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妖 - 暗殺計画  作者: 弱みつる。


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1/12

1.失踪の原因

「残念ながら、もう彼女は…」


「───。」


 そう告げた警官たちが慣れたように帽子を取って深々と頭を下げる。

 それは、死刑宣告よりも聞きたくない言葉だっただろう。外で五月蠅いほど降り続ける雨音が、室内だというのに"彼"に降っているような。


「災害が起こったあの夜から、森の中に入ってしまってそのまま見つからない、これは危難失踪にあたります。全力で捜査した結果、事件性はないと判断されました。」


 きっと、言い慣れてしまっているのだろう。その警官の言葉に迷いが感じられなかった。

 あれから一年をも時が経っていた。否が応でも事実を痛感させるには十分な日数だ。


 その場で、倉吉(クラヨシ) 潤(ジュン)はその言葉を黙って聞いていた。

 …いや、言葉が出てこない、出す余裕なんてないだけだ。

 警察はそれでも言葉を紡ぎ続けるしかない。目の前に煩悶した人間が居るというのに、早く終わらせようとでもしているのだろうか。潤にはそのようにしか感じられなかった。

 その対応と断続的に振り続ける雨音が、潤に強い焦燥感や孤独感を思わせる。


 潤は警察官の方を見た。キッと吊った眉と、下睫毛が人より少し長い目尻が、潤の不愛想さとその性格を如実に表していると同時に、今は目の前の警察官に強い威圧感を与えている。

 少し襟足の長い白髪は、黒々としたこの場所に妙にミスマッチだ。今でこそ、この世の全てを諦めたかのような、絶望したような不幸顔を曝け出してはいるが、一喜一憂はする。

 そしてその感情に強く影響を与えているのは…潤の妹、彩羽(イロハ)の存在が大きいと言えるだろう。

 彩羽の前では笑顔を見せることも屡々だった。


 しかし、そんな笑顔も今では見る影もない、潤がしていたのは不幸顔よりももっと、この世で最も不幸なのは自分であるとでも言いたいような顔だった。

 それもそのはずである。


 ──潤の妹、彩羽は行方不明になっているのだ。

 警察に頼った時点でそんなことは分かっていた。

 けれども、いつか突然フラっと帰ってきてくれるのではないか。ただ家が一時的に厭になってしまっただけなのではないか、なんて。


 そんな風に信じつつも潤は個人的に、全力で捜索した。

 気付けば一年、何も身に入らず、高校も何もかも投げ出して、ただ妹を探し出す事だけを考えていた…空白の一年を過ごした。

 時が流れる度、両親や親族たちが明らかに捜索に見切りをつけていく。それでも潤だけは諦めなかった。

 …だというのに、それだと、いうのに。

 潤が突き付けられたのはこのような現実だった。


 潤が諦めなかったこの一年間を、何も知らない警官たちに全て無碍にされたような。

 これは八つ当たりでいい。とにかく潤は──


「あの、倉吉さん。」


「……」


「私たちはこれにて引き上げさせて頂きます。お気を確かに。それでは。」


 警官たちは取っていた帽子を再び頭に被せ、雨の中振り返って行ってしまう。潤の、警察を見る目が、浴びせた眼光が、警察にプレッシャーを与えたのだろう、その足取りは少し速かった。

 その頬に浮かんでいたのはその感情による汗なのか、ただ単に雨なのか。


 それを見送りながら、潤は自分の無力さに無性にイラついて、拳を握り込む。

 だが、自分の無力さだけじゃない。この怒りは、潤はどうしても許せなかった。潤がこんなにも彩羽を探すために行った努力。

 その全てを否定して欲しくないように。

 現実を現実だと前を向かせようとしてくるこの世界が嫌いで。

 しかし、潤にとっての怒りは、それ以外にもあった。


 ……潤の母親と父親が、ここに、居ないのだ。

 元々、潤のことを可愛く思っていない両親だった。故に潤が行方不明になっていたというのならば、道理はかなってしまうだろう。

 だが、あれだけ可愛がっていた彩羽の捜索が打ち切られた。これほどの報告を受けると知っていて、何故この場に居ないのか。


 潤は心の内でそう問いかけるが、答えはもう出ていた。

 彩羽は、母さんたちの立場を維持するための人形でしかなかったのではないか。

 使えない潤、優秀な彩羽。今更ながら、潤は両親に対しても強い怒りを覚えていた。


 ──どれだけ可愛がっていても、いざこうなってしまえばもう、自分の子ですらないのか?


 なんて、意味もない愚痴を零して。


「…クソがッ!!」


 玄関の壁を思い切り横手で殴打する。壁に当たった箇所からすぐに熱が伝わった後、ジンジンと痛みも付いてきたのか、顔をしかめる。

 潤はどうにか自分の感情を抑える手立てが欲しくて、ドアを乱暴に開いて夜闇に包まれた外へと飛び出した。


「なっ…なんだ…?」


 まだパトカーに乗っていなかった警官たちに不審がられたが、見向きもせず振り切り、冷たすぎる雨粒を全身に浴びながら。足音が全て水音に変わるのを感じながら、目的地も途方もない東奔西走を始める。

 頼る友達すら、潤には居ない。いや、居なくなってしまった。

 未だかつてない程の悔しさか、絶望か、そんな感情がぐちゃぐちゃになって生まれた涙は無情にも雨と同化して何が何だか分からなくなる。


「ぜってぇ……ぜってぇ見つけてやるからな…!!彩羽ッッ!!!」


 道路を走る潤は、叫声にも似た大声を上げる。

 雨に濡れた路面を蹴る足は、乱れた心とは裏腹に淀みなく前へ出る。

 閑散とした街の中で、地面を規則的に蹴って鳴る水音が木霊していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 聞こえていた水音は、いつしか湿った草木を踏みしめていく音へと変わっていた。

その音を明確に認識し、改めて前を見れば、潤は今自分が普段探したこともないような森の中に居ることに漸く気付いた。

 耳を澄ませても、虫の羽音一つ聞こえない。風すら吹いておらず、木々だけが静かに立ち尽くしている非常に不気味な様相をしていた。

 普通であれば、鈴虫なんかの声が聞こえてきてもおかしくないのだが。


「…なんだ…?ここ…。」


 辺りをキョロキョロと確認し、思考を巡らす。

 やがて思いついたかのように目を見開き、自身のポケットに手を入れた。


「……スマホ…」


 右手で右ポケットを確認し、その後左手で左ポケット。

 …中には何も入っていない。焦った様子で次に胸ポケット、上着の内側と、ポケットが沢山ついたファッションを恨みながらも順番に確認していくが、そこにも存在しなかった。

 あったものと言えば、いつも潤が常備している、ウサギの模様が描かれたハンカチが上着の内側にあったくらいだ。

 そもそも、その辺りにはスマホを入れた記憶すらも存在していない。むしろこの状況で最もあり得る可能性は──


「無我夢中で走ってた時に……まさか、まさか落としたのか……?」


 潤の顔が若干青ざめた。実際、スマートフォンという存在は潤にとっても、恐らく世間体でも必要不可欠であるのだが、それが無くなってしまった。

 更に現状が示しているのは、ただ無くなったというだけでなく、こ(・)の(・)森(・)で(・)スマホを無くしてしまっているという事実が大幅な懸念点であるのだ。


 地図もなければ、誰かと連絡を取る事も出来ない。これが森の深奥で圏外であるなどといった問題であればまだよかったのだが。


「クソ…どうする…?一旦来た道…戻るか?」


 状況を再確認しながら、潤は誰が居るでもないが、平気なように振舞う。精神的にもこれが一番安定するのだ。

 それでも隠しきれない汗を拭いながらも、まずは来た道を把握するため、後ろを振り向いた。


 …そこにあったのは、見たことのある景色でもなく、暗い闇でもなく──。


 自分の体躯の五、六倍はあろうかというほど大きな、石造りの建造物…祠であった。


「……は……?な、なんでだよ、どうなってんだよ!?」


 咄嗟に声が出る。そして取り繕った表情はすぐさまに崩れた。

 当然、こんなものは初めて見たし、そもそも潤は真っ直ぐ来たはずだ。こ(・)れ(・)が真後ろにあるということは、まるでこの祠から潤が今出てきたかのようではないか。


 …そんなことは、あるはずない。


「…こんなの…こんなこと、現実で通る訳……」


 あまりの衝撃に、全身の血の気が引き、自身の意思とは関係なく一歩後ずさった。

 その土を踏む音を皮切りにして、瞬間、目の前が真っ白になる。咄嗟の反応で、腕を上げて目を覆った。

 その直後、潤はそれが光であると理解した。目の前の祠から、眩くて目を焼く程の光線が放たれたのだと。

 光で真っ白になった視界は、数秒では簡単に戻らない。


 なんとか目を擦り、明順応を待つ。痛いほどに光の刺激を受けた目からは少し涙が伝ったが、徐々に視界が慣れて、ようやっと腕をどかすことが出来るようになる。

 潤が前を見れば、そこにあったのは祠。それと…その祠へと足を進める人物…女性の姿であった。


 しかし潤は、それを人物なんて呼ぶにはあまりに白々しいとも思った。


 失踪したであろう時のワンピースで、靴で、ピアスで……

 

 そこに居たのは、紛れもなく潤の妹、彩羽に違いなかった。

 確かにそこに居た彩羽は、潤のことなど気づいていないように、祠の中へと歩む足を止めなかった。


「……いろ……は……?──彩羽!…彩羽!!」


 潤は駆け出す。声をかけて気づいてもらおうと、走って触れて、気づいてもらおうとして。

 彩羽は何も急いでいたわけではなさそうで、潤の走り慣れた足では、彼女に追いつくことが容易であった。すぐに彩羽の肩へと手を置く。


 ……しかし、その手はするりと下へ落ちた。まるで彩羽の肩を透けるように、いや、透けたのだ。

 さながら幽霊のようにして、彩羽の肩を通過し、潤の足は縺れた。


「………はっ…?」


 素っ頓狂な声を出しながらも、一歩、二歩と縺れた足でバランスを取るために踏み出した。

 彼女は一貫して、こちらを振り向くことはなかった。存在が認知されていないのだろうか。

 潤が体勢を立て直し、顔を上げると、そこに彩羽は居なかった。まるで元からそこに居なかったかのように、辺りを見回しても人一人居ない様子だった。


 気付けばそこは祠の中だったようで、狭いワンルーム程の広さがあった。その先に道がある訳でもなく、外からの月明かりのみが明かりとなった薄暗い印象を受けた。


「彩羽……どこだ…?」


 潤がまず気にしたのは、祠の内装なんかではなく、ここへ来たはずの彩羽の行方であった。

 後ろを振り向き、捜索に徹する──


 ……しかし、そう首を動かした途端、まるでエレベーターの扉が閉まっていくように、祠の唯一の出入り口が閉まっていくのが見えた。突然の出来事に、潤は一瞬反応が遅れた。


「…マジで…なんなんだよッ!!」


 潤は怒りと困惑が混じった声を吼え、地を蹴った。

 必死に右手を伸ばす。そこまで広くもないため、簡単に手が届いた…が。


「っ……いってぇ…!!」


 扉に触れた瞬間、凄まじい電流が流されたかのように、右手に痺れる感覚がした。

 咄嗟に手を確認すれば、右手の表面の皮膚は爛れ、皮膚が黒く変色し、所々が裂けていた。一瞬のうちに自身の手が見たこともない状態になって恐怖の顔を浮かべれば、その傷から赤の液体が滴り落ちたと同時に、遅れて激痛がやってくる。


熱い、熱い熱い!…痛い…!


「ぐ…が…ああぁッッ!!!!」


 潤は膝を折り、蹲るような姿勢になって、右手を左手で抑えた。そしてそのタイミングで、無慈悲にも届いていた月明かりは完全に、重く鈍い音と共に遮断されてしまった。

 そうすれば、祠の中は青白い光で満たされる。痛みでそれどころではない潤を差し置き、光はたった今受けた手の傷さえも照らした。


──1名、確認しました。


 反響した声がどこからか聞こえる。それは簡単に、条件を満たしたコンピュータのプログラミングのように淡々と進んでいく。潤に、辺りを確認する余裕はなかった。


──ようこそ、世界の終着点へ。


 そのまま、何か上下左右の動きを感じることはなく、青白い光は消えていく。


 それでも痛みは消えない。重度の火傷を負った状態になっていた右手は、凄まじい激痛を今も孕んでいた。


「……んなことで……立ち止まってられるか……。やっと掴んだ…彩羽の、行方のヒントなんだよ…!!」


 負傷した右手を使わずに、左手を床につき、上手く力が入らないなりに身を起こした。その力は、自責と、彩羽への執着心によって生まれたものだろうか。

 足取りが覚束ない、が、立って歩くのに、手は必要ないのだ。

 その後、上着の内側に入っているウサギがワンポイントの、少し大きめなハンカチを取り出し、右手に巻き付けた。

 それは、彩羽が小学生の頃にくれたものだった。


「ありがとな……彩羽。」


 このハンカチを汚したくなかったのだろう。

 手の汚れにもあまり使ったことがなかったが、背に腹は代えられず、これを手の保護に使う。

 こんな使い方はしたくなかったが、このまま使われないというのも煩わしかった。


 潤は前を向き、ため息を一つついた。


「……はぁ、冷静になれ。俺……今は…祠の中だ。そしてさっき声が聞こえたな……何を言ってるのか、さっぱりだったが。少なくとも、彩羽の声じゃない。」


 だとしたら…彩羽はどこに居るんだろうか。少なくとも、この中には居ない。


 そう思い立ち、まずは一度閉まってしまった扉の前に立った。

 もっとも、こんな手をしていたら、無理やり開けるなんてことも出来る訳がないとも、思いながら。

 …そうすれば、重いものを引きずるような音を出しながら、自動ドアのような要領で勝手に両扉がスライドしていった。


「…さっきは空いてくんなかったのに……気分屋なヤツだ。」


 開けていく光景。それは先程の明順応の出来事を想起させたが、その扉の先はそこまで明るい訳でもなかったがために、目への衝撃は少なかった。月光だけが光源となった外へと、一歩、潤は足を踏み出した。


 ……違和感に気付くのは、そう遅くなかった。


 まず目に入った木からは、一切の緑が消え失せていた。草の生い茂っていたはずのその地面は、草原というよりは、大地がむき出しになっている。

 まさに……『焼け野原』だ。

 その代わりと言わんばかりに、先程まで何も聞こえなかった風と、その風の音が潤の元へと届いた。本来であれば、草木の揺れる音さえも聞こえていたのだろうか。


 荒んだ空気が鼻をつく。


 そこは、潤にとって知らない景色だった。


 頭を回転させる、もし彩羽も自分と同じようにここへ来てしまったのなら。


 ──これこそ、彩羽の失(・)踪(・)の(・)原(・)因(・)を物語っていたのではないか。

読んでいただきありがとうございます。

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