第11話:観測者、混沌の工房(カオス・アトリエ)を開く
時刻は17:00。
夕焼けが差し込むカフェのテラスで、シロロが勢いよく立ち上がった。
「ごめんみんな!私今日予定あって! 見たい配信があるの!」
彼女は慌ただしく帰り支度を始める。
その手には、今日完成したばかりの凶悪な兵器――可愛らしいリボンと宝石で彩られた『宝石変換鞄』が握られている。
「落ちるね!ありがとこれ! めっちゃお気に入り!」
「お、おう。またなシロロちゃん」
光の粒子となって消えていく彼女を見送り、僕はコーヒーを飲み干した。
「……カバンの性能実験と行きたい所だったが……仕方ないな」
「探究心が止まらないんだろうな、あの子」
ドドンパが苦笑する。
すると、フゥがボソリと呟いた。
「……彼女、最近人気のVtuberにハマってるみたいよ。
いつも休憩中にスマホで見てるもの」
その言葉に、ドドンパが反応する。
「え、二人ともリアル職場一緒なの?」
フゥがハッとして口をつぐむ。
気まずい沈黙が流れる前に、僕はピシャリと言い放った。
「リアルの詮索はやめろ、『灯台』」
「うわっ、久々にその二つ名で呼ばれた気がする」
ドドンパは肩をすくめた。
「だけどそうだな、ごめんな。野暮だったわ」
フゥは小さく頷き、静かに言葉を継いだ。
「……アルケには、プレイしながら公式ツールで外部へ映像を流せる配信システムがあるの。ステータスに能力の追加や恩恵はないけれど、表情や動きのトラッキングがそのままアバターとして使えるから、今、Vtuberたちの間で凄く人気みたいよ」
「……なるほど。トラッキング機材が不要で、高品質なファンタジー世界を背景に使えるのか。このゲームはVtuberにとっては『最高の地』だな」
僕はシステムの仕様として納得する。
すると、ドドンパが何かを思い出したように手を打った。
「あ、そういえば! 現実の広告ボードでも見たぞ。
たしか『スライムの姫:魔王』って設定の子が公式案件で起用されてたよな?
えーっと、なんて名前だっけ……」
「興味ないな。……さて」
僕は他人の推し活などという非効率な話題を切り捨て、本題に戻る。
「さっき話した通り、これからバザーでアクセサリーの『核』を買い叩きに行く。お前達、軍資金はいくらある」
「3,000G」
ドドンパが即答した。
「0G」
フゥが続いた。
「…………」
僕は無言で二人を見る。
「ドドンパ、お前には商材(水とフード)を教えたはずだが」
「いや、だってお前から聞いた『ジィサン』とかいう奴の
『壁(大量出品)』のせいで、俺のが売れねーんだよ!
あと、女子二人に奢りすぎた!」
ドドンパが一瞬顔を赤くするが、すぐに開き直る。
「……フゥ、お前に至っては?!」
「……バザーで珍しい鉱石を買って、掘削機で砕いて遊んでたら……いつの間にか」
「…………」
頭が痛くなってきた。
どいつもこいつも、計画性がなさすぎる。
「……貸す。必ず返せ」
僕は二人に借用書(システム上の契約)を送りつける。
「行くぞ。バザーだ」
◇冒険者バザー
僕は検索パネルを操作する。
狙うは、各エリアに低確率で出現するレアエネミー
『希少猫』シリーズの核だ。
——
【検索:核】
検索結果が表示される。
・『希少闇猫の核』 140,000 G
・『希少風猫の核』 100,000 G
・『希少霧猫の核』 120,000 G
——
「たけ〜……。初日にエウレカ草原にいた風猫、倒しときゃよかったなぁ」
「この程度の値段に落ち着いたか」
僕は相場を確認し、頷く。
「正直、核で作る装備など金さえあれば誰でも出来る。いずれは『真核』で特注品を作るんだ。……繋ぎだと思って、僕が選んだ『最適解』を買え」
僕は迷わず購入ボタンを連打する。
「ドドンパは『風猫』。お前の機動力を底上げだな。
フゥは『闇猫』。地下や暗所での視野確保を狙う。
そしてシロロには『霧猫』……ヘイト減少効果があるはずだ。
あいつの火力過多をカバーするには必須だ」
「……へえ。ちゃんと考えてくれてんのな」
「当然だ。僕の投資対象だからな」
僕はそれぞれの購入資金を送り、借金メモをきっちりと更新した。
「よし。次は……クランを作るぞ」
「え、今? シロロちゃんいないけど、名前決めちゃうの?」
「フゥは『硬度同盟』とか『堆積層』とかブツブツ言ってるけど……」
「クラン本部ができれば、施設の利用料が無料になる。特に『核生成』がタダになるのはでかい。先に投資するのは悪くない判断だ」
僕は冒険者ランクの更新をするため、ギルドへと向かった。
先日の測定通り、既にランクは設立条件の『C』に達している。
ギルドを出て、端末のクラン設立メニューを開く。
——
【クラン設立申請】
【条件:ランクC以上 …… OK】
【設立費用:500,000 G】
——
「詳細を記入してください……か」
クラン名。
僕は一瞬考え、入力した。
【Chaos Atelier】(カオス・アトリエ)
【承認されました】
【Chaos Atelier:バッジ×15個を送付します】
「……よし。フレンド欄からクランをタッチして、
申請してくれ」
「いや、カオス・アトリエって……!」
ドドンパが腹を抱えて笑い出した。
「そのまんまじゃねーか! 俺たちがカオスだって自覚あったのかよ!」
「笑うな。『アトリエ(工房)』だぞ。僕たちはただの戦闘集団じゃない。それぞれが独自の『正解』を生み出す職人になるんだ。……僕たちにピッタリだろ」
「……ふふ。職人、か。悪くないわね」
フゥが満足げに頷き、即座に入隊申請を送ってきた。
「くくっ……クランCAのカオス筆頭、頼むな……プッ」
涙目で笑うドドンパの申請も承認する。
3人の結成がシステムに刻まれる。
これで、僕たちは正式なチームとなった。
「行くぞ。本部へ転送だ」
3人は端末を開き、同時にクラン転送ボタンを押した。
光に包まれ、転送された先。
そこは、広々としたプライベートエリア――になるはずだった。
一般的に想像できるクランホーム――じゃなかった。
「……なんだ、これ」
目の前にあったのは、普通の家ではない。
巨大な「インクの容器」のような形状をした、黒とガラスの2階建て住居。
そして庭には、「ペン立て」のような巨大な筒に突き刺さった、クランの旗がはためいている。
「いや……プッ! だっさ……プププッッッ!!」
ドドンパが吹き出し、地面を叩いて笑い転げる。
「インク瓶て! お前の家、インク瓶て!!」
「ふむ……。クランリーダーの身に付けてる武器のログや特性に寄るのか?」
僕は巨大なペン(断崖写本杖)を背負ったまま、冷静に分析する。
「真核のようなものか。リーダーの『属性』が本部の外観を決定する仕様らしいな」
「……私がリーダーをすればよかったわ。ヘルメット型の屋根に、ピッケルの旗……素敵だったのに」
フゥが残念そうに呟く。
「いや、お前ら順応早すぎだって……プッ」
ドドンパが涙を拭う。
「これ、シロロちゃんが見たら『可愛くなーい!』って言って発狂して、装飾りまくるのが目に見えてるな……」
こうして、奇妙な4人組の拠点。
クラン「Chaos Atelier」と、そのカオスなホームが爆誕した。
翌日の日曜日。
ログインしたシロロもクランへの加入を受け入れた。
だが、転送するや否や「何この地味で可愛くない家ーー!!」と大激怒しながら、外観をデコり倒したのは言うまでもない。
◇ エウレカ 噴水広場
「もう! 昨日は配信見逃がしかけたし、今日は家が可愛くないし!」
『可愛くできたっ!!』
と言っていたのにシロロの機嫌は治らない。
さらに僕が「借金して買っておいてやったぞ」と『霧猫の核』を渡すと、
「勝手に借金背負わされたー!」
と火に油を注ぐ結果となった。
結局、高級ケーキ(11,000G)を食べさせ、ようやく彼女は落ち着いた。
「11,000G……食べ過ぎだ……。たかだかデータの飲食に、
1つしかつかないバフの為に……」
僕がげんなりして呟く。
「そーゆーとこだぞ、イオリ『k』。
女の子ってのはな、いやお姉さんってのは……ブツブツ」
ドドンパが何か説教臭いことを言っているが、無視して歩き出す。
クラン拠点の無料コンバージョン施設で作成したアクセサリーを、それぞれが装備する。
——
・イオリ:『風猫の腕輪』(風属性攻撃+2%)
・ドドンパ:『風猫のアンクレット』(移動速度+0.5%)
・フゥ:『闇猫のピアス』(暗闇時の視野+2%)
・シロロ:『霧猫の指輪』(環境が霧の時、ヘイト率-1%)
——
「……おいイオリ。10万G以上払ってコレかよ。しょぼすぎないか?」
ドドンパが不満げにアンクレットを小突く。
「文句を言うな。所詮は『核』だ。プレイヤーのログ(行動)を吸わない以上、微々たる固定値の補正しかつかない。……まぁ、ないよりはマシだ」
僕は自分の腕輪を確認し、呟く。
「さて、次の指針を決めるか」
その時だった。
人混みの中を、特徴的な二人組が横切っていくのが見えた。
一人は、僧侶のようなローブを纏った老練なプレイヤー。
手には杖代わりなのか、打撃部分が平たく、柄の長いハンマーのようなものを持っている。
(……なんだあれは?
戦鎚にしては細すぎるし、魔法使いの杖とも構造が違う。
……まるで、現実のゲートボールのスティックか?)
そしてその横には、いかにも戦士といった風貌の、小さなプレイヤーがちょこちょことついて歩いていた。
「……?」
僕はふと、その背中を目で追った。
「……親子か? 大変だな」
VRMMOの世界でも、家族サービスというのは存在するらしい。
僕は他人事のようにそう思い、自身のカオスな「手駒」たちに向き直った。
まだ僕は気づいていない。
その老人が、市場で僕を出し抜いた『ジィサン』その人であることを。




