表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/47

第2話:『その宝石の代金、どなたが支払ったとお思いで?』

会場に満ちる空気は、先ほどまでの熱狂的な「悪役令嬢への断罪」から、じわじわと這い寄るような「困惑」へと変質していた。


 私が突きつけた『金貨三万枚』という具体的な数字。

 それは、この場にいる貴族たちにとって、単なる金額以上の意味を持っていた。王室の財布が、公爵令嬢という「一個人の厚意」によって辛うじて保たれていたという事実は、彼らの特権階級としての足元を揺るがすに十分な衝撃だったからだ。


「き、金貨三万枚だと……!? ふざけるな、そのような端た金、すぐに王宮の金庫から――」


 セドリック王子が、震える拳を握りしめて怒鳴る。

 だが、その声はどこか上ずっていた。彼自身、心のどこかで気づいているはずだ。自分が望むままに浪費し、リリアナに買い与えてきた贅沢品の数々が、王室の正規予算を遥かに超越していたことに。


「あら、殿下。先ほど申し上げませんでしたかしら? 王宮の金庫は、すでにからですのよ。正確には、あなたの『真実の愛』を証明するための祝宴や、リリアナ様が提案された無計画な減税措置の補填により、法定予備費すら食いつぶしておりますわ」


 私は、手にしていた扇をゆっくりと広げ、口元を隠した。

 扇の隙間から覗く私の瞳は、彼を「次期国王」としてではなく、「返済能力のない債務者」として冷徹に見据える。


「リリアナ様、その首飾り……サファイアの『涙の雫』ですわね。非常に素晴らしい輝きですこと」


 私が視線を向けると、リリアナは自分の首元を両手で覆うようにして後ずさった。

 桃色の髪が乱れ、潤んだ瞳が恐怖に揺れる。その姿は確かに可憐だが、今この状況では、ただの「盗品を隠すコソ泥」にしか見えない。


「な、なんですの……? これは、セドリック様がわたくしの誕生日に贈ってくださった、愛の証ですわ! あなたに指図される筋合いなんてありません!」


「ええ、殿下からの贈り物としては、確かにその通りでしょう。ですが、その購入代金を立て替えたのはロスタール公爵家……いいえ、私の個人口座ですの。領収書には、私の私印が押されておりますわ」


 私は、傍らに控えていたシエルに目配せをした。

 シエルは音もなく歩み出ると、懐から一束の書類を取り出し、この場に立ち会っていた学園長と財務卿の代理へと差し出した。


「……確認を。これは、王都一の宝石商『シュタイン』の正式な領収証書です」


 シエルの事務的な声が、静まり返った会場に響く。

 書類を受け取った財務卿の代理人は、眼鏡を押し上げ、数秒後には、額から滝のような汗を流し始めた。


「……ま、間違いありません。購入者はエレノラ様、支払いは全額、公爵家の資産から即金で行われています。王室名義の請求書は……すべてエレノラ様のサインによって『肩代わり』として処理されています」


 会場に、どよめきが広がった。

 「信じられない」「王子は婚約者の金で愛を語っていたのか?」「なんて恥知らずな……」

 そんな囁きが、容赦なく二人を突き刺す。


「婚約が継続している間は、それも私の慈悲の範疇でしたわ。ですが、婚約が解消された今、法的に見てその贈与の前提は失われました。当然、不当利得として返還していただきますわ。……リリアナ様、今すぐ、その場で外していただけますかしら?」


「そんな……人前で、宝石を返せなんて……っ! ひどいですわ、エレノラ様! どうしてそんなに意地悪なの!?」


 リリアナが泣き崩れる。だが、私の心は一ミリも動かない。

 彼女が受けている屈辱など、私がこれまでに費やした時間と労力、そして裏切られた信頼の対価としては、あまりに安すぎる。


「貴様、リリアナに恥をかかせるつもりか! 後で払えば済む話だろう! 私は王子だぞ!」


 セドリックがなおも吠える。その見苦しさに、周囲の貴族たちの目は、さらに冷ややかなものへと変わっていった。


「『後で』とは、いつのことかしら? 殿下、あなたは今、パン一つ買う銀貨すらお持ちでないはずです。……シエル、執行なさい」


「はい、お嬢様」


 シエルが迷いのない足取りでリリアナに近づく。

 近衛騎士たちが止めようと一歩踏み出したが、私はそれを手制止で封じた。


「動かないで。これは正当な財産権の行使ですわ。もしこれを妨げるというのなら、ロスタール公爵家は明日をもって王都の食糧供給ルートをすべて封鎖いたします」


 騎士たちの足が止まった。

 彼らもまた、家族を持つ人間だ。公爵令嬢が本気で「経済」という武器を振るえば、自分たちの生活が一日で崩壊することを理解している。


「……っ」


 シエルの細い指先が、リリアナの細い首に触れる。

 カチリ、と。

 宝石の留め具が外れる音が、断罪の終わりの合図のように聞こえた。


 シエルは、受け取ったサファイアを無造作に白い布で拭き、私の前に差し出した。


「お嬢様、回収いたしました。……リリアナ様の肌の脂が付着しておりましたので、念入りに消毒を」


「ええ、ありがとう。……この石は換金して、私の領地の孤児院へ寄付なさい。偽りの愛で汚れた宝石も、子供たちの食事になれば少しは報われるでしょう。少なくとも、そこらの泥棒猫に飾られるよりは、宝石も本望ですわ」


 私の淡々とした言葉に、リリアナはその場に膝をつき、顔を覆って泣きじゃくった。

 その隣で、セドリック王子は真っ白な顔をして、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 準備は、まだ始まったばかり。

 宝石一つで、許して差し上げる私だと思われなくてよ。


「さて、次は……殿下の背後で剣を握っていらっしゃる、騎士団の方々の『給与』について、お話ししましょうか?」


 私の微笑みに、今度は騎士たちが一斉に青ざめる番だった。

第2話、お読みいただきありがとうございました。

宝石の「物理的な剥奪」。これがエレノラ流の清算の第一歩ですわ。


「愛の証」が実は「他人の財布」から出ていたと知った時の王子の顔、想像するだけで美酒が進みますわね。

リリアナの泣き顔を「もっと見たい!」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします!

あなたの星が、彼女たちの絶望をさらに深いものに変える力になります。


次回、第3話は『王家の印章より、私のサインの方が価値がありますの』。

いよいよ、個人の問題から「国家の破綻」へとスケールが広がります。

どうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ