エギル・ヴァイキング 其の1
進化の箱庭第六層 剣聖都市ポヨジニア城内
「カシラを…どうか…お願ぇしやす…!!」
石でできた床に、そう言って頭を叩きつける男が二人いた。
ヴァイキング・エギルという海賊団の船員であり、五層から片倉達によって生還を果たした者だった。
ヴァイキング・エギルの名前は、この一帯では恐怖の象徴である。
早く寝ないとエギルが来るよ。
嘘をついたらエギルが来るよ。
どんなに手が付けられない悪ガキであっても、エギルの名前が出ると涙を浮かべて大人しくなるほどだ。
実際にはエギルが貧しい村を襲うことは無く、本当の意味で震えていたのは裕福な貴族階級であったが。
「頭を上げてください。あなた方の敵は私達の敵、ともに戦いましょう。事情を教えてください。」
「すまねぇ…! 俺達がセイジスのアジトで酒を飲んでいた日の夜…」
私とミロも、そうやって救われた命だ。
ここ六層は周囲を透明な壁で囲まれ、化け物が湧き出る地となってしまっている。
二度と後悔をしないため、かの英雄に少しでも近づくため、私は何でもするつもりだ。
目の前の男たちからも、似た感情のにおいを感じ取っていたのかもしれない。
男達の話が始まる。
俺達がセイジスのアジトで酒を飲んでいた日の夜、突然山ン中から化物が現れたんだ。
バカみてぇに巨大で、俺達の仲間の足を掴んで振り回しやがる。死んじまったそいつの…そいつの頭をよぉ、クソッタレが食っちまったんだ。森からぞろぞろ同じような化物が出てきてよぉ、しかも切っても撃っても死なねえ不死の化け物なんだ。
カシラの命令で船で海に逃げて、そうすると化物は帰っていったんだ。10人以上の仲間が攫われ、カシラの子供もいなくなっちまった。カシラは怒り狂った……ただでさえ仲間を家族みてぇに思ってくれてんだ…それが10人以上、しかも実の息子まで攫われたってんじゃあたりめぇだ。
カシラは必ず仇をとる。それで俺達戦える男手で森に入ったんだ。めちゃくちゃに荒らされた森だぁ、化け物どもの足跡がくっきり残っていやがった。そんでラウガルフェルト湖を超えたところに、例の化け物が溜まっている巣を見つけたんだ。
「そっからは、情けねぇ…俺たちァ力不足で、一人一人と死んでいった。今頃カシラが一人で戦ってると思うんだ。カシラは死なねえ、だが一刻も早く行かなきゃなんねえんだ!」
「お話は分かりました。まずは船に避難している皆さんをこの街に。城の守護部隊と、エギル救助部隊に分かれましょう。」
彼らの言っている化物とは、トロールのことだ。
このウィンドウに載っている情報と一致している。極めて高い再生能力を持ち、首を落とさないと死ぬことは無い。群れを作るが、その行動は無秩序で暴力的。
私みたいな槍じゃ致命傷を与えることはできず、牽制にしかならない…剣か斧のほうが今後は重要になるのか…。
翌日、太陽が昇る前の暗闇の中、城の前に30人のトロール討伐部隊が並ぶ。
主力は私が率いる城の部隊10人、そして片倉達6人とヴァイキング達から14人。三つのグループからなる混合部隊となり、それぞれの立場によって緊張する空気が流れていた。
特にエギルの船員は気が立っていて、気性が荒い。
彼らの船にいる女子供といった戦えない人を保護していること、片倉達が間に立ってくれていることで何とか一つの部隊として纏まることができている。
はぁ…私には荷が重いよ。ついつい弱気になりそうな自分がいる。
帆世さんならどうしただろうか。あと一歩のところまで追い詰められた窮地に現れ、言葉も通じない私達を率いてラウガルフェルトの化け物を撃退した。
彼女の姿は神話に残る英雄そのもので、強烈に人を惹きつけるだけの凄みと強さを持っていた。ただ、そんな帆世さんも人間だし、一人の女の子であることも知っている。
彼女の隣で、彼女を支える人が絶対に必要だと思った。
私がそうなれるかは分からないけど、なりたい。成れるように頑張るだけはしないとな。
私の号令を待つ男が29人。戦場に行く前のピリついた空気が流れる。
「私は、ミーシャ。これよりエギル救助およびトロール殲滅に向かいます。
私達の地は壁に閉ざされ、神話から這い出た化物が蔓延るようになりました。
私も一度、この命を落とし、そして救われました。この閉ざされた街を守るため、私たちは命を捧げるつもりです。
皆さんもそうであると思っています。
「エギルが来たぞ。」これだけで子供は震えあがります。
トロールどもにその恐怖を刻み付けましょう。仲間を救いましょう。生きて帰りましょう。」
湖を渡る準備は、夜明けとともに完了した。
朝霧が立ち込める湖面は、不気味なほど静かだった。
音を立てるのは、櫂を漕ぐ手と、武器を握り締める指先がこすれる音だけ。
やがて、対岸が見えてくる。片倉達が戦っていた場所に船を止める。
エギル船員が言うには、ここがトロールの巣の入り口。船が軋む音とともに、私たちは次々と岸へ降り立った。
足元の土はぬかるみ、重たい靴底をじっとりと吸い付かせる。
槍を地面に突き刺し、私は空気を一度深く吸い込んだ。
…血の匂いだ。山から吹き下ろす風が、この先に広がる惨状を予言しているようだ。
流れる濃霧が視界を遮り、深い森が口を開けて待っている。
「散開しろ。二列縦隊、間を空けすぎるな!」
兵長が指示をとばし、森の中を進んでいく。
ちょうど太陽が昇り、闇が逃げていった。
エギル達がこの森に入ってから3日以上が経つ。私の胸中では、既に生き残りは居ないのではないかと思っていた。
「……っ!」
前列を進んでいた兵士のひとりが、短く呻いた。
私も立ち止まり、槍を構える。
視界の向こう――ぬるりと、何かが動いた。
それは、木々の間に横たわったトロールの体だった。長い体毛が泥と血で固まり、四肢を地面に投げ出したままモゾモゾとこちらに這うように近寄ってくる。
それを認識した瞬間、部隊に号令をかける。
「警戒態勢ッ 前方にトロール1、槍隊かかれッ」
まずは主力部隊がリーチの長い槍で拘束し、剣を持つ片倉隊や斧を持つヴァイキングがとどめをさす布陣だ。先頭に立ち、槍を突き刺すが、トロールの様子がおかしいことに気が付く。
「立てない…のか?」
肩や腕、掌に槍を突き刺し、地面に縫い留めていく。
絶叫を上げる咽喉を斬り裂き、ヴァイキングが渾身の力をこめて斧を振り下ろした。
二度、三度斧が首にめり込み、その頭部を胴体から切り離す。最初の一匹は、こちら側の被害が出ることなく仕留めることができた。
「トロールの体を見てください…これ、足の関節が外れています。」
兵士を読んで、彼らにも確認させる。
トロールの足や肩の関節が外され、そのため動くことができていなかったのだと理解するに至った。
「不死のごとき再生力があっても、関節を外されると無力になるのね…」
「これ、間違いなくカシラのやり方だ。やっぱりカシラ生きてるぞ!!」
私が納得する一方、ヴァイキングは喜びに沸いていた。
彼らが言うには、エギルは人体に対して極めて高い知識を有しており、相手の関節を外すような技術も得意としているらしい。
また、先を進んでいる途中、周囲を警戒していた兵から、トロールの死体が発見されたと報がはいった。
見てみると、こちらは全身を斧で斬られ、原型をとどめないほどに惨殺されていた。再生した端から切り刻んだのか、恐ろしいほどに血肉が散乱している。
「きっと、最初に手掛けたのがこれで、再生力が高いことを見抜いた。だからエギルは、関節を外して無力化する方法に切り替えたのでしょう……」
強いだけではなく、非常に賢い人物だと分かる。
その予想は正しかったようで、先に進むにつれて負傷して動けなくなったトロールが見つかった。関節を抜かれていたり、木や岩を使って身動きが取れなくなっている個体もいた。トロール自身は知能が低く、罠も有効であるようだ。
その鮮やかさ。
その正確さ。
ただの力任せではない、人間の意思と技術が垣間見える戦闘だった。
残されたトロールを一体ずつ始末し、森の奥へと向かう。
気がかりなことに、進むにつれて木々の損傷が激しく、その戦闘が長時間にわたって繰り広げられたことを示唆していた。
「全体、停止!なんか聞こえるわ。」
どこからか、うめき声のようなくぐもった音が聞こえる。
それは絶え間なく続いており、耳を澄ましたことで、戦闘が今なお続いていると分かった。
まだ距離はあるが、戦闘が続いているということは、エギルが生存しているということだ。
「カシラぁ!!!」
エギルを慕う船員が我を忘れて駆け出してしまった。
私達も後を追いかけ、どんどん森の奥へと入っていく。拘束されたトロールは見なくなり、その代わり道を案内するように肉片が残されている。
喧騒が、確かに増していた。
ただの風の音でも、霧のざわめきでもない。
斬り裂かれる肉の音。
砕ける骨の音。
獣が怒号を上げるような、耳をつんざく咆哮。
そして――
森が、不意に、ぱたりと開けた。
目の前に広がったのは、断崖絶壁。
地面は鋭く裂け、そこにぽっかりと口を開けた小さな洞窟。
その洞窟の入り口には、灰色の巨体が群がっていた。
トロールだ。数匹のトロールが洞窟の入り口に殺到しているのだ。
再生しながら這い寄り、崖の縁を踏み崩し、呻き声を上げながら洞窟へ押し寄せている。
だが、ただの一匹として、洞窟には入れていなかった。
なぜか?
「カシラァ——!!」
その光景を目の当たりにした海賊たちが吠える。
洞窟の入り口で立ちふさがっている男を見たからだ。
ヴァイキング・エギル。
彼は両手に巨斧を携え、洞窟の入り口を塞ぐように立っていた。
右手には、刃こぼれだらけのバトルアックス。
左手には、柄が割れかけた戦斧。
両腕は血に濡れ、裂傷で皮膚が剥がれている。
それでもエギルは、微塵も膝を折らず、両の斧を振りかぶる。
斧を振るう。
叩きつける。
断ち切る。
叩き潰す。
叩き落されたトロールたちは、呻き、再生し、また襲いかかろうとする。
だが、そのたびにエギルの斧が先に届く。
骨を砕き、関節を断ち、蹴り飛ばす。だが密集しているトロールを殺し切ることはできていなかった。
完全なる拮抗、この戦闘が三日三晩続いていたということだ。
化物…想像の範疇を軽く超えた化物を見ている気分だった。
「槍隊すすめーッ 3人で1体引きつけ、敵を分断せよ!」
既にヴァイキング達は走り始めている。
幸いトロールどもは目の前の男に集中しており、無防備にも背中を晒していた。
「斧で狙うなら、足首を狙えェー!!」
兵長が怒鳴りながら特攻する。
三人一体となった槍隊が波状攻撃をしかけ、注意を引けたトロールを一匹ずつを洞窟から引きはがした。うまく注意を引けなかった場合は、攻撃を無視されることを逆手に取り、ヴァイキング達が重たい斧で足首の腱を狙って断ち切る。
「オラァッ!!」
叫びながら斧を振るう男達。刃は肉にめり込み、骨を裂く。
地響きを上げ、トロールたちが次々と倒れていく。
「野郎どもォオ! 家族ン仇だ、血祭にあげろヤァ!!!」
エギルが吠えた。
濡れたように重たく垂れる黄土色の長髪が、血と泥にまみれながら肩に広がっている。
髭は厚く、無骨に伸びており、しかし彼の獰猛な表情を隠すことはできていない。
額には、剣戟で裂かれた浅い傷。
そこから伝う一筋の血が、彼の険しい顔立ちをさらに際立たせていた。
だが、目元だけは――
驚くほど若々しく、メラメラと燃える炎をたくわえていた。
深い絶望も、圧倒的な重圧も、すべて飲み込んだ先に残る意志の光。
その視線に射抜かれた者は、友であれ敵であれ、心を試されるだろう。
鎧もまとわず、ただ血に濡れた皮衣と、二振りの戦斧だけを頼りに、この地に君臨する姿は一国の王であるかのようにさえ感じる。
帆世静香が天から遣わされた救世の英雄であるならば、エギルは地獄の底からやってきた鬼である。
戦王の号令がかかる。
トロールを皆殺しに、仲間の仇をとるために。




