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第5話:観測者、石(いし)の意思を蹴る



「……ところで、その背中の『巨大なペン』。……何?」


霧の中を進みながら、フゥが怪訝な顔で僕の背中を指差した。


「ああ、これか。教えてやれよイオリ。せっかくパーティ組んだんだし」


先頭を歩くドドンパが、シロロにデコられた『真珠色のフード』をピカピカと輝かせながら振り返る。


「……ただの武器だ。『断崖写本杖クリフ・スクリプトペン』。前のエリアで手に入れた真核に、特定のログを刻んで生成した」


「ログを、刻む……?」


「ああ。ドロップさせてから取得イベントリに入れずに僕は真核を蹴り飛ばして断崖まで運び、環境音と風景を記憶させた。その結果がこれだ」


僕が淡々と説明すると、フゥの足が止まった。


彼女の眼鏡の奥が、カチリと音を立てて切り替わるような気配がした。


「……環境を、記憶させる。……つまり、私の見ている『石』の記憶ログも、武器や防具の形に固定できるということ……?」


「理論上はな。石の硬度、配置、歴史。それらを『行動』として真核に認識させれば、お前のその『石(意思)』も形になる」


「……!」


フゥが息を呑む。


一方で、話を聞いていたシロロが「あっ!」と声を上げた。


「真核を蹴り飛ばした人……? あーっ! 掲示板で噂になってた『蹴り変人』ってお兄さんのことかー!!」


「……不名誉な二つ名だな」


「うわー、変な人だね!! よくそんなこと思いつくよー!」


シロロはケラケラと笑っているが、フゥだけは真剣な眼差しでブツブツと呟き始めた。


「石の記憶……地質の断層……私の愛……」


「……さて、無駄話はそこまでだ。仕事ワークの時間だ」


僕は足を止める。


霧の濃度が増したエリア深部。


ここが今回の狩場だ。


「ターゲットは『ハイスライム』。こいつを狩り続け、ユニーク個体『ミストスライム』を引きずり出す」


「えー、スライム? ぬるぬるしてて可愛くないよー」


シロロが露骨に嫌な顔をする。


「我慢しろ。奴の落とす『真核』が目当てだ。あのユニークは霧を吸って巨大化する性質がある。つまり、奴の核には**『このエリアの霧のログ』**が濃厚に蓄積されている」


僕は周囲の白い闇を見渡す。


「この厄介な環境デバフを無効化、あるいは利用する装備を作るには、奴の真核が最適解マストだ」


「なるほどな。霧を制するには霧を狩れってことか」


ドドンパが納得して頷く。


「でもよ、視界最悪だぞ? 効率落ちるんじゃないか?」


「逆だ。この濃霧こそが、僕たちのパーティにとって最高の盤面になる」


僕は隣の石術師ジオマンサーを見た。


「フゥ。お前の『石壁』、音もなく隆起させることは可能か?」


「……ええ。湿気を含んだ土壌なら、摩擦音を消してヌルリと出せるわ」


「完璧だ。視界が悪いのは敵も同じ。霧に紛れて『石壁』を展開し、敵に気づかれる前に退路を塞ぐ」


僕は杖で戦場となる空間を示す。


「敵は『壁』に囲まれたことすら気づかないまま、袋小路で処理されるわけだ。……石と霧、相性が良すぎるな」


「……ゾクゾクするわね。私の石が、霧の中で密やかに狩場を支配するなんて……」


フゥが恍惚とした表情で頬を染める。


「決まりだな。始めるぞ。真核が出るまで回す」


ザシュッ!

ドガッ!


計算通りだった。


霧の中で、フゥの操る石壁は音もなく出現し、ハイスライムたちの退路を断つ。


逃げ場を失った敵を、光るドドンパが引きつけ、僕とシロロが魔法で殲滅する。


【討伐数:100】


「来たぞ、ユニーク!」


霧が収束し、巨大な『ミストスライム』が現れる。


だが、完全に包囲された状態ではただの的だ。


パァン!


ユニークが弾け飛ぶ。


『透明な樹液×10』


「……チッ。ハズレ(素材)か」


「もうー! 何このドロドロ! 全然可愛くないしいらないし!」


シロロが手についた樹液を振って愚痴をこぼす。


「服汚れるー! 最悪ー!」


「次。2周目」


僕は足を止めない。


200体。ユニーク撃破。ドロップなし。


300体。ユニーク撃破。ドロップなし。


「あーもう限界! 無理!」


シロロがその場に座り込んだ。


時刻は23時を回っている。


「これ以上やったらお肌に悪いし! 私もう落ちるからね! お休み!」


「おいシロロ、ここフィールドだぞ!?」


「セーフティマット使うもーん! じゃあねお兄さんたち、フゥちゃん!」


シロロは携帯用の簡易テント(ログアウト用アイテム)を展開し、さっさと光に包まれて消えてしまった。


「……自由すぎるだろ、あいつ」


ドドンパが呆れて肩を落とす。


「で、どうするイオリ? 俺たちもそろそろ……」


「……まだ、やれる」


静かな声がした。フゥだ。


彼女も疲労が見えるはずだが、その瞳は異様な光を宿して地面を見つめている。


「このエリアの岩盤……まだ『鳴って』いるわ。……次の周期、何かが来る」


「……だ、そうだ。行くぞドドンパ。石術師の勘はバカにならん」


「へいへい。付き合いますよ、お二人の狂気にね」


4周目。


301体目からの再スタート。


シロロと言うマンパワーを失った分、殲滅速度は落ちる。


だが、フゥの『石壁』によるコントロールは洗練され、ドドンパの『灯台タンク』としての動きもキレを増していた。


そして、400体目。


ズズズズズ……!!


現れた『ミストスライム』は、これまでよりも一回り巨大だった。


「個体差か? いや、霧の濃度が違う!」


「シャァァァ……!」


スライムが霧を圧縮し、弾丸のように飛ばしてくる。


「くっ、範囲が広い! イオリ!」


「記述。『風壁』!」


僕が防御魔法を展開するが、衝撃で吹き飛ばされる。


「……私が!」


フゥが前に出た。


彼女は地面に両手を突き刺す。


「大地よ……記憶して。ここは『城壁』!」


ゴゴゴゴゴ……!!


地面から巨大な石柱が連続して突き出し、スライムの周囲を囲い込んだ。


「すげえ! 檻を作ったのか!?」


「長くは持たない……! イオリさん、今!」


「合わせる……! 『筆記術・断崖クリフ』!」


僕は石柱を足場に跳躍。


スライムの頭上を取り、杖を振り下ろす。


高低差による威力補正。


そして、石壁による逃げ場の封殺。


ズドンッ!!


風と衝撃が、スライムの核を粉砕した。


霧が晴れ、光の粒子が舞う。


その中心に、コロン、コロン、と複数の『輝き』が転がった。


『ミストスライムの真核』


『ミストスライムの真核』


『ミストスライムの真核』


「……出た」


ドドンパが息を吐く。


「4周目か、悪くねぇーな!……ちゃんと人数分ドロップして安心したぜ」


「ああ。仕様通り、討伐時生存メンバー全員への配布だ」


フゥがふらりと、自分割り当ての真核に近づく。


その手は震えていた。


「これが……真核……」


「……フゥ。手で拾うなよ」


僕は釘を刺す。


「え?」


「さっき言っただろう。今回の周回はお前の『石』への執着がなければ成立しなかった。……だから、その真核はお前の好きに『調理』しろ」


僕は周囲の湿った地面を爪先で叩く。


「だが、ここはダメだ。湿気が強すぎて『石』の輪郭がボヤける。お前の『石』への執着を、今のただの壁よりさらに鋭い『知覚できない石壁』や『高密度の礫』へと昇華させるなら……ここじゃない。もっと濃く記録できる場所へ移動する」


「移動……? まさか、貴方……」


フゥがハッとして僕の顔を見る。


『蹴って運んでログを刻んだ』という言葉を思い出したのだろう。


「その『まさか』だ」


僕は自分の足元に落ちた真核の前に立つ。


そして、迷いなく右足を振り抜いた。


コンッ。


乾いた音が響き、真核が霧の奥へと転がっていく。


「えっ……!?」


絶句するフゥを尻目に、僕は振り返る。


「……で? お前はどうする、ドドンパ。また売ってゴールドにするか?」


「……まさか」


ドドンパはニヤリと笑い、自分の真核の前に立った。


「あんな傑作ペンを見せつけられて、おめおめと逃げるわけにゃいかねーだろ。……俺も作るわ、俺だけの『正解』ってやつをよ」


彼は重心を落とし、顔を真っ赤にして軸足を深く踏み込んだ。


「見てろよ……オリャアアアアアアア!!」


ドォォォォォンッ!!


凄まじい爆音が霧に響く。


だが、その真核は美しい放物線を描くことはなく、霧を強引に引き裂きながら、制御不能な弾丸となって森の奥へ消えていった。


「うおっ、飛びすぎだ! 待てコラァ! どこ行ったんだよ!!」


「……ふん。力みすぎだ、ガサツ者が。ログが暴走オーバーランしているぞ」


慌てて霧の中に消えていく相棒の後ろ姿を、僕は呆れて見送った。


後に残されたのは、呆然とするフゥと、僕だけ。


「……見た通りだ。運ぶぞ、フゥ。手ではなく足で、地面と真核の感触を確かめながらな」


「足で……石と対話する……」


フゥはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る自分の真核の前に立った。


彼女はスカートの裾を少し持ち上げる。


華奢な足が震えている。


それは恐怖ではなく、未知への興奮によるものに見えた。


「……分かったわ。私の『石』……最高に硬く、重く、鋭くしてあげる」


コツン。


遠慮がちな、しかし確かな意思を込めた一撃。


彼女の真核がコロコロと転がり始めた。


「……いい音だ。行くぞ」


霧深い森の中。


三つの輝きを蹴りながら進む、奇妙な行進が始まった。


数十分後。


僕たちは、森の植生が途切れ、岩盤が露出したエリアに到着していた。


「……ここだ。座標固定」


僕は足を止める。


「フゥ。ここなら湿気も少ない。お前の『石』を記録するには最適だ」


そして僕はインベントリを開き、エウレカのバザーで買い占めていた大量のアイテムを取り出した。


『ただの石ころ』。


1Gで売られていた、何千個もの乾いた石の山だ。


「……これ、は……?」


「第1エリアの地質データを持つ、乾いた石だ。……これを使い、この座標をお前の理想とする『石室』に書き換えろ」


僕は真核の周囲に石を撒き、環境を整えてやる。


「この場で1時間、霧の中で『石』と対話し続けろ。買い与えた石と、ここの岩盤、そして真核。全てをリンクさせろ。……それがお前の『石(意思)』になる」


「……!」


フゥは目を見開き、そして愛おしそうに石の山と真核を抱きしめるように座り込んだ。


「……ありがとう、イオリ。……素敵な時間になりそう」


彼女の眼鏡の奥が妖しく光る。


もうこちらの声は届いていないだろう。彼女だけの世界だ。


「……さて」


僕は踵を返し、手持ち無沙汰にしている相棒を見た。


「行くぞ、ドドンパ。次はお前の番だ」


「へいへい。俺はどこへ蹴り込めばいいんで? 先生。さっきは力みすぎて、危うくロストするところだったぜ」


「一つだけ、僕が『正解』をやる。今後の道標にしろ」


僕は霧の晴れ間、微かに風が抜ける一点を指差した。


「あの方角、座標Z-8。この霧の森で唯一、上昇気流が発生しているポイントがある。そこまで蹴り続けろ。……お前の無駄に強い『脚力パワー』を、風に乗せて戦況をコントロールするイメージでな」


「……へっ。上昇気流か。俺の暴走を風に乗せるわけだな。俺にピッタリじゃねーか」


ドドンパは短く笑い、再び真核をセットする。


ドォォォンッ!!


再び響く重い音。


「あっ! また飛びすぎた! 待てぇぇぇ!!」


霧の中へ消えていく灯台ドドンパと、石を我が子の様に抱き抱える女性フゥ


そして、それを観測しながらログを積む僕。


傍から見れば狂気の沙汰だろう。


だが、この1時間が、この世界を揺るがす「最強のパーティ」が産声を上げた瞬間だった。


霧の中でも灯台ドドンパは目立ってそうです……。

さて、石を愛するフゥ。彼女の真核に霧と石がどんな変化をもたらすのか。

ドドンパの真核にはどんな過程が刻まれるのか!!


続きが気になると思っていただけたら、嬉しいです!




僕、「ゑルマ」は同時に「『Legacy online 』君が愛したのは、死んだ僕だった」と言う作品も書いております。 よろしければそちらも読んでいただけると喜びます ブクマもしてやってもいいと思っていただけるだけでもありがたいです。

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