第14話:『ヴァレリウス大公、あなたの「誇り高い騎士団」の維持費は誰が払うのかしら?』
謁見の間に満ちる沈黙は、先ほどまでの動揺とは異なり、張り詰めた弓の弦のような、爆発寸前の危うさを孕んでいました。
「……信用格付け、だと?」
ヴァレリウス大公の声は、絞り出すような低音でした。
彼が握りしめた拳は、怒りと屈辱で白く震えています。帝国の武の象徴である彼が、昨日まで名も知らなかった小娘に、文字通り『値踏み』をされたのですから。
「ふざけるなッ! 我ら魔導騎士団は、帝国の障壁! 陛下の剣! その価値は、魔物を屠り、敵国を殲滅する武勲によってのみ証明される! 商人のような、汚らわしい数字で測れるものではない!」
大公が咆哮すると同時に、彼の背後に控えていた騎士たちが、威圧するように魔力を霧散させました。
並の令嬢であれば、その圧力だけで気絶していたでしょう。
ですが、私はゆっくりと扇を閉じ、その風圧を心地よい涼風のように受け流しました。
「武勲、ですわね。素晴らしいことですわ、大公。……ですが、その武勲を立てるために必要な『魔導鎧』の魔力伝導率、先日の査定で初期型の六割まで低下していると報告が上がっておりますわ」
「な……っ!? それは、整備班が……」
「整備班の怠慢ではありませんわ。整備に必要な『高純度マナ・クリスタル』の購入予算が、大公、あなた自身の『私的な夜会の開催費用』に流用されていたからですわよ」
シエルが、事務的に一枚の領収書を掲げました。
そこには、大公の私印と共に、莫大な金額のワインと高級食材の購入履歴が、鮮明に刻まれていました。
「わたくしの前で、『誇り』を語らないでいただけますかしら? あなたが『汚らわしい数字』と蔑んだその帳簿の裏で、あなたの騎士たちは、旧式の鎧で命を削り、あなたは最高級のワインに舌鼓を打っていた。……これが、帝国の伝統なのですか?」
「く……ッ! そ、それは……」
「さらに申し上げましょうか。……シエル、来月の魔導騎士団の運用費試算を」
「はい。人件費、食糧費、鎧の魔力充填費、並びにヴァレリウス大公家への債務利子を合わせ、金貨五万枚です」
金貨五万枚。
その数字が読み上げられた瞬間、謁見の間は再び、静まり返りました。
それは、アルテマ王国が一年かけて集める税収の半分に匹敵する、莫大な金額。
「大公。あなたのお宅の金庫、昨日シエルが査定した時点で、金貨三百枚しかございませんでしたわね? ……来月、あなたの『誇り高い騎士団』の食費、どなたが支払うとお思いで?」
私は、向けられた剣の切っ先を、今度は素手で、ゆっくりと横へ押し退けました。
大公は、私の指先に触れることすらできず、呆然と私を見つめることしかできません。
「武勲で腹は膨れませんわ。誇りで鎧は直せませんの。……大公、あなたが『無用』と切り捨てた金の計算が、今、あなたの騎士たちの首を絞めているのですわよ」
「……う、うう……」
ヴァレリウス大公の顔が、土気色へと変わりました。
これまで彼を支えていた『大公』という地位も、『騎士団長』という名誉も、たった一枚の『請求書』の前に、その無力さを露呈してしまったのです。
彼は気づいていなかったのです。
彼が戦っていたのは、魔物や敵国ではなく、自分自身の『無知』と『浪費』という、最も恐ろしい敵だったことに。
「……陛下」
私はアラリック様を仰ぎ見、優雅に、だが最後通牒を告げるように、微笑みました。
「ヴァレリウス大公家、並びに魔導騎士団の格付けは、暫定で『D(破産寸前)』といたします。……大公、もし、明日から騎士団の食卓にパンを並べたいとお望みなら、わたくしの査定を全面的に受け入れ、家計を帝国の直轄管理下に置くことに同意なさいな」
「……わ、私が……貴様の、軍門に下ると……?」
「いいえ。……『再建計画への協力』と、呼んでいただきたいものですわ。……大公、お選びなさい。無駄なプライドと共に飢えるか、それとも、わたくしの下で、もう一度『鉄の意志』を取り戻すか」
ヴァレリウス大公は、私の視線から逃げるように、床に膝をつきました。
ガシャリ、と。
彼の誇り高い鎧が、敗北の音を立てて石畳にぶつかりました。
「……承知、いたしました。……エレノラ様。……何卒、何卒騎士団を……」
「ふふ。……賢明なご判断ですわ、大公。……さあ、皆様。伝統と誇りの清算は終わりましたわ。……次は、どの貴族の『無知』を、買い叩いて差し上げましょうか?」
私は、跪く大公を見下ろし、この世で最も優雅で、最も残酷な微笑みを浮かべました。
2部。私の支配は、まだ始まったばかりですわ。
第14話、お読みいただきありがとうございます。
伝統のヴァレリウス大公、ついにエレノラ様の「請求書」の前に屈しました。
「誇りで鎧は直せませんわね」
エレノラ様の冷徹な正論、痺れていただけましたでしょうか。
これから始まる、大公家の再建劇。
エレノラ様は、旧態依然とした騎士団を、どう「利益を生む組織」へと変貌させるのでしょうか……?
そして、帝国の赤字は、黒字へと変わるのでしょうか?
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次回、第15話は『無能な伝統に支払う予算は、一銅貨たりともございませんの』。
帝国貴族たちの最後の抵抗、エレノラ様はどう「清算」するのか。
どうぞお楽しみに!




