70 爆弾娘シェリィ
本話より更新再開です。
旧版の第70話以降は、物語を大きく再構成し、新しいシェリィ編として書き直しています。
第69話も一部改稿しています。よろしくお願いいたします。
ここはノームの里、ルクルクル。
樹齢千年を超える大樹の根元に、小さな家や工房が並ぶ、静かで豊かな里だよ。
「人間は馬鹿じゃ。同じ薬草でも、綺麗な瓶へ入れれば10倍で買う」
「だったら瓶をもっとピカピカに磨いて、100倍で売ればいいじゃないか」
「お前らは加減を知らんのか」
今日も共同工房では、ノームたちが薬を瓶に詰め、布を染め、魔法石を磨きながら、人間相手の商売について話し合っていた。
ノームは体が小さく、力も弱く、魔法もそれほど得意じゃない。
その代わり、土や石、草木に眠る性質を見つけ出すことに長けている。
その辺に生えている草を傷薬にしたり、道端の石を魔法石にしたり。一見すると何の役にも立たないガラクタまで、便利な道具に変えてしまう。
それが、私たちノームに代々受け継がれてきた力――錬金術。
そしてこの里では、料理や裁縫と同じくらい当たり前のことだった。
商売の話はまだ続いていた。
共同工房のあちこちから、好き勝手な声が飛ぶ。
「それにしても、人間はちょろいな」
「エルフはその次にちょろい。綺麗な瓶へ入れれば、鼻くそでも買いよる」
「ドワーフは文句が多い」
「売るなら人間かエルフだな。あとはゴミだ」
私は聞いていられなくなって、口を挟んだ。
「またそんなこと言って。いつか罰が当たるよ」
「馬鹿者。これは商売の知恵じゃ」
里長のボネットさんが、長い白ひげを撫でながら私を見た。
深緑色のとんがり帽子と丸眼鏡が目印の、里一番の物知り爺さんだ。
ちなみに、白ひげの先が少し焦げているのは、たぶん私のせいです。
そうそう、私の名前はシェリィ。
この里に住む、将来有望な錬金術師です。
緑色の髪を後ろで束ね、額には大きな防護眼鏡。大きなポケットがたくさんついた、ぶかぶかの作業着を着ている。
ポケットの中には薬草、石ころ、空き瓶、ネジ、火トカゲの尻尾、それから自分でも何を入れたのか分からないものが詰まっている。
全部、いつか役に立つ材料です。
たぶん。
「おい、シェリィ。それはなんじゃ」
私が大きな瓶を作業台へ置くと、工房にいたノームたちが一斉に手を止めた。
「今日、売りに出す商品よ」
「それはまともなものか?」
「まともってなによ」
「爆発せんか?」
「は? ただの万能薬よ。薬草がどうして爆発するのよ」
失礼な話ね。
これまでに何度か工房を爆発させたからって。
「万能薬じゃと?」
「切り傷、火傷、腹痛、肩こり、二日酔い。だいたいなんでも治るよ」
「成分は?」
「まんまる薬草と、癒やし苔」
1人のノームが、作りかけの薬を抱えて工房から出ていった。
「それから火トカゲの尻尾」
あれ?
2人いなくなった。
まあいいか。
「氷キノコの笠」
さらに3人、染料と布を持っていなくなった。
「最後に月光石の粉をひとつまみ」
気がつくと、工房には私とボネットさんしか残っていなかった。
「みんな、どうしたの?」
「避難したんじゃ」
「どうして?」
「お前は本当に何も分かっておらんな」
コトン。
瓶が小さく跳ねた。
コトコトコトコト。
中の薬が紫色に変わり、泡が瓶の口まで膨らんでいく。
「おい、シェリィ!」
「大丈夫。これは薬の力が高まってるだけで――」
どっかーん!
共同工房の屋根が吹き飛んだ。
しばらくして煙が晴れると、私は真っ黒な姿で立っていた。
頬に少しだけ傷ができている。
床に転がっていた瓶の底には、薬が一さじほど残っていた。
私は指ですくい、傷へ塗ってみた。
すると傷は光に包まれ、跡形もなく消えた。
万能薬は成功だ。
やっぱり私は天才だったのです。
「ほら見て! 完璧」
「どこが完璧なんじゃ! なぜ薬が爆発する!?」
「そこはちょっと予定と違ったけど、傷は治ったよ」
「爆発で傷を作って、自分の薬で治してどうするんじゃ!」
「でも治るよ?」
「で、こんなもの誰が使うんじゃ」
「……丈夫な人?」
「薬を使う前提がおかしいわ!」
ボネットさんが、壊れた工房を指さした。
「それより、こっちはどうするんじゃ?」
私は辺りを見回した。
床には割れた薬瓶、燃えた布、砕けた魔法石、黒い染料が散らばっている。
どれも里のみんなが今日一日かけて作り、明日の朝、人間の商人へ売るはずだった商品だ。
工房の外には、煤まみれになったノームたちが立っている。
みんな、自分の商品の残骸を抱えていた。
「……ごめんなさい」
さっきまでの喜びが、一気にしぼんだ。
「もう我慢ならん! シェリィ!」
「はい」
「お前は破門じゃぁぁぁぁぁ!」
*
その日の夕方。
私は大樹の根元に座り、真っ黒になった膝を抱えていた。
「破門かぁ……」
「もう錬金術はやめんか?」
顔を上げると、ボネットさんが立っていた。
「いきなりひどくない?」
「お前の方がひどい。作ったものが、高確率で爆発するからのぉ」
「なんでだろ?」
「知るか。作ったのはお前じゃ」
この人は私に追い打ちをするためにきたのか。はぁ。
「じゃがな。お前には錬金術以外にも、三つほど才能がある」
「え?」
私は少しだけ顔を上げた。
「ひとつ。あれだけ人様の工房を爆破しておきながら、たいして反省しておらん図太さ」
「なんだよ。反省してるよ!」
「破門されても、わりとけろっとしておるじゃろ」
「してないよ! ものすごくしょぼくれてるところだよ!」
「ふたつ。爆発の中心におったのに、煤まみれで立っておる頑丈さ」
「それ、才能なの?」
「普通なら死ぬ。下手な冒険者よりよほど丈夫じゃ」
「もういい。どうせ三つ目も、才能がないことに気づかない才能とか、そういう悪口でしょ」
「いや、三つ目は――」
「聞きたくない!」
私は立ち上がった。
「では、錬金術はやめるか?」
「やめない」
「破門されてもか?」
「絶対にやめない」
「工房を吹き飛ばしてもか?」
「次は吹き飛ばさない」
「今日もそう言っておったじゃろ」
「次の次は吹き飛ばさない!」
「1回増えとるではないか」
ボネットさんは深いため息をついた。
「どうしてもやめる気はないようじゃな」
ボネットさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「そういえば以前、里へ来た人間の商人から、妙な話を聞いたことがある」
「妙な話?」
「アイゼンハードという町に、不思議な武器商人がおるそうじゃ」
あいぜんはーど?
あー、確か人間の住処だっけ?
「名は伊藤」
「イトー?」
「そうじゃ。不思議な武器屋をやっておる。どういうわけか客はほとんど来んらしいが、売っている武器がすさまじいのじゃ」
「客が来ないのに、すごい。メモしなきゃ」
「そうじゃ。気になることはメモを取るとよい」
めもめも。
「どうも店で売っているひのきの棒が、くっついたり離れたりするそうじゃ。あれはおそらく、かなり熟練した錬金術を施しておる。そうでなければ説明がつかん」
錬金術。
めもめも。
「しかも1本、5ゴールドなんじゃ」
めもめも。
「どうも話によると、伊藤氏の店へ通って大成功した者が跡を絶たないとか。そういえば、大僧侶の珍念様を覚えておるか?」
「うん。里が大雨のときに橋を直してくれた、立派なお坊様」
「珍念様も伊藤氏の弟子じゃ」
「えー。そうなの。珍念様のお師匠様!?」
「そうじゃ! どうしても錬金術を続けるというのなら、その方に教わってみい」
「こんなところにいる場合ではない。ここでは誰も私の才能を見出してくれない」
「お、おい! まあよいか。ちゃんとメモは取ったか?」
私はニカッと笑って、書き留めたメモ用紙をボネットさんに見せた。
イトー。
店をやっている。
錬金術師。
客がほとんど来ない。
5ゴールド。
「そんな箇条書きで分かるんか? ちょっとわしに伊藤氏のことを説明してみぃ」
「うん、すっごい錬金術師のイトーさんが、客が来ない店をやっていて……ええと、5ゴールド。この人に弟子入りしたら、すごくなる!」
ボネットさんは長い白ひげを撫でながら、なんかむつかしい顔をした。
「まあ……だいたい合っておるか」
「でしょ!」
「これを持っていけ。餞別じゃ」
ボネットさんは、小さな硬貨を2枚差し出した。
「これは人間界で使える金じゃ。2枚で10ゴールドある」
「ありがとうございます!」
それから私は家に戻り、リュックにあれこれ詰めた。
里のみんなは、私の旅立ちを大いに喜んでくれた。
干しパン、木の実、薬草、それから使い道の分からないガラクタを、私の大きなポケットが膨らむほど詰めてくれた。
「もう帰ってくるなよ」
「次は外で爆発させろよ」
少しだけ言い方が気になる。
でも、みんなが笑っていたので、私も笑い返した。
「さらばじゃ、シェリィ!」
「行ってきます!」
「南じゃぞ! そっちは北じゃ!」
「分かってるよ!」
一度引き返した私は、改めて南へ向かった。
いざ、アイゼンハードへ。
そして、伝説の錬金術師イトーのもとへ。
いけ、シェリィ!
目指すは、圧倒的な錬金術師!
名 前:シェリィ
種 族:ノーム
クラス:錬金術師(破門)
通 称:爆弾娘
レベル:1
H P:35
所持金:10G
目的地:アイゼンハード
目 的:伝説の錬金術師イトーに弟子入りする(予定)




