136話
「ダニエラは、何考えてたのかしら」
あづさはダニエラを追う傍ら、そう呟く。
「魔物の国の魔法が人間の国よりずっと発達しているっていうことは、ダニエラにも分かっていたはずよね?その上で魔王殺しを私に命じた、っていうのは……ちょっと、無謀に過ぎる気がするわ」
あづさの疑念は、そこにあった。
何せ、あづさは只の女子高生である。異世界からやってきて間もないただの女子高生に、魔王を殺せ、と命じるとは。
……尤も、ダニエラの様子を見ている限り、あづさが魔王を殺すことよりも、クレイヴがあづさを殺すことを期待していたようにも見えるが。
「でも、その後、魔王が攻めてきたらどうするつもりだったのかしらね。勇者を殺して、魔王を後から……うーん、流石にそれは見積もりが甘いわよね」
人間の国の魔法を独占したことで、人間の国では魔法が発達しなくなった。魔物の国の魔法の方がより効率的で、効果も高い。そんな魔法を当たり前に使う者達に、ダニエラは『フォグ』だけを送り込んで、最悪の場合は勇者と魔王、両者を殺させようとしていた、ということになるが……。
「ねえ、クレイヴ。もしかしてあなたって、ものすごく強かったりする?」
「不意打ちなしで地の四天王に勝てる気はしない」
「不意打ちアリなら?」
「3割」
3割。そっけなく返された言葉に、あづさは唸る。
恐らくクレイヴのことだ、驕りも謙遜もない数字なのだろうと思われる。その3割に、ダニエラは全ての期待を賭けていた、というのだろうか。
「あの人、絶対にまだ何か、隠してるわよね」
「だろうな」
「ねえクレイヴ。それが何か、知ってる?」
「知っていたらもう吐いているだろうな」
ああそう、と、あづさはため息を吐いて廊下の先を見据える。
城に入ってから玉座まで続いていた絨毯は今やなく、石材に靴がぶつかる音が良く響く。明りも少なく、朝だというのに少々暗くすら見えた。それは、ここが城の表側ではない場所だからだろう。
「あづさ様。私は『勇者の力』の行方が気になります」
そこへ、ミラリアがそっと、割り込んできた。そうとは到底見えない流麗な動作であるのに、飛んでいるあづさや小走りのクレイヴと同じ速度を保っている。
「そういえば、そういうこと王様が言ってたわね」
「ええ。『勇者の力を渡すことはできない』と。確かにそう言っていました。つまり本来ならば、王家が『勇者の力』を所有していた、ということになります」
あづさは考える。
そもそも、『勇者の力』が何なのかがまず分からないが、ひとまず、それがあれば今までただの女子高生だった異世界人を勇者として魔王に向かわせられる程度に戦力を増すことができるのだろう、ということだけは推測できる。
……また、恐らくは、勇者マユミもその『勇者の力』を与えられてこの城を発ったはずなのだ。
「私の推測になりますが……もし、王家が『勇者の力』を所有していて、その力が魔王を殺すほどのものであったなら……」
ミラリアは険しい表情を、廊下の先に向ける。
「ダニエラが『勇者の力』を使うかもしれませんね」
廊下の先、より一層薄暗い一角には、地下へと続く下り階段があった。
階段を下りていく途中、あづさは衝撃のような熱風のようなものを呼吸の中に感じて、咳き込む。
「あづさ様、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけよ」
あづさはすぐに咳を抑え込むと、注意深く、もう一度息を吸う。
意識して吸えば、大丈夫だった。何ということは無い、ただ、魔法の形にならずに漂った出来損ないの魔法のようなものが、あたりに立ち込めているのだ。それを急に吸い込んだら、体が過敏に反応して咳も出る。
「うわッ!?なんだこれ!熱い!べたべたする!気持ち悪ィ!なんだこれ!なんだこれ!」
あづさと同じく咳き込むラギトは、翼をバタバタさせながらそんなことを言う。どうやら彼には『熱くてべたべたする』ように感じられたらしい。
「ルカ、大丈夫か。ここには少々、火の魔法が混じっているようだが」
「これくらいなら、何とも」
そして、ミラリアよりも水に近い水のものであるルカもまた、地下から漏れ出る魔法の成り損ないに苦しめられているようだった。恐らく、この中で一番症状が重い。
「ルカ」
ミラリアはルカの様子に気づくと、すぐに駆け寄って彼に何やら魔法を使った。すると、ルカの肌の火照りが幾分収まったように見える。
「これでもうしばらく大丈夫そう?」
「ああ……もう大丈夫だ。恩に着る」
余裕を取り戻したらしいルカはそう言って笑って見せた。元々、地上に出ることすらあまり得意ではないルカなのだ。多少の魔法では気休めにしかならないが、それでもひとまず、ミラリアの魔法とギルヴァスの作った装飾品とのおかげでここから先へも進めそうだった。
だが。
「そう。なら、いいのだけれど。……もし辛くなったら言って。その時は祝福を授けるから」
ミラリアがそう言った途端、収まっていたルカの肌の火照りがぶり返す。
「な、お、前、何を、言っ……」
「ローレライの祝福なら、水のものを火から守る効果はあるでしょうから」
だが、ミラリアの言葉の続きを聞いた途端、ルカは冷水を飲み込んだように、表情を引き締めることになる。
「それに、ここで仕事を放りだすよりは、私の祝福でもなんでも使って、あづさ様についていくべきでしょう?」
「……ああ、そうだ」
ルカは一瞬迷ったものの、そっと、ミラリアの前に手を差し出した。
「意地を張っても仕方ない。こんな所で使わせてすまないが、今、頼めるか」
「ええ」
ミラリアは笑ってルカの手を取る。それをルカは申し訳なさそうに、気まずげに見ていたが。
「な」
急に、ミラリアに手を引かれて、ルカは前につんのめる。そして。
「……油断大敵、ね」
そのままルカを引き寄せたミラリアは、そう言って微笑むと、自分の胸にやんわりと抱き止めたルカの顔を両手で包み込み、額に口づけた。
体を離されて尚、ルカは固まったままであった。そしてたっぷり数秒後、ルカは実に様々なことを言おうとし、しかし言葉にできず、声にならない言葉を存分に喉の奥で唸り声に変えた挙句……勢いよく地下へ向かって足を踏み出した。
「恩に着る!」
そう、怒鳴るように言い残しつつ。
「……オデッティア様のお気持ちが少し、分かってしまいました」
「あら。じゃあ今度3人でお茶でもしましょうか」
ミラリアとあづさは顔を見合わせてにっこりと微笑みあうと、また揃って地下へと進む。
「……今のは……」
一連の様子を見ていたシャナンは愕然としていたが、ラギトに「どうしたンだ?行くぞ?それとも腹でも痛ェのか?」と、まるで心配の籠もっていない声を掛けられつつ、促されて共に地下へと向かうのだった。
ダニエラは、そこに居た。
暗い地下室の中央。この部屋唯一の光源である、ぼんやりと光る玉のようなものに触れながら、じっと目を閉じている。
……魔法の成り損ないのようなものは、その玉から零れているらしかった。
「その玉は……」
ギルヴァスはそれに視線を奪われて、呆然としたように呟く。その呟きでようやく気付いたわけでもないだろうに、ダニエラはそこでようやく、振り返って一団を見た。
「汚らわしい魔物と、裏切った愚か者共。よくも人間の国を、荒らしに来てくれましたね」
憎々しげな声が、整った甘いかんばせから発される。そのギャップがある種の凄みとなって、あづさ達に向けられた。
「荒らしに?あなたの管理が間違っていて元々から壊れてたってだけでしょ?」
それを鼻で笑いながら、あづさはダニエラが光る玉を握り込んだのを見て、緊張を走らせる。
今や、皆が武器を構え、或いは魔法の準備を整えていた。そんな中、あづさは腰のベルトに留めていた鞭をするりと抜くと、床を一叩きする。
「さあ、見せてみなさいよ。追い詰められたあなたが、ここからどういう風に逆転しようとしてるのか!」
パシン、と、鋭く乾いた鞭の音が室内に響いて空気を張り詰めさせる。その空気を中心で操りながら、あづさは、笑った。
「自分のものでもない、他人の力を振りかざして足掻く無様なところ、しっかり見せてよね」
「……それが望みだというのなら、見せてやろう!」
ダニエラは半ば怯えるような表情を見せながらも、どこか狂気に振れたような表情で、手の中の玉を、握り潰した。
「この、魔王の力!とくと味わうがいい!」




