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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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福音には返答を

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彼我の距離は、まだ遠い。

乾いた風が足元の灰をさらい、戦場を包む静寂をなぞるように吹き抜けていく。

まるで、人と魔の決戦に“合図”が必要だとでも言わんばかりに、空気が膠着していた。


 

眼前に広がるのは、独特の陣形を保ったまま、静かに整列する悪魔の軍勢。

そしてその頭上――黒鐘の戦王アスファルトゥスが、ゆっくりと空に浮かび、全体を睥睨している。


悪魔は、我々人間とは異なり、一体一体の造形や能力に大きな差がある。そのせいか、ある程度力を持つ悪魔は単独で行動することを好み、群れる場合でも同種の眷属を従える程度である。

そんな律を嫌う悪魔にとって、数万の兵を動かすことのできるアスファルトゥスは異例中の異例。統率と軍略を駆使し、常勝無敗の戦績を誇り、第二階級という選ばれた階級に属していた。第一階級が原初の悪魔のみという点を考えれば、悪魔のすまう世界において事実上最強の悪魔の一角であったとさえいえる。


ごぉん………ごぉん…


遠く鐘の音が聞こえる。この音が聞こえるということは、ここは既にアスファルトゥスの戦域に入っているということだ。私の目の前にしかれた布陣は、たったの100体程度……もっとも私たちは2人しかいないわけだけど。


最前列には数メートルはある巨大な体躯の悪魔が配属され、後方には魔法を操る特異能力を有する悪魔がいる。大きく分けてその二群の悪魔の間をうめるように、小型で敏捷、戦闘力も高い悪魔が配置されている。指示のろくに通らない獣型や、戦闘力そのものが低くて自軍の邪魔になる不完全体は、私達を消耗させるために使いつぶしきったようだ。


100体程度の用兵であるが、それでも隙が見つからないほどに完成されている。彼らの背後には、静かに玉座に腰掛けるベルフェリアの姿があり、彼女までの道を塞いでいる。



『我らはベルフェリア様の矛であり盾である。』



アスファルトゥスの号令に応じて、最前列の悪魔たちが動き出す。巨体を軋ませながら、ゆっくりと腰を落とし、腕を引いた。何をするのかと、脳裏に疑問が生じた瞬間。

驚いた鳥の大群が一斉に飛び立つように、大粒の岩石が風を切って空を黒く塗りつぶした。


「やっば!」


慌てて岩場に身体を隠す。風が唸る。轟音が弾ける。

ごうん、と頭上を飛び越えていく岩の音。

隠れた岩肌に当たって砕けた破片が、火花を散らして飛び散る。


私達を守ってくれている岩がガリガリと削られていくのが分かった。私達が近距離攻撃を主体としているのを、看破しての作戦だろう。


「容赦ないわね。私が特攻するから、弾幕が晴れたら急いで来てちょ。」


(´・ω・`)いつも先陣切らせて悪いっスね


「先駆けは戦の華ってね」


(´・ω・`)死亡フラグを率先して立てなくても…


遠距離攻撃にも色々種類はあるが、投擲には明確な弱点がある。着弾点を予測し、山なりに投げるせいで、一度弾幕を抜けてしまえば比較的安全地帯となるのだ。ある程度水平射撃が可能なアサルトライフルやガトリングとの違いがココである。


それに、彼らにはずっと隠してきたスキルがあった。

白い外套をきつく握りしめ、体全体を覆うように前で引き絞る。ライフルの銃弾でも貫通しないのだ、小石くらいなら何とかなるだろう。


「ほんじゃま、行ってきます。」


——【ファストステップ】——

スキルを得た日から毎日、地を蹴る特訓を欠かしたことは無い。早く正確に歩を刻み、誰よりも早く駆けることを可能にする超常からの贈り物。今の私なら、新幹線だって追い抜ける。


岩陰から、私は()()に飛び出すように走り出した。

砕けた岩の破片が外套に当たり、刃のように肌をかすめる。だが、私とともに成長している外套が致命傷を防いでくれる。


三歩。

なんとか石礫の雨を抜けた。

そのまま、大きく弧を描くように軌道を変え、悪魔の軍団へ向けて突貫を開始する。


投擲攻撃によって巻き上がった灰が、薄暗かった視界をさらに曇らせていた。

しかし、それは私にとっては好都合だ。身にまとった白い外套は、宙を舞う灰と溶け合い、擬似的なカモフラージュを生み出す。


悪魔たちが、私の接近に気づいた時には、すでに距離の半分を詰めていた。


放物線を描いて落ちてくる瓦礫の弾丸が、地面に直線的に叩きつける軌道に変わる。

退いてはだめ、横に避けてもだめ、隠れてもだめ。活路はいつだって前にある。

大砲のような瓦礫のさらにその下を潜るように、限界まで加速した体で地面を蹴る。重心を下げ、目を開き、次に踏むステップに命を懸ける。



――ごぉん……。



鐘の音が響いた。

直後、軍の後方――おそらくは魔術型の悪魔から、空中に巨大な魔法陣が浮かび上がる。何体もの悪魔が血を吐いて倒れながら、命を捧げて呼び出したのは巨大なドラゴンの首。口が開かれ、鋭い牙が見えた瞬間——


視界が真紅の炎に染まった。


ドラゴンブレス。突貫を読まれていた証拠。この瞬間のために編まれた、準備の結晶。

吐き出された火炎は広く、決して躱すことのできない角度で迫ってくる。唯一救いなのは、私が弧を描いて走ったことで、火炎の方向にこもじが居ないことだった。


死ッ——


ぬわけないじゃない!

私は回避に特化したスキル構成、後出しじゃんけんで負ける道理なし。


「【瞬歩】!!」


このスキルは、空間転移に数々の制約を設けて編み出した回避技だ。

発動と同時に、私の身体はこの世界から0.5秒間、姿を消す。

そして、次に現れる場所は――“()()()()()()()()()()




そう、一歩進むことができるのだ。

スキルを操作する時、この一歩という制約について検証と悪だくみを重ねていた。

ファストステップにより限界まで加速した今、私の一歩とはどのくらいなのか。


転移と同時に、火炎が到達する。

私の残像が炎に包まれ、絶対に躱せないドラゴンブレスが地面を舐めとるように溶かしていく。

ああ、攻撃の成功に喜ぶ悪魔たちの顔が浮かぶようだ。


転移が完了。私の体は優に20m-30m進んだ地点に着地する。

同時にスキルを再起動し、残り僅かとなった距離をつめる。


——【ファストステップ】——


滅多に見ることのできない超常のブレスに酔い、勝利の確信に浮かれ、視点をもう一人の男に向けた時。

数十メートルの距離を転移した私を発見できた悪魔が何体いただろうか。


遂に到達した。


加速の勢いをそのままに、私は右手の銀爪を、最前列の巨大な悪魔の足に叩きつける。

刃が肉を裂き、骨を切断する。怒号のような悲鳴が上がるより早く、巨人の後ろに潜んでいた中型の悪魔へと肩をぶつける。


真正面からの当身。

肩から肩甲骨までの広い面積を、悪魔の胸に押し当てた。


ファストステップにより、過剰に身にまとった運動エネルギーは、そのままだと私自身の身を滅ぼす諸刃の刃となる。

だからこそ、その莫大なエネルギーを巨人と中型の悪魔へ肩代わりさせたのだった。装備を含めて約50㎏、時速300㎞という音速に迫る加速をもった体当たりだ。


ダァン——!


私と接触した悪魔が吹き飛び、数体まとめて地面でのたうちまわっている。

すぐさま地面を蹴り、大きく銀爪を振るいながら走る。目を瞑っていても刃は当たり、私の走る後にはアイザック謹製の手榴弾がばら撒かれている。


背後で轟く爆炎を感じながら、敵兵の陣形が変わっていくことに気が付いていた。既に私の侵入に対し、軍全体で対応するように動き始めているのだ。じわり、足を運ぶ空間を奪われ、狙ったような位置に巨木のようなこん棒が振り下ろされる。悪魔単体の力量は、おそらくモルビグラントよりも格下、私が祭壇で相手した元信者達よりも格上くらいだ。


ようするに、一対一なら私の方が強いけれど、巧みな連携をとられると少々しんどいな、という感覚だ。すこし時間を稼いで、こもじの到着を待とう。こもじが到着したら、雑魚を減らし、隙を見てアスファルトゥスの首をとってしまえば勝ちだ。将を失った雑兵は脅威になりえない——そう思っていた。



少々唐突だが、少し戦場に立つ「将」について説明させてほしい。将には、大きくわけて二つの系統が存在する。


一つは、もっとも後方に陣取り、全体を俯瞰して指揮を執る戦略家。

戦場の地形、部隊の配置、敵味方の動きをすべて掌握し、冷静に手を打つ者たちだ。

歴史においては、カルタゴのハンニバルがその代表格であり、その一挙手一投足が国の命運を左右したと伝えられている。コボルトVSゴブリンの戦争においても、両者ともこのタイプの将であり、当たり前だがほとんどの場合、将が死ぬのは戦の最後だ。


そしてもう一つは、武をもって軍を導く将。

圧倒的な武力と人望を備え、自らが先頭に立って敵陣へと飛び込む。

混戦の最中、最も激しい戦火のなかにあってこそ真価を発揮する、まさに武闘派の将である。



ゴォン。



私の耳元で鐘の音が鳴る。一瞬、時間が止まったような錯覚。脳みそが遅れてアラートを鳴らす。

まずった——彼は前に出てこないと、心のどこかで刷り込まれていた。


その姿を視認する隙もなく、無防備を晒したわき腹に鈍い衝撃が走る。煮えたぎった鉄柱が身体を貫いたような感触に、思考が真っ白にかき消される。間髪入れず、二度目の衝撃が背中に弾け、私の体が宙を舞って地面に転がる。

斬撃は外套に阻まれ、掴む攻撃は転移で逃れられる。それを理解しての、内臓を破壊する重たい打撃を選んだのだと思う。確実にダメージを与え、なにより足が止まる攻撃。悔しいがアスファルトゥスの方が一枚上手だった。


血が食道を逆流してこみ上げてくる。全身から痛みの信号が脳に届き、正確な傷の位置すらわからない。回避特化ビルドは、当たってしまえば紙装甲なのだと再確認…。


痛みを奥歯で噛み潰し、無理やり目を開けると、空が見えないほどの悪魔の群れが私を見下ろしていた。無数の目が全身に突き刺さり、下卑た笑いに顔を歪めている。誰だってわかる、絶体絶命の危機というやつだ。


そして、耳元にあの声が聞こえる。



『ここが貴女の終着点。

満足できましたか?


救ってあげましょうか?

貴女が敗れれば、この空間にいる全員が命を落とすでしょう。

貴女が私に挑まなければ、助かった命なのですよ。


私の力を受け入れなさい。ほら……ね?』


微笑む福音のベルフェリア。絶望を生み、救いを授ける悪魔の言葉。

赤子を抱く母のような声色で、楽な道を示してくる。仲間諸共死ぬか、力を得て蘇るか。

そんなの、決まってるじゃない。


「ふん…超いらんぽよ。」


刀は、まだ私の手の中にある。衝撃で弾き飛ばされる瞬間、柄に巻き付いた千蛇螺の蛇ちゃんが、しっかりと私の指と刀を結んでいてくれたのだ。この相棒は、私がこの場で戦い続けることを、信じてくれているらしい。



私は、約束している。


あまり人と深く関わるのは得意じゃない。

でも――ここ最近は、そんな私でも、たくさんの人と約束をしてしまった。


信じてくれる人がいる。

力を貸してくれた人がいる。

死してなお、魂となって背を押してくれた英霊さんも……まだ見てくれているかもしれない。


守りたい人がいる。

会いたい人が、いっぱいいる。


だから、ここで倒れるわけにはいかない。

私のことをちっとも理解していない悪魔に教えてあげよう。かっこよく、人類の力を宣言するように。




「私に手を出したら、怖いおじさんが来るんだから。気を付けてよね。べーっ」






 






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