同釜飯食の友
ほんとに早くダンジョン攻略してください!
——(´・ω・`)よいしょっ——ズダァ
——Damn it!
少し離れた場所で、男たちの声が賑やかに響いていた。今投げられたのはレオンだろう。
続いてアイザックが地面に立ち、拳を鳴らす。向かい合うのは、木刀を軽く肩に担いだこもじ。
「サムライが必須教科になっちまうぜ。」
怪我の治りが早いのか、ピンピンしてるアイザックとレオン。アイザックのリベンジ組手が事の発端だが、手を変え品を変えじゃれ合っている。一方、私達は改めての自己紹介兼ねての雑談に花を咲かせていた。
「静香ちゃん、あなたナースなの?」
にこにこと笑いながら、彼女が私に問いかける。
先ほど、レオンやアイザックの手当てを手伝ったばかりだ。それで聞いてくれたのだろう。
彼女はデルタフォースの訓練を受けながら、同時に医師資格も取得した天才だという。
それでいて、ハリウッド女優のように完璧な顔立ちをしているのだから、天は二物も三物も与えている。もちろん、彼女の努力あっての成果であることに疑いはない。
ブロンドの髪を後ろでまとめ、ノースリーブのインナーからは小麦色に焼けた肌を惜しみなく晒している。ついつい目を奪われてしまう女性だ。しかも、胸元には驚くほどの凶器を隠し持っていたことが判明した。
——着やせする人って、こういうことを言うのね。
私は適当に肩をすくめて答えた。
「んー、私の前世の彼女が看護師だったの。」
「静香は前世持ちだったか。タフなわけだ。」
「タフなのはあっちの男たちですよ。」
私は、怪我をものともせず組手に興じている男たちの方をちらりと見る。
たしかにな——とエリック隊長が苦笑いする。
時刻は12時に至ろうとしていた。今朝は6時から作戦を開始しており、ご飯を食べていなかった。
私のお腹が、抗議の音を上げる。ぐぅぅ。
「HaHaHa、おーい 集合ッ」
エリック隊長の声は、遠く離れていてもよく通る。
ザザッとアイザックたちが集まってくる。そして、隊長に一礼する姿は非常に様になっている。ふらふらと自由気ままにしている侍は満足そうな顔だ。
「アイザック、戦績を報告しろ。」
エリック隊長が厳かな声色で指示する。ふふ、私の見立てでは——
「ハッ…0-3であります!」
「アイザックでもか。レオンは?」
「同じく0-3です。隊長。」
えらいぞぉこもじ。本人はいつも通り、にこにことしている。
デルタ全員が有しているスキル:近接戦闘だが、これには銃器の扱いや作戦行動を全て内包している可能性が高い。一方でこもじのスキル:近接戦闘は空手と柔道と剣術を内包している。同じスキル名であっても構成が異なり、面と向かっての組手においてはより純度の高いこもじが圧倒するというわけだ。
さらに、この男、邂逅にて身体強化をLv5に上げている。元々が闘牛のように筋肉を搭載しているのだ、そこに超常の強化を受けたことで比類なき怪力を有している。
(´・ω・`)「隊長には一本取られてるっスよ。」
「えっ、こもじが!?」
「HaHa…1-3だよ静香くん。」
(´・ω・`)「CQC、まじめに教えてほしいっスね。」
えーっ、こもじを組手で負かす状況が想像しにくいけれど、考えられるとしたらナイフ戦だろう。
私の中で、エリック隊長の株がどんどん上がっていく。
「ハイハイ、みんな。ご飯にするんでしょ?」
リリーさん、ナイス!お腹ペコペコなのだ。ずっと山中を走り回ったことで、カロリーをかなり消費している。
「これでいいか?米軍自慢のレーションだが…」
そういってレオンが段ボールを運んでくる。茶色いビニールの包装された物が詰まっている。
これがうわさに聞くレーションね。
「通称MRE、昔に比べちゃ随分マシになったんだぜ。」
レオンが顔をしかめて教えてくれる。
Meal, Ready-to-Eat。しかし、その不味さから以下の様な愛称を貰っている。
Meals, Rarely Edible (とても食べられたものじゃない食べ物)
Meals Rejected by the Enemy (敵からも拒否された食べ物)
Meals Rejected by Everyone(誰もが拒否した食べ物)
Meals Rejected by Ethiopians(エチオピア人すら拒否した食べ物、1983年から1985年まで起きたエチオピア大飢饉に因む)
Meal, Ready to Excrete (すぐ排泄できる食べ物)
Morsels, Regurgitated, Eviscerated (吐き戻され、骨抜きにされた一口)
Mentally Retarded Edibles (知恵遅れな食品)
Materials Resembling Edibles(食べ物に似た何か)
「どれどれ。前から気になってなのよねっ」
ビニールを破って、中から食事を取り出す。圧縮されたパン、二枚のビーフジャーキー、豆とひき肉がケチャップ味に煮込まれた主食、チョコレートとガム、マスタードとタバスコ、ココアパウダー。そしてこれらをあたためる無煙加熱ヒーター。
「何個でも食っていいぞ。」
(´・ω・`)( ๑❛ᴗ❛๑ )「「いただきます。」」
もそもそとしているが、味は悪いわけではない。おいしいわけでもない。
味が濃いわりに単調で深みがないのだ。うん、旨味成分が少ないというか、味を構成する情報が少ないというか。
お手軽に食べれて、カロリーはあるのだろう。戦闘中に食べるのなら、不満はそんなにでない。
どうだ?とばかりに、デルタの面々がこちらを見てくる。感想が難しいわね。
「ん~。悪くなかったわ。でも、ちょっと時間をいただいてもいいかしら。」
(´・ω・`)「もしや…」
「こもじ、何かお肉捕まえてきてちょうだい。カレーよ。」
(´・ω・`)「やっぱり。」
「静香、マジか?飯ならまだ十分あるぞ?」
アイザックが、元から丸い目をさらに丸める。違うのよ、アイザック。
カロリーだけが食事じゃないの。
「あのね、アイザック。武士は食わねど高楊枝といいますが…」
(´・ω・`)「腹が減っては戦はできぬともいいまして」
「これは、重要任務なのよ。」
「日本語はムズカシイぜ…」
これだけは譲れない。人間の体は、食べて寝る以外の回復手段が存在しないのだ。
それに、全員で一つの食事を準備するのも楽しいのだ。
こもじがレオンとアイザックを連れて、山に入っていった。よろしくね。
「ふふふ、じゃあ私は香草を摘んでくるわね。」
「静香、こっちに食料品がある、何でも使ってくれ。」
リリーさんとエリック隊長も快く協力してくれる。
エリック隊長の指さす木箱には、スパイスの類とボイルされた野菜や缶詰が入っていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
地面を浅く掘り、その周りを囲むように石を丁寧に積み上げる。即席の竈を作っているのだ。
意図を察したエリック隊長が作業を交代してくれる。腹ペコの大人が6人もいるのだ、一番大きな鍋を使うため竈もそれなりのサイズを要求された。
エリック隊長がテキパキと竈をくみ上げ、火を起こしてくれる。
「静香ちゃん、戻ったわよ~。」
リリーさんの手には、細長い植物が握られている。はい、と渡されると野性的な香りがふわりと鼻をかすめる。
「ショウガね!」
「体が温まるわよ。んふ。」
ショウガは万能の香草だ、寒い山中でありがたかった。
固形では歯ざわりが気になるので、丁寧にすりおろしていく。リリーさんと一緒に野菜を刻みながら、ふときいてみる。
「リリーさん、どうしてデルタに?」
「リリー、でいいわよ。あの人を追いかけてよ。」
リリーがエリック隊長の方に目をやる。おう!とばかりに手を上げる隊長に、私も手を振り返す。
見た目は厳ついけど、気の良い人だ。
「へぇ~。エリック隊長とは何があったの?」
聞いていいのか分からないが、リリーの目は優しい光をともしている。
若い女性が、厳しい訓練を積んでデルタに入るのだ、生易しい理由なわけがない。
「静香ちゃん、アフガニスタン侵攻って知ってる?」
「ええ、もちろんよ。」
アフガニスタン侵攻。2001年から20年ほど続いた紛争のことだ。アフガニスタン政府とアルカイダなど武装勢力の衝突が激化し、たしかそこにアメリカ軍が…
「父がアフガニスタンで外交官をしていてね。私達一家はテロ組織に襲撃されたの。」
「当時の私はまだ5歳くらいで、急に家の中に銃を持った人たちが乗り込んできたわ。父はその場で殺され、私と母は何か月も拘束されてたの。暗い話をしちゃってごめんなさいね…」
「いいわ、リリー。良かったら、聴かせて。」
「うん、ありがと。砂埃が積もるような地下に閉じ込められて、毎日怒声を浴びて過ごしたわ。もう死んじゃうんだって、部屋の隅で震えるしかなかったわ。母とは隣の牢で、毎日優しい言葉で励ましてくれたから、なんとか正気を保ててたの。」
「そんな母も、酷い乱暴で声も出せなくなって…。でも、そんな地獄に来たのが、エリック隊長のデルタチームよ。10人、20人はいるテロ組織にたった4人で乗り込んできたの。」
「当時から、デルタだったのね。隊長。」
「ええ、当時は隊長ではなかったけどね。あの右腕の傷、私を庇ってついた傷なの。左腕で私を抱えて、死に物狂いで襲ってくる人のナイフを腕で受け止めたのよ。」
リリーさんの話を聞いてる間に、もう野菜は全て切り終わっていた。
辛い幼少期、そこからの人生をデルタに入るために捧げたのだろう。そして、今では隊長のチームに抜擢されたのだ。天が彼女に与えたのは、決して安易な才能ではなく、極限の試練だったのだ。試練から救ってくれたのがエリック隊長であり、その後に人生を変えたのは彼女自身の努力のたまものである。
だから私は、神ってやつが嫌いなのだ。いつだって、人間を救うのは人間である。
(´・ω・`)「戻ったっスよ~!大量大量。」
三人が帰ってきた。その両手には、野生の鶏が捕まえられている。
アイザックは薪を山ほど背負っている。
「ナイスよ!みんな。」
「へへっ。」
こもじの手から鶏を受け取ると、私は手際よく羽をむしり、内臓を取り出す。
レオンがじっとそれを見つめ、興味深そうに言った。
「へえ、静香。手慣れてるんだな。」
「まーね。命をいただく以上、自分で捌けないとって思うのよ。」
「タフだな……まあ、いいや。次は?」
「骨ごと煮込むと旨味が出るわ。適当にぶつ切りにして鍋に入れて。」
アイザックが腕をまくりながら、豪快に鶏肉を捌く。
「待ってる間、これを飲んでてちょうだい。」
そういって私が準備するのは、すりおろしたショウガと蜂蜜をブレンドしたホットティーだ。
隊長も集まり、全員で一息つく。
「これはうまいな…」
エリック隊長がつぶやき、一同がそれに頷く。取れたてのショウガが、全身に足りていなかった滋養を補うように染みた。
野菜、大量の鶏肉、すりおろしたショウガを追加した鍋がぐつぐつと沸騰している。
灰汁をとり、スパイスを投入していくと、おいしそうな香りがあたりに漂いはじめた。
「静香~ッ もういいんじゃねえか!?」
実はカレーを一番楽しみにしていた、レオンが待ちきれないように急かす。
うん、食べれるわね。
「盛り付けるわよー!ご飯は無いから、パンとお皿くばって。」
軍隊のいいところは、指示と同時に全員が動いて、一瞬で作業が進むことだ。
底の深いアルミ皿に、スープカレーを注いで渡す。私は具材が細かく刻まれたカレーが好きなんだけど、今日はぶつ切りのお肉が入った具材ごろごろカレーだ。
「よし、食うか。」
「いただくわ。」
「いただきます。」
「まってたぜ。」
「うまそうだな!」
「いただきまーす。」
各々が言葉を口にして、早速カレーにスプーンをひたす。
野生の鶏の骨から染み出した旨味が口腔内で爆発する。これこれ、こういう深い旨味が欲しかったのよ!続いてスパイスの複雑な香りが鼻に抜けるが、最後までじんわりと残った風味はリリーのとってきたショウガだ。
「Wow、これはうまいな!何いれたんだ?」
「リリーのとってきてくれたショウガをすりおろしたのと、あとは木箱にあったスパイスをテキトーによ。」
「静香くん、メニューを教えてやってくれよ。」
「エリック隊長、申し訳ないけど毎回テキトーなのよ。料理は一期一会、それでいいじゃない?」
自炊する時もそうだが、いつもありあわせの食材で作るせいで、同じ料理を再現することはできないのだ。このテキトークオリティがぽよちゃんクッキングなのだ。
(´・ω・`)うまうま。おかわり。
無言で食べ続けるこもじに、どんどんおかわりをついでいく。
わんこそばのように、食べ続けるこもじ。つぎつづける私。途切れさせないぞ。
(´・ω・`)あの、もう、そろそろ…
( ๑❛ᴗ❛๑ )おかわり、おまち!
(´・ω・`)おなかが…
( ๑❛ᴗ❛๑ )お客さん、お残しはだめぽよ!
(´・ω・`)こも、こ…
お腹を膨らませて地面を転がるこもじ。
爆笑するアイザックとレオン。「これがジャパニーズ文化か…」と若干引いているエリック隊長。
笑顔でデルタの3人に山盛りのおかわりをつぐリリー。先ほどの惨状が自分に降りかかっていることを悟ったデルタの男達。
こうして6人中4人が立ち上がれなくなった頃、私たちは空になった鍋と食器を洗いに川へ行く。
「リリーありがとね。おかげで、デルタのみんなと打ち解けられた気がするわ。」
「私が居なくても、静香ちゃんなら大丈夫だったわよ。」
「いよいよ明日ね。」
「ええ。」
山の奥深く、異界へ通じる穴はぽっかりと口を開いて待っている。