痴漢呼ばわりから始まる最低最悪の出会い
えん罪を晴らすため、海斗たちのローレンシア教皇国へと向かう旅が始まった。その旅路の途中、ティリアス帝国の最南端にあるエルダー村で一泊することにした。
アリシアは、
「リサにお別れも言わないで、本当にあれで良かったのかい、ダーリン?」
と改めて聞いてきた。
海斗は
「会っていたら、俺は、彼女の好意に甘えて別れられなくなる……。そう思ったんだ」
と少し悲しそうに言った。
結衣は
「それはそれでいいとして、リサはあなたの素顔を見ているのよ?」
と少し心配そうに聞いてきた。
「それについては、一週間会わなければ、俺との過去の記憶や俺そのものも忘れてしまう、そのはずだよな?」
「それはそうだけど、その一週間のうちにリサが冒険者ギルドや教会に密告することはないのかしら?」
海斗は少し強い口調で
「いや、リサはそんな娘じゃない!――それにセリフィアで大々的に戦闘を行ったんだ。いまさら告げ口されたところで大差はないさ」
と答えた。アリシアは話題を変えるかのように
「あーあ、巫女を助けた報奨金はもらえなかったし、盗賊退治の賞金はリサにあげちゃうしで、結局手元にあるのは、薬草採取のクエストの報酬だけ! ダーリン、お邪魔虫、また薬草採取の仕事を取ってきたからな。否が応でも働いてもらうぞ」
と、ため息をつきながら言った。
エルダー村に到着すると、まずは宿屋で宿泊する部屋を確保して、その後薬草を採りに近くの森に入った。最初にアリシアが薬草を採って海斗や結衣に見せると、
「この薬草をバスケット一杯になるまで採るんだ。前回のとは種類も効能も違うから、ちゃんと見分けて採ってくれよ。それと、まじめに働いてくれ。明日からの衣食住がかかっているんだから、な」
仮面を着けた姿の海斗と結衣はうなずくと、それぞれ散らばって薬草を探し始めた。
海斗はアリシアが採ってくれた薬草と辺り一面に生えている草を見比べながら、茂みの近くで薬草を摘んでいると、突然、矢が海斗の顔の脇をかすめ近くの木に突き刺さった。刺客か! 海斗は剣を両手で構えると辺りを見まわした。すると遠くから弓矢を持った少女が近づいてきた。
「ごめんなさい、こんなところに人がいるとは思わなくて。てっきり猪かと思ったの」
ハンター風の、見た目が十六、七歳ほどの少女が謝りながら近づいてきた。体格は女性としてもやや小柄な部類だ。黒髪はバンダナで覆われており、上半身は長袖シャツにベストを重ね着していて、下半身はレギンスに、膝下まであるハンティングブーツを履いている。腰には矢の入った矢筒が付いた革のベルト、また上半身には肩から斜めに掛けた同じく革のストラップを掛けている。
海斗は少女の様子を観察した。彼女が刺客である可能性は捨てきれないが、一応謝ってきたため構えていた剣を下ろした。海斗は、彼女が本当に刺客でないのか、情報を引き出そうと考えた。
「大体事情はわかった。ここに来ているのは、君だけなのか?」
「ええ。普段から一人で、この辺でジビエとなる猪とかウサギを狩っているの」
「ところで、この辺りの狩り場で誰かと会った? 例えば冒険者っぽい奴らとか?」
海斗が一番知りたかった情報だ。
「いいえ。普段ここら辺は人が滅多に入ってこない場所だから、気にもかけなかったわ」
本当ならうれしいかぎりだ。彼女が本当のことを言っているのであればな、と思った。海斗は彼女のことを全面的に信用しているわけではない。判断を誤れば、自分や結衣達が殺されても何ら不思議ではないからだ。
「本当に君の仲間もいなければ、冒険者連中も見かけなかったんだよな?」
その言葉を聞いた少女は、表情をこわばらせながら、
「……まるで尋問のようですね。さっき普段この森には滅多に誰も入ってこないって言ったけど、時々逃げてくるんですよね。騎士や雇われ兵から追われている人達とか。何をやらかしたのか知りませんが、私には関係のないことですから」と海斗との距離をとるためか、じりじりと後ずさりを始め、周囲の木々をちらりと見て、逃げ道を探るようなしぐさを見せた。
「君は、本当に俺たちを狙っている刺客ではないのだな?」
「だから、私には関係がないって言っているでしょう。あなたが何を考えているのか知らないけれど、巻き込まれるのはまっぴらご免!」と言いながら、少女は下ろしていた弓を目の高さまで上げると、矢筒から矢を取り出してつがえた。
「一応謝りましたからね」
剣を持っている海斗の間合いから遠ざかるためであろう、少女は矢をつがえながらじりじりと後退し始めた。
海斗はどうすべきか、剣を構え直しながら頭をフル回転させていた。
仮面を着けているのに、賞金首だとばれたのであろうか。それとも彼女の言ったとおり、ただ獲物と間違えられただけの話であろうか。仮に彼女が刺客で、彼女一人だけならこのまま逃がしても、とりあえずこの場は大丈夫かもしれない。が、俺たちがエルダー村の近くに潜んでいることがばれてしまう。もし刺客が複数人いたら? このまま逃がしたら仲間を呼んでくるに違いない。その場合圧倒的にこちらが不利になる。ここは最悪の状況を想定して行動すべきだ。彼女を逃がせば、仲間の命が危険にさらされる可能性がある。悪いけど、ここは穏便にチャームのスキルで魅了して、本当のことを喋ってもらう。それには、ここら辺の地理に詳しいと考えられる彼女に逃げ道を与えてはいけない。少々手荒だが、正面突破して見つめ合う状況に持っていく。
少女が矢をつがえているにもかかわらず、海斗は剣を構えて彼女めがけて突進した。
「威嚇ではないですよ、本当に射ますよ」
彼女が叫んでも、海斗はジグザグに走りながら、迷いなく距離を詰めていった。
彼女は矢を持つ手が少し小刻みに震えながらも、警告どおり海斗の方をめがけて矢を射た。矢は脅しではなかった。彼女の震える手から放たれたそれは、確かに海斗の胸めがけて飛んでいた。
だが、横っ飛びした海斗の腕の近くをかすめ、草むらに突き刺さった。少女は再度矢をつがえるため矢筒の矢に手を伸ばしかけたが、海斗に間合いを詰められていて間に合わないと判断したのか、弓を持ちながら海斗に背を向けて逃げ出した。
このまま逃げられてたまるか。海斗は少女を追いながら剣を森の下草に投げつけると、少女の背後からタックルを仕掛けた。少女は海斗を背負う形で、海斗共々うつ伏せに倒れた。海斗は目と目を合わせるために、少女をうつ伏せから仰向けにしようと彼女の体をつかんだ、その時だった。
「キャー」
少女が悲鳴をあげた瞬間、海斗は一瞬手を止めかけた。だが、迷っている余裕などない。彼女をここで逃がせば、自分や仲間が危険にさらされるかもしれない。
「悪いけど、こっちも命がかかってるんだ!」
海斗は再び腕に力を込め、少女の体を仰向けにしようとした。しかし、少女が発した次の言葉は意外なものであった。
「この痴漢!」
「えっ、痴漢?」
海斗はたじろいだ。俺が一体何をしたって言うんだ。しかし、よくよく考えてみると右手の感触がやけに柔らかい。何だろう、この心地いい感覚は。少し動かした指先に、弾力性のある、マシュマロのような質感が伝わってきた。……海斗は凍りついた。まさか、これは……。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ローレンシア教皇国を目指す旅の早々から、海斗は『痴漢呼ばわり』という
とんでもない幕開けを迎えてしまいました。
誤射された挙句、刺客かと思った少女を追えば痴漢扱い──
海斗の不運体質は、もはや才能の域かもしれません。
次回、この『最悪の出会い』がどのように転がっていくのか、
ぜひ楽しみにしていてください。




