第6話:『夜会の終わりに、世界で最も高貴な「迎え」を』
会場の重厚な扉が閉まると同時に、背後から漏れ聞こえていた罵声や悲鳴が、まるで断絶された過去の遺物のように遠のいていきました。
夜の冷気が、高揚した肌を心地よく撫でます。
そこには、王国の紋章を掲げた馬車ではなく、黒金に輝くドラクロワ帝国の皇帝騎馬隊が、整然と居並んでいました。
「……ふん。ようやくあんな薄汚い箱から脱出できたな、エレノラ」
エスコートする皇帝アラリック様の声には、隠しきれない愉悦が混じっていました。
彼は私の腰を抱き寄せる力を強め、まるで手に入れたばかりの至宝を誇示するように、漆黒の馬車へと私を誘います。
「陛下、少々強引ではなくて? わたくしの荷物も、公爵家の整理もまだ途中ですわ」
「そんなものは後回しだ。君の頭脳さえここにあれば、荷物などいくらでも新調してやる。……それに、君の家の執事や侍女たちは、すでに別ルートで帝国の国境を越えさせてある。私の手回しを疑うな」
馬車に乗り込むと、そこは豪華な絨毯が敷かれ、温かな琥珀色の照明が灯る、動く書斎のような空間でした。
扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出します。
窓の外を流れるのは、かつて私が支え、そして今、私の手で引導を渡した王都の街並み。
「……エレノラ。一つ聞かせてくれ。あのような無能な男のために、何故あそこまで尽くした? 君ほどの才があれば、もっと早くあの国を乗っ取ることもできただろうに」
アラリック様が、テーブルに置かれたクリスタルグラスに、真紅のワインを注ぎながら問いかけました。
私は、窓の外をじっと見つめたまま、静かに答えました。
「『情』ではありませんわ、陛下。ただの『先行投資』でしたの。いつか、彼が王位を継いだ瞬間に、私はこの国を合法的に、最も効率よく手に入れるつもりでした。……ですが、投資先が期待を裏切り、資産価値が暴落した以上、損切りをするのは当然の経営判断ですわ」
「損切り、か。ククク……恐ろしい女だ。だが、その冷徹さがたまらなく心地よい」
アラリック様はグラスを差し出し、私の顎を指先でクイと持ち上げました。
彼の燃えるような瞳が、私の視線を捕らえて離しません。
「帝国での君の地位だが、単なる『亡命者』として扱うつもりはない。……帝国最高経済顧問。そして、私の『共犯者』として、君に全権を委ねよう。まずは何から始める?」
「……まずは、この王国の通貨、アルテマ銀貨を完全に紙屑に変えて差し上げますわ。帝国が発行する新通貨をこの国に流し込み、経済的に『飲み込む』。それが最も返り血を浴びない征服ですもの」
「気に入った。……ご褒美が必要だな」
アラリック様が、私の耳元で低く囁きました。
その吐息に、心臓がわずかに跳ねるのを感じましたが、私は不敵な微笑みを崩しませんでした。
一方、私たちが去った後のパーティー会場では――。
「殿下、殿下ッ! 大変です!」
財務卿の叫び声が、震えるセドリック王子の元に届きました。
「な、なんだ! これ以上何があるというんだ!」
「近隣諸国から、一斉に親書が届きました! 『ロスタール公爵令嬢が保証人から外れた以上、貴国との全取引を停止、並びに売掛金の即時支払いを要求する』と! さらに、国境の守備隊からも伝令が……! 『給料未払いによる士気の低下で、兵の半数が脱走した』と!」
「……なっ……」
セドリック王子の顔から、完全に血の気が引きました。
リリアナ様は、床に座り込んだまま、「嘘よ……これは夢よ……」とうわ言のように繰り返しています。
彼らは、まだ理解していないのです。
私が去ったのは、ただ一人の令嬢がいなくなったということではない。
この国を支えていた『空気』そのものが、消え去ったのだということを。
馬車は、静かに国境の関門を抜けました。
そこには、帝国軍が掲げる双頭の龍の旗が、月明かりに照らされて堂々と翻っていました。
「ようこそ、エレノラ。君が支配する、新しい世界へ」
皇帝の言葉と共に、私の新しい物語の幕が上がったのです。
第6話、お読みいただきありがとうございます。
ついに王国脱出! 皇帝アラリックとの「共犯」が始まりました。
「損切り」という言葉で過去を切り捨てるエレノラ、かっこいいと思っていただけたら幸いです。
一方、残された王国側では、いよいよ「地獄の現実」が牙を剥き始めました。
これからセドリック王子たちがどのような悲鳴を上げるのか……。
その無様な姿を応援したい方は、ぜひ【ブックマーク】と【★★★★★】で、エレノラに投資をお願いいたしますわ!
次回からは第2章。
『不毛の辺境? いえ、ここは私の「新帝国」ですわ』。
エレノラの手腕によって、何もない荒地が黄金の都へと変わっていく様を、どうぞお楽しみに!




