第12話:観測者、揺らぐ陽炎を裂き、その深淵に正解を描く
◇現実 都内高級住宅街 小川定良邸宅
「……ふむ」
ワシの名は、小川定良。67歳。
サラリーマンとして15年、投資家として30年。
荒波のような市場を生き抜き、この家を守り、家族を想って生きてきた。
そんなワシは今日も、厳格な顔つきで庭の盆栽を見定めながら、心の中で呟く。
(あのばぁさんえぬぴーしー、良い情報をくれたなぁ……)
先日、ゲーム内で出会った老婆のNPC。
ワシが得意とする「ご近所さんとの雑談」で、世間話に花を咲かせた時のことだ。
『あの霧の森の奥……偏屈な職人が住んでいてのぉ。「透明な樹液」を固めて像を彫ると、不思議と力が湧いてくるそうじゃ』
『ほっほ、そりゃいいことを聞いた』
「結果として好敵手に出し抜かれてしまったが……。」
(あのじいさんえぬぴーしーも、アレがあれば火山歩きが楽になると言うものだから買ってみたものの……まさかあんなに値上がるとは。いい事が聞けたねぇ)
長年、現実のビジネスと地域の老人会で磨いてきた「人の口から情報を引き出す技術」。
それがこの仮想世界でも通用することに、ワシは自ら感心していた。
「爺ちゃん! 見て見て!」
リビングから元気な声が飛んでくる。
「オレのコレつよいよ! 勇者ソード!! ていっ! やぁっ! とーっ!」
おもちゃの剣を振り回すのは、愛する孫の満だ。
「ほっほっほ、満は強いのぉ! かっこいいぞぉ!」
ワシの厳格な顔など、もう何処にもない。
ただただ孫にデレる、一般的な祖父の顔がそこにあった。
孫が可愛い。なんでも買ってあげたい。
VRMMOなどという若者の遊びを始めたのも、すべてはこの子と遊ぶためだ。
「爺ちゃん、ゲームの世界いこ! ママ今からふじんかい? だって」
「おぉおぉ、そうか。じゃあ行こうか(ニタニタニタ)」
「わかった!! とやー!! カッコイイアタック!! ていやー!」
「孫(8歳)可愛い……」
「婆さんに、満と遊んでくると伝えてくるから。先にろぐいんしても構わないよ」
ワシは妻に声をかけると、寝室へ向かう。
ベッドに並んで横たわる。隣では、すでにヘッドギアを付けた小さな手が、何かを掴むように動いている。
ワシはその手をそっと握り締めながら、自分もギアを装着した。
「ろぐいん」
◇ 始まりの町 エウレカ
目を開くと、ファンタジーの世界が広がっている。
「ミツルマン!」
「爺ちゃん遅いぞ!! 早く装備見に行こう!!」
目の前にいるのは、勇者の姿をした小さな戦士アバター。ワシの可愛い孫だ。
「ミツルマンや? ここでは『ジィサン』と呼んでくれたら、爺ちゃん泣いて喜ぶなぁ」
「! わかった!! ほら! いくよ! 爺ちゃん!」
「……ワシは爺ちゃんだ、なんでもいいか」
孫の元気な笑顔にほだされながら、ワシは引っ張られるように宿屋を出る。
◇噴水広場
ワシと孫がバザーへ向かっていると、人混みの中から聞き覚えのある名前が聞こえてきた。
「……そーゆーとこだぞ、イオリk。いいか? 女の子ってのはな……」
ワシの足がピタリと止まる。
(……イオリk)
ワシは覚えていた。
先日、孫の為の装備資金を作るため、バザーで『透明な樹液』を買い込み、時を見て売り出そうとした時のことを。
ワシが出品した瞬間、ほぼ同価格で、ワシを上回る量の在庫をぶつけてきた人物がいた。
そう、その出品者名が、先ほど聞こえてきた「イオリ」だったはずだ。
(ホッホッホ、そうか彼が……)
ワシは遠目に、ペンを背負った青年と、その仲間たちを見る。
(ワシと同格の、金の匂いを見分ける好敵手……)
ワシは認めていた。彼のことを。
今回の新しい第3エリアとやらの「水需要」の情報は、ワシのご近所付き合い(シルバートーク)で制した。
だが、彼もまた別の手段で同じ「正解」に辿り着いていたのだ。
ジィサンの投資家としての本能が告げている。
今後も彼は、ワシの前に立ちはだかるだろうと。
ワシは、手に持つ武器を強く握りしめた。
一見するとただの杖。打撃部分が平たく長い、独特の形状。
(手に持つ杖……じゃなかった、ゲート・ボール・スティック……じゃないな)
「門球打撃棍」
そのグリップを握る手が、武者震いで強張る。
「爺……ジィサン行くよ!!! 早く!!」
孫がワシの呼び方を変えようと必死になっておる。カワイイ!!!
「あぁ、待ってくれミツルマン」
ワシは歩き出す。
その時、無意識に地面の小石を、杖の平たい部分で「コンッ」と小突いた。
綺麗な回転がかかり、小石が石畳のライン上を滑っていく。
「……ふむ。芝の状態も悪くない」
ワシは彼ら(イオリたち)を背にしながら、ミツルマンの後を追う。
孫に課金する為のワシの足取りは軽かった。
◇イオリと愉快な混沌PT
「……良し、次の指針だ」
イオリは、遠ざかっていく老人と子供の背中を、僅かに視線で追った。
(……今の杖の音。随分と芯を食った、いいインパクト音だったな)
先ほど感じた「親子か?」という違和感。それが何なのかは分からないが、妙に記憶に残る後ろ姿だった。
だが、今は目の前のクラン活動だ。彼は思考を切り替え、仲間たちに向き直った。
「全員分の唯一武器は揃った。アクセも一先ずOKだ。……火山で少し最低レベルを上げる。ボスへ行くぞ」
「……は?」
ドドンパが驚いた声で言う。
「レベル上げ? 初めてだなお前の口からそんな言葉が出るなんて。……んっと、今は18か。溶解炉のおかげで結構レベル上がったな」
「いくつまで上げるつもりなのかしら……? 早くボスを掘削したいわ」
フゥがドリルを撫でながら不満げにする。
「フゥちゃん、ボスまで石だと思ってるのー?」
シロロが新しいポシェットを撫でながら言う。
「私は可愛いボスなら負けてもいいー! あ、でも可愛いで負けたことになる? ヤダ!!」
「……第4エリア『グレアマイン』は、定点カメラが少なかった分、データがあまり取れていない」
僕は慎重に言葉を選ぶ。
「念には念を。解禁前に手前のエリアでレベル上げだ。目標レベルは22」
「22? また半端だな」
「22になれば、INT値のボーナス補正が『中級魔法』の習得ラインに届く。お前もAGIの『空歩』が解禁されるはずだ」
僕は転送の石碑を目指して歩き出す。
「へいへい。……効率厨だね、やっぱ」
ドドンパは呆れつつも、頼もしい足取りでついてきた。
◇第3エリア ラーヴァシャロー 火山内部
「アチィー! クーラーフード被ってても暑いなこれは!」
ドドンパが汗を拭いながら叫ぶ。
周囲は煮えたぎるマグマと、噴き出す蒸気。
現れたのは、空中を浮遊する高温の魚『スチームフィッシュ』と、硬い甲羅を持つ『マグマクラブ』の群れだ。
「ボス戦、手こずりそうだ……! 数が多い!」
「慌てるな。……そっち! 7秒後火炎放射くるぞ! ドドンパ、射線を引け!」
「おうよ! お前ら、俺の風に乗れぇぇ!!」
ドドンパがタクトを振るう。
【風導戦術】
可視化された風の道が、マグマの海に一筋の安全地帯を描く。
「フゥ、カニの足元だ! 掘削しろ!」
「……ええ。マグマの下の岩盤……脆いわね」
フゥが地面に手を突き刺す。
【地鳴りログ(クエイク・メモリー)】
ズガガガッ!
地面が隆起し、マグマクラブが裏返って無防備な腹を晒す。
「シロロ! 今だ!」
「はーい! 可愛くしちゃうよー!」
シロロが前に出る。
彼女は足元の『ただの石』を拾うと、リボンのついた『宝石変換鞄』にポンと放り込んだ。
「可愛くなーれっ! ……えいっ!」
シュポンッ♪
間の抜けた可愛い音と共に鞄から飛び出したのは、黒曜石のように鋭利にカットされた、星型の弾丸。
シロロが撒き散らしたラメを纏い、キラキラと輝きながら敵へ殺到する。
【隠し効果:宝飾武装化】
――星型の弾丸!
ドスッ! ギュルルルル……!
「いけー!! お星様アタックー! 刺され刺されー!どーん!」
「ギギギギッ!?」
星型の弾丸は、可愛らしい見た目に反して高速回転し、硬いカニの腹甲をドリルのように抉りながら貫通した。傷口が星型にくり抜かれ、そこからポリゴンが噴出する。
「……うわぁ、えげつねぇ」
ドドンパが若干引いている。「見た目はファンシーなのに、殺傷能力がおかしいだろ……傷口が星型って……」
「……スチームフィッシュの群れ、右舷より接近!」
「僕がやる。……記述。『断崖の風』!」
僕は杖を振るい、突風を呼び起こして魚たちを壁に叩きつける。
「……連携が回ってきたな」
「ああ。シロロの火力が加わって、殲滅速度が段違いだ」
それから2時間。
僕たちは言葉少なに、しかし阿吽の呼吸で、湧き続けるエネミーを狩り続けた。
「レベルアップ……22。到達した」
「キツイけど……悪くないペースだ!」
「……石、たくさん集まったわ……」
「宝石いっぱーい!」
汗と蒸気にまみれながら、僕たちの「カオス」な連携は、熱と共に研ぎ澄まされていった。




