152話
夕方頃、人間達の部屋にヘルルート達が迎えに行った。
そこでまた人間達に『人参と大根が動いている』と驚かれたのだが、ひとまず懐こく動き回る人参大根については警戒もされず、ヘルルート達は案外スムーズに人間達を案内した。
……そうして人間達が案内された先は、会議室。白と黒の大理石でチェス盤のように彩られた床の上に、金象嵌の紫檀の円卓。円卓の上には魔石細工の豪奢なシャンデリアが光を落とし、円卓の上に並べられた飲み物のグラスに反射して煌めく。
品よく豪奢な会議室は、人間達を少々緊張させた。だが、中に通されて着席すれば、そこは魔物も人間も等しく円卓の上。いよいよ始まる会談に、人間達は心を奮い立たせる。
「我ら魔物の国と、そちら人間の国の和平のために必要なことは何か。この会談中に全て決めるとはいかずとも、何か進展があればと思う」
魔王の言葉で、会談は始まった。
「では、始めよう」
……会談の様子を見ながら、あづさは少々面白く思っていた。
人間側は思っていたよりも、譲歩すべき部分を明確にしてきたのだ。
まず、ピスケの町近辺の領地……つまり、200年前、勇者イーダによって人間の国の領地となった土地について。
それらは魔物の国に返還しない、と、人間側は主張した。
……だが、魔物の国に返還しないが、人間側のものとするつもりもない、と。そう、申告してきたのである。
200年前、300年前に新たに人間の国となった部分については、魔物と人間の入り混じる特別区にする、ということだった。
どこかにはそういった特別区を設けて段階的に人間と魔物の交流を行った方がいいだろうと考えていたあづさ達としても、それなりに納得のいく話ではある。
勿論、その区域をどちらが管理するのか、どのように管理するのかも明確にしなければ、何かと揉めそうだが。
次に、今後の交流について。
人間側は、当然、魔物の国の魔法を欲しがった。
人間の国の魔法はダニエラが集めて独占して保管していたが、その過程で失われてしまったものも数多い。それらを人間側も使えるように、というのが、人間側の大きな要求の1つである。
これに対して魔物は、少々慎重だった。
……何せ、人間は数が多い。魔物と同じように魔法を使える者達が魔物より増えれば、人間と魔物の立場は逆転してしまう。
人間の方が持つ魔力が少ないという特性はある。だが、それも数の前には押し切られかねない。
よって、少なくとも当面の間……魔物を当たり前に憎む人間が居なくなるまでは、魔法の輸出は慎重に行いたい考えだ。
最後に、今までの清算について。
……人間の国は、『一切を白紙に』ということを提案してきた。
要は、人間側が魔物側に与えた損害も侵略した埋め合わせも一切せず、魔物側がやはり同様に人間側へ与えた損害なども全て白紙に、ということである。
互いに被害者意識がある上、記録も記憶も魔物の方にしか残っていない。ならば、歴史上の正しさなどどちらかが主張したところで水掛け論になるだけだろう、と。
これについて、魔物側は色々と言いたいことも思うところもあったのだが……概ね、同意した。
要は、これ以上の面倒は何の得にもならない、と。そういう判断を示したのである。
今、魔物の国が人間の国と交流することで得られるものは、あまり多くない。精々、魔物の国ではあまり発達しなかった科学の技術を仕入れ、人間の国特有の文化を取り込み、人間の国特有の資源があればそれを入手し、外貨を得るための相手を得……そしてエルフという種族を救う、という。ただそれだけのメリットがあるばかりなのだ。
ならば何故、魔物側は人間の国との和平を望むか、とすれば、利益を得るためではなく、今後の不利益を被らないためなのだ。
『勇者』は、禁じ手であった。異世界の力を使って自分の世界の問題を解決するなど、ある種の傲慢である。
しかし人間の国はその禁じ手に手を出したのだ。その結果、魔物の国は大きな被害を受けた。
また、勇者マユミと先代魔王の事件についても同じようなものだろう。あれはエルフが犯人であったわけだが、元々人間の国と魔物の国の間に和平が成り立っていたならば、先代魔王の死は避けられたはずである。
そう。魔物の国は、人間の国の動向を知り、ある種の監視を行うことで、自分達のより強い安定を求めているのだ。
……よって、ここで人間の国と揉めるのは得策ではない、と判断した。何せ、揉めたところで勝ち取れるものはあまり無く、不利益は確実にあるのだから。
そのようにして、人間側の要求について審議が為され、決まる部分は決まり、決まらない部分はひとまず本日は保留、ということで決定した。
魔物と人間による特別区の管理は魔物と人間の両方で行うこととし、目指す姿などの意識のすり合わせもできた。特別区に設ける施設や制度についても概ね決定したので、こちらは大きく話が進んだと言える。
次に、魔法の輸出入に関しては、『魔王が許可した道具のみ、流通させる』『魔法学校を特別区に設立する』ということでひとまず落ち着いた。
……道具が無ければ魔法を使えない、という状況ならば、ある程度は人間側の武力を魔物側がコントロールできる。そして、道具無くして魔法が使える人間は皆、魔物が教える魔法学校で学ばなければならない、という条件を設ければ、危険な思想を持つ人間に魔法が渡ることはある程度避けられるだろう、と。
人間側は『魔法学校』という提案に大いに戸惑ったが、ひとまず、そこに交流団が真っ先に通う、ということで様子見することにしたらしい。
……尚、この決定の後、教師にはミラリアやルカ、ラギトといった各四天王領幹部達が推薦された。その結果、シャナンが真っ先に生徒として名乗りを上げた。
平和である。
そして。
『今までの清算』について。
……魔物側は、人間側に提案したのである。
『異世界から勇者を召喚する時には、両国の合意を』と。
「……つまり、今後、人間の国では勇者召喚が制限管理される、と?」
「100年前の悲劇を繰り返さぬためだ」
アーリエス4世が震える声で問えば、魔王は冷静にそう返す。
「勇者の存在は大きい。召喚するのにも供物が大量に必要となる。そして異世界の勇者がこの世界の争いに首を突っ込むということ自体、摂理に反するだろう。互いの利益のために勇者を欲するというならば猶更、お互いに勇者召喚を監視すべきであると考えるが」
魔王の言葉に対して、人間達は押し黙った。
……そして。
「……承諾しかねる。勇者は人間の、最後の希望なのだ」
アーリエス4世は、そう、答えたのである。
……その後、議論は平行線を辿った。
勇者召喚だけが独占技術であり、勇者だけが魔物に対抗し得る武力である人間側としては、勇者召喚の自由を失ってしまいたくはないのだ。
だが魔物側としても、今後好き勝手に勇者を召喚され続けては困る。そもそも、勇者が召喚元に従い続ける保証もない。勇者が集まって第三陣営を築き上げ、かつてのエルフのようになることも考えられる。勇者召喚は、両者が互いに管理できるべきであるという主張を翻す気はなかった。
そんな両者が話し合ったとしても平行線を辿るだけである。
結局、その日の会談はそこまで、ということにして、両者の心象の悪化は避けることになった。
「うまくいかんもんだなあ」
ギルヴァスはそう言って、ため息を吐いた。
「そう?うまくいった方だと思うけれど。魔法学校の提案を通せちゃったのは大きいわよ」
「そうか?うーん……しかしそれでも、勇者召喚については制限を設けたかったなあ……」
「ま、明日以降もあるわよ。のんびりやりましょ」
あづさはそう言って笑って……それからふと、ギルヴァスに尋ねる。
「何か、勇者召喚について思うところがあるとか?」
「ああ……うん、そう、だな」
ギルヴァスは歯切れ悪く、そう言う。
あづさが言葉の続きを待つと……やがて、頭を掻きつつ、続きを口にした。
「……そもそも、人間側が、どうして勇者を召喚できるのかが分からない」
「え?……あ」
言われて、あづさも気づく。
人間の国が、魔物の国でも難しい魔法を使っている、という事実に。
「魔法の技術はこちらよりずっと劣る。資源がこちらより潤沢だとも思えん。……ラガルですら、君を召喚するのにずいぶん手こずった。それを、人間があっさりと召喚できるものなのか?」
ギルヴァスはそう言って表情を曇らせた。
「何か、俺達が知らないことが、まだあるように思えて仕方がない」




