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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
97/163

第一回コモジニア☆バトルトーナメント

気が付いたら1万文字こえてました。

しゅみません。

帆世とレオンがアフリカの地で、災厄“インカニヤンバ”と死闘を繰り広げていたその頃――

進化の箱庭第一層では、《第一回コモジニア☆バトルトーナメント》が開催されていた。


コモジニアは、総勢1000人に及ぶ軍務経験者たちと、一部のスキル持ち職人によって構成された精鋭集団である。猛獣跋扈する土地で、全くの0から都市を建設するという任務を与えられているのだ。

将来的には新規加入者を迎え、現メンバーの中から“攻略組”を選抜し、先行して進ませる計画が立てられている。


このトーナメントは、その最初の攻略組の出発を祝う意味も込められていた。

全メンバーが参加する大規模な大会であり、構成は二部制。

現在、その第一部が終了したところである。


丸一日かけて行われた第一部の閉幕。全員で集合した広場でエリック隊長の言葉が綴られる。


「皆、ご苦労だった。これより第一部通過者の発表を行う。

第一部はコモジニア内全域をフィールドとし、それぞれ支給されたペイント武器で戦ってもらった。

よってフィールド外に出てしまった者、KILLされた者は戦績関わらず脱落とした。


命あっての物種、貴様らが最も大切にすることは敵をKILLすることではなく、その命を繋ぐことだからだ!

だが逃げてばかりの無能など必要ない。最後まで生存し、さらに3KILL以上した者を第一部通過者とした。残ったのは8名。その名前を発表するッ。」




通過者の顔には喜びが浮かび、早々に脱落してしまった者が苦笑いと共に発表を待つ。

1000人が戦い、生き残ったのは8人。それだけでどんな激戦だったか分かるというものだ。


「一人目。椿(つばき) 真理(まり)6KILLだ。おめでとう!」


名前を呼ばれたのは、数少ない女性参加者の椿さんだった。

夢想無限流の門下にして、コモジニアきっての姉御肌。

誰もが彼女を「姐ーさん」と呼び、短い期間であるにも関わらず皆に慕われていた。


長い黒髪をひとまとめにしたポニーテールが、背中を流れる。

その艶やかな髪型は、彼女が密かに憧れ続けてきた人物――帆世静香に似せたものだ。


「押忍!」


拍手と口笛が場内を埋め尽くす。

それに姐ーさんが手を振って応え、隊長の横に並ぶ。


「二人目。ルーカ・ディ・サンティス 同じく6KILLだ。成長したな。」


俺の名前が呼ばれる。隊長の短くも温かい言葉に、溢れる涙を我慢できなかった。

周りに座っている人に背中をバンバン叩かれ、何とか隊長の横に並ぶ。


「三人目。ジョージ・H・モンタナ 11KILL。ここでも世話になるな。」


三人目はモンタナ親父ことジョージ・モンタナさんだ。

アメリカ陸軍工兵部隊出身であり、コモジニア建設の工事を仕切っている。俺も堀や壁を作成するのに、現場で可愛がってもらっている。

2mを超える身長に、重機かと見間違うような四肢。年配であるにも関わらず、アームレスリング大会だったら文句なしに優勝候補に名前が挙がる豪傑だ。


「ガハハハッ エリック隊長にそう言われちゃァ引退できないぜ」


特に野外工事組の拍手は凄まじく、爆発でも起きたんじゃないかと思うほどだ。

悠々とモンタナ親父がその中を歩き、俺の隣に立つ。ニカッと笑顔を向けてくれるが、その顔を見上げるだけで首を痛めそうだ。


「四人目。ここからは攻略組ばっかりだな。アイザック・モレノ 21KILL。モンタナ親父の横にならべ。」


「五人目。柳生隼厳 40KILL。夢想無限流をほとんど全滅させた張本人だ。」


「六人目。俺だな、エリック・ハウザー 41KILL。」


「七人目。こもじ 46KILL。建物を壊したランキングでは一位だ。」


淡々と発表が続き、呼ばれた面々はシード枠にして除外した方がよかったのではと思ったのは俺だけだろうか。一応、エリック隊長とアイザックさんは銃禁止。柳生師匠とこもじさんはナイフ一本という制限つきで戦っている。


ん? ではもう一人、8人目は誰なんだろう。

戦場で目立ちまくっていた人は既に発表されている。周囲を見渡しても、その1人が誰なのか全員が不思議そうに話し合っていた。


「最後の発表だ。圧倒的KILL数で文句なしのMVP、ここにいる野郎どもの大半に地面を舐めさせたのは———リリー・ベネット 351KILL。」


リリーさん!?

圧倒的というか、一人で全体の35%をKILLしている。軍隊に見立てると、軍事的全滅という扱いを受ける数字だ。彼女を探すと、ちょっと恥ずかしそうに立ち上がり壇上へあがった。


普段医療チームのリーダーを務めているリリーさん。彼女のお世話になったことの無い人はいないだろう。そんな彼女がMVPと知り、万雷の拍手とともに、どうやって351KILLもしたのかと不思議がっている人が多かった。俺も、戦闘中にリリーさんの姿を見た記憶は無かった。


「種明かしじゃねえが、リリーの隠密能力はちょっと次元が違う。戦場では気を抜かないこと、各自教訓にしてほしい。」


改めて並んだ八人。そのうち攻略組が、俺を含めて六人全員が残っている。

今日行った第一部では集団戦だったが、明日行う第二部は一対一の個人戦だ。


そのカードが決められた。


椿    VS ルカ

モンタナ VS アイザック

柳生   VS エリック

こもじ  VS リリー



------------------------------------------------------------------------------------------


——椿VSルカ——


冷たい朝の空気が、肌にしんと張りついていた。

俺は木刀を両手に構えながら、真正面の女性を見据えていた。

長い黒髪が風に揺れる中、同じく黒い瞳は微動だにしない。



挿絵(By みてみん)




「少年!ともに死力を尽くそう!」


「よろしくお願いしますッ」


お互いに選択した武器は木刀、流派は夢想無限流だ。もっとも教えを受けて間もない俺と比べて、椿さんは遥かに歴が長い。腰を僅かに落とした姿勢をとり、それだけで風のような気配をまとっている。


始めッ!


場を告げる声と同時に、互いに一歩だけ踏み込んだ。

間合いの探り合いだ。焦って動く者から狩られる。夢想無限流では、それが基本の1だと教えられている。振るより、振らせる。後の先を取り、斬る時は命を断つつもりで臨む。


椿さんは、木刀の切っ先をわずかに揺らし、俺の出方を窺っている。

呼吸を合わせ、静かに、しかし臨界点に向かうように間合いを詰めていく。


「はぁっ!」


動いたのは、椿さんだ!

声を張り上げ、その瞳に烈火のごとく炎が宿っている。一足で距離をつぶされ、木刀をまっすぐ振り下ろしてきた。


木刀であっても致死の空気を纏い、俺の脳天めがけて振り下ろされる。

合わせるため、反射的に下から刀を振り上げた──が、それこそが椿さんの狙いだった。


「しまっ──!」


刹那、椿さんの身体から力が抜けて軌道が変わる。垂直に迫っていた刀が霞のように消え、俺の左わき腹めがけて横なぎが振るわれる。

まんまと先に振らされ、体勢を崩した俺の懐に、今度こそ本命の一撃を合わせてきたのだ。


ガンッ


無理やり引き戻した木刀の腹に、椿さんの横なぎが直撃する。

衝撃が腕から背骨を伝い、思わず踏ん張りかけた膝の力を抜いて後ろに吹き飛ばされる。


砂煙が上がる中、地面を二回転。頭まで砂まみれになりながら、転がりの勢いを利用して膝をつく。

足の裏に確かな地を感じ、腰を低く保ったまま、もう一度木刀を構え直した。


「っぶね…」


崩れた隙を見逃すほど夢想無限流は甘くない。転がって作った距離も即座に無くなり、椿さんの木刀が、音もなく迫る。

先ほどのような大ぶりの一撃ではない。打ち込み、払い、返し、裏打ち──まるで舞のように、小さな軌道が次々と組み合わされて、俺の防御を乱しにかかってくる。最初の一手目から崩されてしまった流れを中々立て直せない。筋力なら俺の方が上のはずだが、それを活かすための大振りすらさせてくれない。


女性の身で剣を握っているのだ、筋力で劣る分、その技量が低いわけがなかった。

でも…! ここで負けたくはない。攻略組として先に進み、帆世さんに少しでも追い付きたい!


「これで負けたらッ 帆世さんに合わせる顔がねぇんだよ!」


目を開き、全体を俯瞰するように見ることで剣筋に集中する。飛び交う砂が目に突き刺さるが、瞬き一つする気はない。俺に差し出せる物が一つでもあるなら、迷いなく差し出してみせる。望むは、たった一筋の逆転の可能性。

自分を奮い立たせるために放った言葉は、椿さんの耳にも入っていたようだ。唇が笑いに歪み、振るう剣戟に力がこもる。


「あたしだって!」


強まった剣戟に腕の骨が痺れるように痛む。しかし、その分反発が増したことで一振りの合間が生まれた。

──今だ。


「うおおおおおッ!」


喉の奥から絞り出すように叫び、俺は左足を踏み込んだ。

振るわけじゃない。ぶつける。木刀の軸に、体重と筋力すべてを込めて、椿さんの斬撃に叩きつけるようにぶつける!


ガンッ!!


強烈な衝撃音が響き、木刀同士が激突する。木刀がしなり、たわむほどのインパクト。

ここに賭ける。


──【瞬歩】──


打ち合った瞬間の衝撃が霧散し、俺の体がこの世界から消える。

一瞬視界が暗転し、この後の動きを心の中で強くイメージする。現れる先は、椿さんの真後ろ50㎝。

俺の攻撃は渾身の片手突きだ。


今は夢想無限流を習っているが、元々は神学校でフェンシングを習っていた。勉強以外の多くの時間をフェンシングにつぎ込み、イタリア全国大会で優勝したことだってある。右足を大きく踏み出し、半身になって右腕で突きを放つことで、椿さんに届くはずだ。

よし、イメージは完璧。0.5秒の時が流れ、視界に光が戻る。



むぎゅ。



むぎゅ?

転移が終わり、地面に足がついたと思った瞬間、俺の目は再び闇に覆われた。

同時に試合終了の合図が鳴る。何が起きた。


「少年、良く粘った!だが、あたしの勝ちだ!」


ししし、と耳元で笑い声がする。

そして俺の状況がようやくわかった。木刀ごと右腕を固められ、椿さんに頭を思いっきりハグされているのだ。


「うわわッ ちょ、姐さん!」


「なっはっは、瞬歩で狙ってくると思ってたんだ。」


なんとか拘束から逃れ、顔面に感じたなにかを記憶の引き出しに永久追放して鍵をかける。

対面する椿さんの笑顔があまりに眩しい。


「ルカ―!姐ーさんに何やってんだこらー!」「クソったれー!」


決着に沸くギャラリーの声も、今だけは無視させてもらう。

湯だった脳みそでも、何で瞬歩がバレたのか疑問に思っていた。


「なんで、瞬歩知ってるんですか?」


「あたし、ぽよたん教の日本最初の会員なんだよね。あたしも帆世さんに憧れてんだ、なんとなく分かったよ!」


「うう…同志。俺の代わりに、次の試合、頑張ってください!」


「押忍!では少年、次の試合は一緒に観ようじゃないか。」


首根っこに腕を回され、ギャラリーの海に引っ張っていかれる。視線が全身に刺さるが、それも次の試合の準備が整うにつれて収まっていった。



------------------------------------------------------------------------------------------


——アイザックVSモンタナ——


続いて出てきたのは、上半身裸の漢が二人。

砂を踏みしめるたび、大地がどこか軋んだように感じるのは、気のせいか?


黒光りするような筋肉に包まれた巨躯、鍛え抜かれた上腕、縄のような腹筋、そして精悍な顔立ち。

素手でライオンをくびり殺すほどの筋肉をこれでもかと見せつけて、アイザック・モレノが登場した。


そして、もう一人の対戦相手も姿を現す。

全身が日に焼け、小麦色の肌に走る無数の傷跡が、歳月を物語っていた。

白人、50歳。それでもなお“老い”という言葉が似合わない。むしろ、脂が乗り切った肉食獣のような迫力がそこにある。親父の愛称で好かれているジョージ・H・モンタナ。


「モンタナ教官、やはりそろそろ引退なされてはいかがでしょうか!」


「ガハハ アイザック言うじゃねえか。ロートルは敬えってんだ。」


この二人、元々同じ部隊に所属していたのだ。

アイザックに工兵としてのイロハを叩き込んだのがモンタナであり、それはデルタフォースに移籍してからも交流を深めていた。


「お前らデルタフォース辞めちまったんだってな、俺も仲間に入れてくれや。」


「エリック隊長に言ってくださいよ!」


──始めッ


開始の合図と同時に、二人は一歩も引かず、距離ゼロの肉弾戦へと突入した。

この二人は武器を何一つ持ってきていなかったのだ。鍛え上げた肉体のぶつかり合いである。


最初に動いたのは、アイザック。

腹の底から吠えるように踏み込み、渾身の右拳をモンタナの腹部へと叩き込む!


ばむッ!!


内臓まで響くような重い音。モンタナの腹の毛が逆立ち、肉が波打つ。

その威力の凶悪さを物語る光景だ。


だが──


「ぬるいわ!!」


モンタナが呻き一つ漏らすことなく、そのまま腕を振り抜く。

アイザックの鳩尾に、まったく同じ角度で拳が突き刺さる!


どむッ!!


「……ッつぅ!」


アイザックの口がわずかに歪み、黒光りする肌に、白い歯が浮かんだ。

だが、後退はしない。ぐっと踏み込んで、左のこぶしを顔面にたたきつける。

アイザックの拳がモンタナの頬を捉えた。


ゴッ!


首を捻るように動かす。だが、体はまったく揺れていない。まるで拳のほうが砕けそうだ音だ。


「ガハハッ、そんなんで倒せるかぁ!」


モンタナが、笑った。

カウンターの右ストレートがアイザックの頬にめり込む。

しかし、アイザックも怯まない。低く身をかがめ、ボディへの連打。


肉が弾ける音が続き、モンタナの腹が徐々に赤く変色していく。

それでもモンタナは笑っていた。笑いながら拳を振るっていた。


「やっと効いてきたなァ……じゃあ次はこれだッ!」


肩を軸に、全体重を乗せたラリアットがアイザックの胸板に激突する!


ドゴォン!!


空気を割くような衝撃音に、観客からどよめきが上がる。

だが、アイザックは咆哮で応えた。


「うぅお゛オ゛!」


両の拳を連打しながら、にじり寄るように距離を潰し、最後は頭突き。

モンタナの額とアイザックの額が、骨ごとぶつかるようにぶち当たる!


ガンッ!!


二人の身体が同時に揺れる。

モンタナは鼻血を垂らし、アイザックは口の端が裂けていた。もう何分も、一切躱すことなくぶつかり合っているのだ。膝が笑い、最初のような勢いもなくなってきている。

しかし、どちらも倒れない。むしろ凄みは増していた。拳を握り直す。──そして、同時に振り抜く!


バゴォン!!


最後の一撃、渾身の右ストレートが交差した。二つの拳は互いの顎を打ち抜いた。


そのまま、ゆっくりと、二人の巨躯が崩れる。

膝から落ち、背中から倒れ──そして、砂煙の中に沈んだ。


「それまでッ 両者Wノックアウト」


まさかのWノックアウト。

最初から最後まで規格外の打ち合いを演じた二人に賞賛の拍手が送られる。

太陽が昇ってきたせいか、それとも熱狂によるためか、試合の後の空気は暑く高まっていた。


「アイザックさん、モンタナさん!大丈夫ですかーッ」


──【レリック・オブ・ヒール】──


倒れている二人に走り寄り、治癒の光で照らす。

このヒールは鎮痛・止血の効果が高く、彼らほど屈強な体であればすぐに治るだろう。


「サンキュ、ルカ。アイザックのやろー、強くなったもんだぜ」


傷の手当も終わり、二人ともけろりと元気そうだ。

続いて、ついに上位4人の試合が始まる。



------------------------------------------------------------------------------------------


——柳生VSエリック——


「なあ…これどっちが勝つんだ?」

「夢のカードどころじゃねえ、これを生で見れるってだけで、ここまで来た価値がある」

「柳生先生が負けるところ、見たことがありません。」

「いやいや、エリックはアメリカの生きる伝説だぞ。」


ギャラリーの予想は、ここまでの1回戦・2回戦はおおむね当たっていた。

なかにはWノックアウトを予想していた勝負師だっているくらいだ。だが、3回戦に入りその予想は大きく揺れることとなる。


ガチリ。エリック隊長がナイフと拳銃を同時に構える。

柳生師匠はだらりと木刀をさげ自然体だ。


──始めッ!


ドキュンッ。


号令と同時に銃弾が発射される。

最小の動作で、動きながら照準を合わせるのが実戦での長い経験で身に染み込んだ動きだ。

エリック隊長ほど実践的な早撃ちができる人間はいない。


「早いが、それだけじゃのぉ」


柳生師匠がそうつぶやいた、まさにその瞬間だった。

木刀が振るわれた──のか?


誰もが目を凝らした。だが、“振る”という動作そのものが視認できなかった。

あったのは、結果だけである。

放たれた銃弾は、なぜか空中で力を失い、そのまま地面にポトリと落ちていった。

落下したのは、四つの破片。見れば、それはまるで彫刻のように、銃弾が正確に四等分されていた。


これは結果からの憶測でしかないが、どうか聞いてほしい。


確かに今回はペイント弾であり、ライフル弾と比べれば弾速は遅い。

だが、それでも秒速約200メートル。

柳生師匠はその銃弾を、“水平”と“垂直”、二度の斬撃をほとんど同時に加えることによって正確に切断したのだ。しかもそれを、先端の丸まった木刀で成し遂げたのだ。

飛翔する弾体は運動エネルギーを奪われ、その場で静止したかのように落下した──そうとしか説明がつかない。


現実とは思えぬ所業。だがそれは、まさに今、この目の前で起きた事実だった。



ギャラリーは言葉を失って、今起きた現象を理解するために必死になって考え込んでいる。

人は理解できないものに直面したとき、無意識に“考える”という防衛反応を取る。

だが、戦場においてそれは──隙だ。


戦意を逸らされた観客たち。

その空気の流れすら、柳生隼厳の思惑どおりであった。


“夢想無限の剣は意識をも断つ”


触れるもの全てを斬ることが出来た男は、さらに触れぬものまで斬る術を編み出していたのだ。


しかし、一人だけ、その思惑が通じない男がいる。


ドキュドキュン


音が重なって聞こえるほどの連射。

撃鉄と引き金が一体化したような早撃ちは、もはや勘と経験によってのみ実現されるもの。

迷いも、逡巡もない。

任務を前に、一瞬の思考の隙すら作らないエリック隊長が、すでに動き出していた。


銃 > 刀 > ナイフ。


遠・中・近、それぞれの間合いでの最適解。

それは人類が戦争の中で研ぎ澄ませてきた、武器と技術の結晶だ。

そして、いずれの武器にも“絶対的な優位”はない。

優劣を決するのは、距離と使い手である。


エリックは、その事実を誰よりも知っていた。

だからこそ彼は、刀の間合いの外から銃で柳生の動きを封じ──

そして、刀を飛び越え、懐にナイフで踏み込む。


柳生隼厳まであと1歩まで接近した時、世界の時間が止まった。

音が消え、世界から色が抜け落ち、ただ一人鮮明に強烈に存在している人物に視線が釘付けにされる。


『夢想無限流奥義:夢想斬影』


柳生の持つ刀は銀色の輝きを放ち、滑るように動いてエリックの両手首を切断。切り返す刀は首を掻き切り、エリックだったモノがばらばらと地面に落ちる。


「…伊達に死線を潜ってねぇゼ」


飛び交う弾丸の雨をくぐり、殺気渦巻く戦場で生きてきた男は、その呪縛から一歩足を踏み出すことができた。

左手の拳銃が、三度火を噴く。

連続する乾いた銃声が響き、その弾倉を空にした。


放たれた三発の弾丸は、最も避けにくい“重心”──腹部を正確に狙っている。

そこからさらに、右腕が螺旋を描くように捻れ、ナイフの突きが胸を貫かんと迫る。

完璧な連携。死角のない殺意。


「ホホッ 図太い男じゃ」


脳に生を諦めさせるほどの殺気の呪縛。そこから平然と攻撃を繰り出す男に、柳生隼厳の顔がほころぶ。


木刀が動いた。

放たれた三発の銃弾は、その腹に沿って受け流される。

刃を立てず、力も加えず、ただ軌道をそらすだけ──

まるで柳の葉が風を導くような、極限まで研ぎ澄まされた受け。


繰り出された黒色のナイフに、細い指を添える。

≪剣聖≫柳生隼厳にとって、ナイフも剣である。繰り出された刃を手中に収め、刃の方から剣聖に身を差し出したように、その柄は軍人の手から離れていた。


奪い取ったナイフを手首のスナップだけで投げ返し、エリック隊長は寸でのところで空になった拳銃を滑り込ませて投擲をしのぐ。


「お、おいおい…あの二人は何をしてるんだ…?」


ここにきて、ようやく観客たちは幻影から抜け出し、

現実の戦いに意識を戻しはじめていた。


目の前で交わされているのは、息つく間もない近接の組手。

拳、刃、蹴撃、崩し、捌き──まるで演舞のように滑らかで、一挙手一投足に殺気が込められている。


誰が攻め、誰が守っているのか。どちらが優勢なのか。


「柳生先生がこんなに長く斬り合うところ…初めて見ました」


誰かがそう言った。

一刀ですべてを斬り伏せる剣聖が、今なお斬り合っているという事実。

ましてや剣の間合いを突破され、その懐に侵入されているという事実。

試合の終わりが近づいていた。


試合には998人全員が、あらゆる角度から視線を集中させている。


銃を投げ捨て、両手が空になったエリック。

拳を握り、殴りかかるように見せかけ──すでにその手にはナイフが握られていた。


胸元のベストに仕込まれた小型ナイフを流れるように引き抜き、再び剣聖へと突き出す。

狙いは、柳生が木刀を握る右側。先ほどのような白刃取りは出来ぬ角度である。


──カァン!


ナイフは、やはり木刀に阻まれた。

宙に弾かれ、きらりと回転しながら空高く舞い上がる。


しかし、それこそがエリックの狙い。


「取ったッ!」


右腕を防御に使った柳生の懐に踏み込み、そのまま腕をがっちりと捕えたのだ。


その握力は常人の比ではない。

まるで腹を空かせたワニが、一度食らいついたら決して離さぬように、

柳生の右腕は、エリックの怪力によって完全に封じられていた。


このまま丸太のような足でけりぬくか、関節をねじり上げて動きを封殺するか。

この体勢から敵を無力化する方法など無数に存在し、事実、間髪入れずに実行されようとしていた。


しかし、エリックは動かない。動けない。


「参ったな…何もできん」


「悟ったな。お主は強くなるじゃろう」


あまりに静かな決着。

審判をもってしても、試合を止めてよいのかわからなかった。

何故かエリック隊長が降参し、参ったと拘束を解除して手を挙げたのだ。


試合場から戻ってくるエリック隊長に、思わず質問を投げかける。


「あの、最後は…どうして?」


「俺がどう動いても、全部返されちまう未来が見えて動けなくなっちまったんだ。そうこうしてるうちに、刀を左手に持ち替えてやがる。」


「ほ…ほんとだ」


「儂も、ここまで斬り合ったことは無いぞぃ。まっこと楽しい時代になったものじゃ。長生きはするもんじゃな。」


勝者、柳生隼厳。

観戦席に戻るため、達人は()()()一歩踏み出した。

そのことに気が付いたのは、対峙していたエリックただ一人。


「俺も、まだまだ訓練不足だな。」



------------------------------------------------------------------------------------------


——こもじVSリリー——


「リリー!がんばってー!」


俺の隣で、椿さんが黄色い声援を飛ばす。

先ほどの試合でもわかったことだが、軍人として訓練されてきたエリック隊はとにかく乱戦やチーム行動に秀でている。しかし、個人的武力に秀でている存在と真っ向から勝負する試合形式では、能力を十全に活かしきれない場合もあるのだ。


リリーさんはその究極系ともいえる。

医師資格を有し、世界中どこの機関にも潜入できる卓越した頭脳と技術。

戦場では空間把握能力と心理行動を踏まえた隠密行動を得意とし、ターゲットと同じ部屋にいたとしても気が付かれないまま暗殺を行うことができる。


だからこそ、個人武力の塊であるこもじと、白昼堂々の試合形式は相当に不利である。

今や観客のほぼ全員がリリーを応援し、本人は気恥ずかしそうに試合場へ上がった。


リリーは全身を覆うようなローブ姿で、その両手を隠したまま向き合う。

こもじは木刀を腰に差し、いつもののほほんとした顔で立っていた。


──始めッ!


リリーが地面を蹴って駆ける。

ローブの裾が翻り、闇に溶けた拳が顔面を狙って突き出された。

左のジャブ。速いが、俺でもギリギリ目で追える程度のスピードだ。


(´・ω・`) パシッ。


こもじは剣を引き抜くこともなく、平然とその拳を手のひらで受け止めた。

まるでキャッチボールでもしているかのように、軽い音が響く。


しかし、あえて遅くはなったジャブはブラフ。

自ら片腕を差し出すことで、精神的油断と速度の認識をずらしたのだ。


リリーの右手が、風を裂くようにはためいた。

その指には、光を殺すために反射防止の塗装が施されたナイフが握られている。

目にも留まらぬ速度で、こもじの腹部に突き刺さらんと迫る。


(´・ω・`) ほっ。


まだ余裕を感じさせる表情。

こもじは一瞬、ナイフに視線を落とすと、左手をひらりと振ってそれを払おうとした。

その瞬間だった。


さきほどこもじに押さえられていた左拳が、開かれた。


その掌の中に握られていたのは──爆発直前の閃光弾。


「……!」


白光の濁流が爆ぜた。

眼前で炸裂する閃光に、こもじの視界が塗り潰される。

瞬きする暇もなく、一瞬で視神経がショートし、視界が白一色に染まって戻らない。


(´×ω×`)あわわ


「…シッ!」


目を瞑るこもじに、無数の刃が殺到する。

人体のあらゆる急所に刃が振るわれるが、それをギリギリのところで回避される。こもじの腕や肩に、刃が掠ってペイントを散らしただけだった。


(´×ω・`)ちら


徐々に視力を取り戻したこもじが、ローブに向かって手を伸ばす。

勢いよく振るわれた腕がローブに吸い込まれ、そのまま貫通した。その手は空をつかみ、肝心のリリーが居ない。


遠くから見ている俺たちだから理解できた。

彼女は、攻撃に合わせてローブの中にしゃがみ込み、死角を縫って背後に回り込んだのだ。

そして、その両手には二丁のグロック22が握られ、漆黒の銃身からオレンジ色の火花を吐き出した。


しかし、こもじの動きも早い。

掴んだローブを振り向きざまにはためかせ、リリーの視線を遮って木刀に手をかける。


(´・ω・`)【神刀の型 諸手突き】


「きゃっ」


ローブに対して斬撃を放ち、そのスキルが成立することで刀身が届かないところにも攻撃が拡張する。

強烈な突きの衝撃波は銃弾を弾き飛ばし、リリーの腹部にあたって突き飛ばした。


そして、彼女が吹き飛ばされるのと同時に、ローブの内側に括りつけられていた手榴弾がペイントをぶちまける。



勝負ありッ


試合が始まって、11秒。

本日最短で試合が終了した。


「これ、どっちの勝ちだ?」


「こもじは全身にペイントをかけられているから…突きをくらったリリーが無事なら、彼女の勝ちか?」


「爆発より突きのほうが早かった。」


「うーむ、、、」


倒れたリリーが上体を起こす。

ケホケホと咳き込んではいるが、無事そうだ。


(´・ω・`)ごめんち、大丈夫?


全身ピンク色のペイントをかぶり、マスコットみたいになっているこもじ。

こもじが近寄り、その手を引いて立ち上がるのを手伝う。

立ち上がったリリーが口を開き…


「降参します。というか、元々私の攻撃が全部当たっていても、こもじさん死なないでしょうし。」


リリーの冷静な見立て。

ピンクなこもじ。

判定は、両者引き分け。


なんと本日二回目の引き分け試合であり、それはリリーの大金星でもあった。



勝ち上がりが椿真理ちゃんと、柳生隼厳先生。

決勝試合は割愛します…

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