第17話:『「現代知識」を誇るなら、まずは流通網(サプライチェーン)を支配なさいな』
バルディア王国の王立工房。そこには、巨大な鉄の釜から不気味な黒煙を上げ、異様な駆動音を響かせる怪物が鎮座しておりました。
「……これだ。これさえあれば、火薬なんていらない。蒸気機関による自動貨車、そして装甲列車だ! 兵員と物資を圧倒的な速度で輸送し、帝国の防衛線を紙細工のように突き破ってやる!」
転生者ショウが、煤にまみれた顔で狂ったように笑い声を上げていました。
彼は硝石を奪われた屈辱を晴らすべく、数昼夜を徹してこの『動力の心臓』を作り上げたのです。火薬による爆発力が封じられたなら、持続的な蒸気の圧力で蹂躙すればいい。……理系としてのプライドをかけた、彼なりの回答なのでしょう。
ですが、その工房の床を、乾いた靴音が叩きました。
現れたのは、帝国の紋章を胸に刻んだ、事務服姿の官吏たち。そして、その中央に立つシエル。
「……ショウ様。バルディア王。残念なお知らせに参りました」
「またお前か! 今度は何を言いに来た! 特許か? 蒸気機関の原理なんて、この世界のどこにも登録されてないはずだぞ!」
ショウが牙を剥くように叫びます。ですが、シエルは表情一つ変えず、一通の『輸送運賃改定通知書』を突きつけました。
「特許ではございません。……本日より、帝国全土、および周辺同盟国を跨ぐ『石炭』および『鉄鉱石』の輸送運賃を、現在の五百倍に引き上げます」
「な……五百倍だと!? ふざけるな、そんなの経済封鎖じゃないか!」
「いいえ。……エレノラ様はこう仰っています。『未曾有の黒煙を撒き散らす不衛生な機械が、大陸の清浄な魔導環境を著しく汚染している。その修復費用を、物流コストに上乗せするのは当然の配慮である』と」
シエルが提示したもう一枚の書類。そこには、エレノラが帝国議会で電撃的に可決させた新法――『魔導環境保護税法』の文字が躍っていました。
「ショウ様。あなたがその機関を動かすために燃やす石炭一トンにつき、金貨十枚の『環境賦課金』が発生いたします。……さらに、石炭の採掘権を持つ北方の山岳都市は、昨夜、我が帝国と『排他的独占供給契約』を締結いたしましたわ」
「独占供給……? 嘘だろ、あそこはバルディアと仲が良かったはずだ!」
「仲は良くても、彼らは『金』に誠実でしたわ。……あなたが石炭を買おうと手を伸ばすたび、その手には金貨ではなく、我が帝国の発行した『請求書』が握らされることになりますの」
ショウは、自慢の蒸気機関に縋るように膝をつきました。
機械はある。設計図もある。だが、それを動かすための石炭を運ぶ道が、たった一本の『運賃改定』によって、物理的に断絶されたのです。
「……ショウ君」
それまで黙って見ていたバルディア王が、氷のように冷たい声で彼を呼びました。
「お前の『知識』とやらには、随分と金がかかるのだな。……特許料、硝石の違約金、そしてこの法外な石炭代。我が国の国庫は、お前の贅沢な実験のために、もう底を突いたぞ」
「陛下!? 待ってください、これさえ動けば帝国を――」
「動かぬ鉄屑に、これ以上投資するほど私は愚かではない。……シエル殿。この『災いをもたらす異邦人』を、帝国の管理下へ引き渡そう。我が国への制裁を解除してくれるというのなら、喜んで協力しよう」
「バルディア王、賢明なご判断ですわ」
通信魔導具から、私の声が響き渡りました。
「ショウ様。知識を誇る前に、まずはその知識がどれほどの『犠牲』の上に成り立つのかを学びなさいな。……蒸気で世界が変わる? ええ、そうですわね。わたくしの銀行口座の数字が、より速く、より美しく増えるという意味において、ですわ」
ショウの絶叫が、黒煙の止まった工房に虚しく響きました。
現代の産業革命、結構ですわ。ですが、その『血液』を止めてしまえば、文明など一晩で腐り落ちるただの死体ですもの。
第17話、お読みいただきありがとうございます。
「環境税」と「物流独占」。現代の理系転生者に対し、エレノラ様は「社会構造」でチェックメイトをかけましたわね。
蒸気機関という強力なエンジンを手に入れても、燃料を運ぶ道がなければ、それはただの「場所を取る鉄の塊」に過ぎません。
ショウ様は、自分が信じた技術が「政治と経済」の前に、紙屑のように破り捨てられた現実に、今度こそ再起不能な絶望を味わっていることでしょう。
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皆様の応援が、エレノラの「炭鉱買収」をより加速させますわ。
次回、第18話は『蒸気機関の一回転ごとに、我が帝国へロイヤリティを支払いなさい』。
完封されたショウを、エレノラ様がさらに「知的財産権の奴隷」として再利用しようと目論みます。
どうぞお楽しみに!




