第1話:観測者、大地を蹴る
3/6追記:0話に連携し「ドドンパ」の反応を変えました。
正式名称、『World of Arche』。
発売一年前からゲーム内の定点カメラ映像を24時間垂れ流すという、狂気的なプロモーションで話題をさらったVRMMOがついにサービス開始を迎えた。
世間では「お祭り」らしいが、僕にとってはただの「作業開始」の合図に過ぎない。
キャラメイク画面。
目の前に表示された自分のアバターを、僕は一瞥もしなかった。
身長、体重、髪型。全てデフォルトのままでいい。
パラメーターを弄る数秒すら惜しい。必要なのは「識別記号(名前)」だけだ。
キーボードを叩く。
『 I o r i 』
決定キーを叩く直前、武者震いから来たのか、指が滑った。
『 Iorik 』
画面に表示されたのは、『イオリk』という間の抜けた文字列。
「……チッ。まあいい、識別できれば問題ない」
修正ボタンを押す時間すら無駄だ、僕はそのまま確定を選択する。
次に職業選択。戦士、魔法使い、盗賊……煌びやかな職業アイコンが並ぶ中、僕はスクロールバーを一番下まで一気に下げる。
そこに、埃をかぶったように地味なアイコンがあった。
【職業:観測士】
公式フォーラムでは「戦闘スキル皆無のゴミ職」「地雷」と罵られている不遇職。
だが、365日の監視を終えた僕にとって、これ以外の選択肢はない。
「ログイン」
視界が白に染まり、次の瞬間、電子の風が頬を撫でた。
始まりの町「エウレカ」。
石造りの街並み、賑わうNPC、そしてログイン直後のプレイヤーたちの歓声。
「うおー! すげえリアル!」
「空きれいすぎ!」
「とりあえずギルド行こうぜ!」
そんな喧騒を無視して、僕は空を見上げた。
「……風速3メートル、北東。太陽の位置は想定より2度低い。影の伸び方からして、サーバー時間は15時ってところか」
感動はない。あるのは、一年間画面越しに見てきたデータとの「答え合わせ」だけだ。
「おい、生きてるか? 『k』さんよ」
背後から呆れたような声がかかる。振り返ると、少しキザな軽装鎧をまとった男――ドドンパ(慎二)がニヤニヤと立っていた。
「……名前をいじるな。ミスだ」
「一生背負っていけよ、その『k』。で? 感動の再会もそこそこに、どこ行くんだよ。チュートリアルは?」
「いらない。行くぞ、ドドンパ。バザーだ」
僕は挨拶もそこそこに歩き出す。
「はあ? 狩りじゃなくて買い物? お前初期金2万Gだろ? 武器とか防具とか……」
数分後、プレイヤーたちが運営する「旅人バザー」の前で、ドドンパは絶句していた。
「……なぁ。お前、正気か?」
僕のインベントリは、埋め尽くされていた。
『壊れた双眼鏡(30G)』×50個。
『ただの石ころ(1G)』×30個。
『ボロボロのフード(3G)』×10着。
「なんだよそのゴミの山! 壊れた双眼鏡なんて何に使うんだよ! 視界悪くなるだけだろ!」
「普通に使えばな。……行くぞ、説明している時間が惜しい」
「ああもう! 全くわからん!」
頭を抱えるドドンパを放置して、僕は初期装備の短剣を確認する。
「準備完了だ。行くぞ、草原へ」
◇ 第1エリア「エウレカ草原」
膝丈ほどの草が揺れる広大なフィールド。
スライムやラビリットといった初期モンスターを、多くのプレイヤーが楽しそうに狩っている。
「お、イオリk! 2時の方向! レアだ!」
ドドンパが鋭く指差す。
そこには、可愛らしい猫型のエネミーがいた。
『希少風猫』レアエネミーだ。周囲のプレイヤーも気づき始め、色めき立っている。
「おい行こうぜ! 上級素材確定だぞ!」
「無視だ。邪魔」
「はあ!? レアだぞ!? 序盤の装備更新に必須だろ!」
僕は足を止めずに、レアエネミーの横を素通りする。
「あいつが落とすのは『核』だ。僕が欲しいのは『真核』。中途半端なレア程度で足を止めるな、ログが濁る」
「……お前の基準、ほんとイカれてるな」
僕の狙いは一つ。このエリアに生息する植物型エネミー「スモールトレント」。
こいつを100体狩り尽くした先に現れる、確定ポップのユニークエネミーだ。
ザシュッ。
僕の短剣が、ポップしたスモールトレントの枝を切り落とす。
「3秒、右へステップ。……呼吸、停止」
ザシュッ。
「次、2体目。リズム維持」
ただ倒すのではない。攻撃の間隔、移動の歩幅、心拍数に至るまで。一年間の監視で叩き込んだ「スモールトレントの再ポップ周期」と完全に同調するように、機械的なリズムで狩り続ける。
「うわぁ……キモッ」
背後でドドンパがドン引きしているが、それすらもBGMだ。
50体。80体。
そして、100体目を処理した直後。ズズズ……と地面が盛り上がり、一際大きな赤い影が現れた。
ユニークエネミー『レッドスモールトレント』。
「来たぞユニーク! 100体討伐の確定演出!」
ドドンパが構えるが、僕は表情一つ変えずに処理する。数合の剣戟の後、赤い巨木は倒れ――何も落とさずに粒子となって消えた。
「……ま、そうだよなぁ。ドロップ率1%だもんな。一発ツモなんてあるわけないか」
ドドンパが肩をすくめる。だが、僕は足を止めない。
「次。101体目」
「はあ!? まだやるのかよ!?」
「出るまで回す。確率の収束を待つだけだ」
「俺もこの木の動き覚えそうだわ」
再び始まる単調な殺戮劇。僕の動きは完全にログと同期している。相手の攻撃が来る場所に、僕はもういない。
150体。180体。
そして、200体目を処理した瞬間。再び地面が揺れ、2体目の『レッドスモールトレント』が姿を現した。
「2周目……! お前の集中力どうなってんだよ……」
呆れるドドンパを他所に、僕は淡々と急所を貫く。
ドサッ。
レッドスモールトレントが崩れ落ち、光の粒子となって消える。その瞬間。その場に、赤い宝石のような輝きを放つ物体がコロンと転がった。
『レッドスモールトレントの真核』
「は……? おい嘘だろ、出た!!?」
ドドンパが目を剥いて叫ぶ。
「2回目で1%引いたのか!? 運良すぎだろオイ!!」
「……確率は偏るものだ。さあ、お前のもあるぞ。仕様上、パーティメンバー全員が取得できる」
そう、この幸運なドロップは僕たち二人のインベントリに入る権利がある。
慎二が歓喜と共に手を伸ばそうとするのを、僕は鋭い視線で制した。
「待て慎二、手で拾うな。お前の分もだ。今拾って『取得判定』にすれば、その真核は平凡なDランクの『ただの剣』で確定する」
「えっ、あ、ハイ」
「……昨夜言っただろう。僕が『上書き(デザイン)』すると」
僕は右足を振りかぶった。
狙うは、真核のど真ん中。
コンッ。
乾いた音が草原に響く。真核がサッカーボールのように綺麗な放物線を描いて飛んでいった。
【観測士スキル:移動観測…座標変動を真核に記録中】
視界の隅でシステムメッセージが淡々と流れる。
「……はあああああああああ!?」
ドドンパの絶叫。
周囲にいたプレイヤーたちが、ギョッとして振り返る。
「え? 今あの人、『真核』蹴らなかった?」
「捨てた?」
「バカなのかな?」
「おい馬鹿! マジで昨日言ってた『蹴って運ぶ』ってやつ、本当にやる気かよ!? しかもよりによって1%のレアドロで! 周りの目……いてぇ〜〜!」
僕は構わず、転がる真核を追いかけて走る。
追いついては、蹴る。
コンッ。
追いついては、また蹴る。
コロコロコロ……。
「うるさい、ついてこいドドンパ! 目的地は昨日話した座標X-Y、北の断崖だ!」
「断崖!? なんでわざわざ!」
走りながら、僕は息も切らさずに答える。
「真核は『取得時より直近1時間のログ』を吸う! 今の単調な戦闘ログだけじゃ弱い。ここに『移動の軌跡』、『絶景の環境音』、『高低差の負荷』をミックスする!」
「それで本当に性能が変わるってのかよ!? 蹴りながら運ぶだけで!?」
「変わるんじゃない! 僕が『デザイン』するんだ!」
狂気的な光景だったと思う。
初期装備の男が、国宝級のアイテムを泥まみれにしながら蹴り続け、草原を疾走する姿は。
これこそが、僕が見つけたシステムの穴。『蹴球』。
やがて、草原が途切れ、視界が開けた。
断崖絶壁。眼下には雲海が広がり、遠くには世界樹の巨大な枝先が、沈みゆく夕日を背にシルエットを描いている。
「……ここだ」
崖のギリギリで、僕は真核を足裏でトラップし、止める。
「ハァ……ハァ……お前、マジで……頭おかしいだろ……」
追いついたドドンパが膝に手をつく。
「ここまで運んで、どうするんだよ」
「仕上げだ。ここからが『調理』の本番だよ」
僕はインベントリを開き、エウレカのバザーで買い占めた「ゴミ」を取り出す。
『ただの石ころ』
そして、道中で拾っておいた『枯れ落ち葉』。
「……は? 石? 落ち葉?」
僕は真核の周囲に、石ころを幾何学的な配置で並べ、その隙間を埋めるように落ち葉を撒く。
「僕が今やったのは、環境を誤認させるための記述だ。石ころで密度を偽装し、枯れ葉のこすれる音で『風の属性値』を水増しする」
「おま、それ……黒魔術か何かかよ……」
「そして、最後はこれだ」
僕は『壊れた双眼鏡』を取り出し、目元に当てるのではなく、真核にかざすように掲げた。
夕日の赤い光が、ひび割れたレンズを通り、複雑に屈折して真核へと降り注ぐ。
「壊れたレンズの乱反射……レンズを通してこの断崖である事(環境データ)をさらに強め、システムに『異常気象』の光量データとしてねじ込む」
【観測士スキル:詳細観測実行】
【警告:エリア環境ログに異常なノイズを検知】
【真核の構成コードが再定義されます】
視界に赤い警告が点滅する。だが、僕はそれを冷徹に見つめ、口角を上げた。
完全な静寂。
あるのは、計算された配置の石、意図的に鳴らされる葉の音、そして歪められた光だけ。
完璧だ。
戦闘の興奮から、移動による冷却。
そして、ゴミ(ジャンク)を用いた環境データの改ざん(ハッキング)。
一時間のログは今、僕が意図した通りの歪な、しかし美しい波形を描いているはずだ。
「整った。……これが僕の『正解』だ」
震える指で、それに触れる。
瞬間、真核が爆発的な光を放ち、僕の手の中で変形を開始した。
「さあ、答え合わせ(コンパイル)の時間だ」
第1話いかがだったでしょうか?
いきなりの名前入力ミス。
しかし彼はそんなこと気にしません。
※後々、この『k』が問題になります。
次回はイオリの見つけ出した『正解』の答え合わせになります。
どんな武器ができるんでしょうね?
めっちゃ強い剣?めっちゃすごい杖?
いいえ、違います。笑
それと、【移動観測…座標変動を真核に記録中】などはイオリが見ている景色でございます。
以後は、表示されませんが常に真核をデザインする時はこう見えていると思っていただければ幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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