漆黒の王冠
「こもじ!斬って」
(´・ω・`)あいよっ 【神刀の型 前】
ベルフェリアとの距離を一歩でつめ、その足を断ち切るべく地にしゃがんで銀爪を振るう。同時に、私の背後にぴたりついていたこもじが、私の残影をとおしてベルフェリアの首を刎ねた。
その手ごたえは——
「実体あり」
(´・ω・`)でも効果は無し
確かに触ることはできるし、斬ることもできる。しかし、斬られた足は即座に癒着し、首に至ってはふよふよと宙を舞いながら微笑んでいる。私が考えている間も、こもじが斬り返し斬撃を放っている。ベルフェリアは斬られるだけで抵抗すら見せない。
『ふふ…私に刃が届いたのはいつ以来でしょう。
確かに私は、魂だけでこの場に降りています。制約が厳しいのも事実です。
ですが――貴女の剣では、私を殺すことはできません。
人の身が朽ちるまで、私はただ“待てばいい”のです。
それだけで、私の勝ちとなる。
待っている間、少しくらい楽しんでもいいでしょうか——』
ベルフェリアは、微笑みを崩さぬまま、再生し続ける身体を見せつけていた。
斬り落とされた首が、まるで何事もなかったかのように胴体へと戻り、ひらりと長い指が空を切る。
その指先が動いた瞬間、私が斬ったばかりの死体が、再び動き始めた。
失われた四肢や頭部を、悪魔の肉体が盛り上がって補い、
あまつさえ、斬り落とされた首や腕にすら生命が宿り、地を這ってうごめく。
それだけではない。
ベルフェリアの足元に、漆黒の円環が浮かび上がった。何か特別な詠唱をしたわけでも、準備を整えた様子もない。
それはまるで、人間が呼吸をするような自然さで――
一瞥もすることなく緻密な魔法陣が、一瞬にして編まれていく。
『誰を呼ぼうかしら……
そうね、第二階級“黒鐘の戦王”——アスファルトゥス。』
ベルフェリアが名前を呼ぶと同時、足元の魔法陣から軋むような音を立てて、無数の黒い腕が這い出てくる。時空の壁を乗り越えて、また一人の高位悪魔が呼び出されようとしていた。
「…想定内ギリギリのピンチね。」
ベルフェリア自身は私達に攻撃することはできない。その読みはおそらく当たっている。
しかし、彼女が生命を与えた悪魔や、召喚した悪魔に同じ制約がついていないのだ。無制限に召喚できるとも思えないが、楽な戦闘にはならないだろう。
となると…開きっぱなしのウィンドウに短く指示を告げる。緊迫した面持ちで、デルタチームが部屋の前に待機しているのだ。
「デルタチーム、突入して!
ルーカの保護をお願いします。その後速やかに撤退し、できるだけ安全な拠点の構築を!」
『こちらエリック。了解だッ!』
私が危惧しているのは、戦闘そのものではなかった。
戦闘による危機により生じる心の隙、そこにベルフェリアが入り込むことを最も危険視していた。そうなるとすると、この場にいる人間はできるだけ少ない方がいい。ルーカなど心身ともに弱っている人間は、格好の的にされてしまう。だから、彼を撤退させたかった。
そんなルーカが悲痛な叫びをあげる。
「無茶だッ。もう…神の気配が微塵も感じられない… それだけ、あの悪魔が空間を支配しているんだ。」
「大丈夫。ルーカ。貴方を守る人が、今来てくれているわ。
それに――私は一度だって神様に祈ったことは無い。まだ想定内よ。」
視線を前に戻すと、
広間の入口から、夜間戦闘用の暗色ギアに身を包んだ4人の精鋭が突入するのが見えた。
「スモーク展開、フラッシュ、いくぞッ!」
小型手榴弾が投げ込まれ、白煙と閃光が一瞬で視界を遮断する。
その間に前衛の二名が素早く移動、悪魔たちをすり抜けるように私たちのもとに到着する。
ルーカの両側に、リリーとレオンがつき、医療用毛布で丁寧に体を包んでいく。エリック隊長とアイザックが周囲の悪魔を牽制するように銃を構えて警戒する。
「…レオン、その腕…」
つい、レオンの右腕に目を奪われた。額には大粒の汗がにじんでおり、左腕に小型のアサルトライフルを構えている。デルタフォース1の射撃の腕が、肘から先を失っていた。
「任務に言い訳はしない。静香が最善と思う指示をしてくれ。」
「分かったわ。デルタフォースは即時撤退。
ベルフェリアへ一切の望み、会話をしないように注意。私とこもじの継戦支援をお願いします。」
「Copy That…死ぬなよ。」
「私が始めた戦いよ。勝ち戦以外する気無し——。」
短いやり取りの間、私たちの敵であるベルフェリアは、ただ面白そうに微笑んでいる。
未だに狙いは私一人なのか、意図は分からないがデルタの撤退を待ってくれているみたいだった。
アイザックの大きな背中にルーカを固定し、退却の準備が整う。去り際に、ルーカに渡したいものがあった。
「ルーカ。貴方の役目はわかってる?
心を強く持って、祈りなさい。私の代わりに、神に祈りなさい。」
いざという時のため、私の心臓を守る為に忍ばせていた二本の十字架を取り出す。
ルーカの名前を見て、ある男を思い出したのだ。その名前は、エゼキエル・ディ・サンティス。
かつて私がぼっこぼこにした聖職者であり、彼から奪った特異な能力を込められたレリックを持て余していた。
「私も使い方は分からないの。ルーカ、貴方ならもしかすると使えるかもね。」
ルーカの腕は折れていて、とても十字架を握れる状態ではない。その首にレリックをかけ、短い別れを済ませた。
その最中、アイザックがいくつかの手榴弾を渡してくれる。アイザック特性の手榴弾は、そのピーキーすぎる性能に使い手を選ぶが、いざという時切り札になりえる。
「撤退ッ」
エリック隊長の号令。犇く悪魔は、私達を見てすらいない。
デルタフォースが祭壇から出ていくのを見守り、残されたのは私とこもじの二人だけ。
『…大切な者は、遠ざけるのね。
そんなに背負って重たくならないのかしら。』
ベルフェリアの声が響く。
それは微笑む母のようでもあり、神殿の鐘のように静かで澄んでいた。
『貴女の魂は広く深い。
はやく私を、受け入れてくださいね——』
彼女が片手を、そっと宙にかざした。
指先が弧を描いた瞬間、魔法陣の中心から黒煙と共に重たい鐘の音が響き出す。
ゴォン……
空間が凍るように軋んだ。冷気がたちこめ、異界の空気が流れ出てくる。
魔法陣の縁から、無数の金属片が重力に逆らって舞い上がり、まるでこの世ならざる理に沿って、空中で並びはじめた。集まっては融合し、徐々に人の造形に近しい存在が姿を現す。
第二階級 黒鐘の戦王アスファルトゥス。
漆黒の装甲に包まれた巨体。
重厚な外殻は儀式用の鎧のように無骨で、顔は一部が割れた鐘の仮面で覆われている。
その隙間から覗く二つの目は、厳しく周囲を睥睨している。
目を引いたのは、額から突き出た六本の角。
細く鋭い角が、歪にねじ曲がりながら天を指す。鋭く聳えるその角は、まるで漆黒の王冠である。
『黒鐘の戦王、アスファルトゥス。
私の名のもとに、あなたの矛を振るいなさい。』
ベルフェリアの呼びかけに応じて、黒き巨影が地に膝をつける。
その動作は静かで、優雅でさえある。
アスファルトゥスがこうべを垂れ、徐にその頭上へ両手を掛けた。
彼の被る漆黒の王冠、その根元を握る。極めて静かな動作だが、加えられた力が大気を揺らめかせる。
粒子が震え、悪魔象徴の角に罅が走る。
——ごきり。
アスファルトゥスは自らの頭頂に突き立つ六本の王冠状の角を、その根元からへし折ったのだ。
黒紫の血が溢れるのも気に留めず、ゆっくりと王冠を脱いでベルフェリアへ献上する。
『王は、ただ一人でございます。ベルフェリア様。』
砕かれた王冠を、アスファルトゥスが地面に置く。
その瞬間、地が脈打つように震えた。六本の角が深く大地に突き刺さり、より高い天を目指して大樹の如く伸び始める。
角は黒鉄の尖塔となって天へと突き刺さる。
歪な構造は次々と重なり合い、塔はやがて玉座を戴く漆黒の城へ変貌していった。
満足げに頷くベルフェリア。静かに翼を広げ、彼女は新たに築かれた黒の玉座へと、まるで神が天へ戻るかのように腰を下ろした。
(´・ω・`)うーん。格の違いを感じるこもね。
「なんかないの?悪魔を祓う剣みたいなの。」
(´・ω・`)居合流に悪魔祓いはあるっスよ。
え?あんの?
それやってよ。まさに、目の前に悪魔がいっぱいいるんだけど。
「悪魔祓いでベルフェリア斬ってよ~。それで終わったんじゃないの。」
(´・ω・`)敵を斬るというより、場を清める儀式っスから。時間もかかるし、その場から一歩でも動けば失敗するっスよ。
「なかなかうまくはいかないぽよね。」
(´・ω・`)ごめんち。
アスファルトゥスがゆっくりと私達の方を向く。
言葉を交わす暇もない、両手を広げると同時にスキルを発動させた。
アイザックに貰った手榴弾のピンを抜き、スキルを発動させた主へと投擲する。
——爆発するまで1秒。
【灰の帳】
間に合わなかったか…!
壁が消える。天井が消える。床だった大理石が、砂混じりの黒い土にすり替わっていた。
そこに崩れた石柱や、かつて人の住まっていたような朽ちた祭具が半ば埋もれ、乾いた風が地を撫でる。
周囲の空間は現世と異界が縫い合わされたように歪み、遠くで鐘の音が響いている。
空間が拡張され、地平線上に、微かにベルフェリアの座る玉座の城が見えていた。
「うわぁ…これは想定を超えてきたわね。」
(´・ω・`)みんないなくなっちゃった。
先ほどまで、私達を囲んでいた悪魔は彼方に消え、ただ二人取り残されている。だが、それは単に平穏が訪れたわけではなかった。
「おそらく、ベルフェリアの安全を考えて距離をとった。ついでに、時間稼ぎの意味もあるかもしれないわね。」
(´・ω・`)広場の門、そとに出れそうっスよ。
「ダンジョンの中にダンジョン作った感じかしら。まとりょーしか。」
(´・ω・`)魔王城まで行けって事っすね。
「んー、ベルフェリアから距離をとった以上、逆に攻めてくるんじゃないかしら。のんびりしてられなさそうね。」
「エリック隊長!状況が変わりました。
リリーさん、レオンはそのままルーカの治療を。隊長とアイザックは、こっちに来て入り口にバリケードを作ってほしいです!ここを抜かれないことが第一条件です。」
『こちらエリック。了解した。10分で到着する。』
その言葉通り、エリック隊長とアイザックが合流する。
さっき別れたばかりだが、状況が二転三転するのだから仕方がない。二人が大きな荷物を背負っているのが気になった。
「ありがとうございます。状況は先ほど説明した通り、雑魚を蹴散らし、中ボスをぶっとばして、魔王を撃てば任務完遂です。」
「ハハッ なかなか骨の折れる任務だ。この場は任せてほしい。絶対に後ろに悪魔は通さん。」
「よろしくお願いいたします。最悪、この門を爆破してでも守ってください。私とこもじは、なんとかなりますから。」
私だけなら、準備さえ整えば転移で帰れる可能性がある。それに領域の主は明白だ。
あの黒鐘の悪魔を殺せば解除されるだろう。重要なのは、後衛を襲われないこと。
「静香、色々持ってきたぞ!好きなのを選んでくれ!」
アイザックの背負っていた軍用リュックから、多種多様な武器とレーションが出てくる。
先ほど使ってしまった手榴弾を補充する。そして、ポーチに入る限りのレーションを詰め込んでいく。
小麦粉にバカみたいな量のバターとチョコレートとナッツを練りこんだ逸品。舌が馬鹿になるくらい不味いが、片手に握れるだけの量で1日活動できるくらいカロリーに富んでいる。あと、眠気を飛ばすキツイ噛みタバコももらった。
「計画は当初と大きく変わりません。拠点をリリーさん達後衛のほかに、このダンジョンの入り口にも構築。私とこもじは、敵の拠点に攻め込みます。討ち漏らしが増えてきたら、戻りますので連絡を。」
「それで大丈夫だ。」
「では、早速。征くわよ、こもじ。」
(´・ω・`)ほほい。
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灰の帳に覆われた戦場を、私たちは無言で進んだ。
視線を上げると、天高く聳える魔王城が、行き先を示していた。
私達を阻む悪魔を斬っていく。価値のない駒から順に、私たちの方へ仕向けられているのだと思う。
野良犬ほどのサイズの悪魔が、ぞろぞろと目先の丘を越えてきた。顔は人間のものに酷似していたが、首から下に昆虫のような足が生えて走ってくる。
迎え撃つように、むしろ地を駆けて距離を潰す。戦闘を走る悪魔の顎を蹴り上げ、群がってくる後続に銀爪を突き立てる。
私が突っ込み、討ち漏らしをこもじが処理していく連携をとっていた。
(´・ω・`)集めたっスよ~
「ありがと。」
【魔法錬成 エンシェント・ラーヴァ】
首だけになっても走ってきた悪魔たち。彼らを生み出してしまったのは、私に責任があるかもしれない。私が斬り落とした首に、無理やり悪魔を憑依させて、使い捨ての駒にさせられている。死者の尊厳を踏みにじる所業に不快感がこみ上げる。
斬った悪魔を一か所に集め、二度と悪魔に使われないようにスキルの炎で灰塵に還し、先に進む。
進むほどに、悪魔の力も数も増えていく。
斬って進み、本丸に突撃する前に一体でも多く悪魔を減らすことに集中する。アスファルトゥスの操兵は、私達の力量を測りつつ時間を稼いでいるようだ。
レーションを一口齧り、岩陰に身を寄せる。
こもじと背中を合わせ、ひと時の休息をとる。
(´・ω・`)汗かきこもじ。
「豚汁のにおい。」
(´・ω・`)たべないでっ
果てしない行軍で、いつしかレーションは尽きていた。朝も夜も訪れない異界の戦場、日にちの感覚はとうの昔にうしなっている。
闘い続ける中で、一つ分かったことがある。
こもじの使う〈血環ノ刃〉――
あの刀には、斬りつけた相手の生命を奪い、使い手へ還元する特性があるのは知っている。
それが悪魔相手に作用した場合、奪う生命力とは、悪魔の魂そのものであるということだ。
魂ごと切断された悪魔は、その場に崩れ落ちて灰へと還る。スキルで焼く必要すらなかった。
(´・ω・`)お腹も空かないし、便利なスキルを貰ったこも。
「こもじ肉を食べて、こもじが悪魔斬ればいいのでは。」
(´・ω・`)食欲の対象として見ないでほしいのねん。
「ふふふ…残念ながらこもじ肉に手を出す必要は無さそうよ。」
それは旅の終焉が近づいているということだ。
魔王城の根本が地平線から浮かび上がってくるにつれ、強力な悪魔が姿を現す様になっている。
そして、遂に戦場を作った悪魔のもとに辿り着くに至ったのだ。
「ようやく着いたわよ。黒鐘の戦王——アスファルトゥス。」
灰に覆われた地平の果て。そこに立っていたのは、巨大な漆黒の影。
その姿は以前と変わらない。
鉄の鐘を割って被せたような仮面、自らへし折った角の傷痕、整然と並べられた異形の悪魔の軍団。
『我は王ではない。黒鐘のアスファルトゥス、我が貴様の終着点だ。』
私は一歩、踏み出す。
その足音が、灰の大地に淡く響いた。
早く平穏な回を描きたいのですが。
イラストは完成したのに、その話に辿り着けません。




