嘘つきな神様
私、実は転生者でした。
過去、微生物やら魚介類やら植物やら動物やらと転生を繰り返す事九十九回、後半の殆どは人間でしたがこの度ようやく百回目の生を終えました。
そして私は神となったのである!
なーんてね。
いや、確かに神として別世界の一つの運営を任された。
否――任される予定と聞いております。
何せ新米神様なもので、レベル0からのスタートです。
右も左も分からないド素人が、いきなり運営とか無理ですよね。
小規模な会社運営だって無理だと思うのに、世界運営とかハード過ぎます。
という事でチュートリアルから始める事になりました。
なったのはいいんですよ。チュートリアル、万歳です。
先輩神様が手腕を振るう地球と異なる世界は、文明としては産業革命前辺りの近世な雰囲気。
科学のかわりに魔法が発展している世界なので、あくまで雰囲気。ファンタジーワールドです。
そんな世界にワタクシは神子として、あたかも召喚されたかのように渡ったのであります。
人事担当神様から、そういう辞令がおりたので諾々と従います。新米ですからね。
社会の歯車、大好きですよ!
私を召喚した現地人の説明によりますと、近頃自然災害疫病などなど多発していて困っている。これはきっと神様がお怒りに違いない。お縋りするしかあるまい。お許しを頂くにはどうしたらいいのか、教えて神様! といった祈祷を行っていたら神様の神託があったそうです。
神子を遣わすので召喚いたせ。という流れから、まぁ仕込み以外の何物でもない召喚術を行い、満を持して私が現れたわけです。
神域にて人事担当神様と召喚術に合わせてカウントダウンしてましたので、感涙する現地人の方には実に申し訳なく、これも仕事なので許してねって感じであります。
先輩神様がくだされた神託の内容といたしましては、要約すると世界のバランスは崩れたが神子の存在により徐々に調和がとれるようになり災害も減るだろうという。うん、つまりこじつけですよね。
神様のお言葉ですから、どんな理由だろうと現地人は信じると思いますけど。
神子は居るだけで効果があるので、崇め奉る必要はなく、寧ろ現地人と同じような生活をさせなさい。
そんな神託だったそうです。
一方、人事担当神様から私への説明では、確かに居るだけで構わないとの事。
現地人に紛れて生活をしなさい。ここまでは神託と一緒。
私の業務内容は、私が辛いと思えばこの異世界での文明は衰退へ、幸せと感じれば発展へのカウントが回るそうです。
意図してではなく、心の機微によって勝手にカウントされるそうで恐ろしいですね。
これは現場鍛え上げ方法なのでしょうか?
取り敢えず、そういった事情で神子という事を伏せて、現在は神殿にて働いているんです。
そこまでは良いんです。
問題はですね、何でお面をつけて生活をしなければならないのか。
神子を召喚した事は周知の事実でして、神託の件もありまして私をお披露目するわけにもいかず、さりとて崇めるまではいかずとも蔑ろにするわけにもいかない。
召喚をおこなった神殿側としては、目の届く所に置きたい。
そんな諸々の理由から、神子が誰だか分からないようにすればいい。
皆が顔を隠せばいいじゃん! という事で、私を含めて皆さんお面をつけているんですよ。
意味が分かりません。なぜ、そこでお面になるのか。さっぱり理解できません。
新米とはいえ、神様補正でどこの国へ行こうとも読み書きに問題はないですし、事前に浅漬けではありますが風習なども勉強してましたし、いっそのこと町で普通に生活をさせてもらえればそれで十分だと思うんです。
思うのですが、百回目の人生が日本人だった名残なのでしょうか。
お面を渡されてしまった以上、何となく足並みを揃えなければならない気がするのでつけています。
無念です。
ところでこのお面、神様が使役される神獣を模しているそうで、狐面と烏天狗面? と、猫面? 虎面? どこか日本のお面に似ています。
飲食の都合で鼻から下はありませんが、同じ色は未だ見かけた事がないほど実にカラフルだったりします。
神官長といった役職? 聖職? 偉い人以外は、神殿で護衛を務める軍人さんも含めて、皆さんがお面をつけているので、個人の認識は全てこのお面の色で識別しております。
最初はしょっちゅう間違えていましたが、早三年も過ごせばさすがに慣れるというものです。
規則正しい生活に、気の合う人、そりの合わない人、自分の不甲斐なさに失敗を悔しく思う日や、親しい人たちと共に涙を流して大笑いする日、自分が神様になった事をすっかり忘れて日々が過ぎる中、ちょっと良いなと思う人ができました。
私の傍にいる衛兵さんです。
「衛兵さん、衛兵さん。ちょっと、あそこのシーツを取ってもらえませんか?」
「俺は使い勝手のいい御用聞きじゃないんだが?」
「そんなつれない事を仰らずに、その長身を今こそ活かすべきです。さあ!」
おどけた調子で言えば、お面に隠れていない薄い唇がニヤリと弧を描く。
その笑い方にちょっと気分が弾むようになったのはいつ頃でしょうか。
気づくと、ついついこっちも口元が緩んでいたりします。
神殿に身を置く私や、私の周りにいる人たちは下級聖職である奉仕者と呼ばれ、十名で一つのグループとし、振り当てられたエリアの掃除をしたり、寝具の取り替えや洗濯、神官への食事を運んだりするのが主な仕事です。
各エリアには衛兵が必ず数名おりまして、リネン室へと手招いてお願いしている件の衛兵さんもその一人。
手の届かない棚の高い段に置かれたシーツを取っていただき、礼を返しながら受け取ります。
リネン類を交換している仲間へ渡しに各部屋を回る私に、そのままついてきてくれるようです。
神子が混じってますからね。万が一があっては大変なんだそうです。ご苦労様です。
「しかし、こう頻繁にお願いするのは申し訳ないですよね。今度、台を置いて頂くようお願いしてみます」
「台なぁ……アンタ、かなりドン臭いじゃん? 台、使ったはいいけどひっくり返って頭とか打ちそうじゃない?」
「失礼なっ。た、確かによそ見をして柱にぶつかったり、生け垣に突っ込んだり、迷子になったりなんて事はありましたけど……」
初めての場所なのですから、慣れないのは仕方ないじゃないですか。
だというのに、失敗の尽くをこの黒い烏天狗面をつけた衛兵さん、勝手に黒烏さんと呼んでますけど、彼に見られていたので否定はできません。
できませんがっ
「そういう事はあえて黙っているべきでしょう! それに今はそんな失敗していませんからっ」
しでかした失敗の恥ずかしさから、誤魔化す勢いで語気を強めて返してしまうわけですが、見上げた黒烏さんは口の端がニィっとあがって、どうもこちらをからかっている様子。
「人をからかって趣味が悪いですよ」
嵩張るシーツを両手で抱え、かつ顎で押さえているので肩で黒烏さんの腕を小突く。
すると、笑いながら黒烏さんがお詫びにと数枚だけシーツを引き受けてくれました。数枚だけですが。
ところでこのお面、目の部分に穴は無く、それぞれ色のついたガラス玉が嵌め込まれているんですが、つけていても視野は狭まる事がないんです。
私は白狐面の黒いガラス玉なのですが、視界は至ってクリア。これも魔法なのでしょう。実に不思議です。
魔法不思議ついでに、お面をつけると朝の洗顔後に装着をしてから、夜は自室に戻るまで外せません。まことに不思議であります。
と、まぁお面をつけていると鼻から下、口元部分しか見えないのですが、それなりに付き合いが長くなれば人柄も見えてきますので、さほど顔の造形は気にならなくなるものだなと感慨深く思ったりする今日このごろ。
こんな具合でこの世界へやってきてから三年の間、顔見知り程度の付き合いが友人に、そのうち数名とは親友とも呼べるような仲となり、黒烏さんや他の衛兵さんともそこはかとなく親しくなっていった頃、お面をつけている奉仕者が攫われるという事件が発生しました。
日々の生活が充実していたのですっかり忘れていましたが、そういえば神子でした。私、神様でした。神様パワーまるでありませんけれど。
どうも神子を狙って攫っているらしいのです。私は無事でしたが。
私がお世話になっている神殿は総本山――の次くらいに大きな所らしく、場所も都会にありまして、住み込みの奉仕者だけではなく通いさんもおります。
参拝やら観光客やらと人の出入りはとても多いです。
そんな大きな神殿ですので、千単位な奉仕者がおりまして、住み込みと通いで一応お面に違いはあるそうなのですが、一部の人しか知らないとか。
しかし、攫われた奉仕者は住み込みの、しかも女性ばかり。
これは内通者がいるのだろうと、衛兵は増やされて実に物々しいです。
私が担当しているエリアで護衛をしている黒烏さんも、そこはかとなくピリピリしている感じがします。
同じグループで親しくなった奉仕者、金虎さんが仰るには神殿の衛兵は先鋭が集められているとか。
「だからね。そんな選りすぐりな衛兵たちの目を掻い潜って奉仕者を攫うんだから、見回りの時間とか漏れているんじゃないかって噂。相手も統率のとれた大きな組織だとかっていうし」
「そうそう。ほら、私たち個人の情報は一切やりとしてはいけない決まりでしょ? 名前だってお互い知らないし、神獣様のお姿と色で呼び合っているしね。だから、未だ神子様が誰かまでは掴めていないから手当たり次第なようだしねぇ」
うんうんと頷いているのは白烏さん。
訛ばかりは仕方ありませんが、神子が特定できないよう名前や出身地を教え合うのは禁止されております。
「白狐さんも気をつけてね?」
「はい、気をつけます」
しかし、神子って何をするわけでもないのに、攫ってどうするんでしょうか。
なんて事を休憩時間に話していたのが数日前。
昨日、また奉仕者が数名行方知れずになったと聞き、そっと自分の胸を見下ろします。
いやいや、攫われた奉仕者さんの心配をすべきですよ。
今度は私の部屋に近い方だそうで、他人事に感じておりましたが俄に緊張してきました。
攫われた奉仕者はどうなるんですか。どうなっちゃうんですか。
「まぁ、御子様が女性ってのは知れ渡っているし、実際攫われてるのは女ばかりだからなぁ。やはり囲い込むんじゃないか? 実際、神子様がいらしてから災害は減っているし、作物の実りも増えている。神子様を手元に置けば、金も増えるんじゃないかって思う連中がいるかもしれんし? あるいは、その恩恵を高貴な血筋に加えたいって思う輩がいるかも」
せっせと窓を拭きつつぼやく私の隣で、黒烏さんが顎を撫でながら答えてくれたのですが、ふと撫でる指を止めて私をまじまじと見下ろしてきます。
「……なんですか」
「いや、アンタを狙って攫うって事はなさそうだけどな」
と、何だか唇が癪に障る笑みになっています。
「どういう意味ですか」
「ほら、胸とか腰とか?」
黒烏さんに持っていた雑巾で叩きつけましたが、許されると思います。
確かに、攫われた奉仕者の女性たちは皆、皆! ダイナマイトボディーな方ばかりですから! 確かに! 胸の膨らも腰の張りも慎み深い私は関係ないかもしれませんけれど! どっ!
「万が一はないとも言えんから、アンタも十分に気をつけるんだな」
HAHAHAとばかりに笑う黒烏さんに地団駄を踏み鳴らす私、そして少し離れた所では衛兵の白虎さんが生温くこちらを見ていたりと、少しばかり怖いと感じていながらもやはり私は緊張感が足りなかったようであります。
その夜、うっかりお茶を布団に零してしまい、急いで洗ったので染みは免れたのですが、濡れてしまった布団で寝るには抵抗があり、新しい物を持ってこようと部屋を出ましたところ、衛兵の白虎さんと隣室の黒狐さんと出くわしました。
正しくは、意識のない黒狐さんを抱き上げている白虎さんとでしたが。
一瞬、逢引かと思ってしまいまして、白虎さんと気まずい沈黙の中、見なかった事にしようと部屋へ戻ろうとしたら、背後から口を塞がれたところで例の誘拐犯かと気づいたわけであります。
思えば、黒狐さんったらギリギリと奥歯を噛み締めたくなるほど、胸が腫れ上がって――いえ、かなり妬みが入りました。素晴らしいお胸でしたので、確かにいつ攫われてもおかしくはありませんでした。
といいますか、基本この世界の成人女性は肉感的な体つきの方が大変多くて、私など貧相で実に肩身が狭い思いをしていたりするわけです。
端から攫うリストに入ってなかったと思うんですよ。
たまたま運悪く攫われちゃいましたがっ。
意識を失っているあいだにどこかへと運ばれたらしく、気づけば黒狐さん桃虎さん緑烏さん他数十名の方とともに縛られて狭い部屋に転がされておりました。
その後、救出されるまでの恐怖といったら。いえ、確かに助けがくるまでは不安で不安で仕方ありませんでした。
一人、また一人と意識を取り戻し、皆で寄り添う事で不安をやり過ごしてどれくらい時間が経ったのでしょうか。
窓もないので時刻が分かりません。
この先どうなるのか分からずに押し黙っておりますと、遠くから喧騒が、そして破壊音が聞こえてくるではありませんか。
次第に騒ぎは近づいてくると、囚われた皆さんが耳をそばたて、膨らむ期待に見つめていた扉が蹴破られました。
現れたのは黒烏さんを始めとした衛兵さん他、お面をつけていない武官系な方々です。
部屋の中を見渡し、私を見つけた黒烏さんが迷いなく向かってくるものですから、好感度が急上昇です。惚れます。惚れました。
後ろ手に縛られた女性達が、衛兵さんに縄を切って自由を得る様子に私もと思ったのですが、なぜか黒烏さんに俵担ぎされました。いえ、先に縄を切ってもらえませんか。
「よりによって俺の嫁を攫うとはいい度胸だ。呪うぞ」
「それは困りますからっ」
ドスの効いた声でぼやく黒烏さんに、いつのまにか隣にいらっしゃった神官長さんが青ざめたお顔で必死に宥めておられます。
「嫁候補の斡旋を頼んでやっと適正のあるヤツがきたんだぞ。何のために三年もの時間を費やしてコイツを口説いたと思うんだ! 嫁にするためだろうが」
「確かにそうではありますが、ですが! 無事にお救いできましたので、ここはどうか穏便に」
というかですね?
「誰が嫁ですか?」
背を反らして黒烏さんの顔を見て問います。
「アンタが」
「誰の?」
「俺の」
「…………」
ん?
「斡旋? って何ですか?」
「アンタ、新しく生まれたばかりの神だろ? 」
黒烏さんの言葉に思わずギョッとし、隣にいた新館長さんを見ますが、なぜか慌てる様子もなく、寧ろ孫を見るようなというか、生暖かな微笑みを浮かべている? 寧ろ、諦念の微笑み?
「この世界は神が一柱しかいない。文明もそれなりに発展してきたから、そろそろ一柱だけでは手が足りなくなっているんだ。だから、上に嫁を斡旋してもらえるようずっと頼み込んでいたんだよ」
「へぇ……………………え?」
えっ?!
「嫁とか聞いてませんがっ! え? チュートリアルだったんじゃないんですか?!」
「俺の世界を知ってもらい、好きになってもらうためのチュートリアルだな」
「はっ?!」
慌てて周りを見ると、なぜか皆さんが微笑ましく私を見ている!!
ちなみに部屋の外ではまだ喧騒が続いているんですけど! なんですか、このオメデタイとばかりな雰囲気!
「神子は」
「それは、アンタへの建前」
「お面の意味!」
「ツラはどうとでもなるが、相性ばっかりはどうにもならんだろ? まぁ、中身を知って俺を選んでもらいたいというか、嫁の顔をおいそれと晒したくないというか」
照れんなっ!
「世界運営はどうなった!」
「この世界、俺と一緒に育てていこうな」
「知らない! こんな事聞いてないっ! 人事担当出てこい!!」
「あいつら、どっちかといえば婚活スタッフだから」
「!!!!」
じたばたともがく私を、俵担ぎから横抱きにした黒烏さんが至近距離で覗きこんでくる。
「でも、アンタ。俺のこと、嫌いじゃあないよな」
「ふぐっ」
こ……こんな時にその笑い方は卑怯なりっ。
胸の辺りがキューっとくるのは衆目に晒されているからであって、そのっ、けして、好きってわけではっ、いや、嫌いじゃないけどっ、確かに嫌いじゃないけどっ!
色々言いたい事は山ほどあるのに、言葉に詰まって唸る私を見て、黒烏さんは会心の笑みを浮かべて神官長へ顔を向けて言い放ちました。
「っつーわけで、コイツ貰っていくから。後は頼んだ」
いや、まだ貰って良いとは言ってませんっ!
という私の訴えも虚しく貰っていかれてしまいました。
割りと神様と人間が近いこの世界。
私がお世話になっていた神殿は、縁結びのご利益があると更に賑わったようです。
新婚旅行と称してお世話になっていた別の神殿では、子宝に恵まれるからと詣でる方が増えたそうです。
黒烏さん、子供が生まれるたびに大空をスクリーンにして世界へ発信すの、ほんと止めて欲しいです。
あああああっ! 騙されたーーっ!
お面企画
材料:お面とトリップ
手段:トリップトラベルスリップそういう系
場所:異次元異世界異空間過去未来な非日常
面種:不問