第25話
横合いから振るわれたこん棒に、僕は吹き飛ばされる。闘技場の壁に叩きつけられた僕は、とっさに身をかがめた。
すぐ頭上を鉄球が唸り声をあげて過ぎ去っていく。間一髪で鉄球をかわした僕に迫る鋭い槍の一突きを飛び上がって避けると、目の前に斧が迫っていた。
なすすべもなくまた吹き飛ばされる。闘技場の壁にもたれかかりながら僕は血を吐きだした。
マルグレット卿もまた二、三体の石像に追われている。弓を射かけているが、あまり成果を上げていないのは明白だった。
ふと、僕に大きな影が差す。見上げると、怒りで肌を真っ赤にした怪物が手に持つロングソードを振り下ろそうとしていた。たまらず僕は前に飛び込む。
背後でロングソードが地面に叩きつけられる激しい衝撃が地面を揺らす。怪物の背中の手から放たれた無数の短剣が僕に向けて飛来した。
そのすべてをかわすことは出来ない。僕はいくつかの短剣をあえて食らうことにした。
前後左右、あちこちに飛び回って急所に当たりそうな短剣を避ける。が、僕の鎧に次々と避けきれなかった短剣が刺さっていった。
そのうちの一つが僕の肩の矢の傷を抉る。痛みに顔をしかめさせた僕は真上から僕を狙うハンマーに気がつかなかった。
勢いよく振り下ろされたハンマーに僕は大地へと叩きつけられた。腹部に激痛が走る。肋骨が二三本もっていかれたか。
観覧席のパトリシア殿下がもう見ていられないといわんばかりに声を張り上げた。
「ショルツ、はやくこの闘技場から逃げよ! ほ、本当に死んでしまうではないか!」
僕は大地に手をつき、無理やり起き上がる・
「いいえ、パトリシア殿下。僕はあなたと一緒でなければこの闘技場を後にするつもりはありません。」
全身が血まみれで、鎧はボロボロ、あちこちが欠けていた。それでも、片手に握る木製の剣を支えに立ち上がる。
パトリシア殿下の唇がわなわなと震える。泣きそうになりながら、殿下が悲痛な叫びをあげた。
「なぜ私の言うことを聞いてくれんのだ、もう私は自分のせいでお前に傷ついてほしくない! 私など見捨ててくれ、頼む……。」
ああ、その顔が気に食わないのだ。
「その自分のことなど諦めてしまったような顔が、僕には辛抱できない!」
横合いから振るわれたロングソードを半ば倒れこむようにして避けると、僕は周囲全てを石像に囲まれていた。剣が、斧が、槍が、同士討ちすらお構いなしに振るわれる。
無数の武器が僕に迫るのが、やけにゆっくりに見えた。あと数瞬の後に、その無数の刃は無慈悲に僕の命を刈り取るだろう。
もちろん、木で出来た剣など一瞬で砕け散ってしまう。いくら頭をひねっても、どうしようもない。僕は絶体絶命を通り越して死んだも同然だった。
もはや、退路はどこにもなかった。視界の端で泣きそうな顔のマルグレット卿が何かを叫んでいる。
何かないか。目が活路を見出そうと盛んに動き回る。手はもっとましな武器を求めて地面を探った。
何か、ないのか。
その時だった。
僕の指が、砂の中の何かに触れた。
それを剣の柄だと認識する頃には、僕はそれを握りしめて頭上から一斉に迫りくる刃に突きを放っていた。
瞬間、闘技場が青白い光に包まれる。僕に近づいていた全ての武器が粉砕された。吹き飛ばされた武器の破片が周囲に飛び散る。
いつの間にか、僕の手には淡く光を放つ一振りの剣が握られていた。うろたえたように、周囲の石像たちが後ずさった。
なぜか、体が軽かった。今なら月にだって飛んでいけそうだ。僕は青く光る剣を片手に、そっと目を瞑った。
我に返った石像たちが僕に向けて殺到してくる。それなのに、僕の心はないだ湖面のように穏やかだった。
次の瞬間、瞬きもしない間に僕は全周の石像に向けて突きを放っていた。
石像たちの岩の肉体に同時に複数の孔が穿たれる。もはや自重を支えきれなくなった石像たちは自壊し、自らを無数の巨岩の破片と化して消滅した。
一瞬、闘技場全体を沈黙が覆う。石像も、剣闘士の怪物も何が起こったか理解できていないようだった。
手の中の剣を握りしめる。全身を不思議な高揚感が包んだ。そっと、剣を体の前に捧げ持って構える。
歳を覆うドームの穴から漏れた光が、ちょうど僕を照らしている。剣の刃に反射した光が、万華鏡のように光り輝いた。
「ばかな、あの剣は……。」
パトリシア殿下が熱に浮かされたように呟いた。
「三百年前に王家から失われた伝説の宝剣、初代国王シャンドラニウスが太陽の精霊から賜った魔剣、」
――――――――聖剣、ファルソロン。
一体の勇敢な石像が自らを奮い立たせるように手に持つ盾と剣とを打ち鳴らしながら僕に向けて突撃してきた。つられて十体ほどの石像が後に続く。
一塊となって僕にむけて駆けてくる石像たち。莫大な質量の移動に、闘技場の地面が悲鳴を上げて揺れる。
僕は体を開き、弓を引き絞るように剣を構えた。
先頭を走る石像が恐怖に顔を歪ませながら振りおろした剣。その切っ先が僕の頭に触れるか、触れないか。
その瞬間、僕の剣が解き放たれ、一筋の閃光が闘技場を走った。
後に残ったのは放たれた突きで同時に貫かれた十体の石像に開けられた、巨大な風穴。信じられないといった表情で次々と石像が倒れていく。
一瞬で仮初の命を失って倒れこむ仲間に、残った石像たちは飛びずさった。そして、恐る恐る僕に視線を向ける。
僕は静かに、石像たちを見回した。今まで感情らしき感情を浮かべたことのなかった彼らの瞳に、今ははっきりと畏怖の色が見てとれる。
僕が一歩前に踏み出すと、石像たちが一歩後ずさる。
僕が二歩前に踏み出すと、石像たちが二歩後ずさる。
石像たちはついには我先に闘技場から逃げ出そうと観客席へと登り始めた。
怪物が唸り声をあげて石像を止めようとするも、生まれて初めて感じた特大の恐怖におびえる石像たちには関係がない。
脱兎のごとく逃げ出した石像たちの後に残されたのは、一人きりになった剣闘士の怪物のみであった。




