表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
制御者の令嬢は隣国の大魔導士に溺愛される  作者: まる
第五章 制御者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/25

第二十五話 欠陥品

春になった。

アルテミアの庭に、白薔薇が咲いた。

父が持ってきた鉢から、冬を越して、一輪だけ花をつけた。エルカリナ家に代々伝わる白い薔薇が、アルテミアの土の上で初めて咲いた朝、ルミナはそれを見つけて、長い間そこに立っていた。

白かった。

曇りのない、純粋な白だった。

「咲きましたね」

背後からザイルの声がした。

「はい」

「お父上が喜びそうです」

「もう見ています。朝一番で来て、一時間ほど眺めていました。研究ノートに記録していました、アルテミアで初めて開花した日として」

「そうですか」

ザイルが隣に立った。

二人で、白薔薇を見た。

「一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「あなたは今、幸せですか」

ルミナは少し考えた。

幸せ、という言葉を自分に当てはめることを、ルミナはあまりしてこなかった。役に立てているか、正しく動けているか、家の名に恥じない行動ができているか——そういうことを考えることはあった。しかし幸せかどうか、という問いを、自分に向けたことは少なかった。

「……はい」

答えは、思ったよりすぐに出た。

「幸せです」

「何が」

「何が、と聞きますか」

「聞きます」

ルミナは白薔薇を見た。

「この庭が好きです。書庫が好きです。父が毎朝研究室で何かを呟く声が聞こえるのが好きです。あなたが窓際で本を読んでいるのが好きです。クロードがお茶を持ってきてくれるのが好きです」

「そういう答えが来るとは思っていませんでした」

「どんな答えを期待していましたか」

「もっと大きな話かと」

「大きな話は、毎日の積み重ねでできています」ルミナはザイルを見た。「あなたも、そう思いませんか」

ザイルが少しの間考えた。

「……そうかもしれません」

「一年前のあなたは、食事を一人でしていました」

「はい」

「今は違います」

「……今は、違います」

「それが、大きな話だと私は思っています」

ザイルが黙った。言葉にしていいかどうかを考えているときの、あの沈黙だった。

「ルミナ」

「はい」

「一つ、言っていいですか」

「どうぞ」

「式典の場で、あなたを初めて見たとき」ザイルが少し止まった。「あなたのそばで、初めて魔力が静まった。そのとき、婚約者がいると知っていた。だから諦めた」

「知っています」

「しかしあの場を見て、諦められなくなった」

「……知っています」

「あなたがここにいてくれて、よかった」

ルミナは白薔薇を見た。

風が吹いて、花びらが揺れた。

「私も」とルミナは言った。「ここに来て、よかったです」

「母国を、後悔しますか」

「後悔しません」ルミナは即答した。「あの国で生まれて、あの家で育って、あの才を持って生まれたことも。式典の日に倒れたことも。後悔しません」

「全部、ですか」

「全部、です」

「……それが言えるのは」とザイルが言った。「今が幸せだから、ですか」

ルミナは少し考えた。

「今が幸せだから、でもあります。でも、それだけではないかもしれません」

「どういうことですか」

「あの日に倒れなければ、ここへ来なかった。ここへ来なければ、才の意味がわからなかった。才の意味がわからなければ、王都を救えなかった。すべてが繋がっています」

ルミナは白薔薇を見た。

「流れは、整えることができます。しかし流れそのものを、止めることはできない。起きたことは起きた。しかしその流れがどこへ向かうかを、選ぶことができる」

「制御の理論、ですね」

「ええ。祖父はそれを魔力で語っていましたが、人生も同じかもしれないと、今は思っています」

ルミナは母の指輪を見た。

翡翠が、春の光を受けていた。

「欠陥品と呼ばれた才が、王都を救いました。欠陥品と呼ばれたから、ここへ来ました。欠陥品と呼ばれたから、あなたに会えました」

ルミナは翡翠色の目で、真っすぐに空を見た。

アルテミアの春の空は、深く青かった。

「欠陥品で、よかった」

その言葉が、静かに庭に溶けた。

ザイルが、隣に立っていた。

いつもと違うことが一つだけあった。

その手が、そっと、ルミナの手に触れていた。

ルミナはそのまま、空を見続けた。

手を、握り返した。

風が庭を抜けて、白薔薇を揺らした。

エルカリナ家の白薔薇が、アルテミアの春に咲いていた。

これが、始まりだと思った。

式典の石畳に倒れた日が終わりではなく、あの日から始まった物語が、今日また新しい頁を開く。

ルミナ・エルカリナは、欠陥品ではなかった。

制御者だった。

調律者だった。

魔力の流れを整え、乱れを感知し、本来の流れへと導く者だった。

その才は、抑え込むためのものではなかった。閉じ込めるためのものではなかった。流れるために、流れる先を見つけるために、あったのだった。

そして今、アルテミアの春の庭で、白薔薇の前で、確かに幸せだった。

隣に、ザイルがいた。

その手を握ったまま、ルミナは青い空を見上げた。

遠くで、鳥が鳴いた。

白薔薇が、もう一度揺れた。

———

ここまで読んでいただきありがとうございました!

みなさまからの評価が良ければ続編を書きたいと思っております。

ぜひブックマークと評価のほど、お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ