濁流の果てに――輝き始める再起の炎
結衣が森へ飛び出した後、アリシアたちは洞窟を出て雨の中を息を潜めて移動していた。
すると、アリシアたちの背後から、ダンの配下の者たちの声が聞こえてきた。
「おい、ここに足跡があるぞ!」
レイナはアリシアに向かって小声で言った。
「アリシアさん。多分、こちらに向かってきます」
その直後、背後の茂みが揺れながらかき分ける音がした。
「来た、走れ!」
アリシアたちが走り出すと、エリザベスが向かっている先の幹に手斧が刺さった。
エリザベスは思わず
「キャッ」
と叫んだ。
「いいから、逃げるぞ!」
アリシアは明らかに苛立っていた。
「ダーリン、頼むから生きていてくれ、頼む……」
海斗はもうろうとした意識の中で、側に老人の姿があることに気がついた。
「一体、ここはどこなんですか?」
老人は
「おや、気がついたようですね。ここはフェルノスから見て東の森の中にある山小屋です」
と淡々と言った。
「……そうですか。俺はどうしてここに?」
「私が、川が氾濫するかどうか見に行ったら、偶々君が川の岸辺に倒れているところを見て、私がここまで運んできた、というわけです」
「そうだったんですか。……すみません。礼を言うのが先でした。九死に一生を得ました。ありがとうございます」
「ハハハ、良いですよ。老人の気まぐれだと思ってくれて結構」
海斗はどうして川に落ちたかを思い出した。冷たい体を必死に動かそうとすると、肩から腹にかけて激痛が走った。
「まだ、動いてはいけません。今ヒールで、肩から腹にかけての傷口を塞いでいる最中なのですから」
「でも、今もきっと仲間たちは、森の中、刺客……いえ敵に追われている最中だと思うのです。早く助けに行かないと……」
「では、今、大怪我をしている君が敵の前に行って仲間を助けられると?」
と言いながら、老人は少し険しい顔をした。
その言葉を聞いて海斗は
「そう、そうですね。あなたの言うとおりです。少し冷静さを欠いていました」
と素直に謝った。
「わかってくれたら、いいのですよ。ところで君のお名前は?」
「俺の名前は海、いえカイル・アルティスと言います。すみません、名乗るのが遅れて」
優しそうに見える老人は
「ハハハ、良いのですよ。私の名前はカイアン・モーティスと言います。カイアンと呼んでくれて結構」
と口元を少しゆるませながら喋った。
「助けてくれてありがとうございます、カイアンさん」
カイアンがヒールをかけ続けて、しばらく経つと海斗の傷口も塞がれ、それに伴って痛みもかなり引いていった。
「ありがとう、カイアンさん。これで戦えます」
立ち上がった海斗は、背にあるはずの剣の柄に手をかけようとした。が、そこに剣はなかった。
「そうか、川に落ちたときに川底にでも落としたか……」
その様子を見てカイアンは
「カイル君、もう少し痛みが引くまで老人の戯れに付きあってくれませんか?」
と尋ねた。
「いや、しかし俺は仲間のいるところに行かないと……」
「君は素手で戦えるのですかな?」
「いえ、俺は剣士です……。剣のない剣士なんて、ただの非戦闘員ですよね……」
海斗は寂しそうに笑った。
「カイル君、私は魔法が多少使えて、多くのヒーラーや魔法使いを見てきました。あなたには魔法の素地があるように見えるが、うまく自分の魔力を使えていないように思えます。君は、魔法を多少は使えるのかな?」
「いえ、全く使えません」
「それはもったいない。痛みが引くまで少し訓練をしてみませんか」
「それは素手でもできるものなのでしょうか」
「それは人次第ですね。とりあえず小屋の外に出ましょうか」
外に出てみると、先程の大雨が嘘のように雲の合間から二つの月が顔を出して、海斗たちを照らしていた。
「いいですか、少し見ていて下さい。出力を抑えてやってみます。……炎の精霊よ、我にその炎を分け与え給え、ファイアーボール!」
カイアンが詠唱すると、右手の掌にできた炎の塊は球形となって、投げる動作をすると木の幹に向かって飛んでいき、木の幹を焦がして消えた。
「杖なしで出力を抑えてやりましたが、杖を使って増幅させ本気を出せば、間違いなく殺傷能力のある魔法です。さあ、君も同じ呪文を詠唱してみて下さい」
海斗はふっと息をつくと、同様にファイアーボールの魔法を詠唱した。
海斗の右手の掌に小さな炎の塊はできたが、風が吹くと簡単に消えてしまった。
「ハハハ、これじゃあ、たき火にも使えないですね……」
海斗は自分の能力のなさに失望した。
「まあ、そう言わずに。やはり杖のような魔法を増幅するものが、君の場合必要なのかもしれませんね」
カイアンはそう言うと、懐から小さなアイテムボックスを取り出し、そこから白銀の剣を引き抜いた。
「カイアンさん、人が悪い。どうして最初から剣を持っていると、教えてくれなかったのですか」
「先程のいきり立っている君に剣を渡したら、傷に構わず戦場に走って行ったでしょう?」
「……まぁ、それはそうですが」
「カイル君、いいですか。この剣はヒーラーや魔法使いの杖同様、魔法を増幅する能力がある剣です。これから私が教える魔法剣を習得するまで戦場に行かないと約束してくれたなら、この剣を貸しても構いませんが、どうしますか?」
「わかりました。剣がなければ、俺は戦力になれません。魔法剣を習得する以外に、俺に選択肢はなさそうですね」
「よく言いました。それでは、この剣を持って、私に続いて詠唱してみて下さい」
海斗は剣を握ると、その剣から直感的に魔力の脈動が伝わってくるのを感じた。
「……炎の精霊よ」
海斗も続けて詠唱した。
「炎の精霊よ」
「「我が剣に地の底に眠る炎の一部を……」」
「「分け与え給え、火炎斬!」」
するとその剣に紅蓮の炎が纏い始めた。
「さあ、そこで剣を振る!」
「はい!」
海斗は渾身の力で剣を振り下ろした。その刹那、一筋の炎が大地を駆け抜け、大木を包み込むように炎が渦巻き、煌々と燃え上がった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
濁流に飲まれた海斗が、思わぬ人物との出会い、手に入れた新たな力――魔法剣。
海斗は新しい力で、逃避行を続けるアリシアたちを助けられるのか?
そして、因縁の相手・ダンやブラックローズの面々との対決は?
……次回もお付き合いしていただければ幸いです。




