第2話:観測者、嵐を綴る
◇ 始まりの町「エウレカ」。
多くのプレイヤーが初期装備のままフィールドへ飛び出していく中、僕は路地裏にある「核生成施設」の前に立っていた。
「おいイオリk、本当にいいのか?
掲示板じゃ『真核はバザーで売ればとんでもない高値がつく』って祭りになってるぞ」
ドドンパが心配そうに声をかけてくる。
「売らない。金なら後でいくらでも稼げる。
今は『手段(武器)』が先だ」
僕はインベントリを確認する。
先ほどの『スモールトレント』200体討伐で手に入った
大量の素材。
それをバザーに出品して相場を待つ時間すら惜しみ、全てNPCショップに叩き売った。
手元にあるのは、その売却益である20,000G。
ちょうど、真核の加工費用分だ。
「システム、コンバージョン開始。
……ログの記述通りに成形しろよ」
僕は迷わず、施設内の台座に『レッドスモールトレントの真核』をセットした。
ただし、単体ではない。
泥と埃にまみれ、夕日の熱を帯び、
無数の「ゴミ」のデータが断崖で付着した、僕だけの真核だ。
ブゥン……!
施設内のマナ炉が低く唸り、爆発的な光が溢れ出す。
通常なら一瞬で終わる処理が、数秒、十数秒と続き
施設全体が軋むような音を立てた。
『生成完了』
光が収束し、台座の上に「それ」は鎮座していた。
「……は?」
ドドンパが目を点にして口を開ける。
「おい、イオリk。なんだそれ」
そこに在ったのは、剣でもなければ、ましてや靴でもない。
全長150センチメートル。
深紅の赤木を軸に、無数の傷(ドリブルの痕跡)が
刻み込まれ、先端には割れたガラス(双眼鏡のレンズ)のような結晶が埋め込まれた
巨大な『ペン』だった。
僕は愛おしそうにその柄を握る。
「……美しい。完璧な『記述具』だ」
【観測士専用・唯一派生武装:断崖写本杖を検知】
【警告:このアイテムは通常の『製作』ではなく、環境ログの『異常記述』によって生成されました】
視界に流れる「唯一」の文字。
そう、これは運営が用意したデータではなく、
僕が強引に書き込ませた「バグ」に近い一品だ。
「ペン!? お前、あれだけ蹴り飛ばしてペンかよ!?」
「不服か? これこそが『観測士』の至高だ」
僕はウィンドウを開き、ステータスをドドンパに共有する。
【名称:断崖写本杖】
・種別: 長杖
・攻撃力(STR):+ 15
・魔力(INT): +25
・パッシブスキル: 『環境誤認』
⭐︎『記述』で風に関する環境を書き込みを具現化させる。
・隠し効果: 『蹴球』
⭐︎『物理変換』
22分間の『蹴り』動作による圧力を圧縮。
装備時のみ以下の効果の付与
・『蹴り』に関する攻撃のSTRを上昇(レベル毎上昇)
・『蹴り』動作中は記録に外的要因が記録されない。
「STR+15に……INT……プラス25……?」
ドドンパの声が震える。
「おい、初期装備の杖でINT+3だぞ?
桁が違うじゃねーか! 効果もなんか色々……バグかよ」
「バグじゃない。仕様だ。……行くぞ、ドドンパ。
試筆の時間だ」
⸻
◇ 第1エリア エウレカ草原 最奥。
木々のトンネルを抜けた先に、巨大な石造りの門と、
転送用の石碑が聳え立っていた。
エリアボス『マッスルラビリット』への入り口だ。
ドドンパが自身のステータス画面を操作し、確認する。
「レベルは……8か。200体も狩っただけはあるな」
「ボスの推奨レベルは10。ステータス上は少し足りないが、装備差で埋まる」
「つーか、そのペンならお釣りが来るレベルだろ」
僕が石碑に触れると、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
『パーティ申請を確認。転送を開始します』
視界が歪み次の瞬間、僕たちは円形闘技場に立っていた。
ドーム状の天井、石畳の床。
周囲には観客席のような意匠があるが、無人だ。
「……ん?」
僕は足元の石畳を靴底で擦る。
「どうした?」
「……いや、床の摩擦係数が想定より低い。配信で見ていた部屋とは別のインスタンス(サーバー区画)か」
「マジかよ。……ってことは、予習データとズレがあるってことか?」
「微細な誤差だ。問題ない」
その時。
ジャァァァァァン!!
空気を震わせる銅鑼の音が響き渡った。
「来るぞ! 上だ!」
ドドンパの鋭い指示。
見上げれば、遥か頭上から巨大な影が落下してくる。
ドォォォォン!!
強烈な着地音と共に砂煙が舞う。
現れたのは、身長3メートルを超える筋肉の塊のようなウサギ。
エリアボス『マッスルラビリット』。
「シャァァッ!」
咆哮と共に、ウサギがいきなり地面を蹴った。
速い。
あの巨体で、トップスピードに乗るまでが異常に短い。
「右フックだ! 予備動作なし!」
ドドンパが叫ぶ。
僕はその指示に従い、即座に左へステップを踏む。
だが。
「ッ……!」
回避したはずの拳が、僕の鼻先を掠めた。
「イオリk! 床だ! 滑るぞ!」
「……把握した!」
やはり、この部屋は「滑りやすい」。
定点カメラの映像にはなかったノイズ。
普通のプレイヤーなら「なんか動きにくい」で済ます
違和感だが、1フレーム単位で回避を計算する僕にとっては
致命的なズレになり得る。
「ドドンパ、指揮を頼む。僕は『記述』に集中する」
「おうよ! 任せろ、お前の死角は俺が埋める!」
ドドンパが前に出る。
彼は盾職ではないが、その位置取りとヘイト管理(敵対心の分散)は絶妙だった。
「次、左足溜めた! 大技来るぞ、6秒後にインパクト!」
「6秒……十分だ」
僕は巨大なペンを両手で構え、何もない空間に向かって振るった。
サラサラサラ……
戦場に似つかわしくない、乾いた筆記音が響く。
ペンの先端が空気を裂くたび、
赤い光の軌跡が「文字」となって空間に刻まれていく。
「記述。『強風』、および『断崖の幻影』」
この闘技場の座標データを、ペンに記憶させた
『断崖の座標』で一時的に上書きする!
【パッシブ発動:環境誤認】
瞬間。
閉ざされた闘技場に、ありえないはずの「轟音」が鳴り響いた。
ゴオオオオオオ!
夕暮れの断崖で録音された突風の記憶が、
システムを騙し、この場に暴風を再現する。
「なっ……マジで嵐になりやがった!?」
突如吹き荒れた向かい風に、
突進しようとしていたマッスルラビリットがたたらを踏む。
「今だ! バランス崩した!」
ドドンパの号令。
僕はペンを地面に突き刺し、それを軸にして体ごと回転する。
狙うは、ウサギの腹部。
「『蹴球』……!」
【隠し効果:物理変換】発動。
ドガッ!
真核を蹴り続けた1時間の「衝撃のログ」が、
ペンを通じて僕の脚に乗り、魔力と共に爆発した。
魔法職とは思えない重い蹴りが、無防備な腹に突き刺さる。
『Hidden Effect: Magic Amp +15%』
システムログが流れると同時に、
僕はペンを引き抜き、切っ先をウサギの鼻先に突きつけた。
「終わりだ。消えろ、不確定要素」
『筆記術・風断ち』
至近距離から放たれたのは、魔法というより
「暴風の刃」
風属性の魔力に加え、断崖の環境補正、
そして蹴りによる威力上昇が乗った一撃は、
物理演算の許容を超えてウサギの巨体を吹き飛ばした。
ズザザザザ……!
反対側の壁まで叩きつけられたボスは、
そのまま光の粒子となって霧散した。
『Victory』
ファンファーレが鳴り響く。
後に残されたのは、静まり返った闘技場と、
ドロップアイテムの輝きだけ。
「……ははっ」
ドドンパが乾いた笑いを漏らしながら近づいてくる。
「呆れた。戦闘中に環境ごと書き換えるとか……
お前、本当に『観測士』かよ」
「観測した結果を反映させただけだ。……それに、
お前の指示がなければ最初のラッシュで被弾していた」
僕は地面に落ちたドロップ品を拾い上げる。
真核は落ちなかったが、
レア素材の『剛兎の毛皮』と、5万Gの大金。
そして
『称号【剛兎を狩る者】を獲得しました』
『STR+3が付与されます』
『第2エリアへの通行権限が付与されました』
「よし、鍵は手に入れた」
僕は巨大ペンを背中に背負い直す。
「行くぞドドンパ。軍資金もできた。次は『市場』だ」
「へいへい。次は経済操作かよ。……
まあ、お前の描く『正解』ってやつ、もう少し付き合ってやるよ」
ニヤリと笑う相棒と共に、僕は転送ゲートへ向かう。
最初の「答え合わせ」は完了した。
だが、この世界にはまだ、
僕が修正すべき「ノイズ」が山ほど溢れている。
第2話、いかがだったでしょうか?
「VRMMOなら、部屋によって床の摩擦係数も違うのでは?」などと考えながら、イオリの変態的な(!)
観測眼を描いてみました。今回彼が創り出した『断崖写本杖』
この「ログでデザインされた異常な真核武器」は、
今後出会う様々な仲間たちにも施され、気づけばとんでもなく
カオスなパーティが形成されていきます(笑)。
そして次回は、この作品のもう一つのテーマでもある
『経済の破壊』です。
素材やアイテムを出品し、誰かが買うのを待つ……そんな普通の冒険者バザーの常識を、イオリは1年間の「監視ログ」から得た需要予測で完全に支配します。
物理法則だけでなく、市場の経済すらもバグらせていくデータ至上主義の主人公『イオリ』の暗躍を、次回もぜひ観測してください!!
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