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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第二章 現実の過渡期を過ごしましょう。
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奈落の獣喰 其の2

産声の洞——大地が裂け、巨大な穴が口を開けていた。


地面は途切れ、奈落の淵が広がっている。

黒々とした縦穴の側面には、不規則な凹凸が刻まれ、まるで「何か」がここを通ったかのようだった。例えるとすれば、未開の山に何本もの獣道が刻まれているような、そんな生物を彷彿とさせる道である。


壁に手をかけ、決して歩きやすくはない獣道を辿って穴を下っていく。奇妙なことに、壁に突き出た岩肌は暖かく、踏みしめる地面は湿っている。不快な獣臭が穴の奥底から漂ってくるように、生物の気配をそこかしこから感じる。


「隊長、見てください。先遣隊の報告にあった肉の根じゃないでしょうか。」


リリーの声に全員がその指先に目を向ける。岩と岩の隙間に、小指ほどの太さの根の先端が露出している。“肉の根”とは確かに正確な表現だ。形状は明らかに草木の根っこのようだが、質感はぶよっとしていて色も赤っぽい。


「周囲警戒態勢ッ。刺激してみるぞ。」


エリック隊長がナイフで肉の根を切りつける。瞬間、肉の根が震え、暴れたかと思うとすぐに静まった。その反応は、極めて反射的で、知性の感じられない動きである。


「動物っぽい動きじゃねえな。」


レオンが低く呟く。この根の先に、先遣隊が発見したコアらしきものがあるという。


降りるほどに、空気が変わっていく。水のかわりに脂が漂っているような、そんな不快な湿度、肌にまとわりつく粘り気を帯びた空気。


「気分が悪くなる場所ね。」


「ああ、だが気を抜くなよ。先遣隊はここで亡くなっている。」


情報はウィンドウを介して、真人に伝えられる。その死は無駄にはならないが、それでも…。

最初は細い指程のものだったが、今では巨木の根を思わせる太さになっている。触れるとゆっくりと絡みついてくるのが、生理的な嫌悪感を掻き立てる。そして、その根は血管のように脈打っているのだ。


ドクン…ドクン…


震えているのは根だけではない。大気が微かに鼓動しているのが聞こえる。

どれほど降り続けただろう。暗闇の中、景色がほとんど変わらないため、時間の感覚が曖昧になる。

目につく変化は、巨大化する肉の根と、耳にこびりつく鼓動の大きさだった。しかし、ついに闇の底にたどり着いた。


(´・ω・`)「長かったっスね。」


隊長の指示で、一時休憩することになった。どっこらしょとこもじが腰を下ろす。

ここまで、敵との遭遇はしないまま、生物の気配に囲まれて行軍を続けていたのだ。体の疲労もさることながら、精神的に疲れていた。


「この根の先、どっちかというと根本にコアがあるのよね。」


「ああ。もう少しだな。」


私の目は、たとえ新月の夜であろうと問題なく見ることができる。その変化は、デルタ隊員にも少なからずあるようだ。

光の届かない地の底を、全員が見渡す。


「おい、全員ライト消してみろ。」


「見えない…ことは無いですね。」


「アイザックは良く見えねえなぁ。」


最近の風潮では炎上しかねないジョークを飛ばすレオン。アイザックが笑顔でプロレス技をかけている。

(´・ω・`)ハングマンズ・ホールドっスね。地味だけど難易度の高いレア技を、さすがデルタ。

こもじくん、解説は助かるんだけど、格闘漫画の脇役ポジだよそれ。


真剣な表情で考えているのは、隊長とリリーさんだ。真面目属性なんだろう。そんな彼らに、私の知っている情報を共有する。


「魂の格が少し上がったことによる、身体能力の向上でしょう。あ、もう少しちゃんと説明しますね。」


私自身が、先の邂逅という出来事で体験したことだ。実感を伴っており、そこに巫さんから共有された知識と照らし合わせることでだいたいの大枠は分かっている。説明を始めた私の周りに、全員が集まる。ふざけていても、ちゃんと状況を理解して空気が読めるあたり、本当に優秀だ。


「ダンジョン内は地球ではありません。正確に言えば、地球とは異なる摂理が適用された空間ということになります。」


「ここでは魂の概念があり、生物を倒すことで魂の格が少しずつ上がります。コップにちょろちょろと水がたまる感覚ですね。その魂の容器には段階があるんですが、皆さんはその最初の上限までしばらくかかります。」


「魂の格が上がると、それに引っ張られるように身体能力が向上するというわけです。」


「なるほどね。だから、最初に視覚的に気が付いただけで、他にも身体機能が変わってるってことね。」


リリーさんは医学知識が豊富なだけに、理解が早い。私達は情報の80%を視覚で得ているという研究がある。そのため、目がよくなっているという事実に、真っ先に異変に気が付いたというわけだ。


「そそ、リリーさんの言う通りよ。でも魂の格が上がっても、素の身体能力も大事になるわ。足し算じゃなくて掛け算の関係に近いの。」


「つまり、ダンジョンに物量作戦は不向きというわけか。多くの死者が出てしまっては、我々を餌に強化された化物が出るんだからな。」


「ああー、そういうことになるわね。考えてなかったわ。」


隊長の指摘はもっともだった。万が一、私が死んだりすると大変なことになるだろう。

視覚を確保できる私とこもじが、ペアになってあたりの偵察を行う。ダッシュしてマッピングを完了してしまいたいが、事故は起こしたくない。デルタチームはドローンを用いて、コアを探すようだ。


壁から離れるようにしばらく歩く。さらに1段地面が低くなっている場所があり、下を覗き込んだこもじの顔がゆがむ。


(´・ω・`)「渓谷ってかんじすね。あれ川じゃないっスか?」


「きっも…なにあれ。。」


2層フロアの全貌が見えてきた。地上に空いていた穴は、2層の一部でしかなく、まるでグランドキャニオンかのように巨大な渓谷を形成している。

そして、その中央を流れる()()()()()()()は、血を想起させるほどに赤黒い。どろどろと流れ、時折大きなうねりを見せている様は、タイに旅行に行った際に見たヘドロが詰まった池に似ていた。ぼこぼこと泡が弾け、五感が不快を告げる。川を見渡していると、淀んだ流れを無理やり進めるように水面が大きくうねり、ヘドロの中を泳ぐ生物を観測できた。奇妙なことに、観測できた存在は全て左から右へ、上から下へ、一方通行かのように泳いでいく。その先には何があるというのだろうか、禍々しい気配が闇の先から漂っていた。


「川から出てこないだけマシね。川上と、川下、どちらを調査するかみんなで相談してきめましょうか。」


デルタチームの待機する場所へ戻る途中も、特に生物と遭遇することは無かった。どうも川から出てくることはないらしい。それならなぜ、先遣隊が全滅するようなことになってしまったのだろうか。


その答えは、デルタチームのドローンによって明らかになる。


「静香、これを見てくれ。」


あのエリック隊長の表情が暗く沈んでいるように見える。短い付き合いであるが、初めて見る表情だ。

アイザックもレオンもリリーも、世界最高峰の精鋭兵士が一様に困ったように視線を向けてくる。


彼らの持つタブレットに映し出されたモノは…

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