帰還
その後、チャームのスキルを操っていた平行世界の海斗が死んだため、チャームをかけられていた教皇および衛兵はその呪縛から解き放たれ、我に返った。
そして、双方の負傷者を、エリザベスや避難していた教会のヒーラーたちが全身全霊をもって怪我を癒やした。
教皇は自らの言動を恥じ入り、目の前で片膝をついて頭を垂れている海斗たちに対して
「今回のことは、大変申し訳なかった。カイアンの横暴を許したのは、私の不徳の致すところ。賞金首で手配されていた海斗や結衣は、ともに無罪。それに伴う戦闘についても不問に付す」と、直々に謝罪とお許しの言葉を宣った。
大聖堂の中で、抱き合う海斗とアリシア。
涙を流して喜ぶレイナ
ほっとした様子のエリザベス。
平行世界の海斗に復讐を果たしたアンジェリカも、ミーちゃんを抱き上げながら満足そうな顔をしている。
その時、海斗は気付いた。
「結衣、結衣はどこにいる?」
結衣の姿は大聖堂の周りにはなかった。その後、海斗たちは教会関係者とともに大聖堂の敷地内を探したが、最後まで見つからなかった。塀付近に赤い仮面と手帳が落ちていた。結衣はこの塀を跳び越えて外に逃亡したのであろうか? 二つともはっきりと足跡が残っていた。
海斗が手帳と仮面を拾い上げようとすると、突風が吹き抜けた。手帳はページが音を立ててめくれ、『海斗、いつまでも待っている』の文字が垣間見えた。そして、仮面と共に敷地の塀まで飛ばされ、強風に圧されて塀にへばりついた。
まるで持ち主の後を追っていきたいと願っているかのように。
これは後に聞いた話だが、ローレンシア教皇国とヴァルディス公国との国境の関所で、彼女らしき者が通過したという。しかし、果たしてそれが本人かどうか未だにわかっていない……。
*
「勇者・高橋海斗、ここに眠る」
墓石の正面に片膝をついて手を合わせる海斗。アリシアも海斗の後ろに立って黙祷をしている。レイナはそっと花を手向け、エリザベスは両手を握りしめ祈りを捧げている。アンジェリカは何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わなかった。沈黙が続いた。さすがにミーちゃんもおとなしくしていた。レオナルドは立ったまま、目を閉じている。
遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。
誰もが、この一時を長く覚えていくことになるだろう——いや、決して忘れることはできない、と海斗は思った。
しばし経って海斗が立ち上がると、
「これで枢機卿カイアン・モーティスの名前を知る者はやがていなくなるだろう。確かにカイアンがやったことは許されないことだが、不名誉な名前で葬るのはあまりに気の毒だ。俺たちができることは、この世界を救った勇者として葬り、伝えていくことぐらいだ」
としみじみと語った。一緒に黙祷をしていたレオナルドは
「もう、行ってしまわれるのですか?」
と海斗に尋ねた。
「ハイ」
海斗は
「エリザベスとも相談したのですが、とりあえず俺はチャームのスキルおよび異世界へのトンネルを作る古代魔法を封印して、エルシオン王国で一冒険者として生活していこうと思っています」
とレオナルドに向かって言った。
続けてエリザベスがアリシアたちに
「教皇様とお話をしたのですが、今回のことは海斗の能力のことも含めて秘密にするということで話がついています。海斗のことは、エルシオン王国が責任を持って保護することを父上に約束させます。もっとも、私は海斗に誘拐されていることになっているので、どこから説明したものか、今でも頭を悩ませていますが」
と事情を話した。さらにエリザベスは
「その代わりと言っては何ですが、海斗、最低でも七日に一度は私のところに必ず活動報告をしに来るように。チャームのスキル持ちでも、我が王国の監視下においておけば、父上もきっと納得されるでしょう……」
ともっともらしく語った。すると、アリシアは
「そうか、良かったな、ダーリン。しかし、エリザベスはまんまとダーリンを近くにおくことに成功したな。おぬし、なかなかの策士よのう」
とニヤニヤしながら言った。
エリザベスは少し焦った様子で、
「べ、別に海斗のことが好きだから、保護するわけじゃありませんからね! か、勘違いしないで下さい!」
と何とか言葉を紡いだ。アリシアが
「お、動揺している?」とツッコむと、レイナも
「相変わらずのツンデレキャラですね」
と笑う。
アンジェリカは肩をすくめるポーズをして、やれやれと言った感じだ。
ミーちゃんは「ツンツンデレデレ、全くもって不正直なお姫様だ!」
と叫んだ。
「わ、私はツンデレでも、不正直でもありません!」
と叫びつつ、エリザベスはいつものように海斗の胸をポコポコと叩いて抗議する。
海斗は笑いながら、
「それで、アリシアはどうする?」
と尋ねた。
「そんなこと、聞くだけ野暮ってもんだぜ。私はダーリンの行くところに付いていく。ただそれだけだ」
と笑みを浮かべながら、アリシアは答えた。
海斗はレイナの方を向いて
「レイナはどうする?」
と同じ質問をした。レイナは
「私はとりあえずエルダー村に帰って、父の顔が見たいです。今までのことは不問に付されましたし、大手を振って会うことができるので」
と素直に、望郷の念を包み隠さず言った。
レイナの父親が住むエルダー村はエルシオン王国との国境付近の村だが、それでもエルシオン王国の王都セレスティアまで来るとなると、徒歩で四、五日、馬車でも一日半ぐらいはかかる。レイナがエルダー村に住むというのなら、馬車の運賃も馬鹿にはならず、ましてや仕事をする時間も考慮すれば、王都セレスティアに七日に一度通いに来るというのは現実的ではない。つまり、チャームのスキルは解消され、レイナとのお別れを意味した。
「そうか、それがいいかもしれないな……」
海斗はレイナの意向を尊重した。
そして、「海斗、私は海斗のことを忘れるかもしれませんが、海斗は私のことを決して忘れないで下さいね……」とか言ってくるんだろうなと海斗は勝手に想像していた。
しかし、レイナはしばし沈黙した後、ニッコリ微笑むと——
「でも、七日に一回は海斗に会いに行きますからね! 海斗も関所と王都セレスティアの中間地点の街まで、七日に一回来て下さいね。そこで落ち合いましょう!」
と意外な答えが返ってきた。
えーちょっと面倒くせーといった表情を海斗がすると、レイナは海斗の両頬を両手でつかむと引っぱって、
「まだ、私の胸を揉んだこと、許したわけではないのですからね! 責任を取って、必ず中間地点まで来てもらいます!」
と少し怒りを帯びた笑顔で、海斗にお願い? いや命令をした。
「ずびません、ぞうざせていだだぎます」
と涙目になりながら海斗は答えた。
そして、今度はアンジェリカたちの方を向いて
「アンジェリカとミーちゃんは、自宅兼魔法研究所に帰るんだろう? ところでアルティアの領主様にはどう報告するんだ? 死体は埋葬しちゃったし」
と海斗は尋ねた。するとレオナルドが、
「その辺は大丈夫です。私がカイアンの所業および死亡したことをこの証書に記しました。コレを領主様に見せれば、恐らく納得してくれるでしょう」
と答えた。
「『恐らく』じゃ困るの! 領主が納得するまで何度でも書き直してもらうからね。必要なら教皇様の名前で!」
とアンジェリカはいつになく真剣な口調で言った。
「まあ、でも最悪、銀行からお金を借りて払っちゃえばいいんじゃない? その代わり自宅兼魔法研究所は抵当に入っちゃうけどね~」
とミーちゃんはおどけてみせた。
「……マジか、いや、それ冗談だよね?」海斗がミーちゃんをまじまじと見つめる。
「さあて、それはどうかな!」ミーちゃんがニヤリと笑う。
「マジ、冗談、マジ、冗談。どっちだと思う?」
海斗は悩んだ末に「冗談!?」と答える。
ミーちゃんは「マジ!」と答えた。
「こらっ!」
アンジェリカは眼をつり上げながら、激怒した。
アンジェリカとミーちゃんのやりとりを聞いていたアリシア、レイナそしてエリザベスも叩くのをやめて、皆で笑った。
すると木枯らしが吹いた。風の音に結衣の笑い声を探してしまった海斗は、懐から結衣の赤い仮面を出して、しばし見つめた。が、すぐに仮面を懐にしまうと
「よし、じゃあ皆、帰るところは別々だが、道中同じところまで、一緒に帰ろう。帰るぞ、皆!」
と号令をかけた!
空っ風がやんで初冬の暖かい陽がさす中を、海斗たちは帰路につくため歩き始めた。
最終話までお付き合いいただき、本当に感謝、感謝の気持ちでいっぱいです。
異世界に転移してきた(正確には召喚された)海斗の物語は、ここで一旦幕を下ろします。
ですが同時に、海斗の再出発の物語はここから始まります。
そして──結衣の物語もまた、どこかで静かに続いていくのかもしれません。
「結衣は、異世界のあらゆる場所で痕跡を残していくのでは?」とか「海斗はそんな結衣を追っかけていくのでは?」とか作者としていろいろと考えるところはあります。ですが、ここからは読者の皆様のご想像にお任せしたいと思っております。
ここからは現実の話になりますが、
正直、プライベートで無理難題が立て込んでおりまして、新作に着手するのもままなりません。
また、一般応募の新人賞に向けた作品作りを優先したいこともあり、読者の皆様にお会いできるのもしばらく先になるかと思います。
それでも、ここまで読んでくださった皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りしつつ、深い感謝を込めて、この物語を締めくくりたいと思います。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
阿部祐士




