白銀の女剣士 アリシア
子供の頃から剣道で竹刀の軌道を見切る訓練を積んでいた海斗は、その動体視力のおかげで女剣士の一撃をぎりぎりでかわした。あの訓練がなければ、今の一撃は避けられなかったかもしれない。ヒヤッとしたが、今は感傷に浸る余裕はない。
「チッ、外したか」
女剣士はすぐさま次の一撃を打つべく、再度剣を振り上げる。
「海斗、こっち!」
海斗は結衣の方へ逃げ出した。海斗は結衣の隣を走りながら確認をした。
「これって、やっぱり俺たちが賞金首だからか?」
「としか、考えられないわね」
後ろを振り返ると、女剣士は剣を持ちながら猛然と海斗たちを追ってくる。怖い、怖い。子供の頃、夢で追いかけてきた怪物のようだ。
「どうする。追っ手が迷うように、二手に分かれるか?」
「こんな森で離れ離れになったら、互いを見失って二度と会えなくなるかも」
全力疾走しているので喋るのも苦しい。考えようにも脳に酸素が行き渡らない。女剣士はあきらめる様子もなく追ってくる。
「あのね、海斗」
「こんな時に、なに?」
「一つ言い忘れていたことがあるのだけれども……」
「今じゃ、なければ、いけないこと、なのか?」
海斗は息苦しい中、何とか言葉を絞り出す。
「海斗にはね、女性と3秒間見つめあうと、女性にあなたのことを『この人、私の運命の王子様だ』って勘違いさせてしまうチャームのスキルがあるらしいの」
「だから、なんでわかるんだよ、そんなこと!」
「って、神様が言っていた……」
また神様かよ。しかし、女剣士はどんどん海斗たちとの距離を詰めてくる。もう猶予はない。海斗は
「さっき言っていた、俺のチャームのスキルって、要は3秒間見つめあうと、その女が俺に恋して結婚したがる、と言うことなんだよな?」と念を押して聞いた。
「そういうこと!」
このまま逃げ切ることはできないと思った海斗は、覚悟を決めた。
「わかった。結衣は俺が視界に入っているぎりぎりのところまで逃げて隠れていろ。一か八かだ!」
海斗は逃げるのを止めて振り返り、追ってくる女剣士と相対した。
「観念して斬られにきたか。いい度胸だ!」
女剣士は再び剣を振りかざすと海斗めがけて振り下ろした。ぎりぎりのところで避ける海斗。女剣士は剣を振りまわすが、なかなか海斗に当たらない。
海斗は一応攻撃をかわしているものの、恐怖で涙が出そうになり、逃げ出したかった。
「えーい、ちょこまかとこざかしいな、この野郎!」
海斗の視界に大木が入った。これを使えるか? 海斗は大木を背にして逃げ場を失ったように見せかけた。女剣士が剣を斜め下に振り下ろすと同時に、海斗は横跳びをして剣先から逃れた。剣は大木の幹に深く刺さり、切り口に挟まって抜けなくなった。女剣士は木の幹に足をかけて踏ん張りながら必死に抜こうとするが、なかなか剣は抜けない。
「今だ!」
海斗は恐怖と戦いながら、女剣士の後ろから、そうっと近づいた。そして、女剣士の両頬に両手を添えて顔を押さえつけると、無理矢理女剣士の顔をこちら側に向けさせて、女剣士の目を見つめた。頼むぞ、効いてくれよ、俺のスキル!
1、2、3……海斗は心の中で秒数を数えた。
女剣士も虚を突かれたのか2秒ちょっとまで何が起きているのかわからない表情をしていたが、3秒になろうかという頃合いで
「何しやがるんでぇ!」
と怒鳴ると、剣の柄から両手を離して海斗の腹にアッパーカットをぶちこんだ。
「ぐへっ」
海斗は腹を抱えながら、その場に崩れ落ちた。
やっぱり駄目か……。だよなぁ。海斗は腹を抱えながらよろよろと立ち上がり、逃げようとした瞬間――女剣士は海斗に後ろから抱きついてくると
「ちょっと待ってよ、そこの彼氏!」
と猫なで声で甘えてきた。
「ハイ?」
アッパーカットを食らって体に力が入らない状態で、女剣士は鎧を身につけていたこともあり、軽いとは言えない体重に上から乗りかかられて、海斗は抱きついてきた女剣士共々、うつぶせに倒れ込んだ。
「逃げなくても大丈夫、痛くしないからさぁ」
痛くしないって、一体何をする気なの? っていうか、スキルは効いている? 女剣士は抱きついたまま体を海斗の顔の方に這っていき、海斗の顔のところまで自分の顔がくると、海斗の頬に自分の頬をくっつけてスリスリし始めた。このなつき具合をみると、どうやらスキルは効いているようだ。危険は去ったと思った海斗は、緊張から解放されて尿意を覚えた。結衣も警戒しながら近づいてきて、最終的にほっとした様子だった。
「よかった。海斗、無事だったのね」
「ああ、何とか、な」
アリシアは、変わらず海斗の頬をスリスリしている。
「ああ、それにしてもよかった。この女剣士がこの世界の人で!」
「どういう意味だよ?」
海斗は少し怪訝そうな顔をした。
「さっき言い忘れたんだけど、海斗のチャームのスキルって、この世界の女性限定で効くみたいなの。もし、この人が私たちみたいに他の世界から転移してきた人なら、チャームのスキルは効かなかった――」
「ちょっと待て。じゃあ何か、この女剣士がこの世界の住人でなければ、俺は今頃……」
「……多分、斬られていたでしょうね」
「そういう大事なことは、早よ言わんかい!!」
海斗は、怒鳴って血圧が上がると、さらに激しい尿意を覚えた。
海斗は急いで立ち上がって女剣士を振りほどくと、藪の中に入って用を足した。
藪から出てきた海斗が女剣士をよくよく見ると、その女剣士は、175センチの大女。金髪のボブに男っぽい顔立ち。白銀の鎧に黒レギンスと白い短めのスカート。左腿には投げナイフを収めた革ベルトを付けていた。
そんな女剣士は再度、海斗の腕に抱きついてきて、顔を海斗の肩にくっつけた。うっ、ちょっと照れる。海斗の頬は少し赤くなった。そんな海斗たちの様子を見ていた結衣はあまり面白くなさそうな顔をしていた。が、女剣士は構わず自己紹介を始めた。
「私の名は、アリシア・ベルモンド。基本単独で仕事をこなす冒険者さ」
「俺は海斗、高橋海斗って言うんだ」
「高橋海斗? アンタ、魔王を倒した勇者と同姓同名か?」
「魔王を倒した勇者?」
「そうだよ。魔王討伐軍を束ねて中心的人物だった、高橋海斗」
「へー、この世界にもそんな日本人みたいな名前のやつがいるんだ?」
「噂じゃあ、その勇者、ティリアス帝国によって異世界から召喚された人物だとか」
海斗は、アリシアに殺されかけたことやその発言から、今自分がいるのは異世界だと判断せざるを得ないと思った。
「ところでアンタのこと、何て呼べばいい? 海斗、海君、海ちゃん、ハニー、ダーリン……。そうだ、やっぱりダーリンがいいよね。ね、ダーリン」
と言うと海斗の腕に抱きつく力がさらに強くなり、体をさらに密着させてきた。結衣は、ますます面白くなさそうな顔をした。
「ま、何でも良いけどさ。好きなように呼んでくれ」
海斗は、体を密着してくるアリシアに対してまんざらでもない顔をした。結衣は「チッ」と舌打ちをする。それに反応して、アリシアも結衣を見ながら軽く睨んだ。さっきまで『この野郎』と呼ばれていたのに、今は『ダーリン』。俺のスキル、我ながらすごすぎ……いや、怖すぎる……。
「ところで、どうして俺のことを殺そうとしたんだ」
「ごめんね。実はダーリンだけでなく、そこのお邪魔虫の女――」
「あのね! ……私の名前は桜井結衣。結衣と呼んでくれて構わないわ」
結衣はぐっと怒りを押し殺したような表情をした。アリシアは何もなかったように
「結衣ともども命を狙ったのさ。賞金首の手配書の似顔絵にそっくりな結衣がガレアの町を歩いていたので、密かに尾行して森まで来てみたら、ダーリンまでいるじゃない。賞金首に間違いない、と思ったね。要するに殺す目的は、教会から支給される、ダーリンと結衣の賞金のため。本当は生きて捕まえた方が、より高い賞金が出るけれども、一人で二人を生きたまま拘束するのは難しいだろう?」と、それが当たり前であるかのように話した。
それにしてもアリシアが俺のことを見くびってくれて助かったと海斗は心の底から思った。もしナイフを投げられていたら、さすがにかわせなかったし、何の防具もつけていない俺は、刺さった場所によっては死んでいたかもしれない。そう考えると、結衣が俺のスキルは異世界の女性限定であることを言わなかったのは、ちょっと許せないな。
「ほらね、海斗、私が言ったとおり私たち賞金首になっていたでしょう?」
こっちの心情構わず、ドヤ顔をしてくる結衣に多少イラッとした。が、今置かれている状況に対して、海斗は考え込んでしまった。理由はよくわからないが、海斗と結衣が賞金首になっていることは確かなようだ。これからもアリシアみたいなのが、俺たちが死ぬか捕まるまで、延々と狙ってくるというのか。先程の肝を冷やした記憶が呼び覚まされ、海斗の顔には冷や汗が垂れる――一体これからどうしたものか?
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今回は、海斗のチャームスキルがついに発動しました。
殺しに来た相手が、数秒後には「ダーリン」呼びって……自分で書いていてこんなことを言うのもなんですが、……この能力怖すぎる。
そしてアリシア。初登場で斬りかかってきて、次の瞬間には頬スリスリ。
結衣の嫉妬ゲージも順調に上昇中です。
いろいろな意味で、海斗の胃と精神がもつのか?
次回もカオスな三角関係(?)にお付き合いください。




