釣りとお風呂と私
ほのぼのお色気回です。
テーマは『釣り』です。
冬最後の抵抗がおわり、打って変わって小春日和。
花粉が忌々しいこの頃だが、邂逅を経て体が変わったのか花粉症を卒業できた。暖かな春の日差しと、そよ風を心から堪能できる。なんてすばらしいんだろう。花粉症を克服できると宣伝すれば、こぞって試練に挑む日本人が続出するに違いない。
「ふわぁ…よく寝たわ。」
時計を見ると、朝7時過ぎ。見慣れた自室の天井。ドンピシャで健康的な時間に起きれて得した気分だ。でも、こういう時って逆に二度寝してしまいたい欲求にかられるのは私だけだろうか。
寝ぼけた頭を覚醒させるべく、ぼんやりと歯磨きをする。朝ごはんは食べない習慣なんだよね。動きやすい服装に着替えて、てくてくと街に歩き出すことにした。世界は超常の現象に見舞われている真っ最中なのだが、意外と社会は普通だ。サラリーマンはスーツを着ているし、コンビニはしっかり稼働している。しかし、変化していることも、もちろんあった。政治体制が刷新され、クエストの発見や達成に報酬が出るようになった。それに飛びついた人も多く、「クエストさん」と呼ばれるニート…ではなくフリーター的な仕事が社会現象になっている。というか、露骨に宣伝されまくっている。街中で目につく変化といえば、みんなスマホを持ってないことかな。伸縮自在のウィンドウに、音楽業界・通信業界・金融…ありとあらゆる業界が参画したがり、真人がCEOを務めるヘスティアHDが総出でシステムアップデートを繰り返しているのだ。
いらっしゃいませ~♪
到着したのは、全国どこにでもある百均。この百均のいいところは、その豊富な品揃えにある。店の奥、園芸コーナーの隣にあるのは釣り具コーナーだ。みんなも見てほしい、組み立て不要ですぐに使える釣り竿がたったの1100円で購入できる。私みたいな人間には、とってもありがたい神商品といえる。
青い釣り竿と、ブラクリをいくつか購入する。ブラクリというのは、重りが一緒についている釣り針のことだ。買い物を済ませると、海沿いの山を歩き、途中で道を外れて無人のテトラ帯に到着した。以前では到底来れなかった秘境に、すいすいと行けるあたり身体能力の向上が実感できる。
「きみにきーめた。」
テトラの隙間から出ていた、小さなカニを数匹捕まえる。私の指を必死に挟んでいるが、その程度の爪で今更ダメージが通ると思うなぽよ。
大きめのテトラの上に安定した道などなく、その不規則な斜面の連続する上を飛ぶように歩く。釣り好きな人なら気が付いているだろう、今日は穴釣りに来ているのだ。テトラという人口の障害物は、海中では魚たちの格好の住処となっている。そのテトラの隙間の穴目掛けて釣り糸を垂らすから、穴釣りというのだ。簡単な装備で釣ることができ、移動だけ難点だが初心者に最もおすすめの釣り方である。
—とぽん
釣り針にカニさんをひっかけて、穴に落とす。できるだけ深い穴を探して、海底まで糸を垂らすのだ。
重りが着底したことを教えてくれる。少し糸をまいて、ゆっくりと待つ。
ぴくっ ぴくっ
竿先がぴくつき、手元に振動が伝わってくる。かじってるな。
ぴくん!
大きめのアタリに、竿を持ち上げてあわせる。ふぃっしゅ!ふぃーっしゅ!周りに誰もいないから、騒いでも恥ずかしくない。リールを巻いて、魚を穴の底から引きずり上げていく。釣れたのは25㎝はあるかという立派なカサゴだった。誰も来れない場所で、ぬくぬくと成長したのだろう。文句なしに持ち帰りサイズである。
え、なんで釣りをしてるのか?
趣味に決まってるじゃない、とは言わない。この華奢な身体で、コンクリの柱をへこませるほどの力を使っているのだ。恐ろしいほどに強化された身体能力だが、それによって失った感覚があるんじゃないか?という疑問の検証に来ていた。
よくアニメや漫画で、急に強くなった主人公が誤ってリンゴを握りつぶしたり、日常生活が困難になる描写がある。
だが、まあ、ここは現実の話なのだ。急に筋力だけが強くなるようなことは無く、それを制御する知覚も伴っていた。
その後もしばらく釣りを楽しみ、分かったことがある。むしろ以前よりも感覚が繊細になっていた。重りに意識を集中すれば、その周辺を泳いでいる魚の影までイメージできそうなほどだ。
もちろん、検証は釣りだけではない。のんびり糸を垂らしながら、脳内ではスキルの検証を平行していた。【スキル操作】与えられた異能の1つである。このスキル操作は、非常に面白いスキルと言える。
分かりやすいように、火の玉を飛ばすスキルがあるとする。
そのスキルを分解して考えると、以下の要素がある。
・射程
・威力
・使用するためのリソース
この3要素を調整することで、同じ火の玉のスキルでも別物にうまれかわる。
射程を高めるかわりに、威力を下げたりリソースを増やす、というようなカスタマイズだ。しかし、スキル発現はその人の修練の果てに至ることが多く、その内容は最適化が済んでいるといえる。下手に弄って使い物にならなくなる方が問題だろう。
では、外的に付与されたスキルはどうだろうか。
これは私の意思や能力と関係なく与えられた能力であり、改造する余地は多々あるといえる。
そう。私は【空間転移】について悩んでいるのだ。
非常に有用な能力だ。座標を指定することで瞬間移動が可能となる上、時間が少しかかるが他者にも使用可能だ。
しかし、遠距離の移動には使用しにくい。見えない場所への移動は、移動先の安全を確保することが難しく、目に入る範囲でれば高速移動で代用できてしまう。私は、この能力を回避専用スキルへ改造するか悩みに悩んでいた。スキルとは魂に根をはるもの、何度も変えると失われる可能性がある。
悩むものは置いといて、このスキル操作は他者にも使用できる点にも注目だ。こもじに使って実験する必要がある。
いつしか潮が引き、露骨に魚のアタリが無くなってきた。釣りはそろそろ終わるとしようか、こういう時に「そろそろ潮時だ。」というのだ。
釣りが終わった後、すぐ帰るわけではない。まだ正午になるかという時間。このテトラ帯を訪れたもう一つの目的を果たすことにする。
【ファストステップ】
超常の加速を与える光を身にまとい、不規則なテトラの上を走る。上下左右、でこぼことした面に正確に足を着けてステップを刻む。まずは数メートル間隔で広く飛び、徐々にその間隔を狭く小刻みに加速していく。狭いテトラ帯は、直線に移動するとすぐに海に出てしまうため、ジグザグと切り返しや楕円を描くような軌道で移動する。
ガッ—— うわわっ
海水に浸っていたテトラに足を滑らせ、頭から海に投げ出される。デジャブを感じたが、あれはこもじと手合わせをした湖だったか。あの頃より、相当上達した実感はあったが、まだまだみたいね。
走る、躓く。
飛ぶ、転ぶ。
駆ける、ぶつかる。
翔ける、海に落ちる。
全身に擦り傷や打撲ができ、練習する間に治癒する。腕をぶつける時だけは、両手の蛇ちゃんがかばってくれて無傷だ。それでも、心配そうにチロチロと舌を出している。普段は黒い影のように張り付き、防御が必要な時には鱗を纏い、自然に顔を出したりもするようになってきた。
太陽が傾いてきたため、練習をきりあげることにした。弱ってきた魚たちを締めて血抜きする。
【空間転移】
指定する座標は、京都府左京区のこもじ邸だ。
勝手におじゃまして、その家の構造を把握する。古風だが整理整頓されている木造の家。
本棚や机に本が積まれており、哲学書が大半である。社会学や心理学も好きらしく、多くの蔵書が見受けられた。
(´・ω・`)左京区のソクラテスと呼ばれてるっス
昔ゲームをしていた頃に言っていたが、確かに知的ゴリラなんだなあと思う。日記とか探したいが、プライバシーは大切にしておこう。お家に入るのはあれだ、UCMC会議を行ってあげたんだからそのくらいの特権はあっていい。
「こもじ、どこぽよ~。」
見当たらないし、とりあえずお風呂を借りよう。海水をたっぷり吸ってボロボロになったジャージをゴミ箱につっこみ、お風呂場に向かう。
脱衣所を開けると、人の気配がした。こもじ、お風呂中だったのね。そわそわと、イタズラ心が湧き出てくる。
「こもじ~発見!」 ガラガラ
(´・ω・`)「ちょっと!やめてよねん!」
筋骨隆々の大男がお風呂でふやけていた。さては相当長風呂してたな?
私は、問答無用でこもじを風呂からひきずりだす。交代よ交代。
「こもじくん。その股間の日本刀をしまいたまえよ。銃刀法違反で逮捕されちゃうぽよ?」
(´・ω・`)「ほんと、なんでいるんスか!えっち!」
うるさいこもじの腕を掴み、【空間転移】を発動する。パッと裸の巨漢が脱衣所に移動し、私はお風呂を独占する。家は古風だが、お風呂場はキレイだった。干したゆずの皮をネットに入れて浮かべていて、いい香りがする。丁寧な暮らし、という感じがヒシヒシと伝わる家だ。
しばらくお風呂を満喫し、持参していたパジャマに着替える。台所ではこもじが料理を作っている最中だった。
「でたわよ。ご飯なに?」
(´・ω・`)「当然のように飯を要求するの、豪胆すぎる…」
「お風呂にする?ご飯にする?それとも…うへへへ」
(´・ω・`)「中年おっさん風セクハラやめるっすよ!てかお風呂はさっき追い出されたこも。」
「あら、一緒に入りたかったってことぉ?」
脳みその表層1mmのみを使っているような、なんとも知性に欠ける会話をしつつ、私とこもじはテキパキと夕食を作っていく。
土鍋で大盛のご飯を炊き、その隣でお味噌汁が完成している。カサゴの頭と昆布で取られた出汁に、沸騰させないよう丁寧に白みそがとかされている。具材はお豆腐だけのシンプルなお味噌汁だ。
私はカサゴの身を捌いてお刺身を盛り付ける。ついでにカサゴの肝を取り出し、丁寧にすり潰して醤油に乗せる。残った骨に片栗粉をまぶして、油で水分が完全に飛ぶまでカリカリに揚げることでおいしい骨せんべいを添えた。
出来たお皿から食卓に並べ、いただきます。
納豆をかきまぜ、おネギをたっぷりと乗せる。庭は生えてたネギだ。う~ん、炊き立てのごはんと合わせると大変美味である。日本人でよかったと心から思う瞬間だった。
「さっき釣ったばかりなの。ほんとは数日ねかせるとおいしいんだけどね。」
(´・ω・`)「うまうま。」
釣りたてのカサゴは、その身がぷりっぷりで歯ごたえがよい。熟成させると肉が分解されてアミノ酸に代わるため、旨味が増すのだが、釣りたてでは淡泊な味ともいえる。しかし、秘策があるのだ。醤油にペースト状にした肝を溶かしていく。肝臓には非常に多量のアミノ酸と脂が含まれており、旨味の爆弾なのだ。カサゴの刺身をもう1切れつまみ、肝醤油にひたして食べる。
「くぅ~!うまい!うますぎる!はんざいてきだ!」
(´・ω・`)「ダメ人間ネタがこまかい。ビール飲めるっすか?」
「えへへ。ありがと、いただくわ。」
かんぱーい、とビールをコップに注いでいく。
朝から運動しっぱなしであり、無数の怪我を修復するためにエネルギーが空っぽになった身体にビールが流れ込む。カ〇ジ君の気持ちも分かるというものだ。
「アルコールって、毒なのかしら?」
(´・ω・`)?
「私達、結構毒に耐性できてるみたいなのよね。ウイルスとか細菌も同様よ。」
「つまり、アルコールによる酩酊が起きるのかは検証してもいいわね。店員さ~ん、日本酒お願いできますか?」
(´・ω・`)「承りましたこも。元々アルコール強いんすか?」
「ぜんぜん。」
キンキンに冷えたビールを飲みほし、お味噌汁にも口をつける。その温度差が、味噌汁の風味をさらに際立たせ、出汁の味を鮮明に伝えてくる。知覚強化に味覚も入ってそうね、めちゃくちゃおいしいわぁ。
邂逅の話、その後の会議の話。
強烈な体験をした後だ、話に花が咲き、酒がすすむ。
気がつけば家にある酒類はあらかた空になっていた。
歳が離れているせいか、口ではふざけるが、妙な男女の関係を感じるような間柄ではない。どちらかというと、戦友。頼れる相棒なのだ。
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久しぶりのアルコールだったせいか、全身に酔いがまわった。アルコールに耐性があるという話は何だったのだろうか、もしかすると量が多すぎたのかもしれない…とまどろむ頭で考える。ふらふらと寝室まで歩き、布団にダイブした。火照った体に、冷たい布団が気持ちいい。じんわりと布団が人肌に温まっていくように、意識が夢の世界へ堕ちようとしていた。
既に瞼は閉じており、開くだけの力は残っていない。とすっ…誰かが隣にきた、さっきまで飲んでいたヤツの顔が思い浮かぶ。そういえば、布団は1人分しか準備していなかった。失敗したな……。
お互いに酔っているからだろうか、不意に脳裏で危険を訴えるナニカが声を上げる。
「や、やめ……」
囁くような声しか出せない。ここ数日で強くなったと思っていた、しかしこの相棒にはかなわないのだと改めて感じる。この平和な日本社会に存在する異端、その異常性にひかれて仲良くなったんだったはずだが…。強烈な眠気が脳を重たくし、意識を塗りつぶしていく。僅かに残った感覚が、布団にすべりこむ者の動きを伝えてくる。
ごそごそと、手が伸びてきて、胸元をまさぐる。他人と比べても発達した胸を、ひんやりとした手が乱暴につかむ。普段の顔と、酔った時の顔、どちらが本性なのだろうか。迫りくる貞操の危機を払いのけるより先に、その気配が顔に近寄り、頬に湿ったなにかが触れた気がした…。
…ちゅんちゅん
窓の外、雀の声に目が覚める。昨日の深酒は代謝できたらしく、頭はスッキリしていた。
自分の体を見ると、衣服は乱れ上半身は裸にされている。夢では、なかったらしい。
「や、やっぱり…」
油断していたとしか思えない。自分が寝ていた布団で、犯人は気持ちよさそうに寝ている。
その穏やかな寝顔が無性にむかつく。しかし、それ以上に、自身の体にナニカまずい事が起きている気がするのだ。昨日なにをされたのか、徐々に鮮明になっていく記憶を手繰っていく。そんな、まさか…
いそがなきゃ!はやく洗い流さなきゃ…じゃないと手遅れに…ッ
洗面所に走っていき、冷水でじゃばじゃばと顔を洗う。
その鏡に映っていた自分の顔は、ひどい有様だった。
(ぽ´・ω・`よ)
「しかもコレ、油性じゃないっスか~~!」
え?
(ぽ´・ω・`よ)人の顔に落書きはやめるのねん。
( ๑❛ᴗ❛๑ )おはよ
(ぽ´・ω・`よ)おはよ
( ๑❛ᴗ❛๑ )……♡
(ぽ´・ω・`よ)……ソクラテスの気持ち
( ๑❛ᴗ❛๑ )毒にんじん……