第15話:観測者、猫の足跡と老練な嗅覚を観測す
再び現実に戻った僕は、スマートフォンの電話帳から『種末 慎二』を選び、ビデオ通話の発信ボタンを押した。
数回のコールの後、画面に映し出されたのは、行儀悪く焼き魚を頬張る親友の顔だった。
「むしゃむしゃ......お、CAクランのリーダーの観測士殿どうされた? この魚うっまっ」
慎二は夕食の真っ最中だった。
「......食事中にすまない。お前に頼みたいことがある」
僕は前置きもそこそこに、要件を切り出す。
先ほど生放送で見た情報、時間帯によって出現するNPCの会話の変化、そして以前見かけた猫探しの老婆と、そこに接触していた老人プレイヤーの件。
僕が淡々と説明を終えると、慎二は盛大に吹き出した。
「ぶっ! ......ゲホッ、お前......」
慎二は画面越しに腹を抱えて笑い出した。
「因果応報だな、そりゃ。あんなにフラグがとかデータがとかって言ってたお前が、重要フラグを折られるとはなぁ!」
「......うるさい。確認しておく必要があった、それだけだ。仕方ないだろう」
「人の心はないのかよ。ったく仕方ねぇな......。借金減らせよ? 5万だぞ!!!」
「...... チッ。抜け目のない奴だ」
僕は舌打ちをするが、内心では納得していた。
自分から条件を提示してくるならそれでいい。目的のために動かせる駒として機能するなら、安いものだ。
「飯を食べたらログインしてくれ。以上だ」
一言告げ、僕は通話を切ると、すぐさまヘッドギアを被り直した。
こちらの世界での用事は済んだ。
「ログイン」
◇ 始まりの街エウレカ 噴水広場近辺
視界が晴れると、夜のエウレカの喧騒が戻ってきた。
生放送直後ということもあり、プレイヤーたちの議論が熱を帯びている。
「公式見たけど、NPCの会話の変化って言ったってわかんねぇよな。片っ端から話しかけるか?」
「エウレカに何人NPCがいると思ってんだよ。2000人くらいはいるだろ」
「掲示板で声かけて協力体制でも煽るべ」
すれ違うプレイヤーたちの会話を耳にし、僕は思考を巡らせる。
掲示板での連携ネットワークが上手く機能し始めたら......僕の手の内がバレるのも時間の問題だな。
それに、『アイテム鑑定屋』の開放。これが一番の懸念材料だ。
『真核』のログを確認する奴が現れれば、システムの仕様に気づく奴も現れ始めるだろう。
「......そうしたら、あの真核を処理するか」
思い浮かぶのは核生成をまだしていない『ミストスライムの真核』。
だが、焦る必要はない。
たとえ『仕組み』に気づかれたとしても、観測士のスキルやアイテムを駆使して、ドロップ直前の1時間を秒単位で管理しなければ、僕と同じ物は作れない。
それに、クラン対抗イベントが来たとしても、あのトンデモ火力もいる。僕らの唯一武器なら遅れを取ることはないだろう。
「そろそろ防具も記録するか......」
狙いを検討し、それぞれに入手させ、その後の行動指定書を作成する必要があるな。
僕が今後のチャートを構築していると、聞き慣れた声が思考を遮った。
「悪りぃ悪りぃ待たせたな。......で? どれよ。婆さんNPCって」
ドドンパがやってきた。
僕は無言で、広場の隅にある民家を指差す。「アレだ」
「はいはい。で? 俺はどうすればいいですか、冷徹観測士kさんよ」
「まずはあの婆さんNPCから、『いつ消えたのか』、『犯人の目星はついているか』。そして『他に誰か聞きに来たプレイヤーはいたか』、いるなら『どんな人物か』を聞いてこい」
「注文多いな! ......へいへい、わーってますよ」
「5万G減らしておけよー!」
ドドンパはニカっと笑い、軽快な足取りで老婆の方へ向かっていく。
「報酬は完遂してからだ。頼むぞ、行けっ」
ドドンパの背中を見送り、僕は広場のベンチへと腰を下ろした。
さて、待っている間に次の計画を練るか。
「......第4エリアではフゥを......ブツブツ......」
◇
「婆さん!! 話聞いたぜ! あの可愛い婆さんの猫ちゃんいなくなったんだろ?!」
ドドンパは持ち前の人懐っこさで、一瞬にして老婆の懐に入り込んでいた。
「探すの手伝うぜ。町で見かける度に可愛いなぁと思ってたんだ!」
「おやまぁ......ありがたいねぇ」
老婆は驚いた顔をしたが、すぐに縋るような目で話し始めた。
「ウチのアンジュちゃんはねぇ、放し飼いする時間があるんだけど、いつもちゃんと帰ってくるさ。でも今日は帰ってこないんだよ......」
老婆の声が震える。
「お友達から聞いた話だと、珍しい猫だから誰かに連れ去られたんじゃないかってねぇ......」
「まじかよ......許せないな、それが本当なら!」
ドドンパが拳を握りしめる。演技ではない、彼の素の正義感だ。
「アンジュちゃんが行く範囲はわかるのか?」
大体の範囲を聞き出し、メモを取ると、すぐにイオリへメッセージを飛ばす。
『よし、ここまでは順調だな』
ドドンパは一息つくと、確信に迫る質問を投げかけた。
「そうかぁ、結構お散歩範囲広いんだなぁ。......ところで婆さん、この話を知ってる人、誰か他にいるのか? いるならどんな奴だったか教えてくれ! 連携とっていち早く見つけてあげたいんだ!!」
老婆は記憶を辿るように空を見上げた。
「あー......『ジィサン』ってお友達に話ししたら、探してくれるって言ってくれたねぇ」
「ジィサン?」
「あの人とはいつもお話しするのさ。周りのお友達も彼とよく話してるよ。ご近所付き合いってヤツさ」
老婆は安心したような顔で続ける。
「人当たりがいい人でねぇ。ゲートボールスティックを持って、いつもお孫さんといるからすぐ分かるはずだよ」
「......ゲートボールスティック?」
最近のゲームはプレイヤーの情報も記録して友達認識もするのか。すげー世の中だな......。
ってか、『ジィサン』?
あれ、なんか聞いたことあるな。......あ、イオリが言ってたライバルか?
でも、婆さんの口ぶりからすると、悪い人じゃなさそうだ。
俺の中で『いい人認定』のハンコが押される。
「わかった婆さん! ぜってぇアンジュちゃん探してきてやるから!! 茶でも飲んで待っててくれよな!!」
我ながらご高齢対策はバッチリだったな。
ドドンパは満足げに頷くと、イオリの待つベンチへと戻った。
ベンチには、虚空を見つめてブツブツと独り言を呟いている相棒の姿があった。
「あいつまたデータ広げて......。変人臭すごすぎて、近寄れないオブジェ判定されてんのか? 人いないじゃねーか周り」
俺は我が友であり、クランリーダーのキモさを再確認しつつ、声をかけた。
◇
「......シロロにはマッスルラビリットのエリアボス周回させて真核狙わせるか。しかしアレは彼女にとって可愛い判定でなければどう付き合わせる?」
僕は脳内でシロロの制御プランを検討していた。
「借金オールクリア案件か? ......いや、余った素材を今後も鞄の弾として売りつければ無現金脈だ。一旦オールクリアさせてもいいな」
「おう、戻ったぞ」
思考を遮られ顔を上げると、やけにドヤ顔のドドンパが立っていた。
そして、送られてきたメッセージにあるマップのマーカー範囲と、ドドンパの口から出る名前に戦慄する。
『ジィサン』
あのプレイヤーが、ジィサンだったのか......。
そして『ご近所付き合い』だと?
まさか......前回出し抜かれたのはソレなのか?
今回の放送時より、NPCの変化が一週間前からあるという情報。
つまり、今週の月曜の時点で、NPCの誰かが火山についての話に変わっていたということか?
通り過ぎてNPCの配置を見たり、盗み聞き程度の通過では聞き得ないデータ......。
「......なるほどな」
僕がデジタルを情報源とするのに対して、『ジィサン』はアナログ。しかも『ご近所付き合い(シルバートーク)』という訳か。
「ふっ......面白い。だが、次に勝つのはこの僕だ」
僕が不敵に笑うと、ドドンパが引いた顔をした。
「何言ってんだお前、怖い顔して。それに変人臭すごいからなお前、気をつけろ友達出来ないぞ」
「うるさい、余計なお世話だ『灯台男』」
「今被ってないけどな?!? んで? 納得いったか? 依頼は完遂か?」
「ああ。5万G減らしてやる」
「っしゃああっ! どんどんお手伝いしまっせ!」
ドドンパがゴマを擦るように手を合わせる。
「まずはマーク範囲で猫の目撃情報を探る。......しかし、犯人はわかっている。黒装束の二人組のNPCと、その背後の組織『黒豹団』だ」
「NPCのセリフパターンを送るから、変化があったら知らせろ」
「......いくら?」
「友達価格だろ。1000G」
「やっす! ......まぁいいやそれくらい。世話になってるしな」
一言だけ言い残し、ドドンパは走り去っていった。
「さて......僕も行くか」
黒豹団のアジトの目星もつけないとな。
一週間はある。正式なクエスト依頼がまだ出てこないが、事前クエストがどこかで出るだろう。
イオリは静かに行動を開始した。
◇ 第1エリア「エウレカ草原」
黒装束の二人組が言っていた『黒豹団しか入れない』という言葉。そして生放送で見た『跳躍』。
あれらを統合して考えるに、高所が奴らのアジトになっている可能性が高い。
始まりの町に、高所で入れない場所はない。正式に鑑定屋オープンで追加される可能性もあるが......。
僕には、目星がついていた。
365日、仕事や行事以外で張り付いた公式のLIVE映像。
定点カメラを自由に切り替えることで得てきた、僕の答え合わせの元。
夜の草原を歩く。
やがて、目的の場所へと辿り着いた。
懐かしい。
つい最近のことのはずだが、ここが僕の集大成の一歩目だった。
あの時、僕が初めて真核を蹴り辿りついたあの断崖だ。
月夜が照らされ、風が音を立てて僕の頬を掠る。
ここのすぐ近く、岩上には謎の階段があった。
ただのスキルでは登れないほど高い位置にある、あの岩の上に。
「......少しだけ考えていたが、改めて見上げるとフゥのスキルでも無理だなこれは」
その時だった。
【解析ログ:風向き変動検知 / 座標:X-102, Y-88】
【成分異常:大気中粒子密度上昇 / カビ係数0.05%増加】
僕の観測眼が、周囲の空気の質的変化を捉えた。
草原を吹き抜ける爽やかな風の数値に、明らかに異質なノイズが混ざったのだ。
「......誰か来る」
僕は即座に物陰に身を隠し、【観測士スキル: 詳細観測】を発動する。
【解析ログ】
・黒豹団 団長 モヒート
・黒豹団 団員 A
職業や役割がログに出た時点で、NPCは確定だ。
彼らは歩行ルートに一切のブレもなく、決まった道をロール通りガサツに歩いてくる。
そして......ビンゴだな。
彼らが崖下で何かのアイテムを使用した瞬間、その身体がふわりと浮き上がり、ありえない高度へと跳躍した。
(......やはり、そうか)
僕の脳裏に、インベントリで眠る大量の在庫——『曇り羽根』が再度浮かぶ。
以前、あれを解析観測した際、詳細不明の『隠し属性』が存在することだけは判明していた。中身まではマスクデータで見えなかったが......。
(あの跳躍......もしあれが『曇り羽根』を触媒にした効果だとしたら?)
隠されていた属性の正体は、『跳躍』もしくは『飛行』。
生放送での映像、そして目の前の現象。
すべての状況証拠が、僕の推察と合致する。
(......勝ったな)
確信を得た僕は、息を潜めて彼らの会話を拾う。
「モヒート様、たくさんお宝が集まりましたぜぇ。売り払っちまえば、宴会またやれますねぇ!」
「はっ、そうだなぁ。数日後、売人との手筈はつけた。それまでちゃんと見てろよぉ」
それだけ言うと、二人は崖上の階段へと降りていった。
会話を聞き、更に確信した。
ドドンパと合流するため、僕は来た道を戻ろうと踵を返す。
とした時だった。
「......このあたりかのぉ。怪しい奴らの根城というのはぁ」
!?
心臓が跳ねる。
月明かりの下、杖をついて歩く小柄な影。
あの老人プレイヤー、『ジィサン』だ。
どうする? 話しかけるか?
いや、まずい。彼も僕の名前をマークしているはずだ。
ここで接触するのはリスクが高い。
くっ......。
僕が身を潜めようか悩んでいた、その時だった。
「おや......? 君は」
老人が足を止め、僕の方を向いた。
その顔には、穏やかだが底知れない笑みが浮かんでいた。
「ほっほっほ。君もすごいんだねぇ」
悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいくらいに、向こうから話しかけられた。
「......何がでしょうか?」
僕は警戒心を隠さずに問い返す。
「ん? だってここにいるって事は、金の匂いを嗅ぎつけたのだろう?」
老人はゲートボールのスティックのような杖を、コツンと地面についた。
「ワシはジィサンじゃ。よろしく頼むよ」
彼は僕を見据え、ニタァと笑った。
「孫の為に探していてねぇ、金脈を」
孫......?
あの時一緒にいた、小さな戦士アバターは孫だったのか。
僕は夜風の中で、アナログな嗅覚を持つ最強のライバルと対峙していた。
遂にジィサンと対面してしまいました!!
この後の会話は決裂か、協力か……。




