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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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Stray 4th 作戦 其の3

残酷描写あります。

苦手な方は次の話へ!

「こちら帆世。トロール発見しました、いつでも行けます!」


「儂も準備できておるぞ。余計な連中に見つからぬようにな。」


ガラガラと崩れる、脆い岩石地帯にトロールがぽつんぽつんと座っている。座っているだけで私の背よりも高い位置に頭があり、長い手足を覆い隠すように灰色の厚ぼったい毛が特徴的だ。顔の中心には大きな鼻があり、眼球は黄色く濁っている。積極的に動く気はないのか、座ったままぼんやりと宙を眺めていた。


「じゃあ、そっちに追い立てますね。」


私が奥から追い込み、師匠が逃げてくるトロールをゴブリンコロニーに誘導する役割分担になっている。ここで大規模な戦闘を起こせば、確実にゴブリンやコボルトに発見されてしまうだろう。それでは都合が悪かった。


目立ってはいけない。これが大前提。

しかし、トロールは再生力も高く、痛みへの耐性も高そうである。生半可な攻撃では逃げ出すよりも襲い掛かってくるだろう。そのための作戦も、昨夜師匠に伝授してもらっている。




師匠の言葉を思い出していく。----------------------------------------------------------------------------------------------------


——殺気、闘気というものは実際にあると考えられておる。真剣を持って立ち会うとな、何となく肌がピリピリと刺されるような感覚を得る物なのじゃ。


——ええ、こもじは実際に物理的に闘気を飛ばせるみたいです。


——きしょくわるい男になったのぅ…。本来、それらは相手の脳や心に作用させるものじゃ。練り上げた殺気を飛ばす技も存在する。トロールどもを追い立てる時、殺気を浴びせて心を折るんじゃ。負け犬どものことじゃ、それでまた逃げ出すわい。


——師匠。殺気とか闘気、出し方が分からないんですが…。


——そういう経験がないと分からんよの。ちょっとばかしキツイが、気をしっかりと持つんじゃ。


“”いくぞ!!“”



----------------------------------------------------------------------------------------------------



回想終了。

思い出すだけで、全身の毛穴が開いて冷や汗が滲んでくる。師匠の稽古は非常に無茶苦茶なやり方だった。簡単に言えば……そういえばこういう奥義を勝手に記録しても良いのだろうか。まあ、師匠なら怒ったりはしない気がする。


まず、師匠と目を合わせて正座する。

師匠が私に対して、練り上げた殺気の濁流を放つ。それを全身で受け止め、殺気というものを脳みそに刻むように覚えさせていく。

殺気が分かれば、あとは真似して殺気を練り上げる練習をする…というものだ。


荒っぽすぎないか? 夢想無限流は、実践的な修行がメインとは言っていたが…。

こういう世界に変わって、命を奪い合うような戦闘を経験するようになっている。しかし、強烈な意思を持った人間から、その殺意を向けられた経験は無かった。魂が凍てつき、脳みそが意識を手放してしまおうとするほど、本能に直接刺さる恐怖を感じた。ぶっちゃけ、ちょっと漏らした。ちょっとね?


すぅー、はぁー。

殺気を飛ばすにも、熟練度により段階がある。極めてしまえば、自分の姿を認識されずとも殺気だけ送ることができるのだが、私は初歩の初歩だ。



「私は帆世静香、お前を戮す者だッ!」


座るトロールに向けて、銀爪を天へと掲げながら宣言する。

武器の力、言葉の力を全て借りて殺意の宣言をするのだ。全力で睨みながらトロールの顔を見上げる。


少なくとも、敵意は伝わったのだろう。トロールの目が見開かれ、慌てるように立ち上がる。背の丈3m弱はあるだろうか、象のように太い脚に力がこもっている。しかし、どうやら逃げるという選択肢は取らないようだった。


ブゥン……!!


毛むくじゃらの腕が空を裂くように振り下ろされ、地面が震える。土と小石が舞い上がり、乾いた衝撃音があたりに響く。半歩身を引いて、その攻撃を躱しながら、無意識のうちに舌打ちを鳴らした。


チッ、失敗した!


攻撃に当たるようなことは無いが、今激しい戦闘は避けたい。幸い、周囲を見渡してもコボルトやゴブリンの姿はなかった。近くにいたトロール達がこちらを見ているが、仲間に加勢するような素振りも見せていない。

ならば、作戦変更だ。武器と言葉で足りなかったのなら、実際に振るわれる狂気を追加して威圧させてもらう。医療従事者としての私の記憶が、抗議の声を上げているが無視するしかない。


()()()()()()()()()()()、事前に用意していた竹の棒を、腰の鞘から素早く引き抜いた。中は空洞で、ちょうど注射器程度の長さに加工されている。軽く、そして十分に鋭い。これを使うときが来た。


攻撃を仕掛けたばかりで、トロールの姿勢は地面に腕を突き刺す様に前のめりになっている。今こそが好機ッ!

右手に握ったままの銀爪を、大きく横に薙ぐ。薄く輝く刃は、トロールの左腕に狙いを定め、その肘関節を半ば断ち切った。体を支える腕を失ったトロールは、ガクンと姿勢を崩し上体をよろめかせた。巨躯が揺らぎ、見下ろしていた顔が、今や目の合う高さまで降りてくる。その目は怒りとも怯えともつかない色に染まり、荒い呼吸に混じった唾の飛沫がスローモーションのようにはっきりと視認できる。


私はすかさず左手を突き出す。そこに握られていた竹筒を、寸分違わずトロールの喉元へ——


「声は出してくれるなよ…その姿だけで十分絵になる。」


喉元に垂直に突き立てられた竹は、重い手ごたえととも皮膚を貫き、その下に通る気道に到達する。

竹の空洞を通って、血混じりのピンク色の泡が噴き出る。ちょうど良い位置に刺さってくれた。竹の周りの肉片が盛り上がり、傷を修復しようとするが、肉芽が竹を巻き込んで強固に固定してしまう。


トロールが口をパクパクとさせるが、もうその口から空気が移動することはない。口よりも肺に近い場所に穴が居ているのだ、空気は竹を通ってひゅーひゅー笛のような音を奏でている。こうすることで、咽喉の奥にある声帯が震えることができなくなり、声が全くでなくなってしまうのだ。


声が出ないという経験が、きっと彼にはなかったのだろう。

咽喉を突き刺されたトロールは、突如として奪われた「音の存在」に戸惑い、次の瞬間には発狂したかのごとく暴れ始めた。残された右手が喉元へと伸び、掻きむしるようにして異物を引き抜こうとする——が、そんなの許すわけがなかった。彼の右手が掴んだのは、竹ではなく銀爪の刃。私が力を入れて刃を引くとボロボロと指が零れ落ちる。


血飛沫と肉片。その断面からは、すでに再生の兆しが見え始めている。先ほど切断した左腕もそうだった。落ちた肉の端が、まるで蠢くように再び盛り上がっている。皮膚が張り、筋が巻かれ、骨がのぞく。まさに異形の生命力。しかし、それが間に合うかと言えば、そこまで現実は甘くない。


私は一歩、また一歩と前へ進む。


銀爪が再び唸りを上げ、今度は足を狙った。

膝の腱を断ち、ふくらはぎの筋肉を裂き、骨ごと脛を両断する。

トロールは膝から崩れ落ちる。

続けざまに顔面、片目を抉り、耳を削ぎ、牙を折る。

全身から水蒸気を上げて再生するが、それを上回る速度で肉を削ぎ落としていく。


「どうぞ?次はあなた達よ?」


拾い集めた“ソレ”を、周囲を取り囲むトロールたちへと優しく投げ渡す。

牙。耳。指。肉塊。崩れた顔の一部——かつて「仲間」だったものたちの残骸。仲間という感情があるかは分からないが、限りなく自分と似た肉片が、彼らの本能を刺激した。

一つ一つ、ソレらを集めては投げる。投げつけられたトロール達の間で、確実に恐怖の種が伝染していくのが見えた。



一方、攻撃を中断していたことで変化が起きる。

この場で最も哀れなトロールが、その驚異的な回復力を発揮していたのだ。


もがれた腕、潰された目、削がれた牙。身体の大半を破壊されながらも、再生が間に合った足が、ようやく機能を取り戻し始める。


ズル、と血に濡れた地面に膝を引きずり、

ギリ、と関節が鳴る音と共に、トロールがよろめきながら立ち上がった。


そして——


「そうよ、逃げなさい。憎き私を置いて、生きるために走りなさい。」


巨体が私に背を向けた。

トロールは、己をここまでめちゃくちゃに拷問した憎き存在、すなわち私から目を逸らし、

生まれたばかりの足で、どたどたと不恰好に走り出した。


その背中からは、恐怖と屈辱と、そして「生への渇望」が滲み出ていた。

——殺されるよりも、逃げたい。

ただそれだけの、本能の叫び。


声にもならない叫びは、私の殺気を乗せて岩場全体へ響き渡った。そして、一人が動けば、群れも動く。

知性が低かろうと関係ない。むしろ、それゆえに彼らは本能に忠実だった。

集団の中で「恐怖」が明確な形をとった瞬間、他の個体たちにも電流のように走る。


「ッ……ヒュウッ、グア……アァァ……!」


誰かが声を上げた。叫びなのか悲鳴なのかは分からない。だが、その声を皮切りに、残っていたトロールたちが、次々に踵を返す。


ひとり、またひとり。

そして数秒も経たないうちに、まるで堰を切ったかのように——


ドドドドドドッ!!


あたり一面が、逃げ出す足音で埋め尽くされた。

地面が揺れ、風が唸り、足跡の轍が次々に刻まれていく。

森が、草が、地鳴りのような群れの逃走にかき乱される。


私はただ、その光景を静かに見送っていた。

銀爪を下ろし、汚い血を振り払いながら、深く息を吐く。


「こちら帆世。遅くなりましたが、全員がそちらに向かいました。」


「ちと長かったが、儂も仕事を始めるとしようかの。しかし、歪んだ殺気を乱用してはならぬぞ。いつか道を歪めるかもしれんからの。」


「…はい。」


師匠の諫言が心に刺さる。

どうも私は、足りない力を補うために無茶な手を選んでしまう癖があるようだ。本当に追い詰められているときはしょうがないが、余裕のある時にまで手を染める必要は無いだろう。


ふぅー、怒られちゃった。でもまあ、今からやる作戦も十分以上に非道なんだよなあ…。

冒険・挑戦を続けていく上で、一番守らなければいけないのは心だ。その人間性をできるだけ曲げないように、生きていかなければいけない。生物を殺めることに、大きな忌避感のない性格ではあるが、十分注意しておくようにしよう。


私に必要なのは、正気を保つため心を支えてくれる人なのかもしれない。



「ヨシッ、でも今は動かなきゃ!」


萎む心に活をいれて立ち上がる。

師匠がトロールを誘導し、ゴブリンを襲わせている頃だ。ここから先はアドリブをまじえて動かなければいけない。特に、言葉の通じない相手を口説き落とすような作戦なのだ。


私は姿を隠す様に、山の中に入った。木々を伝い、丁度良いシチュエーションを探して山を登っていく。Stray 4th作戦、第2フェーズに入ったのだ。

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