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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第1話:『卒業パーティーの断罪劇は、私の計算通りですわ』

第1部:王国清算編、開始。

単なる復讐劇では終わりません。

世界がエレノラという一人の令嬢に、どのように「買い叩かれる」か。

その壮大な記録を、共に見届けていただければ幸いです。

きらびやかなシャンデリアの光が、王立アカデミーの卒業パーティー会場を昼間のように照らし出していた。

 高価な香水の香りと、若者たちの高揚した熱気。本来ならば祝祭の場であるはずのそこは今、氷を投げ込んだような静寂に支配されている。


「エレノラ・フォン・ロスタール! 貴様のような冷酷で慈悲のない女との婚約など、もはや耐えられん! 今この瞬間をもって、貴様との婚約を破棄し、真に聖女として相応しいリリアナとの婚約を宣言する!」


 会場中央。この国の第一王子であるセドリック・ド・アルテマが、声を張り上げていた。

 その傍らには、桃色の髪を震わせ、今にも泣き出しそうな表情で王子の腕にしがみつく男爵令嬢リリアナが立っている。


 対する私は、手にした扇をゆっくりと閉じた。

 パチン、と。その小さな乾いた音が、静まり返った会場に鋭く響く。


「あら。それは、どの口がおっしゃるのかしら?」


 私の唇から漏れたのは、動揺でも、悲鳴でもなかった。

 ただ、春先の残雪のように冷ややかな微笑みだけだ。


「な、なんだと……っ? 貴様、状況がわかっていないのか! 貴様はリリアナを嫉妬から虐げ、教科書を破り、階段から突き落とそうとした! その数々の悪行、すでに証拠は揃っているのだぞ!」


 セドリック王子の顔が怒りで赤く染まる。

 彼の背後には、騎士団長の息子や宰相の次男といった、いわゆる『取り巻き』たちが、私を害虫でも見るような汚らわしい目で見つめていた。


「……エレノラ様、悲しいですわ。わたくし、あなたのことをお姉様のように慕っていましたのに」


 リリアナが、いかにも可憐な犠牲者を装って声を震わせる。

 その目には、隠しきれない優越感が透けて見えた。

 自分がこの国の『氷の令嬢』を打ち倒し、次期王妃の座を手に入れたのだという、浅ましい確信。


 私は、周囲の貴族たちの反応を観察した。

 最初は私に憧れ、媚びを売っていた者たちが、今は一斉に目を逸らし、あるいは嘲笑を浮かべている。

『ああ、あの傲慢な公爵令嬢がついに没落か』

『王太子の寵愛を失えば、ただの女だな』

 そんな浅はかな思考が、会場の空気を通じて伝わってくる。


「……準備はすべて整いましたわ」


 私が小さく呟くと、セドリック王子は眉を吊り上げた。


「何をブツブツと言っている! 言い訳があるなら聞こうではないか、公爵令嬢!」


「いいえ。言い訳など、一言もございませんわ。セドリック殿下」


 私は優雅に、完璧な角度でカーテシーを決めた。

 その仕草には一点の乱れもなく、王太子の婚約者として叩き込まれた教育の結晶が、皮肉にもこの断罪の場で一番の輝きを放つ。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします。そして、リリアナ様との新しい婚約も、心よりお祝い申し上げますわ」


「ふ、ふん……潔いではないか。もっと見苦しく泣き喚くかと思っていたぞ」


 拍子抜けしたようにセドリックが鼻を鳴らす。リリアナも、勝利を確信したようにふわりと笑った。

 けれど。


「ですが、お別れの前に、一つだけ『清算』をさせていただいてもよろしいかしら?」


「清算だと?」


「ええ。殿下はお忘れでしょうけれど、この王立アカデミーの学費、および殿下が今夜お召しのその立派な正装。さらにはリリアナ様が身につけていらっしゃる、その『涙の雫』と名高いサファイアの首飾り……」


 私は一歩、彼らに歩み寄った。

 リリアナがビクリと肩を揺らす。


「それらすべて、ロスタール公爵家……いえ、私の個人的な資産から支出されたものですの。殿下、王室の予算は先月の時点で、リリアナ様のご要望による『民衆への炊き出し(という名の無計画な施し)』で底を突いておりましたでしょう?」


「なっ……! そ、それは……」


「わたくしが、帳簿の尻拭いをして差し上げていたのですわ。婚約者としての『情』で。ですが、婚約が解消された今、他人の財布からこれ以上の支出を許すわけには参りません」


 私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 そこには、緻密な筆致で数字が書き込まれている。


「こちらは、私がこれまで肩代わりしてきた『殿下の遊興費および王室の不足分』の請求目録です。合計で、金貨三万枚。……今すぐ、お支払いいただけますかしら?」


「き、きんかさんまん……っ!? 馬鹿な、そんな額を今すぐ払えるわけがないだろう!」


「あら、おかしいですわね。殿下は先ほど、私を『冷酷で慈悲のない女』と仰いましたわ。ならば、慈悲のない私に甘えていた殿下は、一体どのような存在なのでしょう?」


 会場の空気が、一瞬で変わった。

 貴族たちの囁き声から、先ほどの嘲笑が消え、困惑と不安が混じり始める。


「おい、王室の予算が底を突いているって本当か?」

「エレノラ様が資金を止めたら、来月の騎士団の給料はどうなるんだ……?」


 セドリック王子の顔が、赤から一気に土気色へと変わる。

 私はその様子を、最高級のワインを味わうように、ゆっくりと、楽しませていただいた。


「ご安心ください、殿下。わたくしも鬼ではございません。お支払いが無理だというのなら、別の形で『清算』していただくだけですわ」


「別の形……?」


「ええ。わたくしがこれまで殿下のために行ってきた『近隣諸国との経済交渉』および『不戦条約の維持』。これらすべて、私のサイン一つで失効するよう、事前に契約を結んでおりますの」


 私は、会場の大きな時計を見上げた。

 針が重なる。パーティーの終了を告げる鐘の音が、遠くから聞こえてきた。


「ちょうど今、期限が参りましたわ。……おめでとうございます、殿下。あなたは『真実の愛』を手に入れ、同時に、この国の『信用』と『未来』を失いましたのよ」


 セドリック王子の膝が、ガクガクと震え始める。

 リリアナの顔からは、先ほどの可憐な笑みが完全に消え失せていた。


 私は、扉の方へと背を向けた。

 そこには、いつの間にか黒塗りの豪華な馬車と、真っ黒な軍服に身を包んだ、見覚えのない屈強な男たちが控えていた。


「準備は整いましたわ」


 私は、立ち尽くす人々を一度だけ振り返り、この世で最も優雅な、そして最も残酷な別れの言葉を告げた。


「それでは皆様。泥船の宴を、どうぞ最後までお楽しみあそばせ」


 私の物語は、ここから始まりますの。

 この国が、自らの犯した過ちの重さに、借金の山の下で押し潰されるその日まで。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「準備はすべて整いましたわ」


エレノラの冷徹な反撃、そして王太子たちの転落がここから加速していきます。

この続きが少しでも気になった方は、ぜひ【ブックマーク】と、下にある【☆☆☆☆☆】の評価を、最大評価の【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の糧になりますわ。


次話、第2話は『その宝石の代金、どなたが支払ったとお思いで?』。

リリアナの身ぐるみを剥がす勢いで、徹底的に清算させていただきます。

どうぞお楽しみに!

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