僕は自己愛が強めのイキりハーレム高校生。
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[前回のあらすじ]
午前12時。カフェテリアの一角。続々と現れる刺客たちによって、僕らのデートは佳境を迎えようとしていた・・・。
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「……桜さん」
明希のすぐ後ろ、僕から見て右斜め前にその人は座っていた。
吸い込まれそうな瞳。挑発的な表情。印象的な紅い唇。ハゲダニ高校生徒会書記の、櫻木 晴香先輩だ。
姉貴も認める凄腕ミステリアスウーマンが、なぜここに?
「御機嫌よう。お二人さん」
文庫本を閉じて、桜先輩がクスリと笑う。手元には飲みかけのコーヒーが置かれていた。
「パイセンじゃないですか!?」
「うふふ、オリエン合宿以来ね。柳葉さん」
ブラックダイヤモンドのような黒髪を撫でながら、桜さんがこちらに近付いてくる。
先輩は夏場だというのに、短いライダースジャケットを羽織っていた。
「お久しぶりです。桜さん」
先輩の為に席を引くと、彼女はお尻をそっと払って、僕の顔をチラリと見た。
「あら? 貴方は誰かしら」
「え。新垣ですけど……」
いきなり何を言い出すかと思いきや、恒例の一弄りをしてくる。
おいおい、どこのサクラギリセットなんだ。
「そんな人もいたかしらね。ゴメンなさい、ちょっと記憶が曖昧で」
「いやいやいやいや、僕ですよ? 新垣 善一です! 夏休みに入ったからといって、記憶を消さないでください!」
「あ、思い出した。新垣って、あの生徒会長の弟さんの?」
「……もういいですよ。その小芝居は」
懐かしい弄りである。入学当初はよく名前を覚えてもらえず『生徒会長の弟』と呼ばれ方をされたものだ。正直、イヤなんだよな。あの呼び方。なんか姉貴のおまけみたいで。
「サクラギジョークよ。善一くんを弄るのが私の生き甲斐なの」
「……病んでるんですか?」
(持ちネタをパクられた……!)
「病んでいるかもね。恋の病に」
「はぁ」
寝ぼけた頭で上手くツッコミが出来ずにいると、桜さんの隣にいた明希が机に置いていた本を気にしていた。「なにを読んでたんですかー?」と後輩キャラに準じている。
櫻木先輩も「あぁ、コレは」とブックカバーを外して、表紙を見せる。
「W・B。アメリカの小説家」
「洋書ですか?」
「ええ」
「ええええええ! パイセン、英語の本を読めちゃうんですかい!?」
明希が席を立つほどの、大袈裟なリアクションをかましている。
「勿論よ。慣れれば、誰でも読めると思うわ」
「いやー……あたしはちょっぴり自信ないですねー……」
そういえば、この子は英語が苦手だったっけ。
「少し読んでも?」
「構わないけれど、内容を理解できるかしらね。難しいわよ」
挑戦的な櫻木先輩に立ち向かうように、僕もその本を手にする。一応、英語は得意分野だった。ある程度は理解できるだろう。
だが、一ページ目を開いた途端に、頭が真っ白になった。
「な、なんなんですか……コレ」
意味が全くといっていいほど、わからなかったのである。いや、英語が読めないのではない。文章がわからないのだ。
「だから言ったでしょう。内容を理解するのが難しいと。ま、そもそもこの本に内容なんてモノはないのだけれど。カットアップという技術を用いて作られたデタラメな小説なのだから、物語自体が成立していない」
「……どういった意図で、こんなの」
「作者はね、重度の麻薬中毒者だったらしいわ。妻をごっこ遊びで殺して心を病んでいたのよ。だから少しでもその苦しみを和らげたかったんでしょうね」
先輩が本を閉じて、背表紙をそっと撫でる。この人には話の内容が理解できたのかな。
「これを読んでいて楽しいんですか?」
「勿論。内容なんてわからなくとも、作者の想いを行間から読み取れることが出来れば、それだけで満足よ。大体、個性のない作家って、気の弱いロックンローラーみたいでつまらないじゃない?」
「……よく、わかりません」
「うふふ。正常な判断ね」
「なんの話をしているんですかーーー??」
明希が「?」と眉を寄せていたので、桜さんは本を閉じた。一瞬だけ、寂しそうな顔をしていたのが僕の瞳に映し出される。
「物語に意味なんてないのよ。それは人生と同じ。幾ら環境や物資に恵まれていたとしても、心にぽっかりと空いた穴を埋めることは出来ないの。人は産まれながらにして孤独よ。人間の一生なんて長い長い暇潰しに過ぎないわ。私にとって現世は、穴掘り拷問と同じ」
黒髪を胸元まで下げて、桜さんは立ち上がる。初めてそこで、先輩が着ていたTシャツに髑髏が描かれているのがわかった。指にもシルバーのリングを嵌めてある。意外にロックな人なのかもしれない。
「二人共、お昼は済ませた? 特別にご馳走するわ。近くに良いお店があるの」
「え?」「いいんですかー!?」
微笑を浮かべる桜さんに付き添って、僕らもスタバを後にする。まさか奢って貰えるだなんて。現金なヤツだと思われるかもしれないが、休日に歳上の人と会ったら、これからはガンガン絡んでいくことにしよう。
※ ※ ※ ※ ※
「ココよ。お蕎麦屋さん」
桜さんに連れられてやって来たのはフードコートを抜けた先にある飲食店だった。看板には『棊子麺』と書かれてあるが、蕎麦屋だよな?
「値段の札が、見当たらぬ……」
先に到着していた明希が、両手をベッタリと引っ付けて、ショーウィンドウの中を覗きこんでいる。僕の予想だとココは高級店だ。金粉を振りかけるとか、書いてあるし。
「へい、らっしゃい!」
「三名で」
「ありがとございやーす! 三名様、入られやーす!」
暖簾をくぐって、桜さんに続いて入店していく。お昼どきだというのに、中にお客さんなどは殆ど居なかった。
奥の席まで案内されたので、靴を脱いで手前に正座する。奥には明希、横に桜さんが並ぶ。
メニューを開いて、あれやこれやと迷うこと数分。僕はざる蕎麦、明希は天ぷら、桜さんは『世界三大珍味盛り合わせ、海鮮かき揚げ蕎麦』を注文した。
「ところで、二人は付き合っているの?」
「ブホッ……」
湯呑みに注がれたお水を吐きそうになる。当然ながら付き合ってなどはいない。
「さっきも『あーん』ってやっていたわよね? また違う女を引っ掛けて遊んでいたのね」
「……引っ掛けて遊ぶだなんて、そんな」
「『私だけを愛してる』と、そう言ってくれたのに。あの言葉は嘘だったのかしら」
「記憶のねつ造はやめてください!」
忘却の次は改変とは。記憶を弄るのがお上手な人である。
「えっと、これはお付き合い(仮)でして」
「よくわからないわ」
正論で切り捨てられた。
補足説明を加えようと思ったが、桜さんはそこまで興味もなかったらしく、また読書を再開していた。
※ ※ ※ ※ ※
一通り食事を終えてから、フードコートで休憩をすることとなった。
三人でテーブルを囲みながら、買ってきたばかりのアイスを食す。流石にこれは奢ってもらってばかりで悪かったので、みんなの分を僕が払うことにした。
「流石は私のお財布ね。優しいところもあるじゃない」
「ちょっとちょっと!人の彼氏を財布扱いしないでください! ガッキーはあたしのATMですよ!?」
「……僕は人間なんだが」
早く人間になりたいものである。
アイスを食べながら、一息つく。
ミントチョコは時々歯磨き粉のような味がするな、と考えながら、二人を会話をぼんやりと聞く。
「へぇ、柳葉さんには弟とお兄さんがいるのね。上下が男兄弟だなんて苦労しない?」
「苦労ですか? うーん……。お兄ちゃんは歳が離れていることもあって、昔からずっと優しかったです。弟は……まぁちょっとアレですけど」
「お弟さんと何かあったの?」
「あったっていうか……。なにもしてはないんですけど、なーんか、あたし嫌われてて」
帽子を脱いだ明希が、チョコチップのアイスをほじくっている。
まだ表面が硬いのか、プラスチックのスプーンが折れそうになっている。
「弟さんはお幾つ?」
「今が14ですね! 来年が受験っす」
「丁度思春期真っ盛りね。まあ男の子だもの。母親や姉を鬱陶しいと感じることもあるでしょう」
食べ終えたサーティーンイレブンワンのカップを眺める。ミントチョコの原材料はもしかしたら歯磨き粉なのかもしれない。
と、ここで桜さんと目が合った。
「ところで、善一くん。【別荘】の件に関して、ちゃんと皆に連絡したの? 貴方、私に報告すると言っておきながら、全然連絡をくれないじゃない」
……ギクッ。
「もしかして、私と連絡先を交換する為の口実だったのかしら? それなら許してあげても良いけれど、既読無視は頂けないわね。言っておくけれど、私は口先だけのオトコは嫌いよ? 誰と遊ぼうと勝手だけれど、やる事はやって欲しいわね」
……ギクッギクッ。
「さっきからずっーとボッーとして、お腹いっぱいで眠たくなってきちゃった? あらあら、お子様なのね。善一くん。そういうところが可愛いと思える女の子に一生そうやって甘やかされていなさい。ボンクラ」
……なんかめちゃくちゃ言われている。
確かに眠かったのは事実である。反論も出来ない。それに【別荘】の件に関して、まだ渚たちに連絡を取っていないのも事実だ。というか、桜さんとLINEするのちょっと怖いんだよな。
「……すいません」
さっきまでいた明希の姿が見当たらない。アイスのお代わりへと向かったのだろうか。
「まあ、いいわ。【別荘】に遊びに行く件に関しては、私と柳葉さんで予定を決めておくから、貴方は全員分のスケジュールの確認を取っておきなさい。無能な虫ケラにでも、それくらいは出来るでしょう?」
「……はい。了解しました」
しっかりと怒られて、静かに反省する。一瞬で目は覚めてしまった。菜月はともかくとして、渚は今夜中にでも連絡しておくとしよう……。
※ ※ ※ ※ ※
「あら、そろそろ行かなくちゃ」
桜さんが腕時計に目をやる。スマホを開くと、既に13時半が過ぎようとしていた。ダラけすぎたな。切り替えていきましょい!
「用事ですか?」
「ええ、ちょっと塾にね。夏期講習で色々と忙しいのよ」
完全に意識がハッキリとしている僕に向かって、桜さんがそう教えてくれる。あぁ、そっか。この人も来年はもう受験なんだな。
「お勉強頑張ってください! お蕎麦、ごちそうさまでした!!」
「此方こそ、アイスを奢ってくれて有難うね。連絡忘れないように」
「えぇ……パイセン行ってしまうんですかー……。お喋りしましょーよ! ガールズトークしたいー!」
「また今度ね。後、前歯に海苔が付いているわよ」
三人揃って席を立つ。明希が手鏡で自分の歯茎を確認している最中、隙を付いたように、桜さんが不意に僕へと接近してきた。
「あ、そうそう。善一くん、一つだけ」
肩に手を置き、
耳元に唇を近付けて、
櫻木 晴香は僕に告げる。
「あなたはお姉さんと同じ人を虜にする魔物。くれぐれも注意する事ね」
全てを見透かしたような一言だった。
背筋が凍りつくよりも先に、困惑が来た。
この人はなにを知っているのか。
この人には一体なにがわかるのか。
そこまで考えたのち、
遅れて、身の毛がよだつ。
「……急に、なんですか」
「ただの忠告よ。貴方が後悔しない為のね」
首を曲げて問うと、ほくそ笑まれる。
耳元には小さな穴。
え? ピアス?
……いや、そんなハズはない。
ハゲダニでは校則違反だ。ましてや生徒会書記のこのヒトが。
「では、また。──海合宿で会いましょう」
疑惑から遠ざかるように、櫻木先輩は去って行く。手だけを振って、足取りは軽い。
今のは一体。
「なにか話していたの?」
「……なんでもないよ」
尋ねられても、うまく答える事はできなかった。
何でもないことであるのに。
本当に取り留めのないこと、なのに。




