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僕はどこにもいないハーレム高校生。


 ──季節はまた巡りゆく。




『君の手、好き』


『手?』


『そ。ちょっと見せて』



 彼女にそう言われて、仕方なく手を伸ばす。身体の一部に性的興奮を覚える人間がいるというのは知っていたが、実際に会うのは初めてだった。


 エアコンの効いた室内。雑居ビルの一室。周りの人達はホワイトボードの公式を必死になって書き写している。話をちゃんと聞いていなかったのは、いつも君だけだ。


 講師の方に申し訳ないと思いつつ、仕方なく腕を差し出すと、滑らかな手つきで甲を撫で回された。異様な光景に思わず目を疑う。



『岩のようにゴツゴツしてて、すてき』



 後から聞いたのだが、こういう人を《手フェチ》と呼ぶらしかった。異性の腕の血管などが好きで、つい興奮を覚えてしまう人種のことを言う。個人的には、人の手に見惚れて触りたくなるなど、到底理解のできない感性ではあったが。



『新垣くんは彼女とかいるの?』


『彼女とか、とは……?』


『付き合っている人や、気になっている女の子、仲の良い女友達のこと』



 付き合う、というフレーズを聞くと、下駄箱によく入っていた手紙を思い出してしまう。


 アレのお陰だ。宗に咎められて『付き合う』というのは『人付き合い』という意味ではなく【異性とカップルになる】ことを指しているのだと知ったのも。



『あぁ、今はいないかな』



 以前は渚がいた。でも既に幼馴染みは転校してしまっていて、連絡先も知らない。その上、携帯も持っていない。高校で再会するなんて夢にも思っていなかった。



『そうなんだ、意外。なら、立候補しよっかな?』



 恋愛に無関心な僕にとって、それは単なる言葉の羅列に過ぎない。いつもは自分の話ばかりの彼女が、妙なことを言うものだと不思議に思った程にだ。



 もっと早くに気が付くべきだった。そうすれば、大きな過ちを犯さずに済んだのに。




『ねぇ、新垣くん。私と友達になってよ』




 何故──ああなってしまったのか。



 ※ ※ ※ ※ ※



 朝、起きるとベッドのシーツが寝汗でグッショリと濡れていた。背中にもシャツがベッタリと張り付いている。寝起きは最悪である。


 なんとも不快だったので、シャツを脱いで、カーテンを開く。いつもならスカイブルーの景色に心を洗われるのに、今日はシルバーグレーの雲が広がっていた。天候も不安定だ。


 曇りなのに暑いというのは温度管理が難しいな。ともあれ、今日も恒例の時間である。行くぞぉーーー! ラジオ体操第イッチー!!



「まずは、腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動からー。はい! 1、2、3」


「は?」


「4、5、6。手足の運動ー!」


「は?」



 後ろから物凄い覇気を感じて振り向くと、我が妹が腕を組んで突っ立っていた。なんか菜月っぽくなってきていると思うのは自分だけだろうか。


 ノックをせずに入ってくると兄貴の半裸を見てしまう羽目になるとアレほど言ったのにな。しかし、全く動じてないとは。


 新垣 瑠美、中学二年生。僕の愛すべきマイシスター。


 彼女は前髪をヘアピンで留めて、ポロシャツを身に纏っていた。カッターシャツから移行したらしい。アレって涼しいけど、汗掻いたら透けるんだよなぁ。


 運動を辞めて、瑠美と目を合わす。

 お互いに何も言わない。


 とりあえず、トランクス一丁でラジオ体操をしていた事は謝ろう。例え相手が妹であろうとも、セクハラとして処理されるかもだしな。Mee toとかやめてくれ。


 瑠美の前に立ち、静かに頭を下げる。

 謝罪時は、ぺっこり深々90度。



「本当に申し訳な」



 言い終わる前に乱暴に扉を閉められる。ごめんよ、お兄ちゃんのヌードがセクスィー過ぎて。


 ※ ※ ※ ※ ※


 春は終わり、やがて夏を迎える。


 歩きやすい通学路を超えると、桜まみれになった並木道が見えてくる。風の影響で、花びらが一枚、また一枚と数を減らしていた。



 ここ最近、天気が悪い。



 曇り空を眺めながら駅へと向かう。

 桃色の風景もそろそろ見納めだな。


 ポケットからスマホを取り出す。写真でも残しておこうと思った。パスワードロック画面を解除すると、メッセージを一件だけ受信している事に気付く。


 通知オフにしていたので、見れてはいなかったが、数分前に長文LINEが届いていたらしい。差出人欄には玉櫛 宗の文字。


 好奇心に負け、タップして開いてみる。そこにはこんな事が書かれてあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


       ー拝啓- 


 新垣 善一 様。


 初夏の候。ようやく梅雨前線が近づく季節となりました。


 曇りの日が多いですが、それでも日中は陽気な天気が続くそうです。


 今年の夏は例年以上に暑いらしいので、水分補給を怠らないようにしましょう。


 さて、長きに渡るオリエン合宿がこの度終結を迎えられました。


 お疲れ様でした。


 精神的に疲れることもあり、恋愛の苦労というものを知ったのではないのでしょうか。



 ここで一旦休息を挟みたいところですが、追い討ちをかけるように【期末テスト】が始まってしまいます。


 新垣様はきちんと勉強をしていますか?


 私は特に学習せずとも高得点を取ってしまうので、問題はありません。楽勝です。



 しかし、テストに向けての予習復習と言うのは、始めてみれば中々収まりのつかない物ですね。


 机に向かって、ノートを開いてみるも、途中で集中が切れて部屋の片付けをしてしまったり。


 さっきまで勉強していたのに、たまたま休憩しているところを母親に見られて口喧嘩になってしまったりと。


 想定外のトラブルが多発してしまいます。


 そうなると集中なんて出来ないですよね(笑)


 『今からやろうと思っていたのに!』という言い訳は、世界一不毛ではないかと私は思います(笑)



 さて、話は脱線してしまいますが、本日はここでクイズに挑戦して頂きます。



 正解したアナタにはチョココロネをプレゼント致しましょう。



 それでは問題です。デデン!



 Q.【春はあけぼの】と言うのは有名ですね。ならば“夏は”一体なんでしょうか?



 シンキングターイムッッ!



 チック、タック。チック、タック。

 チック、タック。チック、タック。

 チック、タック。チック、タック。

 チック、タック。チック、タック。



 はい! 解答者が出揃いました。

 では、正解を発表致しましょう!



 A.夏は揚げ物。



 全員、不正解! 残念です(笑)

 また次回お会いしましょう! あばよ!



 P.S. 今度、面白そうな本を貸してやる。


       ー敬具ー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………なんだこれ」


 携帯に表示された文章を読みながら頭を抱える。なんで毎度毎度手紙口調なのだろう。


 しかも序盤は丁寧に書かれてあるが、途中からは飽きてクイズとか出題しているし。もはや無茶苦茶じゃないか。


 内容を要約すると『もうすぐ期末テストだけど、俺は勉強しなくても余裕だわ。本も貸してやる』との事らしい。舐めているな。


 玉櫛 宗。幼稚園からの幼馴染みにして僕の大親友。盟友にして、悪友にして、悪ノリの帝王と呼ばれし男──。



 そんな奴に負けるわけにはいかないのだ。あぁ、余裕ぶっていればいいさ。だが、今回のテストで学年一番を取るのは僕だけどな!



 挑発してくる幼馴染みに敵意を抱きながら、そんな些細な誓いを打ち立てる。


 雲の切れ間に昇った太陽へ向けて。


 ※ ※ ※ ※ ※



 オリエン合宿が終わって、既に一ヶ月が経過しようとしていた。


 例の騒動以降、一番大きく変化したのは僕と安穏の仲だろうか。


 お互いに“友達”という関係性になったので、気構えることなく相手と接することが可能になったのである。



 朝は挨拶から始まって、休み時間にはたわいもない雑談を交わす。今日は〇〇授業が移動教室だったとか、駅前のデパートでは△△商品が安かっただとか、そんな類のもの。


 以前は目を合わせることすらも出来なかったのに、今は自ら話題を出して積極的なコミュニケーションまで図っている。これは大きな進歩だ。



 かくいうアポロ十一号のアームストロング船長もこう述べている。



『一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ』と。



 ならば、僕も偉大な飛躍をしたんじゃないだろうか。



 勿論、全てが完璧とは言ってない。幾つかの懸念もあるっちゃある。


 未だに安穏と連絡先を交換できていない事もそうだし、レンと何があったのかも聞けず終いだ。アイツなんて怪我の具合が想像以上に悪かったみたいで、学校にもほとんど顔を見せていないし。


 しかし、それを踏まえても、良好な関係に変わりはない。この状態を継続したまま、次のステージに立つべきなのである。



 六月、期末テスト。中間をなんだかんだで乗り切った僕たちの前に現れた壁。ここでの結果が三年後の進路に大きく関わってくる。


 当然、どちらかに集中すべきだろう。

 しかし、これはある意味ではチャンスなのだ。


『二兎を追う者は一兎をも得ず』という(ことわざ)もあるが、僕はどちらも手に入れたいと思っている。後悔は内ポケットにでも入れておこう。



「おっす、安穏。調子はどうだ?」


「うん、善一くん。調子は良い方かな?」



 廊下にて、教科書を持っていた彼女へと話かける。隣にいた菜月は気を遣ったように、先に教室へと戻っていた。



「そういえば、来週はいよいよテスト期間らしいぞ。ようやく始まるみたいだな」


「んー、いやだなー。勉強したくないねー」



 タイムリーでセンセーショナルな話題を切り込むと、安穏は語尾を伸ばして苦笑した。てっきり惚れそうになる。


 ふむふむ、彼女は勉強はあまり好きではないと。好んでするモノじゃないもんな。しかしながら、勉強は重要である。姉貴も常々言っていた。『努力の積み重ねによって、成功の道が切り開かれる』と。



 だから僕も、積み重ねよう。例え結果が出なかったとしても、挑戦は決して無駄にはならないのだから。




「じゃあさ。今度一緒に勉強会しないか?」




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