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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【春編ーオリエン合宿(下)】
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桜空。ー spring cherry ー



 結論から言うと、その明日は来なかった。



 オリエン合宿最終日。本来は山登りに山頂での飯盒炊爨(はんごうすいさん)、BBQなどが予定されていたが、急な天候の崩れによって中止となってしまう。


 生徒会主導だった今回の合宿。雨天や昨夜の肝試しの件もあり、二日目は先生方が指揮を執っていた。室内での座学が大半を占めていたのは多分そのせいだ。


 肝心の安穏とも接触機会を得られなかった。これには三つの理由が挙げられる。一つは時間的余裕のなさ、二つが安穏の元気のなさ、三つ目が僕のコンディションの悪さだ。


 特に三つ目が大きい。[遊園地][肝試し][夜更かし]とトリプルパンチを立て続けに喰らったせいもあるのだろう。


 更に極め付けがコレだ。



「……おっ……ぷ……気分が……」


「ちょっと! こっち向かないでよっ!?」


「まぁまぁ、なっちゃん」


「なっちゃん言うなっ!」



「し、しぬ…………」



 帰りのバス。車酔いは追撃の手を弱めることなく、容赦なく襲い掛かってくる。


 ボクシングで例えるなら、ジャブとボディブローを何発も入れられた後に、ハートブレイクショットで動きを止められ、デンプシーロールでとどめを刺されたようなものだ。1ラウンドKO負けも当然である。


 なんとも呆気ない形ではあるが、一年生初のビッグイベント”オリエンテーション合宿”はこのようにして幕を下ろした。


 ※ ※ ※ ※ ※


 翌日は部活動がたまたま休みだったので、自宅にて疲労回復に努めた。僕は変わらぬ休日を過ごすことになる。


 妹の瑠美には約束していたお土産を渡すことにした。と言っても[食べ物以外]という縛りのせいで、あんまり良いのは買えなかったんだけど……。



「なにこれ?」


「USJの【シャーク】ってアトラクションがあるんだが、その時に主役だった『パトリシア・マーティン』って俳優さんから貰ったサイン色紙だ。レアだぞ?」


「いらない。それは?」


「麻薬風の芳香剤だ。見栄えはあまり好ましくないかもしれんが、一度吸えば病み付きになる香りがするぞ。普通のお店では安値では買えない。つまりレアだ」


「いらないって……」



 せっかく買ってきた物を軒並みに返品していくマイシスター。ちなみにコイツは姉貴から《エロモのストラップ》を貰った時は、無駄にはしゃいでいたのに僕が相手だとこんな態度になる。



「はぁ……。要らないのばっかり。クソおにぃーってば、ホントに役立たず。一体なにしに行ったの?」


「落ち着け。最後にもう一つある。これはスケジュール帳だ」


「あ、それだけちょーだい!」



 ……ったく、まだまだ子供だよな。


 × × ×


 あくる日。久々の登校日に心を踊らせながら、自室のカーテンを開く。


 早速、一点の雲もない空が視界に飛び込んできた。この抜けるような晴天を見るために産まれて来たと言っても過言ではない。日光の力を借りて、光合成も済んだことだし、本日も《恒例の挨拶》といこうか。



「……いや、よしておこう」


「あれ、今日は珍しく普通なんだね。善にぃー」



 部屋に入ってきた瑠美が不審そうな目でこちらを見つめている。ニーソックスに前髪をヘアピンで留めた制服姿。いつもながら、スカート丈が短いのが兄的には心配かな。世の中に危ない人間ってたくさんいるから(例:井口 義雄)。



「あぁ、今日はいいんだ」


「なにその感じ。逆に気持ち悪いんですけど……」



 NEW新垣 善一にそのような攻撃は通用しない。自称無敵の男である僕は、瑠美の暴言に耐えながら自室を後にする。


 世界への感謝はいつだって忘れていない。しかし、いいのだ。今日は。


 神にわざわざ祈らなくとも。


 × × ×


 校門から中に入って校庭を横切っていく。生徒たちの出入りはまだ少ない。いつもなら野球部が早朝練習をしているのだが、今日は休みらしかった。


 教室の鍵を取りに職員室へ向かう。委員長である僕はいつもこうして真っ先に登校し、開錠させるのが日課であった。オリエン合宿があったせいで、なんだか懐かしくも思えてくるけど。


 桜並木の道を歩いていく。朝桜は素敵だな。


 古来から、季語として春を表す際には桜を用いてきた。春になると咲き誇り、夏になると散りゆく。歴史は古く、そういう季節の変わり目を表す点でも、人々は桜を愛してきたのだろう。


 夏の海、秋の紅葉、冬の雪景色。どれもとても綺麗な風景ではあるけれど、僕はやっぱり春の桜が一番好きだ。



 あの子と巡り合えた場所だから。



 校庭の桜の木から、一枚の花びらが舞い落ちる。桜の落ちるスピードは秒速五センチメートルらしい。一体どれくらいなのだろう。相変わらず検討もつかない。


 頭に乗っかっていた花弁を払うと、誰かが立ち止まっているのを発見した。長い髪の女の子。後ろで腕を組み、その光景を眺めている。


 桜に夢中になっている彼女の様子に、僕は見惚れてしまった。


 横顔は凛としなやかなのに、どこか柔らかそうで。花のような白い肌に触れたくて、でも触れられなくて。まるで美術館の絵画を見ているようだ。


 以前の自分なら『声を掛けることすらおこがましい』と避けていただろう。自らの手で名画を汚すことになってしまうから。


 だけど、それじゃダメなんだ。行動しなくちゃ何も始まらない。何も変わらない。世界はちゃんと動いているのだから。



 心臓の早鐘を聞きながら僕は踏み出す。

 止まっていた時間を、再び動かす為に。



「───桜、好きなのか?」



 ※ ※ ※ ※ ※



「あっ、善一くんだ。おはよう」



 振り返る安穏は、いつものように無邪気な笑顔を見せてくれる。良かった、元気になったみたいで。



「おはよう。桜を見ていたのか?」


「うん。もう春も終わっちゃうから」



 安穏は寂しそうに呟いて、再び桜の木を見つめた。春の終わり、季節の変わり目。それは桜を見ることが出来なくなることを意味していた。



「次は来年だね」


「来年だな」


「ちゃんと咲いているかな?」


「きっと咲いているよ」



 一年後、自分はどうなっているのだろう。立派な男になれているだろうか。



「あのさ……安穏。話があるんだ」



 薄桃色の木々から目を離す。唇が痙攣して、震え声になってしまった。ちゃんと伝わっているのか気になって、隣の彼女の表情を見る。



「話? どうしたの、改まって」



 安穏は長い髪を掻き上げて、そう尋ねた。しっかりと両眼がこちらに向けられている。真剣な顔つきに今にも逃げ出したくなった。



「えっと……」



 あ、これダメなパターンだ。すいません無理です誰か助けてください調子に乗って深夜テンションで「安穏に明日告白するぜ!」とか言っちゃってごめんなさい。あーーーもうっ! このヘタレ野郎! ドジ! マヌケ! アンポンタン!


 歯がガタガタと揺れ、指がプルプルと動き出した。頭の中が真っ白になって、言葉を失う。



「……」


「……」



 さてさて、どう乗り切りましょうか?



 安穏のどかは待ってくれている。何も言わず、何も聞き返さず、急かす事もなく。



 ……ダメだ、やっぱりダメだ。



 僕はまだまだ臆病だ。本番に弱いタイプなのかもしれない。ちゃんと言おうとしたのに、結局コレだよ!


 ならば、もう少しだけこの気持ちを置いていてもいいだろうか。


 まだ勇気は出ないから。いつか自信が持てるその日まで。


 その時がきたら、ちゃんと言うから。


 逃げないで、ちゃんと言うから。



 だったら、今は他に言うべき事があるのではないだろうか。




「安穏のどかさん。

 ──僕と、友達になってくれませんか」




 ※ ※ ※ ※ ※


 以前に一度同じことを伝えた。あの時は妙にテンパっていて、衝動的で、突発的で、考えなしの思いつきに過ぎなかったけれど、今なら意味のある行動だって思える。


 僕は安穏と友達になりたい。友達から始めたかった。


 恋人なんて高望みはしない。「好きです。付き合って下さい」なんて大それた事も言えない。


 だからまず一歩から。始まりの一歩から。



「……」



 安穏は答えない。予想外の不意打ちを受けたらしい。考えたような素振りを浮かべ、それから笑った。



「あはは……! えー、なにそれ」



 前に言った時と反応が違う。なんか困ったように苦笑していた。貴女の笑顔が見れて僕は幸せなのですが、今は複雑な心情です……。


 また断られるのだろうかと警戒していると、安穏はにっこりと微笑んだ。これは彼女の必殺技“エンジェルスマイル”である。今、命名した。これを受けた相手は死ぬ。



「善一くんって真顔でボケるよね。もう友達じゃん」


「え、それってどういう……」


「だから、私たち既に友達だよね?」



 安穏がごくごく当たり前だと言わんばかりに告げたので、思わず呆気に取られてしまう。言われてみたらそうかもしれない。なら、何故一度断ったんだ?


 脳内で、あの状況を振り返ってみる。

 教室、遅れて入ってきた彼女、返答は「いや」、遮ったのは西田先生。



 ……あぁ、そういうことだったのか。



 ピースが嵌った。つまり、アレは「いや(完全拒否)」ではなくて「いや(もう友達でしょ?)」と言い掛けただけだったのか……。早とちりも過ぎるな、僕は。


 自分はバカだなぁと思うと同時に、拒否されていなくて良かったという安堵の気持ちも芽生えてくる。確かに、友達じゃなかったらなんなんだって話だよ。


 恥ずかしさを誤魔化したくて、空を見上げる。丁度、頭上を飛行機が通過したところだった。蒼天を白が穿つ。



「……ごめん。うん、そうでした」



 一つ謝りを入れて、再び隣の彼女へと向き直る。刹那、風が吹いて一斉に桜の雨が降った。花びらがふわりと宙を舞う。



 その出逢いはとても衝撃的であった。例えるならばまるで重い物で脳天をブチ抜かれたような、そんな気分。目を覚ませと強く誰かが訴えているかのように。


 桜の咲く、季節は春の出来事。


 全ての始まりもここからだった。


 誰もが変わろうとしている。少しずつ、ほんの少しずつ。巡り逢いという時の運が運んでくれるキセキの中で。



 ──桜空の下で、何度でも君に恋をする。




 「僕らは友達だ。これからもよろしくな、安穏」





      春編、結。





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