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寂神様〜自称神様のお兄さんと出会った男の子が友情を知るまで〜  作者: 鮎ヶ瀬お米


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21/21

21瞬間

「僕は君を成仏させたい」



「……へえ」


 昔と同じ、真剣な眼でミュオを見つめる彼に、ミュオはのそりと起き上がった。髪や服には湿った土がついている。頭を少し振って乱れた髪を払うと、ミュオはバインダーをつまんだ。


「簡単だよ。この署名用紙を破ればいい。私にはどうにも破れない仕様になっているらしくてさ、君が破ってくれよ」


 先程までとは裏腹に綺麗に笑顔を作った彼に、璃久は怪訝そうに顔をしかめた。もっと複雑な手順が必要なのだと思っていたのだ。それに、彼の笑顔はあまりにも綺麗で、嘘のようにも思えた。


「それ、本当?」

「私だってできるなら成仏したいもの」


 言外に嘘ではないと言われて、璃久はバインダーに眼をやる。雨と土で半分ほどぐしょぐしょになっており、自分で御神体と言っておきながら酷い扱いだとため息をつきたくなる。


 しかし、彼にとってはこれはもはや自身を騙していたものでしかないのかもしれない。


 それならば、幼き日の璃久との思い出も、婉曲的には彼の亡くなる原因となったものだ。彼にとっては、厄介な苦い思い出なのかもしれない。


「ねぇ、ミュオは昔の僕との会話を、嫌な記憶だと思う?」


 ミュオは唐突な問いに少し眼を大きくした後、首を振った。


「君のおかげで私は元気をもらえたんだ。それは、いつだって大切な思い出だよ」


 璃久は彼をまじまじと見た後、ふっと微笑んだ。彼が嘘を言っていないとわかったからだ。璃久の前に居るのは、今も昔も、優しい心を持つ青年だった。


 璃久は、ミュオを信じることにした。彼が成仏しきれなかったら、璃久がミュオの想いを成就させてあげて、彼の悲哀を沈めてあげれば良い。璃久はそのために生きよう。この寂しい神様のために、自然を守り、自然と共に生きよう。

 もう、彼を苦しめてまで一緒に居たいだなんて贅沢は望まない。彼が本当は神様じゃなくても。


 ミュオは璃久にとって、唯一無二の友達で、それでいて神様だった。


 璃久はミュオとの数週間の非日常を思い出した。第一印象は少し悪くても、初めからずっと璃久の興味を引き続けた彼は。最初とは違い、地縛霊だという事実を知っても、やはり神様と言われた方がしっくり来た。彼の達観したようなきれいな笑顔が、諦めから来ていたとしても、璃久には輝いて見えたのだ。



「ありがとう」



 急かすような目線のミュオに応えて、璃久は署名用紙を一気に破った。


 ミュオは、止まっているはずの自身の心臓がどくりと脈打つのを感じた。ミュオは木に背を預け、魂が根底から闇に吸い込まれていく感覚にただ身を任せる。


 この心優しい璃久という青年に、ミュオはこれ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。ミュオは、五年前に神として祀られたときから感じていた、畏怖からくる偽りの信仰を、少し悲しく思っていて。そんなときに現れた、璃久という光。毎日璃久はミュオの元へ訪れて、信仰でも畏怖でもなく、純粋な友情を持って接してくれた。


(それだけで、もう十分だよね)


 昔にも、署名活動に行き詰っていたときに璃久は光をくれた。


(今も昔も、私は君に助けられているなあ)


 そして次に、薫森の顔を思い浮かべた。呆れながらもミュオの思いつきになんだかんだ協力してくれる、優しい親友。無鉄砲な彼のストッパーであり、少し臆病な彼を自身の単純さで一緒に巻き込んでしまう。

 亡き後も、ミュオのために祠を作り、定期的に様子を見に来てくれていた。記憶が戻る前だったために姿を見せたことは無く、本当にミュオがそこに居る確証などなかっただろうに。



「一つ、嘘を吐いたんだ」



 ミュオはぽつりと呟く。璃久が見れば、ミュオは眉根を下げて笑っていた。

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