第16話:『隣国の「発明王」サマ。その火薬の配合、すでに私の特許ですわよ?』
帝国の隣に位置する軍事小国、バルディア王国。
そこの謁見の間では、一人の黒髪の青年――転生者ショウが、王と将軍たちの前で不敵に胸を張っておりました。
「陛下、これこそが歴史を塗り替える『黒い奇跡』です。騎士の鎧など紙屑同然に撃ち抜く火縄銃、そして城壁を砕く大砲。これさえあれば、ドラクロワ帝国など恐るるに足りません」
彼の前には、武骨な鉄筒と、真っ黒な粉末が並べられていました。
彼は信じていたのです。この世界の誰も知らない『化学反応』と『物理法則』を用いれば、世界を武力で平らげられると。
――その確信を、私は今日、彼の顔を正面から見て、砕きに参りました。
謁見の間の扉が開き、案内も乞わずに歩み入る私を見て、ショウが眉をひそめます。馬車の中で紅茶を啜りながら遠隔で告げる、そんな上品な戦を、この男には仕掛けたくありませんでしたの。盤の外から来た敵には、盤の外から――私自身が出向いて、目を見て潰す。それが礼儀というものですわ。
「はじめまして、発明王のショウ様。ドラクロワ帝国最高経済顧問、エレノラ・フォン・ロスタールですわ」
「……あんたが、噂の令嬢か。わざわざ敵国まで、ご苦労なこった。護衛もつけずに? いい度胸だ」
「あら、護衛なら、もう済ませてまいりましたのよ」
私は扇を開き、彼の足元に並んだ黒い粉を、静かに見下ろしました。
「素敵な黒い粉ですわね。硫黄と硝石、そして木炭を特定の比率で混合する配合比……一昨日、わたくしが『知的財産権』として全大陸に登録いたしましたわ」
「は……? 特、許……?」
「ええ。わたくしが管理する経済圏において、新規性のある技術はすべて『魔導契約』によって保護されますの。許可なくその火薬を製造、あるいは使用した場合、一キログラムにつき金貨百枚の『違約金』を、契約魔法に基づいて強制徴収させていただきますわ」
「ふざけるな! 化学組成に特許なんて……ここは中世だぞ!? そんな法が通じるか!」
「あら、ショウ様。中世だからこそ、『神の名の下に行う魔導契約』は絶対の法ですわ。……お忘れ? その火薬の主原料である『硝石』。バルディア王国の全在庫は、昨夜、わたくしの商会が市場価格の三倍で買い占めさせていただきましたの」
「……っ! 硝石が……すべて、買収されただと……?」
バルディア王の顔が土気色に変わりました。
ですが――ショウは、崩れませんでしたわ。
むしろ、ゆっくりと口の端を吊り上げて、こう返してきたのです。
「……へえ。さすがだな、令嬢さん。硝石を押さえてくるとこまでは、読めてたよ」
彼は、懐から一枚の書付を取り出しました。
「けどな、俺は前世でこう学んだ。――『サプライチェーンは、一本に頼るな』ってな。バルディアの硝石が来ないのは想定内だ。だから俺は、二週間前から、糞尿を寝かせて硝石を『培養』する硝石丘を、この国の農村十か所に仕込んでおいた。買い占められる在庫じゃなく、勝手に湧いてくる供給源をな」
……なるほど。
この男、ただ知識をひけらかすだけの愚か者ではありませんのね。私が「市場」を押さえるなら、市場を通さぬ「自給」で抜けてくる。転生者の知識を、初めて『使える形』で運用してきた相手ですわ。
私は、内心でわずかに、この誤算を計上いたしました。
「見事ですわ、ショウ様。……ですが、一つだけ数え損ねておいでね」
「あぁ?」
「その硝石丘を耕す農民たちも、糞尿を集める桶も、寝かせる二週間分の食い扶持も――すべて、金貨で回っておりますの。そしてバルディア王国の国庫は、昨夜わたくしが硝石を三倍で買い占めた代金で、今、久しぶりに潤っておりますわ。……その金の出所を、王はご存じかしら?」
私は、玉座のバルディア王へと視線を移しました。
「陛下。あなたの国庫を満たしたその金貨には、帝国の『借款契約』が紐付いておりますの。この青年の火薬工場に一銅貨でも国費を流せば、契約不履行として、明日から貴国への食糧輸出を全て差し押さえますわ。……民を飢えさせてまで、この方の『黒い奇跡』に賭けますか?」
バルディア王は、震える手でショウを見、そして私を見――やがて、力なく玉座に沈みました。答えは、聞くまでもございませんわね。
「ショウ様。あなたの硝石丘は見事な一手でしたわ。ですが、それを回す金も、耕す民も、飢えさせられぬ王も、すべてわたくしが握っておりますの。……技術は、それ単体では動きません。動かすのは、いつも『金』と『人』ですのよ」
「……ちっ」
ショウは、鉄筒を握りしめたまま、悔しげに舌打ちしました。
けれど、その目は死んでおりません。追い詰められてなお、次の盤面を探す、生きた目。
「……今日は、あんたの勝ちだ。金と人、か。……いいことを教わったよ。なら次は、金も人もいらねえ力を見せてやる。火薬みてえに原料の要る玩具じゃねえ。水と火さえありゃ、無限に動く『鉄の心臓』をな」
言い捨てて、彼は将軍たちの制止を振り切り、工房の奥へと姿を消しました。
逃がした、のではありません。……あの手の男は、一度の敗北では死なない。ならば、次にどんな『鉄の心臓』を持ち出してくるのか、この目で見届けた方が、よほど確実に潰せますもの。
私は、静まり返った謁見の間で、扇をゆっくりと閉じました。
現代知識、結構ですわ。ですが、それを動かす『血液』を止めてしまえば、ただの動かない死体。
……とはいえ、あの青年の血は、まだ止まっておりません。次は、こちらが乗り込まれる番かもしれませんわね。
第16話、お読みいただきありがとうございます。
「特許権」と「原料の買い占め」。
現代のルールを中世に持ち込もうとした転生者に対し、エレノラ様は「そのルール自体を支配する」ことで対抗しましたわね。
銃も火薬も、エレノラ様のサインがなければただのガラクタ。
ショウ様は、自分が信じた「知識の力」が、エレノラ様の「資本の力」に呆気なく飲み込まれた現実に、今頃震えていることでしょう。
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皆様の応援が、エレノラ様の「経済封鎖」をより盤石なものにしますわ。
次回、第17話は『「現代知識」を誇るなら、まずは流通網を支配なさいな』。
逃げ場を失ったショウが、今度は「蒸気機関」で逆転を狙いますが……?
どうぞお楽しみに!




