奈落の獣喰 其の1
1か月に1回。
あまりに短い期間で、次々と迫る人類への試練。
それは、決して逃れることのできない運命だった。
人類には敵となる生物異形の生物と、そして異界へと通じるダンジョンが課される。
この繰り返される"試練"を乗り越えなければ、生き残ることは許されない。
人類はまず最初に、黒銀ノ羆という怪物を相手にした。
圧倒的な力と異常な耐久力を誇るその獣は、通常兵器では歯が立たなかった。
だが、最終的に——
MOAB(Massive Ordnance Air Blast Bomb)。
人類が同胞を殺めるために生み出した産物、「爆弾の母」によって葬られたのだ。
そして今——私たちの目の前にもう一つの試練が口を開けて待っている。
「奈落の獣喰」中国の山奥深くに出現したダンジョンであり、その土地性ゆえに重機の投入ができないでいた。そもそも、ダンジョンに潜入する際、手に持てる荷物以外は持ってはいることができない。
ダンジョンの構造はすでに判明している。先遣隊が、その命と引き換えに情報を持ち帰っている。
1層【狩場】:広大な山岳エリア。オオカミの様な生物の群れが生息しているが、ライフルで対処可能だ。広大なマップから次に進む入り口を探し出す方が困難と言えるだろうが、マッピングは済んでいる。
2層【産声の洞】:円柱状に下へと伸びる穴であり、ダンジョンのコア部分。異形の獣を産み続ける、巨大な肉の繭が中央に存在する。先遣隊の命を奪ったのは、このエリアに生息する異形である。
3層【饗宴の骨海】:2層の異様の生物が争った結果、無数の骨が散らばる最下層である。今回足を踏み入れる必要は無いだろう。
「聞けッ—我々はこれより“奈落の獣喰”のダンジョンコア破壊の任務を開始する。」
早朝6時、ようやく太陽が山を越えて赤外線の温もりを大地に届けようとしていた。
まだ冷たい空気に、エリック隊長の声がはっきりと伝えられる。私たちの目標は、2層に存在する肉の繭を破壊することだ。さらに詳細に言えば、アイザックを護衛し、肉の繭にC-4爆弾を設置するということだ。
「作戦行動中は、最低限ツ―マンセルを維持せよ。隣に立つ仲間の命を死んでも守れ。」
「お前たちは、我ら米国最精鋭を自負するデルタフォース、その中でも俺が選んだとびっきりのイカレ野郎だ。人類最初の偉業を成し遂げるタフな野郎だと、そう思っている。」
「静香、こもじ。二人の能力は良く分かった。ブラザー、征くぞ。」
『「Sir.Yes Sir—!」』
隊長の号令とともに、私たちはダンジョンへと足を踏み入れた。入り口を通過する際に感じる、異界特有の"歪み"。空間がねじれ、何かが"人間"という存在そのものを拒絶しているような視線を感じる。
しかし、私たちはためらわない。
エリックが先頭を歩き、私とアイザックがその後に続く。
こもじ、レオン、リリーが側面と後方を固め、厳戒態勢で歩を進める。
ザッ…ザッ…
デルタチームはフル武装であり、その足音は重厚である。全員がM4を肩にかけ、レオンに至っては1m40cmの長大な獲物を担いでいる。アイザックもそうだ、その巨体でめいいっぱいのC-4爆弾を背負っている。
「今日中に1層を踏破する。オオカミ型の群れは奇襲を仕掛けてくる、索敵を怠るな。」
エリック隊長の冷静な指示が通る。ここは戦場なのだ。
足元にはゴツゴツした岩肌。
見上げれば、まるで果てのない山岳地帯が広がっている。空は曇天のように灰色に染まり、風が荒れ狂う。まるで、"生きた山"の中に閉じ込められたようだった。
歩くこと、6時間が経過した。暗く湿った空気に獣臭がまじる。
——ガルルルル……
「戦闘態勢を取れッ。」
霧の中から姿を現したのは、オオカミに似た異形の群れ。
——いや、"似た"というのは表現として甘い。
頭部は裂けるように横に広がり、目は無機質に光る。
皮膚は岩のように硬質化し、爪は鉤爪のように湾曲していた。
(´・ω・`)「上に何かいるっスね。」
全員が前方のオオカミ型の異形に目を奪われていた時、こもじだけが視線を上に向けていた。
木々の枝に隠れて潜んでいた獣が、背中を見せているリリーの首筋に向かって飛び掛かる。
——キイイイイイ!!
(´・ω・`)よいせっ
私の目には、固まった世界の中で、こもじの刀だけが動いているような。一人だけ物理法則から半歩抜け出したような速度で抜刀し、空中でその影を叩き斬った。
体長2mほどの巨大なサル、眼前に迫っているオオカミ型と同様に顔が横に広く裂け、牙がぎっちりと並んでいた。
「レオン、オオカミを近寄せるな。アイザックはレオンを護れ、全員誤射に注意しろ!」
ズドンッ——ギャーギャーキィィィ
腹に響くような重たい銃声。レオンの担ぐシャイTACスナイパーライフルから放たれた、音速を軽く超える弾丸がオオカミ型の頭を吹き飛ばす。戦闘開始の合図に、頭上でギャアギャアとサル型が声を上げた。
ж咢猿ж
異様に長い四肢と鉤爪、裂けた口に無数の牙を持つサル型の異形。
ж咬狼ж
岩のように硬質化した皮膚、鉤爪、赤く光る無機質な目を持つオオカミ型の異形。
万理の魔導書を内包するウィンドウに、その異形の情報が浮かぶ。名前が分かるだけでも、混戦の中で指示が混乱しないためありがたい。
銃声と足音が交錯する中、私は冷静に状況を整理する。
“咢猿”は木々を飛び回り、上から襲い掛かる。
“咬狼“は地を駆け、横や背後を狙う。
二種類の異形が、立体的な連携を見せながら私たちを包囲する。
前情報にはなかった戦術だ。
「あんな見た目で、知性があるのね。討ち漏らしは都合が悪いわ。」
前情報では、連携攻撃は報告されていない。おそらく、先遣隊と交戦した生き残りが、学習して今回襲ってきているのだ。
ダッダッダッダッ
ズドンッ—
ダッダッダッ——バァン
幸いなことに、デルタによる銃撃がダメージソースとして十分に機能していた。
しかし傷つくことを厭わないで突撃してくる様は、生物らしさを欠いていた。このままでは事故が起きかねない。
「フラッシュバンを使う!サングラス準備ッ」
「了解!」
その瞬間——
「投擲!」
アイザックがフラッシュバンを前方へ放り投げる。
空中で回転しながら飛んでいく銀色の小さな円筒。
——カンッ!
地面に着弾し、
——パッァアン!!!
閃光と爆音が炸裂した。
「グギャアアアアア!!」
咢猿たちが、一斉に苦痛の声を上げ木から落下する。すかさずデルタチームがM4アサルトライフルの弾丸を集中させ、一匹残らず殲滅する。
「逃がさねえよ。」
レオンは周囲の戦闘音を、全て雑音であるとシャットアウトする。自身に降りかかる危険は、頼れる相棒が何とかするだろう。
スコープから目を離すことなく、淡々と引き金を引く。2000m先でも撃ち抜ける最新のライフル銃を前に、咬狼は大きすぎる的だった。
これが、デルタフォースの戦い方。全員が役割をきっちりと果たし、動く敵を殲滅することに成功した。
「周囲を引き続き警戒。消耗した装備を補填後、先へ進む。」
「隊長——アレですね。」
スコープに目をつけたまま、レオンが報告する。
その声に、銃口の先へと視線を移す。木の切れ目、山を越えた先の大地に巨大な穴が姿を現した。
第2層:産声の洞。ドクン——大気が鼓動する。




