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肥ノ国立志伝~戦国制度革命史  作者: 日野龍哉


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最終話 西の楽園

この物語は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。

挿絵(By みてみん)

 春。

 瀬戸内海を渡る風は、あの日よりも穏やかだった。

 港には大小さまざまな船が並び、人々の声が絶えない。

 米を積む船。

 薩摩から届いた砂糖。

 毛利の鉄。

 河野の塩。

 博多の絹。

 異なる家紋を掲げた船が、同じ港へ出入りしている。

 かつてなら考えられなかった光景だった。

 龍重は港を見渡し、小さく息をついた。

「静かじゃな。」

 空海が笑う。

「港ですぞ。」

「こんなに賑やかなのに。」

 龍重は頷いた。

「だから静かなのじゃ。」

「怒鳴り声がない。」

「鎧の音もない。」

「泣き声もない。」

「これ以上の静けさはない。」

 空海は答えなかった。

 ただ、遠くで遊ぶ子どもたちを見つめていた。


 十年が過ぎた。

 西国議定は、一度も破られていない。

 もちろん争いはあった。

 港の利権。

 境界の揉め事。

 商人同士の対立。

 だが、それらはすべて西国会議で話し合われた。

 刀を抜く者はいない。

 議場には怒鳴り声が響くこともある。

 机を叩く者もいる。

 それでも最後には酒を酌み交わして帰っていく。

 龍重は思う。

 人は変わらない。

 怒りも欲も消えない。

 だから制度がある。

 その答えは、十年前と何も変わっていなかった。


 日野館。

 七老頭の部屋。

 信安は分厚い帳簿を机へ置いた。

「今年の報告です。」

 龍重は苦笑する。

「年々厚くなるな。」

「国が豊かになっておりますので。」

 帳面には数字が並ぶ。

 年貢。

 港税。

 交易量。

 人口。

 どれも増えている。

 しかし龍重が見たのは、別の数字だった。

 戦死者。今年も零。

 龍重は静かに帳面を閉じた。

「これで十分じゃ。」

 信安は頷いた。

「殿なら、そう仰ると思いました。」


 その頃。

 安土ではなく、大坂より一通の書状が届く。

 差出人は羽柴改め関白太政大臣豊臣秀吉。

 危惧した通り本能寺の変が起きた。

 堺からの書状、信長の縁でつながった朝廷からの流れ、真言宗の旅の僧からの話。

 小河が眉を顰める。

「殿。」

「……碁の決着はつかなかったか。」

 龍重は迷わず書状を関白に、そして連合加盟国へ回状を送る。ただ一言。

「我らは信長公の仇を取る者を支える。」

 以降、西の天下をまとめた。

 秀吉の誘いの手に、

「繋がれば、儲かる。」

 龍重の書状に、秀吉は一刻黙り込んだ。

 関白公からの書にはこう記されていた。

『西は迂遠なり。而して迂遠故の豊穣か。いつか教えを乞う。』

 龍重は思わず笑う。

「秀吉らしくない。秀長と官兵衛。」

 空海が尋ねる。

「行かれますか。」

「いや。」

 龍重は首を振る。

「もう儂が行く時代ではない。」


 その日の夕刻。

 西国会議が開かれる。

 議長席には龍重はいない。

 代わりに座るのは、若い代官だった。

 二十代半ば。

 龍重の長与時代からの人材。

 議論は続く。

 港の整備、新しい街道、洪水対策。

 龍重は柱にもたれながら眺めていた。

 誰も龍重へ意見を求めない。

 誰も判断を仰がない。

 会議は滞ることなく進んでいく。

 空海が横で微笑んだ。

「少し寂しそうですな。」

 龍重は笑った。

「少しな。」

「ですが。」

「これが良い。」


 会議が終わる。

 若い代官が駆け寄る。

「大殿。」

 龍重は首を振った。

「違う。」

 青年は戸惑う。

「私は議長ではありません。」

 龍重は穏やかに言う。

「今日はお前が議長だった。」

 青年は深く頭を下げた。

 その姿を見て、龍重は、いや安西は前世を思い出していた。

 教員だった頃。

 終業式の日。自分がいなくても自ら考え歩んでいく姿。教師の役目は、必要とされ続けることではない。必要なくなることだ。

 思わず笑みがこぼれた。


 その夜。

 館の縁側。

 龍重と空海は酒を酌み交わしていた。

 空には満天の星。

 瀬戸内から吹く風が心地よい。

 空海がぽつりと言う。

「殿。」

「何じゃ。」

「天下を狙ったこと、ありますな。」

 龍重の苦笑。

「ある。」

「ですが。」

 盃を置く。

「天下を一人で抱えるには重すぎるし、人の命は短すぎる。」

 空海は静かに笑う。

「信長殿と同じことを。」

 龍重も笑った。

「あの方なら、もっと見事に言っただろう。」

 二人はしばらく黙って夜空を見上げた。


 ふと、龍重は庭へ降りる。

 桜が静かに散っていた。

 一枚の花びらが掌へ落ちる。

 若い頃は、この散る花が終わりに見えた。

 だが今は違う。花は散り、実がなる。

 人もまた同じ。一人の英雄が去り、次の世代が育つ。

 龍重は掌の花びらを風へ返した。

 その時だった。

 背後から幼い声が響く。

「おじい様!」

 振り返ると、小さな孫が駆け寄ってくる。

「今日ね、毛利のお友達と遊んだ! 今度は薩摩にも行くの!」

 龍重は一瞬、言葉を失った。

 毛利の子。

 島津の子。

 河野の子。

 それが「友達」という一言で語られる時代。

 戦国を知る者には、何よりも信じ難い未来だった。

 龍重は孫の頭を静かに撫でる。

「そうか。たくさん遊んでこい。」

「うん!」

 孫は笑いながら庭を駆けていく。

 その後ろ姿を見送りながら、龍重は小さく呟いた。

「ようやく……。」

 空海が隣へ来る。

「何でしょう。」

 龍重は穏やかな笑みを浮かべた。

「戦のない時代は子どもたちが作るのじゃな。」

 空海は何も答えなかった。

 その必要もなかった。

 庭に響く笑い声こそが、その答えだった。

 西へ沈む夕日が、安土城を黄金色に染めていた。

 そして同じ夕日は、瀬戸内の海にも静かに沈み始めていた。

 東と西。

 二つの道は交わることなく、それでも同じ未来へ向かって続いていた。


 夜明け前。

 日野館はまだ静まり返っていた。

 龍重は一人、館を出る。

 護衛はいない。

 供も連れない。

 何十年ぶりかに、一人で馬を飛ばした。

 日見峠を越え、長崎港を越え、長与郷。

 若き日に何度も駆け上がった山。

 そこからは大村湾が一望できた。

 朝日が水平線を赤く染め始める。

 船がゆっくりと港を出ていく。

 あの船に乗る者たちは、自分の名を知らないかもしれない。

 それでいい。

 龍重は静かに笑った。

「ようやく……英雄ではなくなれた。」


 馬の嘶き。

 振り返ると、空海が息を切らして立っていた。

「やはりここでしたか。」

「見つかったか。」

「殿が考え事をされる場所は、昔から変わりませぬ。」

 二人は並んで朝日を眺める。

 しばらく言葉はない。

 やがて空海が静かに尋ねた。

「後悔はありますか。」

 龍重は少し考えた。

 長い人生だった。

 戦もあった。

 飢饉もあった。

 多くの仲間を失った。

 信長とも別れた。

 元就も、信安も、多くの友が旅立った。

 それでも。

「ある。」

 空海は意外そうな顔をした。

「一つだけ。」

「何でしょう。」

「皆と、もう少し酒を飲みたかった。」

 空海は声を上げて笑った。

「最後まで殿らしい。」

 龍重も笑った。

「欲深いからな。」


 昼。

 西国会議が開かれていた。

 議長は若者。討議する者も若者。

 龍重は呼ばれていない。

 それでも会議は進む。議論は激しい。だが最後には全員が頷く。帳簿は公開され、異論は記録される。そして、少数意見も残される。

 誰一人、「殿ならどうしましょう」とは言わない。

 空海が小さく呟く。

「完成しましたな。」

 龍重は静かに首を振った。

「完成ではない。」

「え?」

「完成したと思った国は、その瞬間から腐り始める。」

 若者たちは新しい制度を提案している。

 税を少し改める者。港の規則を見直す者。街道を延ばそうとする者。

 龍重は満足そうに頷いた。

「変わり続ける。それが生きた国じゃ。」


 夕刻。

 一人の旅の僧が館を訪れた。

 年若い僧だった。

「こちらが日野館でしょうか。」

 門番が頷く。

「何用だ。」

「民の噂を聞きまして。」

「どのような。」

「西には楽園がある、と。」

 門番は笑った。

「楽園?」

「そんなものはない。」

 僧は首を傾げる。

「ですが皆、そう言います。」

 その時、庭掃除をしていた老人が振り返る。

 龍重だった。

 着物は質素で、誰も当主とは思わない。

 老人は穏やかに笑った。

「若いの。」

「はい。」

「楽園とは、どんな所だと思う。」

 僧はしばらく考えた。

「争いがなく、皆は幸せ。苦しみがない場所でしょうか。」

 龍重は首を横へ振る。

「違う。」

「では。」

「苦しみも病もある。飢える時もあるし、人は喧嘩もする。」

 僧は戸惑う。

「それでは……。」

 龍重は空を見上げた。

「それでも。」

「話し合えるし、やり直せる。子どもが明日を信じられる。それだけで十分。それが楽園の正体さね。」

 僧は深く頭を下げた。

 その言葉を胸に刻むように。


 秋。

 龍重は病に伏した。

 館には多くの者が集まる。

 毛利から。

 島津から。

 河野から。

 豊臣からも来る。

 かつて敵だった家々の代表が、静かに見舞いに訪れる。

 誰も泣かない。

 誰も「助けてください」とは言わない。

 皆、自分たちで国を支えている。

 龍重は安心したように目を閉じる。

「……空海。」

 彼の顔色はいつもの酒色と異なる顔色。

「ここに。」

「もう。」

「儂は要らぬな。」

 空海は涙を堪えながら笑った。

「左様。我が主君に頼る世ではござらぬな。」

 龍重はゆっくり首を振る。

「大変結構なことさね。」


 数日後。

 龍重は家族に囲まれながら、静かに息を引き取った。

 誰も刀を掲げなかった。

 誰も敵討ちを誓わなかった。

 ただ、孫が小さく尋ねる。

「おじい様は、どんな人だったの。」

 父親は少し考え、こう答えた。

「国を作った人ではない。」

「え?」

「皆が国を作れるようにした人だ。」

 幼い孫は難解であろう。

 それでも静かに頷いた。


 数十年後。

 西国会議。

 若い議長が議事を進める。

 壁には古い額が一つだけ掛けられていた。

 そこには初代西国議定の署名が並ぶ。

 毛利、島津、河野、秋月、蒲池、相良、阿蘇。そして、日野龍重。

 新しく役人になった青年が尋ねる。

「この日野龍重とは、どれほど偉い方だったのですか。」

 年老いた書記官は、微笑みながら答えた。

「さあな。英雄と言うには戦場に出なかったな。だが、この会議が今日も続いている。それが答えだ。」

 青年は静かに額を見上げる。

 そこに飾られていたのは、英雄の肖像画ではない。

 一枚の紙だった。

 人を讃えるためではなく、約束を残すための紙。


 瀬戸内の海は、今日も穏やかだった。

 港には各国の船が並び、商人たちが笑い、子どもたちが走り回る。

 誰も戦国と呼ばれた時代を知らない。

 それでも、その平和は偶然ではなかった。

 一人の英雄が天下を取ったからでもない。

 一人の聖人が人々を導いたからでもない。

 人は弱い。

 だからこそ互いを縛る約束を作り、その約束を次の世代へ渡し続けた。

 その積み重ねが、西を一つの共同体へ変えていった。

 朝日が海を照らす。

 港には、今日も異なる家紋を掲げた船が入港する。

 だが、その違いを恐れる者はいない。

 違うまま、ともに生きる。

 それが、この国の秩序となった。

 そして後の世の人々は、この地をこう呼ぶようになる。

 -----西の楽園。


 英雄は時代を変え、制度は時代を支える。だが、本当に未来を創るのは、制度を受け継ぎ、壊し、再構築しつづける人々である。


とりあえず、原点となる物語はここで終了です。ここから派生するか、別世界の物語を書くかは分かりません。

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