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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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Stray 4th 作戦 其の4

9層攻略が、思ったより長引いております。

岩場を抜け、木々の間を縫うようにして、私は山の斜面を登っていく。地形の起伏を利用して、全体を俯瞰できる位置まで進んだ頃だった。


——足を通じて、音が聞こえる。


ズズン……ッ ドォン……ドン……!!


地面の奥から突き上げてくるような、重く、濁った衝撃音。

空気が震え、木の葉がざわつく。


「……始まった。」


トロール十九体。そのすべてが、師匠の誘導によって、ゴブリンのコロニーへと突撃していったのだ。

岩を砕き、樹を薙ぎ、奴らの巨体が一斉に駆け下りる様はまるで山の怒りが形を持ったかのようだった。


バキィン……ガァァ!!


最初の接触音は、ゴブリンが築いていた粗末な見張り台がなぎ倒される音。次に聞こえたのは、ゴブリンの甲高い悲鳴だ。


その瞬間、集落がざわめき、悲鳴が連鎖していく。

耳に届くのは怒号、慌てた足音、そして、獣じみた呻き声。数百のゴブリンが生活しているコロニーが、ハチの巣をつついたような大騒ぎを起こしている。矢面に立たされた不運なゴブリンが地に伏す中、群れは当然四方八方に逃げ出しはじめる。

湖の中、山の茂み、少しでも安全だと思う方向へ無我夢中で走るゴブリンたち。思ったよりも逃げ方にまとまりがない。このままではまともに戦うことなく、ただただゴブリンが散らばるだけになってしまう。


ここでトロールとぶつけて数を減したかったのだが…。そう、心配して見守っていたが、どうやら杞憂だったらしい。


弱く見えたゴブリンは、それでも三つ巴の一角。

ましてや、数だけならば、最も巨大なコロニーを築いていた種族だ。

混乱のただ中、散り散りに逃げ出したかに見えた群れの中心から、まるで岩を割って生えた巨木のように、()()は立ち上がった。

集団を支配する、絶対的なカリスマ。ゴブリンの世界には、ボスかそれ以外か、たった2つの身分しかない。

背丈は二メートルに迫り、肌は黒ずんでいる。筋肉は無駄なく引き締まり、額からは角のように骨が隆起する。通常のゴブリンの三倍はあるその姿は、まるで“別種”のような威圧感を放っていた。実際に、調べてみれば上位種として記載されるのかもしれない。


ボスが腰を上げただけで、場の空気が変わる。

逃げていたはずのゴブリンたちが、まるで紐を引かれた操り人形のように、足を止め、顔を振り返る。

次の瞬間、ボスは近くを駆けていた一匹のゴブリンの首を掴み、迷いなく握り締めた。音は聞こえないが、その首があり得ない方向に曲がったように見える。容赦なく首をへし折り、痙攣するそれをトロール目掛けて投げつけた。


『タタカエ、ゴミ共』


ボスの口から、底冷えするような声が戦場へ広がる。

コイツ…喋れるのか!?

喋る知能があるのは良い、しかしモンスターが私たちと同じ言語を話すことは、感情的に受け入れ難いものだった。ではなぜ、ミーシャ達とは言葉が通じなかったのか!

湧き上がる疑問を、無理やり脳の引き出しへ格納して成り行きを見守る。重要な局面だった。


変化は劇的だ。恐怖にかられて逃げていたゴブリンたちが、ボスの言葉によってさらなる恐怖で上塗りされたのだ。ボスに近いゴブリンから順番に、逃げる背を反転させてゆく。一体のトロールに10,20体のゴブリンが群がるように走り始めた。策も無く突進する彼らは、トロールの怪力により手当たり次第に叩き潰されていく。しかし、増える死体を上回る数の暴力で、必死にトロールの体にしがみついていた。


「なんて……命が軽い種族なの。」


群れの半数近くが、ボスの命令によって命がけでトロールに群がっている。命を捨てるような物量攻撃に、何体かのトロールが絶命して地面に押し倒される。一体一体は非力であっても、四方八方から群がられては為す術が無かったようだ。


一方で、命令を下したボスゴブリンは、死にゆく同胞には目もくれない。淡々と残りのゴブリンを纏めあげ、群れを率いて山へと消えていく。極めて冷徹で合理的な判断、彼が入った山は、そのままコボルトの根城へ繋がる道であった。ボスが視界から消えるた瞬間、自我を取り戻したようにゴブリン達が逃げ始めた。


後に残るは、凄惨な光景に変わった湖と、そこにのさばる10体のトロールだった。



少々面食らう展開ではあるが、計画通りであるとも言える。師匠も動きはじめているし、そろそろ私も動くべきだろう。


——視線を、山の外から内へと切り替える。——


ゴブリンの全体を俯瞰するように観察していたが、今から探すのはコボルトの小隊だ。

パニックの最初に逃げだしたゴブリン共の方向にむかって移動を始める。この大騒動に、コボルト陣営も必ず哨戒を増やしているはずだ。逃げたゴブリンと、コボルト達がぶつかるシチュエーションが欲しかった。


ただでさえ、モンスター密度の高いエリアだ。大騒動を起こしたことで、ゴブリンとコボルトの衝突があちこちで発生している。


2ゴブリンvs3コボルト

コボルトの勝ち。


5ゴブリンvs2コボルト

両者相討ち。


2ゴブリンvs1コボルト

ゴブリンの勝ち、ただしコボルトは怪我していたようだ。


おっ、12ゴブリンvs4コボルト

特に規模の大きな衝突を発見した。わらわらとゴブリンが集まり、コボルトを囲んでいる。

劣勢に見えたコボルト側だが、4体のうち1体は特別な個体であるようだった。体が一回り大きく、片目に大きな傷を負っている老兵といった出で立ち。だが堂々とした立ち姿は、彼が強者であることを示していた。


ギャッギャッギャ


喧しく声を上げて威嚇するゴブリンに対して、コボルト兵が立ち向かう。老兵個体が指示を出し、3体のコボルト兵がゴブリンの隙をつくように1体ずつ仕留めていた。練度の高いチームワークであり、お互いの背中を預け合う信頼関係すら感じられるようだ。


激しい戦いに傷が増えていくコボルト兵。しかし闘志を失うことは無く、ゴブリンの数は8体にまで減っていた。コボルト側に活路が見えたその時、左右の斜面から大量のゴブリンが姿を見せた。


5体、8体、3体、4体、周辺のゴブリンが集まってきてしまったのだ。総勢28ゴブリンvs4コボルト。


ガウッ!!!


老兵個体の判断は素早かった。ゴブリンの殲滅を諦め、包囲を抜け出そうと決死の突撃を敢行する。まるで自分を犠牲に、若い3体を逃がそうという覚悟の突撃だった。


瞬く間に3体のゴブリンを斬伏せるが、剣は無限に振れるようにはできていない。一度振る度に、刃は脂にまみれて斬れ味を失ってゆく。4体目のゴブリンに突き刺さった剣は肉に埋もれて抜けなくなった。


ギャギャギャギャー!!


死んだゴブリンを踏み越えて、次々と新手が老兵個体に群がっていく。ぶちり、ごぎり、肉が食いちぎられ骨が折られる音が響いた。その音に、逃走を試みていた3体のコボルト兵の統率が乱れた。仲間を思う気持ちが、敵を恨む憎しみが、彼らの激情に最期の炎を灯したのだ。


「頃合いね。さァ、コボルト達。()()()あげるわよ。」


声高らかに戦場に飛び込む。老兵個体を押し潰すように群がっている緑の山、その土手っ腹に銀爪を一閃する。当たり判定の塊みたいなものだ、一息に三度刀を振るい、ゴブリンを肉片へと変えていく。このまま山を切っていれば楽なのだが、集団の中で足を止める事は死のリスクを増やすだけだ。私に集まる視線を数え、目が合った敵から敵へと激しく動き回って暴れる。大きく動くことで、ゴブリンの包囲が乱れて広がるのだ。

流星の様に流れる視界の端に、コボルト兵の姿を捉えた。


ーオイそこっ!


「 動けェ!!」


目につくゴブリンを蹴り飛ばし、固まっているコボルト兵に向けて大声をぶつける。動け、死ぬぞ?

コボルト側は最低でも1体生き残って貰わないと困る。私の勇姿を目に焼き付け、救われたことをコボルト陣営に報告する役が必要なのだ。



ええい、鬱陶しい!【瞬歩ッ】


襲いかかってくるゴブリンの剣が、私の体をすり抜けて別のゴブリンの腹に刺さる。その直後、私はゴブリンの背後から出現し、2匹まとめて首を刎ねる。


咄嗟のスキルだが、上達している実感があった。しかし、殺到するゴブリンの戦術は非常に厄介だ。四方八方から湧き出るように襲いかかってきて、斬っても斬っても死体が壁となって空間を押し潰すのだ。


常に空間を意識して戦い、どうしても避けれない攻撃にはスキルを合わせて突破する。さり気なく、それでいて明確な形でコボルト兵を助けるのも忘れない。


ゴブリンの数がだいぶ減ってきた頃、ゴブリンは思いもよらない行動に出た。横たわるコボルト老兵個体の足を掴み、彼を引きずって逃げ始めたのだ。一斉に他のゴブリンも山中に散開していく。


「させるかっ!」


さては、コボルトの上位個体を手柄に、ボスの元に戻る算段なのだと予想をつける。邪魔するゴブリンを薙ぎ払い、老兵の体を追いかける。


しかし、ゴブリンの逃げた方角は、お互いにとって最悪の選択となった。突如視界が開け、足を支える大地が消える。落ち葉で分かりにくかったが、私たちは崖に向かって飛び出してしまったのだ。ゴブリン、コボルト老兵、私、3人がバラバラに宙を舞う。


【瞬歩ッ】

1歩分の空間を飛び越え、ゴブリンと老兵の間に体を滑り込ませる。掴んだッ!!!


【ファストステップ】

老兵の腕を掴み、続けざまにスキルを起動する。たとえ()()が不安定であっても、私に瞬間的な加速を与えるスキルである。


ごめんね。恐怖に目を見開いているゴブリンの腹に左足を合わせる。スキルに弾かれ、身体が急激に加速して失われた大地を目指して浮き上がる。


ひゅぅぅぅ……ゴチャッ


遥か下から、重たい肉が潰れた墜落音が聞こえる。だが今はそれどころでは無い。

私はボロボロの老兵を抱きながら、左腕1本で崖に生えている木にしがみついていた。強化された体のおかげで、何とか2人分の体重を支えることができている。


「おーい!コボルト共~!」


片腕が塞がっているため、これ以上登る術は無かった。幸いなことに、こちらに走りよってくる足音が聞こえていた。比較的軽くて規則正しい足音は、コボルト兵の足音だ。


「こっち、こっち!」


案の定、先程のコボルト兵が崖から顔をのぞかせる。

彼らが必死に手を伸ばしてくる。よしよし、いい子だ。しっかり受け取っておくれ。


まずは老兵の体を持ち上げ、コボルト兵達に引きずり上げてもらう。無事、彼の体が崖の上に戻って行った。さて、私一人なら簡単に登れるけど……ここはそうじゃないな。


待っていると、再びコボルト兵が顔を出す。そして、私に対しても手を差し伸べてくれた。その小さな手を握り、勢いをつけて崖の上へと生還を果たす。義理にあついのか、それとも仲間だと思ってくれたのか、差し伸べられた手からは敵対心は微塵も感じなかった。


「ありがとう。助かったわ。」


この子達は喋れないのか。しかし、一方的とはいえお礼の言葉は伝わったようだ。


ゴホ……


老兵が弱々しく息を吹き返した。左脚を半ばから噛みちぎられ、耳や指なども部分的に欠損している。そのあまりに痛々しい姿に、私は自然と手当を始めていた。


楽な体位を取らせ、まずは左脚の出血を止める。体の中枢に近い動脈を圧迫し、傷口付近も強く圧迫する2重止血だ。傷口付近を圧迫することで、一時的に痛みを抑える効果もある。


コボルト兵達も優秀だった。短剣を器用に使い、2本の長い枝を切ってくる。枝を並行に置き、その間に木の蔦を巻くように通していく。即席の担架が完成し、コボルト兵2人が老兵を慎重に運び始めた。


残る1体が先頭を歩き、真ん中に老兵を担いだ担架、最後尾を警戒するのは私だ。言葉はなくとも、各々の役割が明確であり、行きずりのチームが結成された。


時折現れるゴブリンは、私が即座に斬伏せる。単体相手だと、流石にまだ格が違っているようだ。この様子なら、もう暫くは戦力的に余裕を持って攻略できるだろう。


歩く傍ら、彼らには見えないウィンドウを展開する。


(こちら、帆世。コボルトとの接触に成功。これから拠点の中に入る予定です。)


(善き哉。ゴブリン共は、明日、そちらに攻め入るじゃろう。頃合いまで、トロール共は湖から動かさんようにしておく。)


(そのように備えます 。ゴブリンが群れると想像以上に危険です。コボルト兵の練度も高いです。師匠も、一応警戒を。)


(なんの。2時間おきに定時連絡を忘れぬようにな。)


(はい。)



師匠が負けるとも思えないが、危険な役回りには違いない。ゴブリンとトロールの間に立ち、両者の動きを調整してくれていた。

散り散りになったゴブリンが再度集結し、居場所を求めてコボルト陣営に攻め入ってくることになる。


私がコボルト陣営に立ち、ゴブリンとトロールを撃破することが出来れば成功だ。コボルトとていつかは人間と敵対するように設置された試練には違いないが、ひと時の協定である。



あ、ついでにコボルトの老兵についても見てみよう。




жコボルト・エルダーж

コボルトの一種。長い時を生き抜いた歴戦のコボルト。知性が高く、コボルト・ノーマルを指揮することができる。

魂が限度まで成長しており、その壁を超えることができなかった個体が多い。




ん、なんか普段よりも少しだけ説明が詳しい。

万里の魔導書は、この世界の深淵に存在する“大いなる情報体”へアクセスするための道具だ。アクセスする権限は、その対象との関わりによって変化する。


今回は命を救い、魂に触れるような関わりを持ったことで少しだけ多くの情報を得ることができたのかもしれない。



山の斜面が急になった頃、突如空気が変わる。

木と岩で作られたバリケードが並び、山道が整備され、周囲から絡みつくような視線を感じる。


ザッザッ


目の前に現れたのは、まるで将軍様の御一行だった。

一目で上位種と分かる、巨大なコボルト。その後ろにズラリと通常のコボルト兵が整列していた。


『この者達を救ってくれたのは、貴方ですか?』


ゴツイ顔つきに反して、気品すら感じる流暢な声色で語りかけてきた。担架に乗せられた老兵が、拠点の奥へと連れていかれるのが見える。


「ええ、ゴブリンは私の敵でもあるしね。」


『我々コボルトも、敵なのではないですか?』


「剣を抜くなら、敵になるでしょうね。」


『そういう運命でしょう。ですが、同胞を救われた恩を仇で返すことはしません。』


「そう。将軍さん、明日ゴブリンがここに攻めてくるわよ。」


『湖を追われたゴブリンが、こちらに攻めてくるという訳ですね。報告を受けております。』


「優秀なのね。良ければ、私も参加させて頂けるかしら。」


『我が軍に入れることはできません。ですが、なにか目的があるようですね。』


「因縁があるのよ。ゴブリンのボスを私が受け持つわ。それなら私が勝っても負けても、迷惑はかけないでしょ?」


『分かりました。恩人をここで立たせていくのも良くありません。これより、軍議を開きましょう。』



握っていた手に汗が滲む。

想像よりも数段、知性が進化しているようだ。

拠点の内部へ通され、その建物を見て二度驚かされる。豪華とは言えないが、質実剛健とした頑丈な造りである。


軍議の結果、私は単騎遊軍としてゴブリンボスにぶつかる事となった。コボルト兵から背中を刺されることは無く、むしろボスまでの道を作るように作戦を立ててくれた。


私を軍隊の1部に取り込まないのも、彼らが非常に賢いことを証明している。

20のゴブリンを単独で打ち勝てる戦力であっても、軍の規律に属さない者を軍に入れないということだ。それは絶対的に正しい。


しかし、私の意見や願望もしっかりと聞く柔軟な姿勢も評価できる。この軍はまだまだ強くなる資質をもっていた。


そしてその晩。拠点の中で慎ましやかな葬式が挙げられた。ボロボロになった老兵は、最期の数時間を仲間と語らい、安らかに息を引き取ったのだ。

多くのコボルト兵が集い、彼らなりの敬意を込めて老兵を弔っていた 。


葬儀は1時間ほどで終わったが、こうして老いた個体の想いが受け継がれるのだろう。進化の箱庭に挑んで、まだ1週間程度のはずだが、色々と不思議な体験をするものだ。




(こちら、帆世。コボルト陣営は予想より遥かに進化しているみたいです。それに、彼らは誠実な性格をしていました。)


(コボルトを含めた殲滅の手はずじゃが、計画に変更はあるのか?)


(いいえ……()()()()()()()()()()()。私は予定通りゴブリンのボスを狙って動きます。)


(儂はデカブツ共を上手いこと相手しておこう。)


(はい。)




きっと明日、この地に生きる3つの勢力が姿を消す。

誰が正義と断ずるつもりもない。

私は私のために、コボルトと協力して戦う。ゴブリン達も死に物狂いでくるだろう。ゴブリンがいなくなれば次はトロールだ。3勢力がぶつかり合い、全てが死に絶えるように私と師匠が戦場をコントロールする。



ただ、ひとつわがままを言うなら。私は、コボルト・ジェネラルとの約束を違えたくはなかった。この戦争中だけでも、コボルトと共に敵を斬るつもりだ。


矛盾しているようにも思えるが、私の中の優先順位と感情のおりあいがそこだったのだ。



жコボルト・ジェネラルж

コボルトの一種。稀に誕生する得意なコボルト。

コボルト系モンスターの知性を引き上げ、集団にまとめるカリスマ性を持つ。





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