーフェイスは微動だにせず、サントスの心の機微を察する事は叶わない。


 「心配していたのです。もしやロッツ様はあっちの趣味があるのでは、と」


 「おい」


 「ですからジェノというあの少女には感謝しております。お二人の仲を応援するという訳ではありませんが、旦那様の意向次第ではサポートしますよ」


 「俺も協力してあげるっすよ!」


 「っ!」


 いつの間に近づいていたのか、左隣からゴッデスが顔を覗き込んでくる。


 「うちは女性陣が皆エンジェル氏推しなんすけど、俺は中立な立場なんす。ファスト氏みたいに猛反対ってわけじゃないっすけど、わざわざ茨の道に可愛いジェノ氏を進ませるのはちょっとなーっと思ってるんすよ」


 「はあ」


 三日月型に細められた目元に口角がニィ~と近づき、骨ばった長い人差し指がクルクルと視線の先で回された。背後に控えるサントスがゆっくり剣の柄に手をかけたのを察し、ロッツも緊張を走らせる。

 

 「ジェノ氏の気持ち有りきっすけど、ロッツ氏なら一番手ごわそうなマリー氏も「美少年だからOK」って多分邪魔してこないっす。だから俺はロッツ氏に一票入れるっすよ」


 粘着くようなねっとりとした空気が首元に絡みつく。ゴッデスが愉快そうに喋る度に、首に巻いたマフラーが徐々に締まっていく感覚を味わった。

 

 「ジェノ氏が幸せになれるなら相手は誰でもいいんすよ俺は。あの子はもう充分苦しんだ・・・たとえ運命でもエンジェル氏は不幸を呼び寄せるっすから」


 細く糸の様になった目の隙間に色味はなく、全て黒目なのではと錯覚するほど白い部分が見当たらない。

 息苦しいっ。


 「でも悪しきものを瞬殺できる力持ってるって聞いたし、そうなったら別にエンジェル氏に加勢してもいいんすけどねぇ~。どう思いますロッツ氏ぃー」


 「一体何の話だ」


 「ハハッ、そりゃそーだ」


 好き勝手言い終えると何事も無かったかのように距離をとり、先程までの気楽な雰囲気に戻っていた。主である少女の元へとスキップして行く男を横目に、歩み寄ったサントスが「あの者には気を許されませんように」と進言してくる。

 真冬に変な汗を大量にかいたロッツは無言で頷いた。


 「敵意は一切感じませんでした。が」


 「が?」


 「気味の悪い変態臭を察知しました」


 「ああ、それは俺も充分感じたよ。特に目がヤバイ。間近で見ないほうがいいぞアレ」


 ジェノは一緒にいて大丈夫なのか?一介の音楽家(自称)が危険な匂いを発しているなんておかしいだろう。まぁモーズリスト家の使用人だしな、変な奴が仕えていても妙に納得してしまうが。


 

 そうこう考えている内に街頭が灯り始め、買い込んだ荷を馬車に詰め込んで病院へと引き返した。隣で買った本を熱心に読むジェノは、山道で揺れの激しい馬車内でも集中力を乱さない。

 ボランティア活動しながら医療の勉強を怠らない彼女の聡明さには関心せざる負えない。この集中力が頭脳明晰の鍵なのだろう。


 「この本にもザイハーバーと赤狂いの鎖鎌には繋がりがあったって書いてある」

 有名な事件や凶悪犯を記した本を開く少女に、クイクイっと袖を引っ張られる。


 「殺す人物の指示を出していたんじゃないかって」


 「うん。でも赤狂いの鎖鎌は催眠術にかかりにくい体質だったって説があって、何度も何度も洗脳し暗示を重ねた事で強靭な戦闘力を得たんじゃないかとも言われてる」


 「へぇー!」


 「ちょっ!? 何の話してるんすか二人共! あっ、赤狂いって」


 「ゴッデスも赤狂いの鎖鎌は知ってるよね? 興味深い説が多いんだ。世の中には危ない人間がゴロゴロ潜んでるんだよ」


 「奴は死んだっす」


 「あっ」

 

 「もういない人間の話はしなくていいっすよ。物騒な本はもう見ちゃダメっす」


 本を奪い「楽しい話をしましょう」と言ったゴッデスの眼は、一切笑っていなかった。深く突っ込んではいけない空気にジェノもロッツもそれ以上話せず黙ってしまう。しかしムッと頬を膨らませた少女は向かいに座る男の無防備な脛を思いっきり蹴りつけた。

 さすがジェノ、尋常じゃなく痛そうだ。でも相手は嬉しそう・・・こういうタイプにはどう対処すればいいのだろう。うーむ本当に厄介だ。




 翌日も昼食後から肌寒い野山に踏入れ、各グループ毎に薬草探しで散っていく。薄ら見える霜柱に視線を走らせながら木の実や植物を袋へと詰め込み、どんよりとした鉛色の空を仰ぎ見た。


 「あたし達のグループ凄く順調ですよね! 他の班と比べてかなり進んでると思うんです」

 見目麗しい一組の男女が一瞬視線を交わし、男はそっけなく逸らす。


 「でも一昨日フット様との散策だったんですけど、あんまり動いてくれなくて・・・あっ勿論フット様は貴族の方ですしあたしがいっぱい働くのは当然なんですけれど、ロッツ様は誰よりも率先して森へ入られるじゃないですか。知識量も素晴らしいですし、本当に素敵な方だなって」


 ボランティアとして病院を訪れている少女、キャンディ・エンバー。

 シナトリア国出身の彼女は、華のある顔立ちとバランの良いスレンダーな体型で人目を引く農家の娘だ。

 俺にはよくわからないが男性陣からの人気が高いらしく、フットはいつも「とっても可愛いんだな!」と興奮気味に捲し立てている。


 「家柄とか関係なく自然と頼りにしてしまいますし、導かれている様な気持ちになって・・・上手く言えないですけど、ロッツ様にはそういった魅力がありますよね」


 歩き回るにも関わらず真っ白な毛皮のコートを着用し、ヒールの高いブーツに大きく胸元の開いたセーター姿。泥がかかる度「やだぁー」と声を上げるキャンディは、見向きもせずに歩き続けるロッツに男ウケの良い必殺スマイルで話しかけ続けた。

 

 きっと彼女は女の子らしいのだろう。そういう点が「守ってあげたい」という男心を擽り、頼りにされる事で男の虚栄心を満たす。

 しかし青年は正面を向いたまま表情を崩さなかった。歩幅の違う足を必死に動かして横に並ぶ少女の熱視線をシャットアウトし、業務的な返答を突き通す。

 ジェノが連れてきた子だし、蔑ろにしたいわけではないが。

 

 「あたしロッツ様に会った事で貴族の方のイメージが大きく変わったんです。以前は萎縮しちゃうだけだったんですが、尊敬出来るロッツ様に出会ってここ数日胸がドキドキしてるんです。あたしどうしちゃったんだろ、顔熱くなってきちゃった」


 サポートを惜しまないキャンディは薬草の勉強を積極的に開始し、ただキャーキャー騒いでいるだけの女共と少し違う事はわかっている。

 わかってはいるが、どうにも狡猾さが垣間見え警戒心が生まれてしまう。

 

 「あ、あのっ本当にロッツ様は素敵な方だなって! 凄く格好良いですし、あの、えっと」


 そっけない態度で脈がない事を察したのか、焦って取り繕いだしたキャンディ。

 通常なら可愛らしく人気のある女子に褒められるのは嬉しい事なのかもしれない。しかし幼い頃から褒められ慣れている青年は別段何の感情も沸いてこなかった。

 

 父親や国王様からの賛辞であるなら嬉しく思うが、特別な事をしていないのにここまで褒めちぎられるのは些か疑問だ。

 他人からの評価や声に振り回させるようでは駄目だ。己を強く持ち結果を残す事に意識を向けた方がいい。精進すれば父上もきっと・・・


 「あっ、あとジェノちゃんもロッツ様の事を――」


 「ジェノ? ジェノが俺の事何か言っていたのか? 一体どこを褒めたんだ?」

 

 「え? あの、そのっ」


 「俺の行動か、性格か、それとも外見か? その時はどういった状況で俺の話になったんだ」


 適当な返事しか返していなかった青年に急に詰め寄られ、目を白黒させた少女は間近に迫った端正なルックスに頬を染める。しどろもどろで話すキャンディを凝視しながら、ロッツの脳内は違う女の子の事でいっぱいだった。

 あの子が俺のどこを良いと感じるのかが全くわからない。


 「ふくらはぎの筋肉が綺麗だと言ってました。あと食べるのが速いのに上品でスマートに見えるから、今度コツを聞きたいと・・・爆食いする時の為にその技を習得したいって」


 「他にはないのか」

 

 質問をしながら、心の中で首を傾げた。

 あれ? ジェノの名に過敏に反応してしまったが、ついさっき父上と王様以外の評価は気にしないとか思ってなかったか? 何でこんなに必死になっているんだ俺は。 


 「ロッツ様って、本当にジェノちゃんの事がお好きなんですね」


 「は?」


 「あーあぁ、自信あったのにな。ジェノちゃん可愛いけど独特だし言動も女の子っぽくないし、貴族の方にはウケないタイプだと踏んでたのに、残念です」


 俺が、ジェノを好き?

 あぁ付き合っているフリをしているわけだからそう見られるわけか。


 「ジェノちゃんはグループに誘ってくれたし面倒な女子達と違って裏表ない良い子だから、最初は遠慮しようと思ったんです。だけど付き合ってるにしてはカップル特有の熱量が感じられなかったんで、あたしの割り込む余地ありそうだなーと。でも予想外でした」


 「何が」


 「だってロッツ様、ジェノちゃんしか見てないんですもん。その他の女子は一切視界に入ってないし映す気もないですよね?」

 

 この子は、何を言っているのだろうか。

 俺がジェノだけを見ている? 

 

 「こんなに男性からスルーされたのは初めてで、ちょっと自信喪失しちゃいました。どんなにアプローチしても不発に終わるなんて不毛過ぎます。だから引くことにします。あたし勝ち目の無い戦はしない質なんです」


 付き合っているフリをしているから当然だ。だってそういう演技をしているから――

 んん?


 「でも優しい言葉も視線も仕草も全て彼女にしか向けない誠実な姿に更にトキメいちゃいましたけどね」


 俺は演技などしていただろうか。

 周囲に尋ねられた際「付き合っている」と告げた。しかしトイス家の者に馴れ馴れしく詳細を聞いてくる人間はいなかった。その為演技をしたり取り繕って誤魔化した記憶が無い。

 

 では素の状態で俺はジェノにそんな風に接していたとでも言うのか。

 本当に恋人に向ける様な視線を送っていたと。

 俺があの子に対して興味以上の特別な気持ちを抱いていると?

 

 「お二人の馴れ初めってどんなだったんですか? 最初から惹かれあう感覚とかあったのかなーって」

 

 「確認してくる」

 

 「え?」


 突然元来た道を引き返した青年に少女は固まった。振り返る事なくズンズン進んで行くロッツはどこか不機嫌な雰囲気を漂わせ、見送る形となったキャンディはハッと我に返る。


 「ご、ごめんなさい! 調子に乗ってベラベラ余計な事をっ、凄く失礼な物言いをしてしまいました」


 「ジェノに会って確かめてくる。今日のノルマは達成しているからもう戻っていいぞ」


 「申し訳ございません! 本当に、あのっ」


 呼び止める言葉は既に耳に届かず、ジェノとフットが担当しているエリアへと早足で向かう。

 途中のラウンジでフットと出くわしたものの、サボっていた彼の傍にお目当ての人物の姿は無い。フットの怠慢は後で注意する事にし、中々見当たらないジェノを探しに再び外へ飛び出した。


 ジェノに会ってどうするんだ。何を確認すればいい。

 『君に本物の恋愛感情を抱いていると言われたんだが、本当だろうか?』等と本人に聞くわけにもいかない。そもそも不確かで理解できない感情を何故他人に指摘されなければならないんだ。


 「いや、そもそもが気にしなければいいだけなんだよな」

 単なるキャンディの個人的な意見であって、勘違いだと思えば済む話。それなのにわざわざ探して答えを求めている。この時点で既にもう・・・

 

 纏まらまい思考のまま少女を探し歩き、水音に吸い寄せられる様に獣道を掻き分けた。次の瞬間、開けた視界の先で佇む人物に目を奪われる。

 

 全てをのみ込む深く黒い瞳。

 薄く色付く桃色の頬が白い肌を彩り、濡れ羽ね色の髪が肩先で揺れる。

 

 「やっと見つけた」

 ドクンッ

 大きく波打つ鼓動に急かされる様に自然と歩み寄る足は、フワフワと浮いたように感覚が無い。


 少女を中心として色付いて見える景色は異様な程鮮やかで、味気ない冬空をも美しいと感じさせる。

 キャンディの発言のせいで意識しているだけだと落ち着きを取り戻そうとするが、緊張と妙な興奮で手汗が止まらなかった。

 

 「三日後に講師が一度進行状況をチェックするらしい。それまでに出来れば二つ薬を完成させておきたいんだが」

 

 「オッケー」


 適当な理由を付けて一緒に散策する事にし、自分に納得がいく答えを得られるように慎重に会話を振っていく。

 躊躇なく奥へと突き進むロッツは、普段なら後を追ってくる女子を無視し見向きもしない。

 

 しかし女性とは思えない身体能力と体力で難なく付いてくるジェノを無駄に気遣い、無意識にエスコートしてしまった。

 柔らかな手をぎこちなく乗せ、身を預けるようにフワリと段差を降りる少女。頬に落ちる前髪をサラリと耳に掛け、上目遣いで「ありがと」とハニカミを向けてくる。

 

 可愛い。

 寒さで悴む手を掴み引き寄せると、キュっと握り返されじんわりとした温もりが指先から伝わってきた。

 

 「ロッツ、あの・・・手」


 「え? ああ、すまない」

 

 離された手を残念に思いながら、俯きがちに唇を噛み締めるジェノの様子に胸のむず痒さが増した。ほんのり朱色に染まる頬と潤んだ瞳は、照れているのだろうか?


 可愛い、凄く。

 ちょっとした仕草にも反応し浮き立つ心に、ロッツは戸惑った。

 これは本当に『恋』なのだろうか。皆が言う『好き』という事なのか?

 

 興味や好意や恋愛や愛情、その違いは何だ。

 どうやってそれらを感じ分ければいいのか。

 これが恋愛感情だって、皆はどうやって気付くものなんだ――?




 「辛酸を嘗めた人間は強い。昔父親に言われたセリフなんだけど、僕の好きな言葉なんだ」

 

 その瞬間、ストンと何かが胸に落ちた気がした。

 暗がりの洞窟で向かい合う2人の男女。

 愛らしく微笑むジェノを前にして、疑問でいっぱいだった思考も靄ついていた心も、全てが綺麗に取り払われていく。


 「今の段階で挫折を味わえたのはむしろ良かったと僕は思う。きっと天が与えた試練だ」


 ああ、そうか。

 

 「培ってきたものは無駄になるどころか敗北を知ったことで更に精度を増して強みに変わるはずだ。次は挽回するぞっていう明確な原動力が加わるからね、ロッツは新たなステージに行く準備がこれで整ったんだよ」


 俺、この子が好きだ。


 「人は上手くいかない事を知っているからこそ、成功した時に喜びを味わえるんだ」


 言い表せない感覚が全身を突き抜け、指先まで震えが走る。

 多分最初から、無意識に惹かれ続けていた。きっかけが何だったのかは正直わからない。

 真剣に相談に乗って優しく目を細める少女は眩く、恋を自覚したばかりの青年は瞬きを繰り返した。


 「絆の強さを確認できたいい機会だったんじゃないかな。大勢離れて行ったって言ったけど、離れずに支えてくれた人はいなかった?」


 神妙な面持ちで頷きながら、胸のつっかえが取れている自分に驚く。

 父上に見放されたと感じ落ち込んでいたはずなのに、少し話しただけでこんなにスッキリした気分になれるなんて・・・ これも恋愛効果なのか?

 前向きな気持ちで物事を捉えられるようになったロッツは、清々しい気分で凍てつく寒さの空洞を見渡した。


 「ねぇ危ないよ」

 らしくない無茶を言い出し戸惑うジェノをよそに洞窟探検を決行したのは、持て余した高揚感からだったのかもしれない。


 「ジェノは霊現象を体験した事があるのか?」


 「あったらショック死してるから今僕はここに存在してないよ」

 

 普段少年ぽい印象の強いジェノが、小動物の様に怯えて腕にしがみつく。見たことのない姿にこぼれ落ちる笑みを隠せず、「このギャップは反則だ」と声にならない呟きを落とした。


 「見えないのに怖がる理由がよくわからないんだが」


 「癌は肉眼では見えないけど皆こわいと思ってるでしょ、それと同じだよ」


 「いやその理屈はおかしい」


 「おかしくない。発現したら僕は死ぬんだ。同じだ」


 「そ、そうか」


 真剣な表情があまりにも愛らしいので、そういう事にしといてあげようと頬を緩める。

 きっとこの子の大抵の無茶を俺は聞いてしまうだろうな。恋は人を愚かにするというのは紛れもない事実だ。


 懐中電灯が消え密着するハプニングや、美しい自然のイルミネーションを予想外に楽めた洞窟探検後、2人は無事に帰還し雨脚の弱まったタイミングで病院へ戻る判断を下した。


 恋心を自覚したのはいいが、今後どうすればいいんだ?

 コロコロ表情の変わる無邪気な想い人に終始癒されたロッツだったが、直ぐに前代未聞の悩みで頭を抱えたくなった。


 相手はジェノだ、通常の口説き文句で上手くいくとは思えない。

 彼女の嬉しい事・・・木登りか、木登りだな。効率の良いトレーニング方法を教えるとか、大量の料理を振る舞うのはどうだろう。いや以前ダイエットしていると言っていたし、一緒に身体を鍛えるのが一番か。


 「ぅわっ」

 プロテインはもう飲みたくないと考えていると、魔法で体を浮かされる。次々に発覚する衝撃の事実に混乱しつつ、本当にジェノに怪我がなくて良かったと微笑んだ。

 しかしここまでの魔力を持っているとなると、今後様々ないざこざに巻き込まれる可能性が多いだろう。辛い目に遭うのは避けられないかもな・・・なんとかして彼女の支えになれればいいのだが。


 『ふうぅーっはははははははははははぁあ――』

 「っ何だ!?」


 突如耳に届いた不気味な声に隣を歩くジェノが盛大に怯え、2人は急ぎ足で病院へ向かう。道中どさくさに紛れて手を繋ぐ事に成功したロッツの鼓動は制御が利かない程波打っていたが、終始涼しい顔を崩す事は無かった。



 

 「怪我をなされたと聞きました!なんてっ、なんてお労しいお姿なのでしょう」

 キンキンと響く耳障りな金切り声に、眉間に深く刻まれてゆく皺。

 

 「そんな怪我をさせる酷い子より、ココアの方が貴女様を想っているし支えになれるはずです」

 落ちた高さから考えると信じられない程軽傷で済んだ足首の治療を終え、ジェノを小屋まで送り届けようとしていた最中、どこから聞きつけたのかお下げ髪の女子が興奮気味に現れた。

 

 何故怪我した事を知っている。医療スタッフに聞いたのか? 俺たちの行動を監視でもしてるのか? 支えになるなどと大それた事をどうして自信満々に言い切れる。お前はそんなに凄い人材なのか?


 「怪我の事は僕も本当に申し訳ないと思ってるよ。反省してるんだ」

 

 「引っ込んでなさいよっ、私の方が絶対にロッツ様に相応しいわ!」


 大事な会話を邪魔されたあげく、ココアと名乗る少女はジェノに突っかかり睨みつけている。無関係でありながら身勝手に責め立てるココアに対し、ロッツは憤りを募らせていった。おさげ髪の少女は抱えているおとぎ話の書物を抱きしめ、血走った眼で歯を食いしばったかと思うと、凄い形相でジェノの手首を掴む。


 「何であんたなのよ。何で私じゃないの。ようやく現れた理想の相手なのにっ、どうしてなの!? 何で恋愛小説みたいに上手くいかないのよ!」


 「いや、小説じゃなくてこれは現実だからでしょ」


 その通りだ、現実を生きろ。夢を見るのは勝手だが、関係のない人間を巻き込んでくだらない理想を押し付けないでもらいたい。

 

 「認めないからっ、付き合ってるとか恋人とか信じられないし、許さないから――」


 ジェノは涼しい顔で少女を見据えているが、荒々しく掴かまれた手に爪がくい込み、実際のところかなり痛いに違いない。

 自分が何かされるよりもジェノに危害を加えられる事の方が怒りを覚え、青年はコキリと首を鳴らした。


 スゥーと冷えていく頭と胸。

 あぁ俺って怒りが一定に達すると冷静になるタイプだったっけ。

 落ち着つき払って手を伸ばし、ジェノを引き寄せ思い込みの激しい危険人物から開放させる。

 

 「ごめんな、ジェノ」

 戸惑った表情で瞳を揺らすジェノに微笑みを落とし、少女達の間に入って守れる位置へと移動した。

 付き合っていると宣言しただけでは諦めない女。こういう面倒な相手にはどんなに言葉を尽くしても無駄に終わる。

 

 「証明してやるよ」

 

 手触りの良いの美しく細い髪を撫で、白く柔らかな頬へと顔を近づけていった。

 驚きでキュっと閉じられた瞳とチェリー色の唇に、心臓が爆音を鳴らす。

 

 ――可愛い。

 ・・・ジェノは嫌だろうか? 心臓が破裂しそうだ。可愛い。ちょと待てこれはマズイんじゃ・・・でも、どうしようもない。


 衝動と理性が駆け巡る脳内は混乱をきたし、吹く風も刺すような肌寒い気温も周りの視界も全て消え失せ、目の前の少女だけしか見えなくなった瞬間。

 

 あれっ?

 猛烈な既視感がロッツを襲った。

 この風景・・・俺、見たことあるぞ。

 口付けを交わすまで5cmの距離。


 『他に好きな人がいるのかもしれない。

 俺の知らない男を、想っているかもしれない――』

 

 身に覚えのある光景と思考がそっと閉じた瞼の裏で蘇り、青年の背筋は静かに戦慄いた。


ふぅ・・・ようやく本編に追いついたので次話からは主人公視点に戻ります。

お読み下さりありがとうございました。

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