僕は初デートで浮かれていたハーレム高校生。
「ごめんね、ガッキー……。祐希、子供っぽいとこあるから」
席に戻った直後、明希がそんなことをフォローを入れたが、僕に彼の言動について咎めることは出来なかった。むしろ正常な反応だろう。
ましてや彼は瑠美と同じ中学生なのだ。大人になれという方が無茶である。
「大丈夫だよ。それより、家に帰ったら祐希くんに『ごめん』って伝えといてくれないか? 瑠美のお兄ちゃんがそう言っていたって、報告してくれたら助かる……」
「うん。わかった! なら、ガッキーは、るーちゃんに謝ることね! いい?」
「あぁ、そうするよ」
テーブルの上に入れ直したオレンジとコーラを置く。
手前にあったコーラを一口飲むと、気泡が口内で弾けていくのがわかった。これが僕にとっての回復薬である。
「……」
それにしても、瑠美を本気で怒らせたのはいつぶりだろうか。
基本的によく怒られてはいるけれど、あそこまで憮然たる表情を見せたのは、思い出せないほど昔のような気もする。やってしまったな。帰ったら謝罪しなくては。
……お詫びとして、後でクッキーでも買って帰ろうか。
一人反省する僕。もう一度、コーラを口にする。
気泡がはじけて頬の内側に消えていく。
ビンタの痛みは既に消えていた。
× × ×
「それにしてもさー。制服デートっていいよねー。あんなの、憧れちゃうじゃん。学生のうちだけだよ! あれ! できるの!」
明希が食べ終えたティラミスのお皿にフォークを置いて、アザラシの休憩みたいな体勢をする。
「憧れる?」
『憧れとは理解から最も遠い感情だよ』というオサレな台詞が脳内に浮かぶ。
明希のことだから、制服デートの一つや二つくらい経験があると思っていたが、違うのか?
「そそ。あたしさー、こんなことを言ったらお恥ずかしい限りなんですけども……実は誰とも付き合ったことないんだよねー……。恋愛経験がなくて」
「へー、意外だな。人当たりがいいから、モテる気がしたんだが」
「それがよー……ダンナ。世の男たちはあたしに冷たいんだぜ……。確かにさー、あたしは女の子らしくないし、口うるさいよ? 祐希にだって『お世話妬きのババア』と言われるし! もう、ひどいよねー? ま、別にいいですよーだ。特定の誰かに愛されなくても、一人で生きていけますし。ネギトロのお寿司」
明希がストローを包んでいた紙を破って、一折りした。オレンジのグラスの中に投入して、ブクブクとあぶくを立てている。お行儀が悪い。
「なるほど」
確かに柳葉家は姉弟揃って子供っぽいという共通点はあるのかもしれない。
だが、それを言い訳のように使うのはあまり良くない気もする。それに短いスパンで物事を考え過ぎだ。極端な物の考え方をしてはいけない。そもそも長所と短所は表裏一体なのだから。
他の人が『柳葉さんは幼稚だから恋愛対象には入らない』と言ったからと言って、全員がそうだとは限らない。『子供っぽい部分が可愛い』と言ってくれる人がこの先現れるかもしれない。それは僕にはわからない。
大体、歳を取れば、精神年齢なんて成熟していくものだろう。
「それなら、制服を着てくれば良かったな」
自分の服を握って、冗談交じりにそうこぼすとーー
「うへへへへ」
明希は笑った。
クラムボンのようにかぷかぷ笑った。
「むふふ、兄貴。それはあたしとまたデートに行きたいってことですかい? 今度は遊園地に行っちゃう?」
「考えておくよ」
「釣れないなぁ」
彼女が手元のオレンジを一気に飲み干したので、僕はスマホを開いて時間を確認する。今は20時前。また随分と長居してしまったようだ。
「んしょ、そろそろ行く?」
「そうだな。帰ろうか」
領収書を持って、席を立つ。
お会計のとき、レジにいた緑服のお姉さんに『あの、お店に色々と迷惑をかけてすいませんでした』と謝ったのだが、何のことなのか全くわかっていなかったようで、苦笑された上に見事にスルーされた。
クラムボンは死んだ。四肢をすっぽ抜かれて、全身をズダボロに引き裂かれて死んだ。最期はヘラヘラと笑ってやがった。
僕の心も死んだ。
※ ※ ※ ※ ※
「ご来店ありがとうございましたー!」
店員さんの声と共に【ラブラブカップル、ガッキー&アッキー】は外に出る。
今日のデートもこれで終わりだ。予定は全て達成できた。色々あったが、あとは帰るだけである。
「あたしが払うって言ったのにぃ……」
「いやいや! ここは彼氏である僕の顔を立てさせてくれ。今日のデートの感謝料ということでさ」
割り勘ということでお店に入ったのだが、明希は奢ろうとしていたらしい。
勿論、断っておいた。
ここは彼氏が受け持つべきだ。
「むぅ……。それじゃ、今度どこかに行ったときはあたしが払うね。それでおあいこ!」
「考えておくよ」
「釣れないなぁ」
階段を下って、街へと出る。
電気街の秋花原は日が暮れても、ビルの電球で昼間と変わらないほどに明るかった。
飲食店と家電製品が並ぶ繁華街の間を抜けて行く。
「今日は楽しかったねー、ガッキー。あたしのわがままに付き合ってくれてありがと」
急にそんなことを言われる。
僕もお礼を返す。
「どういたしまして。こちらこそ楽しかったぞ、アッキー。普通にデートをするなんて初めての経験だったよ。ありがとな」
「ええー、ウッソだー。ガッキーはよくデート行ってるでしょ? のどちゃんとさ」
「行ってないよ」
「この前も歩いているとこみたよー?」
「……その弄り、まだ引っ張るのか」
家電量販店がシャッターを閉じている。
「あ! そういえば聞いてなかった! のどちゃんのどこが好きなの?」
「うっ……」
「ねぇ、どこが好きなのー? どういうところが好きなのー? いつ好きになったの? 告白はいつするのー? 今で何回デートしたの? 付き合ったら最初のデート場所は─どこにするつもりなの? ねぇどこー?」
「好奇心旺盛すぎないか!?」
くっ、やられた。この子、興味を持ったらなんでも聞いてくるタイプだ。
安穏と二人きりで帰るところを見られたのがいけなかったか。バレるのは時間の問題だったが、こんなにあっけなく幕引きを迎えるだなんて……。
「いいじゃんー教えてよー!」
「……なにが聞きたいんだよ」
「二人の馴れ初め!」
「付き合っていないから……」
「いつ付き合うのよー。もったいぶらないでー」
明希が脇腹を小突いてくる。ええい! やめろ! くすぐったい! 恥ずかしい! 可愛い! やめて! やめなさい! こら!!
「わ、わからないよ……。まだLINEも交換したばかりだし、一緒に帰ったのもこの前が初だ。告白なんてそんな」
「なにをピュア感出してるのさー? ヘタレなの、ガッキー。男ならガツンといきなよ!」
「恋愛経験がないアッキーには言われたくありません」
「うぅ、気にしてるのにぃ……。自分がイケメンだからって調子に乗らないでくれますか!」
そう、褒めてくれるな。
隣の明希の挙動を見ながら、半笑いを浮かべる。この子は素直だからとても話しやすい。すごく接しやすい。親しみやすさナンバーワン。
「……安穏がなにを考えているかイマイチわからなくて、踏み出したくても、踏み出しきれないんだよ。付き合いたいとは多少は思うけど、今の友達関係も悪くないかなって」
電気の消えた洋服店のディスプレイを眺めながら、真情を吐露する。
明希は何か言いたそうにしていたけど、その後、微笑んだ。
「のどちゃん難しそうだもんね。でも、あたしは二人がお似合いだと思うな」
言って、彼女は寂しそうに空を見上げた。
「……好きな人がいるなんて、いいなぁ。夢中になれるものがあるって、すっごく素敵なことじゃん」
言葉たちが、街の喧騒へと流れてゆく。
行く宛てもなく、ただ何処までも。
※ ※ ※ ※ ※
咄嗟に理解した。
明希がどうして「デートをしたい」と言ったのか。なぜ「彼氏になって」と告げたのか。あくまで予想ではあるけれど、なんとなくわかったような気がした。
もしかしたら彼女は誰かに受け入れて欲しかったのかもしれない。
恋愛というものを諦めたフリをして、本当は誰よりも求めている。安穏を好きだと語る僕と敢えてデートをしたのも、僕ならきっと願いを叶えてくれるんじゃないかという期待したのではないのだろうか。
単なる勘違いなのかもしれないけれど、僕を信じてくれたから、わざとあんな行動をしたんだ。
『つーか、明希にオトコなんて出来るわけねーし。モテるはずねーし』
『そういう喋り方がバカだって言ってんだよ。いちいちシャシャってくんなよ!』
ずっと誰かに否定されてきた。
環境が、彼女の可能性の芽を摘んでしまった。
わかったよ。君が信じてくれるのならば、僕も君を信じよう。今日一日はカップルでいようって、約束したもんな。
「明希にもきっと見つかると思うぞ。心から好きだと思える誰かが」
立ち止まって、真っ直ぐに目を合わせる。
どうか、諦めたような顔をしないでくれ。
どうせなら最後まで笑っていてくれ。
せっかくの、楽しいデートなのだから。
「急にどしたの? 顔、変だよ、ガッキー」
明希がビックリしたように瞳孔を開く。
今なら──言える。
「……僕もさ。これまであんまり異性を好きになった事とかなかったんだよ。恋愛に鈍感で、そして無関心だった。自分の事しか見れてなかったんだ」
彼女の中に、かつての己を見た。
恋愛というものがわからなくて、ずっと嫌っていた。無関心なフリをして、あの子を傷つけた。
自分も安穏と出会っていなければ、きっと今の明希みたいに『諦めた』だなんて、拗ねた態度を取っていただろう。
だけど、世界というのは自分の見方次第で変化する。君が望めば、願いは叶うんだ。
「でもさ、そんな僕でも夢中になれる人が現れたんだ。心を奪われたんだよ。だから、大丈夫だ。柳葉 明希。僕が保証する」
今が大人だとは到底言い難いけれど、
昔よりかは、大きくなれただろうか。
「──君にだって、恋愛はできる」
人差し指を彼女の方へと向ける。
明希は冗談だと思ったのか、少し困った顔をした。
「……なにそれ。口説いてるの?」
「かもな」
キャップを深く被り直し、また歩き出す。その後は何も言わなかったが、心なしか足取りは軽そうだった。
伝わっているかはわからない。
でも、きっと大丈夫だろう。
だって、僕らは【ラブラブカップル、ガッキー&アッキー】なのだから。
想いは以心伝心だ。
※ ※ ※ ※ ※
「安穏は友達の想いの優しい女の子なんだ。それに時々見せる笑顔がとっても可愛いんだよ。写真に撮って納めたいくらいだ」
「わお、ベタ惚れだねっー!」
オンボロの自動販売機の前を通って、古びたチラシの貼られた電柱を横目に、鉄道橋の下を進んでいく。
繁華街を抜けて、裏の路地道へと入る。
「やっぱり、のどちゃんといたらドキドキしちゃう? お近づきになりたいって思う?」
「もちろんだ。──でもなぁ、いざ向き合ったら、緊張して上手く喋れなくなるんだよ。最初なんて会うだけで、呂律が回らなくなって、手足が震えていた……」
「ほわぁー、ピュアっすなぁ〜、にぃさん! 好きな子の前で、背伸びをしちまって、素直な自分を見せられないだなんて、乙女じゃありゃせんか! ええですなあ!」
「お、乙女って」
僕は乙女系男子だったのか。それなら、いつかキュン死にしてしまうかもな、キュン死に。……キュン死にってなに?
「ガッハッハー! 飲むゾーー!!」
「課長ぉー! はしゃぎスギィ〜」
路地裏の道は飲み屋街になっていて、週末でも賑わいをみせていた。
スーツを身に纏ったサラリーマンが「今から飲みだー!」とネクタイを頭に巻いて、叫んでいる。僕も将来就職して働きだしたら、同僚たちと飲みに行ったりするのかな。
「ガッキーの恋、応援するよ!」
「おぉ、ホントか!?」
「もちろんだとも〜。あたしゃ、この世の全ての恋愛を応援する覇者ですぜ?」
「覇者って」
そんな帰路を、僕と明希は恋バナに華を咲かせながら歩いている。
駅までおよそ15分。
歩き始めて300秒。
「のどちゃんとお付き合いしたくば、この恋愛マスター明希ちゃんにお任せしなさい!」
「でも、彼氏出来たことないんだろ?」
「ええい! それは言うでなーい!」
じゃれあいながら、会話を展開させていく。
駅まで残り700秒。
時計の針は止まらずに、次の時刻を刻む。
────そして、その時は来る。
……ん?
一瞬、見覚えのある人物とすれ違った。
とても近い距離、すぐさま隣で。
「……」
僕は振り返る。
気のせいだと思いたかったのだ。
この場所にあの子がいるわけがない、と。
「え、もしかして」
だが、心のどこかで抱いた希望は、いとも容易く破壊されてしまう。
「……新垣くん?」
相手もこちらに気が付いたようで、呼びかけてくる。
僕のことを「新垣くん」と呼ぶ声。
間違いない。同じ塾に通っていた少女。
「古垣……」
彼女の名前は古垣 眞礼。
生涯でただ一人。
僕が、振った女の子。




