【連載再開!】19番 終業式の前(その二)
当面の間、平日の月・水・金の朝投稿の予定です☆
エピソードの書き溜めが出来てきたら、もしかすると平日毎日連載にはしたいなー☆
でも遅筆なので、無理っぽいかも……☆
まもなく神楽坂さんからの既読がつき、まずはメッセージでのやり取りが始まった。
俺としては、通学路線の周辺のどこかの喫茶店か何かで会えればいいのでは、と思っていたのだが、神楽坂さんははるかに慎重だった。
考えてみると、ふたりで会ってるところをウチの生徒に見られたら、あとからいろいろと大変になるかもしれない。
「臨時で申し訳ないのですが、明日の水曜日にクリニックに来られますか?」
神楽坂さんから、そんなメッセージが来る。
えっ、なんで急に?
まあ、オンケン行かなければ放課後行けるか。
「放課後、オンケンに行かなければ、たぶん行けます」
そう返す。
「茉稚さんにはわたしから言っておくので、オンケンに寄らずにクリニックに来てください」
「水曜日の最後の予約枠の17時でお願いします」
すぐにそんな返信が来る。
了解の返事の代わりに「OK」のスタンプを返す。
ポイントを貯めて交換したヤツで、結構使い勝手がいいからよく使っている。
そんなよくあるスタンプに、神楽坂さんはかわいいネコのスタンプで「待ってるにゃ!」と返してくれた。
くーーーっ! 可愛すぎる!! たまらん!!!
☆☆☆
そして水曜日。終業式の二日前だ。
クラスで葛西に話しかけると「ああ、今日の話は茉稚から聞いてるよ。放課後オンケンに出られないんだろ」と言われた。
ちゃんと神楽坂さんから茅場に話が通っているらしい。
約束どおり、俺は夕方五時に「まきデンタルクリニック」を訪ねた。
いつもの受付のお姉さんがニコニコと迎えてくれる。
「東さん、こんにちは。どうされましたか?」
「え? えーと、神楽坂さんに五時に来てください、って言われたんですけど……」
「神楽坂ですか? 今日はこの時間にデンタルケアの予約は入っていないはずですが……」
え、そうなの?
どういうことだろう。俺は戸惑いを隠せない。
と、そこへ、診察室に繋がる廊下から、神楽坂さんが現れる。クリニックのユニフォームではなく私服姿だ。
「……神楽坂さん」
「東さん、お待たせしちゃいましたか?」
「いや、ちょうど今来たところですけど……」
「よかった。じゃあ行きましょう」
「え、行くってどこへ?」
「もちろん、茅場家へですよ!」
神楽坂さんはIDカードを使って、茅場家専用通路を通って、茅場家のリビングに出る。
そこにはなんと、見知った顔があった。
「よ」
よ、じゃねーよ!
あー? なんで今ここに葛西と茅場がいるんだよ。
おまえら、社会科資料室で部活やってる時間だろ!?
百歩譲って茅場茉稚がここにいるのは、まあいい。
だって茅場んチだからな、ここは。
なんで葛西が茅場家のソファでポテチ食ってんだよ。
それも俺より先にココにいるって、なんなん?
「神楽坂さん、これどういうことです? なんでコイツらがここに?」
「東さん、落ち着いてください。ふたりはわたしが呼んだんです。わたしから説明するので、聞いてください」
神楽坂さんが俺を真剣に見ている。
その目と口ぶりから、神楽坂さんが大事な話をしようとしていることがわかった。
「…………」
俺としては不満はあるものの、いったんは神楽坂さんの話を聞かざるを得ない。
「わかりました。聞きましょう」
神楽坂さんは俺の発言を聞いて、ホッとしたようだった。
「東さん、勝手なことをしてすみません。でもこれからする話は、茉稚さんや葛西さんにはいっしょに聞いておいてもらったほうが良いと考えました。許してもらえますか?」
神楽坂さんからそんな目で見つめられたら、ノーと言えるわけがない。
「ええ、わかりました。わかりましたから、話をしてください」
ちょっとぶっきらぼうに俺は突き放す。
「…………」
神楽坂さんは一瞬、何か言いたげな顔をしたが、すぐに表情を消して、話し始める。
「実はわたし、養護教諭になった後の東さんとの関係についてはいろいろ悩みました。学校からこの話が来たとき、一番考えたのはそこでした。茉記先生にも相談に乗ってもらいました」
……そうだったのか。
俺には「神楽坂さんと付き合えて嬉しい」という気持ちばっかりで、神楽坂さんがまさか悩んでいるなんて、まったく気がついていなかった。
自分の能天気さに腹が立つ。
相手のことに気遣えない俺に、神楽坂さんと付き合う資格なんてあるのか?
これからのことを考えたら、俺は神楽坂さんから身を引いたほうがいいんじゃないか?
そんな考えが頭をよぎる。
「東さん、誤解しないでください」
神楽坂さんの真摯な眼差しが俺を捉える。
「養護教諭への就任依頼で悩んだのは『東さんとどのように交際を続けていくか』です。わたしの中には、東さんとのお付き合いをやめる選択肢は一切ありませんからね」
神楽坂さんがにっこりと微笑む。
その微笑みに、俺は改めて心を打ち抜かれる。
「わたしがそういう選択をした場合、東さんにはご迷惑が掛かることになると思います。たぶんわたしのことで東さんにはいっぱい我慢させてしまう。わたしはそれが怖いの」
「…………」
「わたしは東さんといっしょにいたいけど、それで嫌な思いをするのなら……わたしとお別れしたいと言われても仕方ない。これからわたしとのお付き合いを続けるのはきっと大変です。それでも……いい……ですか?」
神楽坂さんは俺をじっと見つめている。
俺の答えを待っている。
「……俺って、信用されてないんですか?」
「えっ?」
「神楽坂さんが、さくらちゃんの後任になるきっかけを作ったのは俺です。だから俺、責任を取ってこれから神楽坂さんをしっかり支えます、って言ったはずです」
「俺の中にも、神楽坂さんとのお付き合いをやめる選択肢なんて一ミリも、一ミクロンもありませんよ!」
「東さん……」
神楽坂さんが絶句する。
同時に嬉しそうに目尻が下がる。
その拍子に神楽坂さんの両目から、ぽろり、と涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう、ございます。たぶん、そう言ってくれる……と、信じてました……よ?」
そんなやり取りに突然、茅場が割り込んでくる。
「はいはい、美沙ちゃんよかったわね。そんなの当たり前じゃない。今まで部外者だったコイツがようやく当事者になったんだから、しっかり責任取らせればいいのよ。ふんっ!」
可愛い外見になっても、茅場の毒舌は相変わらずだ。
でも俺は、その毒舌の裏側に不器用な優しさが隠れていることを知っている。
その証拠に、それを俺以上にヤツのことを知っている葛西が、それを聞いてにこやかに笑っている。
「茉稚は湿っぽいの嫌いだからな」
「本人は結構湿っぽいと思うけど、それはいいのか」
「そうだな。ハハッ、違いない」
茅場の声を聞いた神楽坂さんは元気が出たように見える。
「ちーちゃん……あー、もういいよね、この呼び方で。ありがとう、ちーちゃん」
「……ふん、今日のところは仕方がないわね。明日からは許さないわよ」
「さあ、それじゃ、これからわたしたちが守らなきゃいけないルールをみんなで確認しましょう。それから、これからのオンケンの活動計画をね。部長さん、よろしくお願いします!」




