第20話 カロリーナからの提案
「なんか、凄く急な話になったわね。あなた、こんな展開は予想してた?」
一人で待つ応接室だったが、いつものようにナビーは傍にいたので独り言のように話しかける。
「まあ、魔道具を作ってもらおうとした時点でギルマスが介入してくることは予測できたが、まさかあんなストレートに交渉してくるとは思わなかったぞ。まあ、うまく利用して双方ウィンな関係を築くしかいだろうな」
私はクッキーばかり食べながらアドバイス? をするナビーに苦笑いを見せながら次の交渉をどうするか考案する。率直にお金が無いのでギルドの依頼をこなすことは吝かではないが、完全に縛られるのは勘弁してほしいとの本音もある。
「まあ、あまりにも私に不利なことを言い出したら別の町に出て行けばいいか……」
会社でもブラックならば転職を考えるのは当然のことなので、全てを従うつもりはないと心に決めてギルマスが来るのを待つのだった。
◇◇◇
――かちゃり
十分ほど待っただろうか、入口からフィーとカロリーナが書類を持って部屋に入ってくる。表情や雰囲気を見るに不機嫌そうには見えず、私は内心ほっとする。
「お待たせしましたね。この旅は輸送の依頼を受けて頂きありがとうございました」
そう言って私の前に座るカロリーナは数枚の書類を私の前に置いた。
「これは、依頼の完了報告書になります。報酬額についてもリアさんの商業ギルド講座に入れてありますので、必要な時に引き出してお使い頂けたらと思います」
私が渡された書類を確認すると取り決めていた満額の報酬額を振り込んだことを証明するものだった。
「それで、セイレンのギルドマスターロイズからの手紙に書いてあった件についてですが、リアさんの今後を考えるならば直ぐにでも向かうべきでしょう。ただ、私からリアさんに提案があるのですが、聞いて頂けますか?」
元々話し方は丁寧だったが、今日はそれにも増して断りづらい圧を感じる。いったいロイズさんは何を書いて渡したのだろうか?
「どんなことですか?」
とにかく話を聞いてみないことには判断がつかないと思い、私は内容の説明を求めた。
「先に確認しておきますが、リアさんはこのモルの町でお店を開業したい。その気持ちは変わらないのですよね?」
「そうですね。まだ、住んで間もないですが、この町は気にいっていますので出来ればそうしたいと思っています」
「分かりました。では、私からの提案を申し上げますね」
カロリーナはそう言って別の書類を私に見せる。何枚かの中に不動産に関するものや契約内容に関するものなどが見受けられた。
「これは?」
「リアさんがお店を開業するための書類になります」
「え? でも、私はまだお店を買えるだけのお金を貯めていませんよ?」
「それは承知しております。ですので、買うのではなく借りるではどうでしょうか?」
「賃貸ですか?」
「はい。物件に関してもギルド所有の建物で最良のものがあるのですが、入居者がおらずに今は倉庫がわりに使われているのです。リアさんならば、中にある荷物の整理など簡単なことでしょうし、倉庫がわりに使っている建物を賃貸として提供すれば家賃収入にもなり、ギルドとしてもありがたいことになるのです」
賃貸とはいえ、こんなに早く自分のお店を持てる可能性が目の前にぶら下がっているのだ。これを断るのは全くの愚策だろう。だけど、好条件の裏には必ず何かがあると勘ぐるのが詐欺に遭わないための心構えだと私は彼女に確認をする。
「いくつか聞いても良いですか?」
「どうぞ」
「まず、この建物は何処にあってどのくらいの規模なのですか? そして、お店としての機能――レイアウト等は大丈夫なのですか?」
先ず、私は基本的なジャブを彼女にむけて打つ。
「建物はギルドが所有する建物でこの建物の隣に建っています。元々はギルドに併設する食堂だったのですが、ギルドを改装した際に食堂を内部に移設したので使わなくなってしまったのです」
「なるほど。つまり、食堂としての機能があるのですね。ならば、店舗として配置を考えればお店として使えそうですね」
「そのあたりは大丈夫だと思いますよ。もし、必要ならば引き渡す際に内部の改装も手配しましょう」
いたれりつくせりとはこういうことかと私は思いながら家賃の金額が書いてある紙に目を落とすが、そこには予想外に安い金額が書かれており私は見間違いかと何度も見返す。
「安すぎませんか? 一軒家ですよね?」
そう言いながら私は契約書の内容を隅々まで確認する。詐欺の常とう手段にやばい内容が小さく書かれていることなんか良くあることだからだ。
「もちろん、家賃が安いわけはありますよ」
私が疑いの目を向けていることに気が付いたカロリーナは微笑みながらその理由を話してくれる。
「ひとつには、先ほども言いましたが倉庫として使っていたものだからです。お金を産まない倉庫を有効活用できるからというわけです。次にリアさんがギルドの隣に居ることがあります」
「どういうことですか?」
「リアさんが常にギルドの隣に居るということは、急にギルドがお願いするかもしれない依頼を頼みやすいということです。例えば今回のように隣町へ多くの物資を運びたいときなどに依頼を出すことが出来ます。これはギルドにとって凄いメリットになるでしょう」
ギルドからのカード化依頼をすることがあるので引き受けて欲しいということだけだよね? そのくらいは問題ないかな。と考えた私は頷いてからもう一つ気になっていたことを問いかける。
「そういえば、セイレンのロイズギルドマスターからの手紙はどういった内容でしたか?」
「ああ、リアさんが発注した魔道具を完成させたかったら利権の一部を認めるようにとあったわ。さすがに拠点をセイレンにするようにしてくれとは書いてなかったけれど……」
「やっぱりそんな話だったのですね。向こうでも色々と聞かれましたから」
私がそう言って苦笑いをするとカロリーナは真剣な眼差しで語りかけてくる。
「今回は魔道具作成のことがあるから譲歩しなくちゃいけないけれど、あなたの後ろ盾にはモル商業ギルドがなるのだから浮気はしちゃ嫌ですよ」
私を取り込む気満々なのは気になるけど、正直言って異世界で女一人が商売をするのは結構危険な気もする。無理な要求は断ればいいし、隣にギルドがあれば変な客もそう多くはないだろう。基本的にこの人も悪いひとではなさそうだから信じても良いかもしれない。
「分かりました。ギルドマスターがそこまで言われるのなら信じてみようと思います」
「そうですか。それは良い判断をされたと思います。では、行ったり来たりで大変ですが、明日より再度セイレンへ向かう馬車を手配しておきますのでご利用ください。おそらく一週間程度は滞在する必要があるようですので前回と同じメンバーを確保しておきますね」
「え? 一週間もかかるのにフィーさんをつけてくれるのですか?」
今回は物を運ぶ必要が無いので乗合馬車か何かでの移動と思っていた私は思わずそう問い返していた。
「あの女にリアさんを丸投げして預けたら返してくれない可能性がありますからね。フィーは監視役ですよ」
二人は同期だと聞いたが、仕事の出来る者同士で張り合っているのだろう。優良人材の確保には余念がないとも言えるだろう。カロリーナの言葉に彼女の後ろで静かに立っていたフィーが小さくガッツポーズをしたのを見たのは私だけだろうな。




