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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
五章:力、絆、せつな
150/161

150話

「すまないが、争うつもりは無いんだ」

 ギルヴァスはそう言うと、掴んでいた魔王の腕を、やんわりと離す。

 要は、魔王の腕を離したところで、『争い』にすらならない、と。ギルヴァスはそう言っているのだ。

 それに魔王は、激高した。

「随分と甘く見たものだな!」

 今度こそ、殺す。明確な殺意を持って、魔王はギルヴァスを狙った。しかしそれらは全て、ギルヴァスの腕の一振り、或いは地の魔法のいくつかによって、完全に防がれてしまう。

 それでいて、ギルヴァスは『防ぐ』以上のことは何も、しようとはしなかった。それがまた、魔王にどうしようもない怒りと絶望感を与える。

「魔王様。とりあえず、分かってくれたかしら。今、ここで戦っても無駄だってこと」

 あづさの言葉を聞きながら、魔王は次に、あづさへと手を伸ばす。ギルヴァスを殺せないなら、こちらから、と。

 だが、それはまたあっさりと、ギルヴァスに掴まれ、止められるのだ。

「俺を狙ってもらう分には構わないが、彼女は、駄目だ」

 先程より少々強い力で掴まれ、少々強い視線を向けられて、魔王は冷水でも浴びせられたかのように怯む。仕方なしに魔王は、あづさへ向けていた腕を全て、引っ込めることになった。酷く屈辱的であったが、やむを得ない。魔王は歯噛みすると同時、多少、冷静になってもいたのだ。

「ええとね、魔王様。私達、あなたの地位を脅かしに来たわけじゃ、ないのよ。ただ、いくつか確認したいことと、お話ししたいことがあって」

 そんな魔王に、あづさはそう言う。

「『魔王の力』をギルヴァスがもってるのは、こちらの話を聞いてもらうため。さっき彼も言ったけれど、争うつもりはない。それは本当よ」

 魔王が何も言わずにいると、あづさはそれを肯定とみなしたらしい。にっこりと笑うと、そっと、闇に手を伸ばした。

 これには魔王も、狼狽する。

「な、何をする!」

「姿が見えないと話しにくいのよね。ねえ、お姿、見せてくださらない?」

「無礼者!やめろ!」

「ギルヴァス。この闇って払えないの?」

「いや、まあ、うーん……やってできないことはないだろうが……魔王様、すまない。うちの参謀殿がそうご所望なのだが、いいだろうか」

「許さんぞ!ギルヴァス・エルゼン!」

「あづさ、魔王様はそう仰っておいでだが」

「ギルヴァス!剥いじゃいなさい!」

 ギルヴァスは見事、板挟みになった。

 そしてギルヴァスはしばらく唸っていたが……結局、従うべきはどちらか、決めることになった。

「……すまないが、魔王様。これは退かさせてもらうぞ」


「……あら」

 あづさは、驚いて魔王を見つめた。

 闇を取り払われて露わになった魔王の姿を見て、あづさは……。

「ぶ、無礼者!貴様ら、どういうつもりだ!」

 魔王が声を荒げたが、先程までの威圧感は無い。闇を通さずそのまま聞こえる声は、あづさが予想していたよりずっと若々しかった。

 魔王は嫌がっている様子だったが、あづさはまるで気にせず、まじまじと、魔王を見つめた。

 ……そこに居たのは、あづさとそう齢の変わらないであろう少年だったのである。




 あづさは納得した。道理で、魔王が姿を見せたがらないわけよね、と。

 要は、この姿ではなめてかかられるから、ということなのだろう。実際、あづさは以前、闇の向こうから伸びてきた腕や刃を前にした時より、今、少年の姿の魔王と対峙している方が余程やりやすい。

「さて。これで落ち着いて話ができるわね、魔王様?」

 あづさはにっこりと魔王に向かって笑いかける。魔王は只々、敵意と警戒を前面に押し出しながらあづさを睨みつけるが、あづさはそれを恐れない。

 少年の姿でなくとも、恐れる理由など無かったのだ。今更、魔王相手に怖がる必要もない。何せ、今、魔王よりもギルヴァスの方が強いのだから。

「それじゃあ、魔王様。私が人間の国へ赴いて得た情報をお話しするわね」

 ギルヴァスが部屋の床材から椅子を生み出すと、あづさは早速魔王に断りを入れてから座って、話し始める。ギルヴァスも椅子に座ってしまうと、魔王も、魔王だけ立っているのが馬鹿らしくなったらしい。玉座に座って苛々とした表情を浮かべる。

「まず大前提なのだけれど……先代魔王様は、人間との和平を確かにお望みだったわ」




 魔王は苛つきを次第に収めていった。怒りを感じている場合ではなかったのだ。

 自分より遥かに若い少女が、自分の知らない知識を語る。人間の国のこと。人間の国との間に張られた結界のこと。その結界を張った、先代魔王の意図。

 そして、先代魔王と勇者マユミについて。エルフとの確執についても。

 ……それらを聞いて、魔王は、酷く動揺していたのだ。

「そういうわけで、100年前の事件については、主犯はエルフの女性だったらしいの。彼女の目的は、エルフを救うこと。……人間の国と魔物の国が分かれていなかったなら、きっと起きなかった問題だったわね」

「魔王の力についても、彼女が持っていた。俺は今、それを預かっている。そういうわけだ」

 あづさとギルヴァスの説明を聞き終えて、魔王は俯く。

 ……憎んでいたのだ。ギルヴァス・エルゼンを。

 魔王は、ギルヴァスが先代魔王の間接的な死因となったのだと認識していた。ギルヴァスが勇者に負けて、そして、魔王城へ勇者を導いたのだ、と。……要は、ギルヴァスは勇者に負けた後、勇者側に寝返ったのだ、と。

 それが命乞いの結果だったのか、それとも勇者に靡く軟弱な意思を持っていたからなのかは魔王には分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。ただ、魔王にとってギルヴァスは弱者であり、裏切り者であり、先代魔王の間接的な死因であり……憎むべき相手だったのだ。それだけだった。

 だがしかし、真実は違うと、今更言われてしまった。

 そもそも、先代魔王が人間との和平を望んでいて、それを知っていたギルヴァスが、同じく和平を望んでいた勇者をこっそり、先代魔王と引き合わせた、と。

 ……ギルヴァスは敗北したわけではなく、裏切ったわけでもなかった、と。

 今更何を、と、魔王は思う。そんな真実があるならば、知らせるべきだっただろう、と。

 だが、思い出してみれば、100年前のあの時、魔王は先代魔王を喪った怒りと悲しみを全て、ギルヴァスへぶつけたのだと思い当たる。

 当時、まだ100歳程度でしかなかった魔王は、その幼さ故に、当然その精神も未熟であった。

 未熟でありながらも心折れずに居たのは、憎む相手が居たから。

 そして、未熟な魔王が100年前の動乱を乗り越えて魔物の国を治めるに至ったのは、国全体で責任を負わせ、団結して憎む相手が居たから。

 人間の国へ反撃に出なかったのも、魔王が制約を負っていたからだけではなく……憎しみをぶつける相手が、国内に居たからだ。

 ギルヴァス・エルゼンはそこまで理解して、弁明など1つも口にせず、ただ虐げられて憎まれていた。

 そう、気づいてしまった。


「……父上は、貴様を、重用していたな」

「ああ。ありがたいことに」

「父上に、頼まれていたのか」

 何を、とも言わずに魔王が問えば、ギルヴァスは穏やかに、少々困ったような顔をした。

「うーん……あなたのことについては、まあ、多少は。恐れ多いから、と、辞したが」

 魔王が目で続きを言うように促すと、ギルヴァスは思い出すように、懐かしむように、言う。

「あなたの側近になる気は無いか、と、お声がけ頂いていた」

 魔王は目を見開いた。

 魔王の側近に、ということは、即ち、この国の頂点から二番目の地位に、ということである。先代の魔王は、それほどまでにギルヴァスを買っていたのだ。

「信頼できる部下が居たから、彼に地の四天王の座を譲ってこちらへきて、あなたが100年この国を治めた後、俺も引退しようか、と、思わんでもなかった。だが、そりゃあまあ、当然、あんまりにも恐れ多いことだったし、俺にその能力があるとも思えなかったし……代替わりはもっとずっと先の話だと、思っていたから、なあ……」

 ギルヴァスが言葉を濁しても、魔王には想像がつく。

 先代魔王のことだ。恐れ多い、と、次期魔王の側近の座を辞したギルヴァスに対して、『まだ先のことだからゆっくり考えて決めろ』とでも言っていたのだろう。先代の魔王も、自分がまさか、殺されることになるとは思っていなかったのだろうから。


「……そうか」

 魔王は、組んだ手の上に額を乗せて、俯く。

 衝撃ばかりだ。

 魔王の力が無いことを暴かれ、暴いた相手が魔王の力を持っていて、力で負け、自分の年若く威厳の足りない姿まで暴かれ……そして、真実を知らされた。

「……もし」

 魔王は顔を俯けたまま、視線だけをギルヴァスに向けて、問う。

「真実を告げる機会がなかったなら。貴様は永遠に黙っていたのか」

 責めるような語調になることは、抑えられなかった。そうでもしなければ、今すぐにでも崩れてしまいそうだったから。

「……かもしれない。うん、そうだな。あづさが来て、色々と事情が変わって、こんな形であなたに知らせることになってしまったが……」

 ギルヴァスはそう言って、申し訳なさそうに、魔王を見る。その視線が、どうにも魔王には耐え難い。

「伝えない方が良かったとも、思ったんだが。だが、あなたを見て、やはり、先代様のお気持ちを伝えられたのはよかったとも、思っている」

 だが、申し訳なさそうながら、ギルヴァスはもう一歩、踏み込んできた。不敬だと言ってやることもできるのだろうが、そうする気にはなれない。

 そして、ギルヴァスは幾分晴れやかな顔で、言うのだ。

「あなたはもう、立派になられた。俺が気遣う必要など無いくらい。……だから、まあ、先代様もお許しになると、思いたいな」


「……許すだろうよ。父上は」

「そうかあ。うん、そうなら、嬉しい」

 どうにも、やりづらい。

 魔王はギルヴァスに対して、そんな感想を抱く。

 憎まれても仕方がないのに、全く憎んでいる気配がない。虐げられたことも気にしていないようだ。それが、魔王を未熟な守るべき存在だと思っての行動だというのならば耐え難いが、ギルヴァスはどうも、既に魔王を認めているらしい。敬意が無いわけではない。そして何より……非は、自分にもある。

「貴様が側近でなくてよかった」

 魔王はそう、零す。

「やりづらくてかなわん」

 その真意をどうとったか、ギルヴァスは苦笑いを浮かべつつ、そうか、とだけ、答えるのだった。




「ええと、それで今までの話、信じて頂けるかしら」

 たっぷりを間を置いて、魔王が落ち着きを取り戻したところで、あづさはそう、魔王に尋ねる。

「今までの話って全部、私達が嘘を吐いていないって証明するのは難しいし、あなたの許可なしに人間の国へ行ったのも間違いないわけだし……」

 今更不安げな顔をするあづさを見て、魔王は嘲笑なのか自嘲なのか分からない笑みを浮かべる。

「信じざるを得ん。辻褄は合う」

 魔王の返答に、あづさは少々、不可解そうな顔をする。それもそうだろう。『辻褄が合う』ことが正しさの証明になるわけではない。あくまでも、嘘ではない可能性が生まれる、というだけなのだ。あづさもそれは分かった上で、先程の発言をしている。

 ……だが、辻褄より先に、魔王は納得していた。


 魔王は亡き母の姿を思い出す。

 若々しく美しく、優しかった母。争うことなど好まず、父である先代魔王とも仲睦まじく……それであるのに、人間の国の近くへ共に出かけた時、人間達の手で殺されてしまった、その母は……。

 ……エルフだった。


 だから先代の意図は、十分に理解できてしまった。

 ……彼は、自分の子と亡き妻のために、より良い世界を作ろうとしていたのだ、と。




「……それで。人間の国との和平は、どのように進んでいる。説明せよ」

 魔王はそう問いかけ、顔を上げる。

「余は魔王だ。この国の、王だ。……貴様らだけに任せてはおけん」


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