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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第一章 顔合わせから始めましょう。
27/163

水辺の封印洞窟 其の11 旧き神の島

30話までに1章たたみます。

帆世さんと手を繋いで、最後の鳥居をくぐる。(おびただ)しいほどの邪霊が集まり、四方八方から怨嗟の声を響かせている。邪霊の気配が真っ黒に溜まっている場所、そこには荒れ果てた神社らしき建物がぽつんと佇んでいた。

石畳はひび割れ、草がその隙間から這い出している。鳥居は傾き、朱塗りの柱は剥げ落ち、かつての鮮やかさは影もない。しめ縄は朽ち果て、垂れ下がる紙垂は黄ばんで風に吹かれるままになっていた。

強大な力場、恐ろしいほどの神域に足を踏み入れた実感がわくが、そこに神の気配は存在しない。その代わり、じっとりとした視線が絡みついてくる。私は、帆世さんに掛けている結界に力を籠める。帆世さんの横顔は、随分と苦しそうな表情をしており、血の気が引いている。先ほど、邪霊に憑りつかれた際に大きく消耗したことが見て取れた。それでも…


「巫さん!私たちは、何をしたらいいのかな!?」


それでも、私を心配させないように、二ッと無理やり笑顔を浮かべている。そもそも、早く帰りたいという私の身勝手なお願いのために皆んなが必死に助けてくれているのだ。

何をしたら、いいのか。考えろ、唯依!20年も巫女をやってきたのだ。考えろ。


「ぽよさん、ありがとうございます。まずは、神域の状態を調べましょう。手だけは、離さないようにしてくださいね。」


私は右手に力を込めて、握った。

誰もいないはずなのに、耳を澄ますと微かに囁き声のようなものが聞こえる。邪霊に混ざって聞き取れないが、何かを伝えようとしている…?右手首につけた神環の鈴が微かに震える。

風が吹いてもいないのに、木々がざわめき、空が軋む音がした。社殿に向かうにつれて、戦闘による破壊の痕が残されている。

拝殿の扉は半開きになっており、闇がぽっかりと口を開けている。中を覗くと、祭壇の上には神の依り代があったはずの場所が空っぽになっていた。そして、その場に白色白紋の装束を身にまとった白骨が倒れていた。


「これは…」


「巫さん、どうしたの?この亡くなってる人の、服だけ新品みたいにきれいだね。」


「この服、この紋章は、神域の管理者として最も高い位を示します。この強力な神域を作った人物こそが、この方だと思います。」


しかし、なぜこの場所で亡くなったのか。本来、これほどの管理者がいる神域を神が出ていくとは思えない。ならば、考えられるとしたら、この男が()()()()()()()領域を閉じたのだ。


道中の激しい戦闘の痕。無数に群がっている邪霊たち。神無き祭壇。先代の神主の遺体。


私は、亡くなっている神主の遺体に触れる。刻まれている紋章は、代々その力を受け継がせるための神装束。そこに刻まれた無念の歴史は、私が背負う。


私が触れたことで、紋章が白く発光し、亡くなっている男の人生を一瞬のうちに追体験する。そんな、彼は、この人は…。


この島は、かつて水の神を祀っており、神道を用いる結界の要のような場所だった。多くの人間が集まり、神に祈りを捧げ、神もまた人類を守っていた。しかし、突然人類の()が出現する。その敵はあまりに強く、神の力を借りて戦う人間は悉く殺された。あまつさえ、この地を守る水神の力をもってしても、打倒すには至らなかったのだ。このまま神が殺されては、人類を守る結界の要であるこの島を失う。当時の神主だった男は、その卓越した技能をもちいて島全体を異空の領域へ変貌させ、その核となる神を神域からはじき出した。そして、その空いた神の座に敵を封印し、強力な神域を維持するための“神域の核”にしてしまったのだ。この島には、“領域”と“神域”の2つの核が存在しているということになる。


この瞬間から、島にいた敵と、島で亡くなった人の魂が領域に囚われることとなる。水神は自身の神の座に戻ることができず、少しでも力を温存するために湖底で眠りにつく。そして生まれたのが、神無き神域と、魂を囚われたことで邪霊になり果てた人達だったのだ。


「帆世さん。三つお話があります。」


「ばっちこーい。」


「一つ。この領域を終わらせる方法がわかりました。領域の核は、あの青い龍です。あの龍を殺せば、この領域は崩壊し、私たちは解放される可能性が高いでしょう。ただし、この神域の核はまた別に封印されています。」


「二つ。この場所は元々、その青い龍を祀った神殿だったのです。青い龍は人々を守るために戦い、そして守り切れなかった人の魂が邪霊に姿を変えて彷徨っているのです。きっと、このまま神を殺せば、彼らの魂は永劫救われないのです。」


「三つ。当時の人々と神が戦って敗れた()がこの場所に封印されています。この()を倒せば、神を呼び戻して領域を終わらせられるかもしれません。」


「私は、いいよ。巫さんがお家に帰れたら、それでいい。みんな救いたいって顔に書いてあるよ?」


ハハハっと帆世さんが笑う。なんだか、かなわないなぁ。

今から私は、封印された()を解放する。そして、その敵を倒して神を呼び戻す。


「今からこの神域に封印されている敵も封印を解きます。それを倒せば、万事解決です。」


「分かりやすいね!」


では、参ります。封印されている場所は、ここなのだ。私は指をガリっと噛み切り、巫女の血を空間へ垂らす。流れた血は、地面に落ちることなくじわじわと空間へと文様を書くように広がっていく。随分と大きく、複雑な結界だ。この亡くなった男は、さぞかし偉大な人物だったのだろう。


「——天を裂き、地を穿ちし災厄よ。」

「今ここに、その鎖をほどかん。」

「血を鍵とし、言葉を刃とし。」

「封ぜられし者よ、顕現せよ。」


詠唱を唱え、空間に隠された巨大な結界が姿を見せる。空間が軋む嫌な音が響きわたった。

そして、ぴたりと音が消える。まるで世界そのものが息を止めたかのように、風も止み、木々のざわめきもなくなる。その代わり、いつの間にか集まってきた邪霊から尋常ではない霊圧が膨れ上がる。


次の瞬間、空間に現れた結界に無数の光の罅が走る。それはまるで蜘蛛の巣のように絡み合い、内側から蹴り崩される。


空間の穴から、漆黒の腕が這い出てくる。


—— 異様に長い四肢。


通常の人体の比率を大きく逸脱した腕と脚が、まるで生まれたばかりの獣のようにゆっくりと動き出す。骨の構造など無視されたかのように、関節が逆向きに折れ、軋む音を立てながら奇妙な角度でねじれる。人型でありながら、四足で立ち、触れた木にブワッとカビが生える。

周囲を舐め回す様に捻じ曲がる首。しかし、そこに顔がない。頭部に目や口は存在せず、亀裂の様な裂け目がパックリと空いている。

そして、その漆黒の体を覆う呪痕。異形の身体には、黒い模様のような紋様 が刻まれている。それは単なる模様ではなく、まるで生きているかのように蠢いていた。その痕が触れた空間は、微かに歪む。

まるで現実そのものがねじれ、異形の存在に侵食されていくように。


その名を——


禍ツ神(マガツカミ)。その力は、触れた物の異形化です。触られてはなりませんッ。」


「ですが、()()()()()()()()()()()()()です!」


当時の禍ツ神は、人の丈よりも3倍は大きかった。しかし、今は私と変わらないくらいの背丈に小さくなっている。

これは…そういうことだったのか。気が付いた事実に涙が流れそうになる。封印された禍ツ神の力を、囚われた人たちの魂が吸い続けてきたのだ。悪意に塗れた異形の力を吸うことは、この上ない苦痛を伴ったはず。死して尚、いつ報われるともしれず、自らを邪霊にまで堕としてまで憎き敵の力を吸い続けてきたのだ。


私たちは、この空間に来て一度も()()()()()()()

帆世さんに憑りついたのも、攻撃ではなかったのかもしれない。人類の希望とも思える彼女に救ってほしくて近寄ったのか、もしくはこの世界線にいる()()()()()()だったのかもしれない。そのあとも、私たちを遠巻きに眺めながらも、決して攻撃をしてこなかった。


ありがとうございます。いったい何百年、この小さな空間で戦い続けてきたのだろうか。

ふと帆世さんを見ると、その瞳は一切のブレなく敵を睨みつけていた。杖を投げ捨て、その両の拳を覆っている千蛇螺を握りこむ。この人、あの異形を殴り飛ばす気なのだ。帆世さんの周りに、邪霊…否、英霊たちが集う。そういえば、ずっと帆世さんは木の杖を武器にしている。


[統べる者]

此の称号に力は無い。ただ、其の者の本質を称する。


帆世さんの姿が消えた。直後、禍ツ神の眼前に移動し、その顔無き顔を正面から殴りつける。


パァン——


炸裂音が狭い室内に響きわたり、禍ツ神が壁に激突する。ぐわん、と周囲の空間を歪め、壁が急速に朽ち果てる。全身の呪痕が狂ったように蠢き、四つ足のまま帆世さんに飛び掛かる。空間すら腐らせるような異形を前に、帆世さんは怯む気配は無い。むしろ、堂々とその全身に拳を打ち込んでいく。


決して熟練の格闘技ではないが、凄まじい感情を込めた拳を真っすぐ突き刺していく。しかし、異界のソレの勢いは止まることは無く、激しい戦闘が始まった。触られては絶対にいけない。今は、辛うじて千蛇螺越しに叩いているから大丈夫なだけだ。


「帆世さん!あまり触れてはいけません!」


自分の声が震えていた。情けない。いつだって矢面に立っているのは彼女のほうじゃないか。

そんな私に、帆世さんが声をかける。


「ねぇ!なんか()()()()が言ってるみたいなんだけど、私分かんなくって!」


そうだ。たしかに攻撃は効いていないのかもしれないが、意味がないわけではなかった。

帆世さんが打ち込む拳に、集う英霊たちが熱狂するように気を上げているのだ。


私は朽ちた床に膝をつき、目を閉じる。この英霊の声を聴きたい。


「天に滅せし者の声、地に封じられし者の名よ。」

「汝らの無念、汝らの戦い、ここにて聞かん。」


英霊が次々にその名を叫ぶ。その悲劇の慟哭を上げる。


——私はそれを拾い、聴き、背負うものである!


「我が剣は、奴の腕に砕かれた……!」

「私の家族は、奴によって目の前で朽ちたッ。」

「しかし、我らは最後まで戦い抜いた神域に仕える者…。」

「この憎しみ、この悔恨、どうか……どうか、次こそ奴を……!」


かつての勇者たち。

家族を殺され、自らもまた抗う力のなかった市井の民。

神に仕えし巫女。

彼らはその悉くが滅ぼされたが、戦いは終わっていない。


「——されど汝ら、ただ囚われし魂にあらず。」

「敗れし者たちよ、なおも戦う者たちよ。」

「ここに名を呼ばん。私達は、戦う人類を代表する者である。」


彼らの歩んだ歴史、その名を言葉にして現世に生きる私たちに力を借していただく。

彼ら英霊は、極小の時空にて神となる。神は全てに宿るのだから。


「【雷閃の太刀・榊原 直繁】彼の者は、禍ツ神に最初に立ち向かい、雷の如き速さで剣を振るった将である。」


リィン——呼応するように、私の神環の鈴が鳴る。

帆世さんの肩に乗っていた英霊の黒き(もや)が晴れ、帆世さんの体に吸い込まれる。

そしてその力は千蛇螺を通して、再びこの世界に雷を走らせる。


≪スキル:蛇喰・英霊ノ力を習得しました。≫


破ァ!


帆世さんの拳が禍ツ神の歪んだ腹部をとらえる。その瞬間、雷閃が走る。禍ツ神の皮膚が裂け、大きくのけぞる。これは、効いている。


「【赤影の仏・井伊 勝成】彼の者は、赤備えの鎧を纏い、多くの人を守った盾である。」

「【不壊の刃・片倉 宗春】彼の者は、己が剣が折れても立ち上がり、最後まで戦い続けた武人である。」

「【折れ鎌・忠之助】彼の者は、家族を守る為に鎌を振るった農民であり、禍ツ神に人の勇気を刻んだ父である。」

「【千声の巫女・中条 佐和】彼の者は、千の祝詞を操り、神の声を伝える巫女である。」

「【風斬りの矢・杉山 久信】彼の者は、風の如く鋭い矢を放つ、神殿の守り手である。」

「【白紐の神主・巫 貞道】彼の者は、神に仕える巫の長にして、己が魂を捧げ禍ツ神を封じた。人類を救いし者、私の大事な()()()()。」


リィン リィン リィン リィン

  リィン リィン リィン リィン

    リィン リィン リィン リィン

      リィン リィン リィン リィン


帆世さんの拳が唸り、私の声に英霊が答え、鈴が鳴る。

黒い血しぶきが床を腐らせる。帆世さんも無事ではない。幾人もの英霊がその身を守っても、触れた物全てを歪ませる禍ツ神と戦い続けているのだ。それでも、一歩も引かず、しかし正確に暴れる四肢を掻い潜って英霊の無念をぶつけていく。


そして——白紐の神主の英霊が宿り、その拳が禍ツ神の胸に巨大な穴を穿つ。その心臓からこぼれた、奇妙にねじれた結晶を踏み砕いた。



パリン


空間のナニカが弾ける。もう周囲に残っている英霊はいない。

神域に封じられた禍ツ神の、その核が破壊されたことで、数百年ぶりに神の座が空いた。


「帆世さん!これより、神を呼び戻します。」


疲れ果てたのか、帆世さんは地面にへたり込んでいる。それでも、親指を立て、こちらに笑顔を送ってくれる。

神を呼ぶのは、大変危険を伴う。最低限、相手が人類に対して好意をもっていてくれること。そして、迎えるための神域があること。


この神域に座っている禍ツ神は殺した。しかし、神を迎えるはずの社はボロボロであり、禍ツ神が撒き散らした邪の気配が充満している。この空間で呼吸するだけで肺を蝕まれ、もしかすると時間を経て禍ツ神が蘇りかねない。そんな場に来てくれるだろうか。ここの英霊、その力を一身に受けて戦った帆世さんの努力を無駄にできない。


私は、心から祈りをささげる。


——天津久渡来(あまつひさわたり)、瑞穂の国の根幹を潤す者よ。幾千の時を経ても、変わらぬ流れのごとく。汝が力、ここに戻るを願わん。穢れし地を洗い清め。汝が水、汝が恵み、汝が御心。今ここに、再び注がれよ——


「水の神よ、久遠の座へ還りませ」



巫女の声が、静かに澄み渡る。

乾いき澱んだ空気がしっとりと湿り、見えぬ川の気配が生まれる。

不可視の川は次第に勢いを増し、囂々(ごうごう)とこの地を流れ始めた。

不浄な気配は、その存在を洗い流される。清い流れが私や帆世さんの傷を消していく。


「ふわぁ…神域って感じがするねえ。」


「水の神が、戻ってきてくれるようです。」


不可視の激流は、神の帰還の予兆に過ぎない。次第に神殿の中に渦が生じ、そこから巨大な青い龍が降臨した。


——我は水神である。——


「久しいノ、お二人!」


なぜかその頭には、ハラフニルドがのっている。どうして?


——そこの巫女よ。神に仕える身でありながら、この我を神域から追放するとは。——


圧倒的な存在感を放つ神が、私を睨むように視ている。ゾワリ、凄まじい圧力に身がすくむ。


「コラ、水神。」


私の前には、いつの間にか帆世さんが来ており、その背中でかばう。そして、ペチン!ハラフニルドがあろうことか神の頭をひっぱたいた。


——分かっておるわ…良い、良くやった。——


——そこな女。汝、よくぞ禍ツ神を討ち果たした。この地の管理権はやれぬが、代わりの力を授けようぞ。——


「こもじちゃんが、ちょっとまずい状況だかラ、早くするノ!」


目の前の光景に脳の理解が追い付かない。

ひとまず私は赦されて、帆世さんに語り掛けている。ハラフニルドさんは、もうよくわかんない。


「んん…アレを倒したのは、ほとんど巫さんのおかげよ。それに管理権くれないってのはナニ?巫さん帰れないじゃん。」


——この地を守護するのが我が役目。殺されてやる訳にはいかんわ。——


——禍ツ神の遺した欠片を完全に消すまで、この領域を開けることは赦さぬ。——


「困ったわね。それじゃあ、転移の能力貰えるかしら?巫さんを送り返せるだけの力が欲しいの。」


——良い。——


≪スキル:空間転移を習得しました。≫


(帆世:あっさりと能力がさずけられる。能力を他人に与えるのって、意外とできることなのかしら。ここ数日の激動の日々に、私は考えることメモに新たな項目を刻む。)


「神様、ありがと。もういいわよ。で、フニちゃん、こもじやばいの?」


「黒い獣がナ、相当に手ごわい様子じゃ。」


「あのクマちゃん、強そうだもんね。さすがに、こもじが心配だわ。」

「分かったわ。じゃあ、そうね。短い間だったけど、二人ともありがとう。ちょっとお家まで送ってあげるわ☆」


私は口を挟めないまま、会話が進んで行く。

神様を前にしても、自由奔放な2人はどんな精神状態なのか、、。一生真似できないなあ、と心の中で1人苦笑する。


「巫さん、フニちゃん。なにかあったら、お互いに呼びましょ。きっと、また会えるわ。」


「フフ、寂しくなるノ。」


帆世さんと別れの挨拶をすます。わずが5日、この5日で私はどれだけの物を得ることができたか。

感謝を述べたいのに言葉が出ない。ただただ、涙が溢れてしかたがなかった。


そんな私と目を合わせ、帆世さんが【空間転移】を使う。最後まで優しい微笑みを浮かべた少女が、目の前からいなくなった。



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巫さんと、フニちゃんを無事転移させることができた。触れてないと使えないのは、ちょっとだけ使い勝手がわるい。


こもじが居る場所がわからないから、すぐ転移はできそうにない。幸い、島の最も高いところに社が建っている。そのまま外に駆け出し、湖の中心から島全体を見渡す。


グルォオオオオ


すぐに見つかった。大きな家の様なサイズの巨獣が、二足立になって暴れている。

その足元には、こもじらしき人影も見えた。よく見て、少し離れた場所に転移する。


【空間転移】


「こもじ!遅くなってごめん!生きてる?」


(´・ω・`)「ちょ、このクマさんズルくって」


元気そうだが、その全身はボロボロだった。

黒銀ノ獣が大きく腕を振りかぶり、その爪で地面を盛大に抉る。まるで大砲のように木と岩と土砂が混ざった塊がこもじに叩きつけられる。かろうじて躱しているが、その破片が皮膚を浅く斬り裂いているのがわかる。


確かにズルいわ…


こもじが優勢を保っていたのは最初の幾分かにすぎなかった。その獣の攻撃が当たれば即死、圧倒的重量ゆえに刀で受けることもできないのだ。

それに気が付かれてからは、二本の足で立ちふさがり、その巨大な爪を使っての叩き潰し。もしくは地面を抉って散弾を放つようになってきたのだ。こうなっては技も使えず、じり貧になっていた。


やば!言ってる間に、こもじに追撃を仕掛けようとしている。


【ファストステップ】


激しく動く戦闘に、転移は溜めが長すぎる。さらに、任意の地点に物体があった場合のことは検証もしていないのだ。

超速で獣の背中に接近し、拳を突き立てる。いったーい、硬すぎるでしょこれ。まあいいのだ、わたしの目的は触ってしまえば達成できる。


【蛇喰・致命ノ毒】


私の千蛇螺の籠手に生命が宿り、血液を毒に変換して獣に牙を突き立てる。さすがに毒は効いたようだ、一瞬その全身の筋肉を硬直させて身動きが止まる。


(´・ω・`)【神刀の型・諸手突き】


すかさず、こもじが居合を発動する。普段使っていない方の刀を、右手で抜きながら鼻先を斬りつけ、流れるように両手で握って獣の左目に突き刺した。


その激痛に獣が身を跳ねさせる直前、私の3手目のスキルが発動する。


【空間転移】


触れていた獣が、パッと消える。

元の世界に帰すわけにもいかず、この領域(ダンジョン)の外、つまり表の島に送ったのだ。

私たちがもともと連れてこられた島の湖のほとりにで悶えていることだろう。



ふぅ—。疲れたわね。色々と。

当面の危機を脱した今、ドッと疲れが出てきた。


(´・ω・`)「うわ、何スかこれ。」


「あー…とりあえずダンジョン攻略はしたんだけどね?管理権はもらえなくて、代わりに転移のスキルもらえたのよ。巫さんと、フニちゃんは帰ったわよ。」


(´・ω・`)「えーいいなー。」


「それにしても、あの怪獣大戦でよく生きてたわね。」


(´・ω・`)「あーたが行ってこいって言ったんでしょーが。」


「クマちゃんは、このダンジョンの外にいるわよ。で、私達今からどうする?帰る?」


(´・ω・`)「巫さん帰ったんすもんね。じゃあ——」


帰るわけないのだ。この邂逅で、いかに戦う力が大事か思い知らされた。

特にダンジョン入りしてから、ほとんどフニちゃんや巫さんのお世話になってきた。

私もこもじも、異能は手に入れたが、なんというか地味だ。地味地味だ。


「あのクマちゃんさ、倒したらなんか素材になりそうじゃない?」


クマにはたっぷり毒液を注入している。しばらく時間をおけば、相当に弱るはずだ。

それにしても異常に強いことに間違いはない。落ちている毛を、何となく岩に投げつけてみれば岩が割れた。


(´・ω・`)「100太刀くらい浴びせたんスけど、結局最後の一突き以外はダメージもろくにはいんなかったっス。」


巨木を切り倒す刀技をもってしても、断てない毛皮。受けを許さない怪力。

人の身ではどうしようもない異形の化け物。そういえば、さっき戦った禍ツ神もこの黒銀ノ傷羆の同類だ。

人類に与えられる敵は、この地を守護する神の力さえ凌駕しかねない。


「残ったのは、あのクマちゃんと…。鬼が1人いるのよね。姿も見てないけれど。」


巫さんから共有してもらった情報の中に、他の世界線の情報がわずかだがある。

その中でも、鬼世界は相当に特殊な修羅の世界だ。


その修羅の世界の代表、孤傲鬼(こごうき) 冥月(めいげつ)

いったい何者なのか。


フニちゃんや、巫さんのように味方になれそうなら接触してみるべきだ。なんだったら、私がお家までタクシーがわりに送ってあげてもいい☆


なんにせよ、今日はもう動けない。まだ時刻はお昼だが、眠たくてしょうがない。


「こもじ~。拠点にもどろ~。今日は魚じゃなくて、血が滴るような赤身肉に赤ワインを添えて飲みたいわ。」


(´・ω・`)「このボロボロな姿が見えてないんすか?」


ここからでは、拠点の位置がよく見えない。

歩いて帰るしかないみたいだ。おんぶしてくれないかな。


重たい体を引きずるように、私たちは歩き始めた。お互いに、いかに自分が戦った相手がやばかったのかをマウントしあい、その道中の暇をつぶすのだった。

(´・ω・`)「俺だけお別れ言えなかったっス。」


なんか寂しいこもじであった。

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